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その⑦

 ラビスミーナはアラン・デルフス隊員を連れてレンの本部ビルを訪れた。一日の業務を終えた職員たちが帰り始めている。

「ラビスミーナ様」

 受付の女性が声をかけた。

「ああ、ちょうどいい。クリスティアン・アダムズに会いたいのだが」

「その前に治安部のシュターンミッツ長官からラビスミーナ様がいらしたらいつでもお会いしたいとお伝えするよう申し付かっております」

「ほう?」

「ご案内いたしますわ」

 受付の女性はラビスミーナとアランを長官室に案内した。


「ラビスミーナ殿、お忙しいところを申し訳ない」

 長官はいそいそとドアを開け、ラビスミーナを応接のソファーに座らせた。

「いや、お忙しいのは長官だろう。改まってどういうことかな? 昨日の続きをする気はない。私はそんなに暇ではないからな」

 シュターンミッツは一瞬眉を上げたが、すぐにその視線を自分の部下に向けた。

 部下が慌てて茶を淹れ出す。それをちらりと見ながら、ラビスミーナは聞いた。

「それでヴァンの居所はおわかりか? レンの治安部が忙し過ぎて私の婚約者のことなど構っていられないと言うなら、私がそこへ迎えに行ってもいい」

「ラビスミーナ殿……」

「今まであれだけ堂々と私を遠ざけたのだ。それだけの時間私は我慢した。わからないとは言わせないぞ、シュターンミッツ長官?」

 これがゼフィロウのラビスミーナだった。あのパーティーの時の十分の一、いや、百分の一でもいいから笑顔が欲しいとシュターンミッツは切に願ったが、無駄だった。

「あの日レンから数人の科学技術者が姿を消した」

 シュターンミッツは諦めたように口を開いた。

「数人?」

 ラビスミーナは目の前の男を睨んだ。

「パスキエ殿を入れて全部で五人だ」

「きちんと話せ」

身もふたもない。

「……すぐに探せばこのレンで隠れるところなど無いと思ったのだ。だが、そんな単純な事件でもなかったようだ」

「安全なはずの会場で爆発が起こり、ブローフマン博士は殺されているんだぞ? 単純なはずはないじゃないか」

「そうだ……私でできることならお力になろう」

「どういうことだ?」

「セジュ王リョサル様があなたに協力しろとおっしゃったのだ」

「ああ、父上の仕業か……」

「そのようですな」

「では、早速教えてもらおうか? ヤーノフ・アルミンク局長とクリスティアン・アダムズはどこだ?」

「あの二人に何か?」

「聞きたいことがある」

 シュターンミッツはスクリーンに向けてアルミンクの所在を聞いた。

「アダムズと出かけたそうだ。アダムズがレンからヴァグに派遣されるというので送別の意味で出かけたのだろう」

「ヴァグか……長官はなぜアルミンク局長をそう高く買っている?」

「有能だからだ」

「他には?」

「最新機器に詳しく、導入に熱心だ」

「なるほど、ヴァグ製のものだな」

「ゼフィロウのものより価格が抑えられる」

「結構なことだな。それで、アルミンク局長が行っている店は?」

「心当たりを確認しよう」

 シュターンミッツがモニターから部下を呼び、指示をするとすぐに返事が返ってきた。

「スペリアホテルのバーだ」

「ありがとう」

 ラビスミーナは席を立った。

「それだけでいいのか?」

「今のところは。アラン、行こう」

 ラビスミーナが部屋を出ると、シュターンミッツはほっと息を吐いた。


 スペリアホテルはレン一と言われる豪華なホテルだった。バーはその最上階にある。会員制であるため一般客の出入りはない。

「レンの局長ともなるとこんな所の会員資格も持っているんですかね?」

 最上階に向かう専用エレベーターの中でアランは感心してラビスミーナに聞いた。

「レンの局長か……どうかな?」

 エレベーターのドアが開く。

 アランは目を見張った。古い時代の街の中にでも迷い込んだような気がしたからだ。

「バーって言ってましたよね?」

「ああ」

 薄暗い明かり、高い天井、足元は石畳、ヴァイオリンの音色に誘われて歩けば古めかしい看板、そして恭しく開かれた店のドアの先には存在感のある調度品。

古めかしいタキシードを着こんだ男が出てきてラビスミーナを見るとにこやかに微笑んだ。

「いらっしゃいませ、ラビスミーナ様。今夜は突然でございますね?」

「ああ、ここ何日かレンにいるんだ。ちょっと息抜きがしたくなった」

「光栄です。ところで、失礼ですが、そちらの方は?」

「部下だ。だが、ここではヴァンの同窓生ということになっている」

「承知いたしました。どうぞ」

 明かりを持った男が暗い店内を案内する。男の後を歩いていたラビスミーナがふと立ち止まり、一つのテーブルに近づいた。

「あ」

 声を上げたアランに案内の男が聞いた。

「お知り合いですか?」

「い、いいえ」

 アランは首を振った。

(ヤーノフ・アルミンクとクリスティアン・アダムズだ)

 アランはラビスミーナが向かったテーブルで熱心に話し込む男二人を見つめた。

 

