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その⑧

「ラビスミーナ様」

 端末を切ったラビスミーナをアランが見た。

「ああ、父上から連絡が入った。ヤーノフ・アルミンクはヴァグのシロ、ライナー・ウォルフと組んでヴァグの実権を握ろうとしている。その手始めがウォルフの人気集めだ。ゼフィロウの潜水艇と対抗するため輸送エンジンと燃料の研究に力を入れている。その基礎を築いたのがクリスティアン・アダムズの父親ブローフマン博士だ」

「えっ、待ってください……殺されたブローフマン博士がアダムズの父親……? しかし、ブローフマン博士の息子はジョセフと言って……」

「ああ、そうだ」

 ラビスミーナが意味ありげに頷く。

「まさか……アダムズがあのジョセフだと? 彼を見た時どこか既視感がありましたが、でもジョセフとは違いますよ?」

「整形している」

「確かですか?」

「私はそう思っている。そのことについては父上からじきに知らせが入るだろう。だが、私はその先のことを知りたいんだ」

「なぜ博士が殺されたのか、ですか?」

「ああ」

「で、どうするつもりですか?」

 アランは思わず声を潜めた。

「アラン、絶好の機会が訪れたのさ。奴は父親とかつての自分を知るお前に興味を持った。大いに奴の期待に応えてくれ。それから危ない橋になるかもしれないが、ここは奴の言う通りにしてくれよ」

 ラビスミーナの有無も言わさぬ瞳がアランを捕らえる。

(ここで「ノー」と言えるやつがいたらお目にかかりたいものだ)

 情けない気持ちになりながらもアランは最後の抵抗をした。

「わ、わかりました……ですが、危ない橋って……その……大丈夫でしょうね? 私は警備隊員ですが、危ないことは専門外です。機器の担当ですからね。それに僕には体の弱い母と可愛い恋人が……」

「もちろん手は打っておく」

 ラビスミーナはきっぱりと答えた。


「知っているのか、あの男?」

 アルミンクがアダムズに聞いた。アダムズが頷く。

「ベルルの時の同窓生です。確かにあいつだ。あいつは抜けたように見えるが、意外なところで鋭かった……厄介な奴が出て来たものだ」

「整形して全く別人のようなお前だが……」

「ちょっとした癖や、言葉遣い、声や姿勢で見破られることもある。まして俺はゼフィロウで逮捕歴があるから、俺がレオニード・ブローフマンの息子だとわかればすぐにあなたのところに飛び火する」

「何とかしなくてはならないな……おや?」

 アルミンクの目が専用席を立つラビスミーナを捕らえた。


「お帰りですか?」

 アルミンクは急いでラビスミーナに近づいて、声をかけた。

「ええ、体調がすぐれません。帰って休むことにします。では、お先に」

「きっとご心労がたたったのでしょう。どうか、お大事に」

 アルミンクが丁寧に頭を下げる。

 席にはアランだけが残った。

「アダムズ」

「わかっています」

「うまくやれよ」

 アルミンクの言葉に無言で頷くとアダムズはアランの席に向かった。


 一段高くなっている特別客専用席からはレンの夜景が一望のもとに見渡せた。

「まるでこのレンを自分のものにしたかのようだ。さすがは最高の席ですね。それにしても、あんな美人を一人でお帰してよかったのですか?」

「ああ、アダムズさん」

 アランは驚いたように言った。

「バーの外にいる警護の方たちがお送りするそうですから、心配はないのです」

「なるほど。それで、あなたはまだ飲み足りませんか?」

 アランはこれを聞いて苦笑した。

「はい……ヴァンのことが心配でここまで来ましたが、まだ手がかりが何もなくて……歯がゆいんですよ」

「ヴァン……ですか。ゼフィロウの大物と随分とご懇意のようだ。我々のような者には羨ましい限りのお話ですね」

「あ、いえ、そんなことは……」

「ああ、野暮な話をしてしまいました。ご友人のことを心配なさるのは当然のことでしょうに。ところでアランさん、局長はお帰りになりますが私はしばらくレンを離れるので名残惜しいのです。ご一緒してもいいですか?」

