店員研修
前まで一日中寝ていた私に酒場の店員となる生活なんて想像もつかない。現にいまそんな生活をしようとしているのだけれど体がやばい。眠い。すげえ眠い。
しかしそうもいかないのも現実だ。せっかく異世界に来たのだ。
今こそが本気を出す時だ……何ていうことを言っても結局駄目なことになってしまうのがいつものパターンだけれども。
というわけで厨房にこいと言われた私。なにかこの酒場の料理に関することを教えてくれると言うがもういっぱいいっぱいであるのは事実だ。
これから店主さんに呼ばれている。酒場の料理についてだ。
自分に与えられてもらった部屋のベットで考える。店主さんいわく娘がいた部屋と言うのだがあの人が娘を抱いている姿なんて想像もつかない。
部屋には大量の魔法の本。ちらみしてみたがよくわからなかった。そりゃそうだ。普通の教科書ですらまともに読めなかったし読む気もしなかったのに。
さて、遅れるわけにもいかないし、行かなければいけない。
***
「何か料理作れる?」
さっそく言ったらそんなことを聞かれた。
「たまごかけごはんくらいなら」
「作ってない作ってない。お父さんはごはんの横に卵おくだけの食事を料理とは認めないよー」
「ジョークですジョーク。納豆ごはんから親子丼まで料理はできます」
「全部ご飯系じゃないですかー。とりあえずここにあるもの使って何か料理作ってみて?それで物の位置とか把握してくれると嬉しいな」
「適当ですね……」
「じゃ、仕入れ言ってくるから頑張ってな」
店主さんはそうとだけ言って酒場の扉から出ていった。
適当なこと言いやがって。どこに何があるかなんてそう簡単に把握できるもんじゃないのに。
さてしかしどんな料理を作ればいいのか?不登校だった私は昼ごはん親の作ってくれた料理と自分で作った料理で腹を満たしていたのでそこそこできる自信はある。誰にも教えてはもらわなかったがそこそこの技量はあると思っているがどうなのだろうか。
さて何を作ろう。カレーライスか炊き込みご飯かそれとも……というかこの異世界にはどんな料理があるのか?そもそもどんな材料があるのか。
冷蔵庫のようなものの前に立つ。見たところただのでかい箪笥のようだが、触ると少しひんやりしていた。
どんな仕組みなのだろうか。周りには魔法陣のような模様だったり異世界のような文字だったりが書いてあるのだが、これは魔法の技術で冷やしていると言う事だろうか。
しかしさっきから思っていたのだがギルドに行く途中の街並みを見た結果、看板などが普通に日本語だったのはどういう事だろうか?偶然の一致か。それともここは異世界じゃないただのドッキリだったりするのか。
よーく考えてみれば本当に異世界っぽくないし。言葉も日本語、言語も日本語。ただ一つ違うのは魔法がある、と言うポイントと街並みが若干古いあたりだろうか。
冷蔵庫のようなものを開く。
焼き魚があった。しかも食べかけ。
「……昼ごはんか何かかな?」
ちなみに私のひるごはんはギルドで食べた。ラーメンだったけれども本当にこの世界が異世界なのか疑問付がつく。
その辺を適当に探して食材を探す。
普通にコロッケとかでいいかな?
***
「普通」
「だからって残し物の焼き魚定食を食わないでください」
手厳しい評価を受けた。まあ何か特殊なことをしたわけでもないのにそんな凡庸じゃないものを作れるわけがないのだが。
というわけでデザートのパフェでも作っている。酒場秘伝のレシピとかいうのを渡されたが変な食材が多すぎないか?
「なんだこれ、読めない……砂精ほ←?」
店主さんが立ち上がってこちらに来た。
「それは砂糖てきとーって書いてあるんだぞ」
「読めるか!」
私は父親の字がやたら汚かったので綺麗な字を書こうと決めていた。汚い字なんて読む気にもなれない。
「しょうがない……俺の華麗なテクニックを見せてやる!」
フライパンを取り出し、火がつく!具材が舞い、立ち上る炎!これ何作ってんの!?