 男二人はテーブルに近づくラビスミーナに気づかなかった。

「お前が余計なことをするから、面倒なことになった」

 アルミンクが苦い顔をした。

「大した人材が手に入ったと喜んだのは誰です?」

 アダムズが答える。

「爆破はいい」

「いいどころか、臨機応変の処置に感謝していただきたいくらいですね」

「博士が思わぬことをするからだ。それより、ゼフィロウ領主エアがリョサル王に圧力をかけてきた。あいつがエアの娘の婚約者だったと知っていたのか?」

 アルミンクはアダムズを見つめ、黙って答えを待った。

「さあ」

「お前……」

 アルミンクが声を上げた時だった。

「こんばんは。アルミンク局長、アダムズ研究員」

 薄暗がりのバーの片隅に座るレンの治安部第三局長ヤーノフ・アルミンクと今回の事件のために臨時に治安部に派遣されたレンの研究員クリスティアン・アダムズはそこに現れた長身の美女ラビスミーナにぎょっとした。

「あ、これは……あなたもこちらに?」

「ええ。ちょっとした気晴らしに」

「さようですか。それでそちらの方は?」

 アルミンクはラビスミーナの後から近づいてきたアランに気がついて聞いた。

「こちらはアラン・デルフス、行方がわからなくなった私の婚約者ヴァン・レジス・パスキエの友人です」

「そうですか……デルフスさんは、ご友人を心配するあまりこちらへ?」

「はい、居てもたってもいられなくて。ヴァンとはベルルの大学時代からの仲間でした」

 アランはあらかじめ打ち合わせた通りにラビスミーナの言葉に相槌を打った。

「なるほど」

「あの……」

 アランはヤーノフと同席しているアランを見つめた。

「失礼いたしました。クリスティアン・アダムズと申します」

「アダムズは私の部下でね」

 アルミンクは不思議そうにアダムズを見ているアランに答えた。

「どうかなさいましたか?」

 アダムズがわずかに眉を寄せ、それから愛想のいい笑みを浮かべた。

「失礼ですが、どこかでお会いしたことはありませんか? どこだろう……そうだ、ベルルあたりで?」

 アランはその笑みに誘われて屈託なく尋ねた。

「ベルル? ゼフィロウのですか?」

「はい」

 目を丸くするアダムズにアランは頷いた。

「それはないと思いますよ。私はヴァグの出ですから。教育もヴァグからレンへ来て現場で積んだのです」

「そうでしたか……失礼いたしました。ベルルにはいろいろな学生がいる。きっと私の勘違いでしょう」

「アラン、あなたの学生時代の話には興味があります。ヴァンがどんな連中と付き合っていたのかも聞きたいものです。では、失礼」

 アランとアダムズのやり取りを用心深く見ていたラビスミーナはそう言ってアルミンク局長に軽く会釈すると、広々とした特別客専用のテーブルに着いた。


「いつものワインをご用意してよろしいですか?」

「ああ、頼む」

 ラビスミーナが頷くと男がすぐに冷えたワインボトルとグラスを用意した。

 テーブルの上のキャンドルがその原始的な光でワイングラスを輝かせる。

アランは一口飲んで驚いた顔をした。

「これがワインですか?」

「ああ。ワインは飲んだことはあるだろう?」

「もちろんですが、この味は……ワインですよね?」

「そう、ケペラ産のワインだ。変わり者の爺さんがわざわざ乾燥した大地で手をかけて育てたブドウで作るんだ。父上が好んでいる」

「エア様が……ものすごく高価なものですか?」

「いや、そうでもない。見て見ろ、この色。美しいブドウ色とは違う、赤茶けた大地の色だろう? これは最上級品としてもてはやされている物ではない。だが、父上も私も気に入っている」

「確かにこれは独特のうまみがありますね」

「ああ、これは知っている人がいないだけなんだ。爺さんは量も作らないし、宣伝もしないから。父上は自分のところとレンのこの店にいくつか置いている」

「ラビス」

 ラビスミーナの端末にエアから通信が入った。

「父上、どうでしたか?」

「ああ、お前がレンのコンピューターから手に入れたヤーノフ・アルミンクの情報は面白かった。こっちでも調べてみたのだが、ヤーノフはヴァグの実業家アンドレアス・アルミンクの次男で実はヴァグのシロ(核の領主が領民に認められなかった場合に選挙で選ばれた統治者の役職名)ライナー・ウォルフの腹心だ。ウォルフはこのところ領民から人気がない。任期が切れる前に新しい政策を打ち出して盛り返そうとしている」

「新しい政策というのは?」

「ヴァグを第二のゼフィロウに……手始めは輸送システムの独占」

「それでブローフマン博士をヴァグに……それからさらに博士を餌に手っ取り早く専門家の誘拐ですか?」

「誘拐とは物騒だが、証拠がない限りどこも動けない。独立した核への干渉となるからな。しかし、なぜ博士を殺し、爆破騒ぎまで起こすことになったのか、それがわからないな」

「父上、そのあたりはこれから調べてみます。それで、シュターンミッツ長官は潔白ですか?」

「ああ、うまくアルミンクに利用されただけだ。ヴァグからの賄賂も受け取っていない。アルミンクの方はレンに手をまわしておく。ラビス、相手はヴァグの最高責任者だが……」

「なるべく父上にご迷惑をおかけしないようにします」

「頼むよ」

 エアは楽しそうに答えた。


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