「それはありがたい」

 アランは何とか愛想よく答え、アダムズはその大きな革製のソファーに腰を掛けた。

 残ったワインをアランがアダムズに注ぐ。

「これは、これは……さすがにファマシュ家の選んだものだ」

 アダムズがゆっくりとワインを味わった。

「このワインには到底及びませんが私からも注がせてください」

 アダムズは新たに酒を注文するとアランのグラスに注いだ。


「アランさん、アランさんのホテルはセントラルでいいんですよね?」

 あっけなく酔いつぶれたアランに肩を貸しながら、アダムズは聞いた。

「ええ、ええ。ですが、ご心配なく。後は自分で帰れますから」

「いいえ、レンで使っているエアカーを呼びました。それをお使いください」

 目の前に二台のエアカーが止まり、アダムズはその一台にアランを乗せた。

「セントラルホテルだ」

 アダムズが操縦者のいない自動運転用のエアカーに告げる。

 ドアが閉まった。


「距離を置いてあのエアカーを追え」

 もう一台のエアカーに乗り込むと誰もいないエアカーの中でアダムズは言った。自動運転装置が作動して滑らかにエアカーが発進する。

 アランを乗せたエアカーが高層ビルの間を走る。アダムズのエアカーが一定の距離を置いてそれを追う。

「さて、この辺でいいか」

 アダムズが手元にあった装置を操作すると、いきなりアランのエアカーがスピンをし、スピードを上げた。

「自動運転の制御装置をリモートコントロールで外す。これも素敵な技術でしょう、お父さん?」

 アダムズが笑みを浮かべている間にアランの乗ったエアカーは軌道を離れ、ビルを守る壁に向かった。

「では、さようなら、アラン」

 アダムズは呟いた。


 アランのエアカーがビルの壁にぶつかろうというその時、一台のバイク型車両が飛び出し、その直後アランの乗ったエアカーのドアが吹っ飛んだ。

「アラン」

 銃を担いだラビスミーナがオルクをエアカーの横に寄せる。

「来い」

 問答無用にオルクから伸ばされた鋼鉄の腕がアランの身体を絡め取り、後部座席に据えた。

「……死ぬかと思いましたよ」

 とうに酔いも吹っ飛んで恨みがましく言ったアランにラビスミーナは保証した。

「大丈夫だ、生きている」

「もっと他に方法はなかったんですか?」

 アランは重ねて言った。

「気にするな。おかげで尻尾は掴んだ。恨みは晴らさせてやる」

 ラビスミーナのオルクが事故現場を走り抜けるエアカーを追った。


「長官か、私だ」

「こんな夜中に何の用です?」

 端末が鳴り、熟睡中だったシュターンミッツは眼をこすった。

「スペリアホテルからセントラルホテルに向かう幹線でエアカーの自爆事故があった。エアカーは今回の事件の重要証拠だ。きちんと押収しておけ」

「何ですと?」

 シュターンミッツは声を上げた。

「あなたはどこにいる?」

「悪いが今忙しいんだ」

 ラビスミーナは答え、スイッチを切った。

「ラビス」

 エアからの着信があった。

「父上。どうでしたか?」

「間違いない。ジョセフ・ブローフマンとクリスティアン・アダムズは同一人物だ」

「ありがとうございます」

 アダムズの乗るエアカーがスピードを上げる。が、オルクはその距離をみるみる縮めていく。エアカーの通行量が少ないとはいえ、事故は必至だ。

「あいつ、自滅する気ですかね?」

「黙っていろ、舌を噛むぞ?」

「そんなことを言っても何か言っていないと気を失いそうです」

 アランは全力で叫んだ。


 アダムズのエアカーは幹線から外れてレンの住宅街を爆走し、繁華街へ向かう。

「降りる気だな」

 まだうろついている恋人たちを蹴散らし、アダムズのエアカーが止まり、すぐにオルクが乗り捨てられた。

 アダムズが路地の暗闇に消えるのが見えた。

「気を付けないと」

 アランは銃を抜いた。逃げるアダムズの足音がいつしか消えている。隣にいたはずのラビスミーナの気配も消えた。

「た、隊長……?」

 アランがあたりを見回した時だった。

 ひゅっ

 耳を澄ますアランにかすかな音が聞こえ、暗闇の中で人の倒れる音が響いた。

「えっ?」

「危なかったな」

 気を失ったアダムズを引きずって来たラビスミーナが言った。

 アランの肩には掠めた銃痕がある。

「え、あ、こいつ……死ぬかと思いましたよ」

 アランは気を失っているアダムズと飄々と彼を運ぶラビスミーナに文句を言った。

「大丈夫だ、そう言っているうちは生きている」

 こんな言葉を繰り返す自分も自分だが、それを聞き流す上司も上司だ。だが、アランが脱力する間にラビスミーナは手際よくアダムズを縛り上げた。


「うっ」

 アダムズの意識が戻った。

「気が付いたか、アダムズ。それともジョセフ・ブローフマンと言った方がいいのかな? お前が博士とビアンカを殺したんだな?」

「言いがかりだ」