「できた!ピラフ!」
「デザートじゃないんすか……」
今それをつくってどうする。まあ暇だしTKGでもつくりますか。卵掛けご飯。
適当にお椀を持ってきてご飯をよそる。というかこのキッチン具材そろいすぎです。
たまごーまぜてーしょうゆー入れてー……完成。
「まあ普通の料理を作ってくれと前から言われていたし、合格だ!」
「普通の料理を作って合格とか聞いたこともありませんよ」
***
忙しい。普通の料理を作っただけで何でこんなに喜ばれるんだ。
前の日のメンバー全員集合。普通の客も相まって騒がしい。
目の前のリシェさん、つまり師匠が話しかけてくる。
「どうだった、今日一日。かなーり大変だったと思うけどこの世界には慣れた?」
「疲れましたけど、だいたい慣れました。あまりわからないことも多いですけれど」
素直に返した。というかわからないことが多すぎる、魔法のことについてまだ全然わかってないがそれは明日だろう。この町の基本的なことはだいたい詰め込まれたが。
「なるほど、それはいい案ですわね」
「店主さん、いいでしょうか?」
「ああ全然いいよー焼き魚のはらわた並にいいよー」
なにかよからぬことをたくらんでいるようだ。……ぶっちゃけいまいちあの人たちのことを把握しきれていないのだが。
ツッコミ担当とか言ってたあの子がへこんでいる。
「ユリーカさん……すいません……」
「ん?どうしたんですか?」
「僕には止められませんでした……」
「ユリーカちゃん、ちょっといい?」
店主さんからの招集がかかる。とりあえず料理をひと段落させ店主さんら常連らしき人の集まる方へいく。
なにか一枚の紙の周りに集まっているようだが。
「これはなんですか?」
「ギルドからのクエストです。酒場ではクエストの受注もやってるんですよ」
「やってるのー」
ロリコンさんと幼女がそういう。
「まあ適当に掲示板にはっつけてるだけだけどな。ぶっちゃけ失敗しても自己責任だし」
「そこは気にするべき何じゃないですかね……ドラゴン?」
その一枚の紙にはドラゴンのような絵が書かれていた。
「……まさか?」
背中に冷や汗が流れる。
「そう、ユリーカさんには私たちのドラゴン討伐メンバーの一員になっていただきますわ」
……は?
えっちょっと待ってそれいきなりえっそれは。
困惑した私はへこんでるレオナルド君、ツッコミ役の子を見る。
「すいません……こういう人なんですよ……」
師匠の方を見る。
「懐かしい……私もやらされたの覚えてる」
常連さんの方を見る。
「グットラック」
店主さんがそういった。
……。
「わかりました」
「いやそれだけですかちょっとえええええええ!?」
ツッコミを入れられた。
「いやなんでなんですか!来て数日もたってないのにそんな超難易度のクエスト!いやメンツとしては安心ですけれど、素人を入れちゃだめでしょう!」
「えー師匠ら先進者の戦いをみるのも重要だしどうせ私がやることなんて何も……」
「ユリーカさんには回復役を担当してもらいます」
へ?
なにいってんのこのロリコン。
え?
「はあああああああああああああああああ!?」
またレオナルド君へこんでるし!?
えっちょっとまって私何も魔法覚えてないってか回復!?
そんなんできるかああああああああ!?!?!?
「まただよこの人……前もこんなこと言って近接技覚えさせられたし……」
「前世代の人もこんなこと言ってたな……お父さんお母さん今何してんだろ」
「わたくしもやらされましたわ」
「あたしもー」
「あの人たち今何やってるんですかね?」
「あいつら異世界とかいるんじゃないのか?」
……。
恒例行事か。ならしょうがないね。
「ユリーカちゃん」
「なんですか……師匠」
「明日は死ぬ気で頑張ろうね」
……。
今日は早く寝よう。
「じゃあ頑張ってねーユリーカちゃん。出撃は明後日だから」
殺す気か。
才能があっても一日でおぼえられるわけあるかあああああああああ!!
心の叫びはむなしく響くだけ、だった。
***
「そういえばみなさんはどのような魔法を専門としているんですか?師匠は光でしたが」
とりあえず気を取り直して魔法について聞く。この辺り聞いておかないとね。
「全属性だもんね、ユリーカちゃん。光、闇、生、熱、力、変、飛、電、音。全部なんですから」
「それは珍しいですわね。ちなみに回復役を担当するのですからヒールの魔法を覚えてもらいます。ちなみにヒールの魔法は生属性ですわ」
生もののにおいがするんですが。もう少しいい名前がなかったのですか、とだけ言いたくなる。
「それじゃあ生属性の専門の人がいないと回復できないんじゃ?」
「いちおう回復薬を作れる器はあるんですが回数に制限がありますし、前々から回復役の人材が欲しかったんですよね。」
「へ?どういう事なんですか?回復薬がそのまま売ってたりはしないんですか?」
回復役と言えば水がそのまま売ってるイメージだが作る器、というのは。
「魔法って言うのは基本的に魔法式を書いて使うのよ。軽い魔法なら無くても大丈夫だけど複雑なものは魔法書に書いてあるものをつかうのよ。それで器に水を入れて魔力を流し込めば完成。一応そのまま売ってる場合もあるけど一日したら効果無くなっちゃうし」
「最近では物に式を書いて発動させるものが多いんだよね。そこの冷蔵庫とか」
店主さんが言う。
そうだったのか。機械よりも便利なものがあるとは、ますます異世界っぽくない。
「だけどれーぞーこもていきてきにまりょくきょうきゅうしないとうごかないの」
「偉いぞーよしよし」
ロリコンめ。幼女ちゃんはかわいいがそんなによしよしすることはないじゃないか。私にもさせろ。
「一日で習得できるもんなんですかね?」
「根性でやらないといけないんですってよ……俺も昔やりましたし」
オズバルト君、大丈夫だったのかそのときは。……大丈夫かなあ。
「で、専門の属性ですわね。わたくしは飛属性を専門としています。ちょっとやってみますわね」
ポケットの中から何かを取り出す。……拳銃?