 ラビスミーナを見上げるアダムズの目が凶暴に光った。

「そうか? 博士は殺された時わざわざ家族の写真を手に持っていた。おかしいと思った。何故だろうと。それから間もなく博士の妹ビアンカが死んだ。私たちがその遺体を発見した時、殺されたビアンカには争った跡も恐怖の表情もなかった。これもおかしかった。博士に続いてその妹まで……あまりにも急だ。博士の妻ブローフマン夫人はすでに亡くなっている。これで博士の身内は行方不明の息子だけ。ブローフマン博士は息子の借金が原因でゼフィロウを去り、ヴァグに行っている……この息子は今どこにいるのだろうと思った。そしてふと思ったのさ。殺された博士の妹ビアンカのところへ私たちが行くことを知っていたのはお前だ。お前は私たちの話を聞いて先回りして叔母のビアンカのところへ行き、おおかたビアンカの手を取った時に針に仕込んだ毒でビアンカを刺して殺したんだ。あたかも突然死に見えるように。叔母の口から昔のお前の話が出て今回の事件とのつながりを探られたら困るからな」

「俺がジョセフ・ブローフマンである証拠は?」

「レンでのお前の生体認証とゼフィロウで取られた認証が一致している。ビアンカがお前に出した紅茶のカップに残った認証とも一致する。ヤーノフ・アルミンクの裏の顔はヴァグのシロ、ライナー・ウォルフの腹心だ。あいつは誘拐した学者たちを隠し、それをヴァグの船に乗せた疑いで既に身柄を拘束されている。レンでばらまいた賄賂のこともじきに明らかになるだろう」

「ゼフィロウの警備隊長というのは伊達ではないというわけか」

「アダムズ……借金と言っても博士が全て返していたはずだ」

「あんなものでは足らないな。金が全てなんだ。金があれば何でもできる。あんたらファマシュのようにな」

「なんだと?」

「親父は俺の作った借金を返してくれたよ。そんな親父を俺は誘った。ゼフィロウを去り、ヴァグと契約し研究の成果を全てヴァグに売り渡さないかと。そうすれば俺はケチな事には手を出さないし、ヴァグで出直すつもりだと。親父はそれに乗った。研究者っていうのは単純だからなあ。俺はヴァグの実業家でウォルフの腹心ヤーノフ・アルミンクに近づいた。親父を利用してな。そしてセジュの輸送機器分野を独占するという奴の夢に乗ったのさ。手始めは独自の潜水艇開発だ。だが、なかなか研究は進まない。もっと専門家が必要だった」

「だからって誘拐する必要はないだろう?」

「ヴァグに研究者は来ない。余程のことがない限り、ゼフィロウに持っていかれる」

 アダムズはラビスミーナを睨んだ。

「しかし、何故ヴァンに手を出した? ああ見えてもヴァンはゼフィロウの実力者だ。誘拐するには危険だろう?」

「ああ、最初はその気はなかった。あいつは誰からも一目置かれていて気に食わなかったが、あいつにはファマシュがついていて手を出せばこっちが危ないのはわかっていた。だが、あいつがゼフィロウ領主の娘、つまりあんたと婚約し、正式にファマシュの一員になるのだと知った時、決めた……なんとしてもあいつを葬ってやろうと」

「くだらないな」

「くだらないだと?」

「ラビスミーナ殿」

 シュターンミッツがレンの治安部隊を率いてやって来た。

「アダムズか……どうやら、私も奴らの計画に一枚かまされていた。この責任は取らねば」

 シュターンミッツは沈痛な面持ちで言った。

「それはリョサル王の判断だろう。それより私はこれからヴァンを迎えに行く。では」 

「ラビスミーナ殿、待ってください。確かに、父君のお話ではパスキエ殿を始め、行方不明になった学者たちは今ヴァグに向かっているということですが、ヴァグに踏み込むには十分な証拠をそろえてからでないと。下手をすればヴァグへの侵害行為と見做され、訴えられますぞ?」

「そういうことだ」

 アダムズが笑った。そんなアダムズに冷ややかな目を向け、ラビスミーナは言った。

「長官、ぐずぐずしていたら切羽詰まったヴァグの統治者ライナー・ウォルフが彼らに何をするかわかったものではない。証拠隠滅のため殺されるかもしれないんだぞ? 侵害行為を心配する前に、連れ去られた者の命の方が大切だろう」

「だが……」

 シュターンミッツが躊躇する中、ラビスミーナは端末でグリンを呼んだ。

「グリン、ちょうどいい、新型の潜水艇でヴァグまで来い。この間の訓練の成果を見せてもらおう」

「ま、まさか、実弾は積んでいないでしょうな? ラビスミーナ殿、それを許すわけには……」

 青くなるシュターンミッツを横目にラビスミーナはエレンを呼んだ。

「エレン、出発の用意をしておいてくれ。行先はヴァグだ」

「ラビスミーナ殿」

 シュターンミッツが叫ぶ。

「さあ、辞表を書くなら今のうちですぞ、長官」

 ラビスミーナはシュターンミッツを見て微笑んだ。


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