「こちらは職人さんに頼んで作ってもらったオーダー品ですわ。飛属性を持つ人はこういう物を使う人から手から出す人などたくさんいらっしゃいますがこちらの方が狙いがつけやすいので……」
もうここ異世界じゃないだろう。こんなに古い町並みなのに拳銃まであるだなんて。……西部開拓時代のようなものと考えておけばいいのか。
ですわさんことミレーヌさんはその拳銃の中に弾薬のようなもの、ちなみになにかが書いてあるのが見えたが、その特別な弾薬を拳銃の中に詰め、構えて。
引き金をひいた。
オズバルド君に向けて。
「ちょっとまてえええええ!」
オズバルド君は咄嗟に右手をだしその弾薬を遮る。
その瞬間、手の色が銀色に変わり弾薬をはじいた。
「なに酒場の中で拳銃ぶっ放してるんですか!?いや俺を狙ったんでしょうけど説明のために撃たないでください!」
「このようにオズバルド君は変属性を専門としているのですわ」
変属性。変態属性の略……違うけど。
「オズバルド君、よほどの変た……変わり者のようで」
「なんで属性の名前だけで変態呼ばわりされなきゃならないんですか……」
オズバルド君は手の色を元に戻してさすった。弾の衝撃はなかなかのものだろう。痛くないのだろうか。
「おねーちゃん、わたしはいかづちぞくせいなんだよー」
「すごいねーよしよし」
私も頭をなでるチャンスを手に入れた。なでなで。
「なでなでされてるハニーはかわいいなあ……」
「ちなみにこのロリコンは音属性よ。ほとんど使わないけど」
「ああ、若干だけど力属性も専門にしてるからね、あと僕は視力が良いから音は敵把握用にしか使ってないんだ。よしよし」
説明しながらなでるな。
「二つの属性を使う人もいるんですね」
「多かれ少なかれ誰も全ての属性を使う力はあるからね。専門にしている奴は突出しているだけで他のもやろうと思えばできるのよ」
例えば、と言いながら紙に文字を書いていく。
「普通の人が専門とする属性はだいたい適正値5以上。私の光属性は10でこれが最大なの。でも大体の人はすくなくとも1くらいの適正値は持っているのね。チーフさんは全部0って言う例外だけど」
ユリーカちゃんはこんな感じ、と文字を書いていく。
「で、私は全てがそこそこ高いと、そういうわけなんですね」
「まあうらやましい才能ですけどそんなに学ぶこともできませんしね……俺は一つだけで十分です」
「世界最強とか言っちゃったんだから頑張りなさいよーユリーカちゃん」
うう。見栄はりすぎただろうか。
まあそんなことはこれから考えることだ。なんとか努力していこう。
接客していた店主がこちらに戻ってきた。
「ねえお前らースペシャルジュース作ったけどいる?」
「……材料はなんですか?」
「昼にうちの店員が作ったコロッケ」
「うわひどい」
「ちゃいろいー」
「誰が飲むかそんな物おおおおおお!」
そのあたりにあったフォークを持ち形状を変化させとがらせて店主に突進する。
……普通に危険じゃないですかねえ。というか私の作ったコロッケジュースにされた。
「のむー」
「めっ!あんなまずいもの飲んじゃいけません!」
「ユリーカちゃんコロッケ作ってくれる?」
「私もお願いしますわ」
「はいはーい。おら店主接客しろ」
「ちょっとユーリカちゃん雇い主になにを……」
「言われて当然のことやってますからね、あなた」
楽しい。
ツッコミ担当を生かせてない気が。