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その③

「ヴァン、パーティーに興味のないお前でも張り切ることもあるんだな?」

 再びエアカーに乗り込んでパーティー会場に向かいながら、ラビスミーナはヴァンをからかった。

「今日のパーティーは特別だ。第一線の研究者が顔を出すんだ」

「お前の尊敬するブローフマン先生の講義とディスカッションはどうだった?」

「ああ、素晴らしかったよ。ただ……正直、少し当てが外れてしまった。先生は俺のことを覚えていないというんだ」

「お前を? 年を取って耄碌したとか?」

「いいや。講義もディスカッションも相変わらずひらめきに富んでいて鋭いものだった」

「では、研究者の性だ。人間の顔を覚えるより、自分の理論に没頭する」

「まあな」

「で、私は紹介された方がいいのか?」

「せっかく一緒にここまで来たんだ。紹介だけはするさ。そう言えば、ラビス、お前の方は? レンの治安部の人たちと意見を交わしたのか?」

 ヴァンは思い出して言った。

「ああ、それがこっちも期待外れだった。今日は何を言っても調子を合わせて来る。レディー・ラビスミーナと言ってな」

 ラビスミーナは肩をすくめ、ヴァンはしげしげと隣に座ったラビスミーナを見た。

「中身は同じなのにな」

「全くだ。だが、こっちもお前の体面があるから気を使うし……この調子ではパーティーの方も予想がつくが……仕方ない。ちやほやされながら、レンの情報収集でもしてくるさ」

「お前がただで起きるとは思えないもんな」

「当然だ」

 頷いたラビスミーナは、エアカーがスピードを落とし、そのドアが開くと、ヴァンに手を取られ、優雅にエアカーを降りた。


 会場に入った二人は取り巻いた人々から次々と挨拶を受けた。だが、やがて自然とヴァンはそれぞれの核からやって来た著名な研究者たちと、ラビスミーナはレン治安部の制服組と話が始まった。

 ラビスミーナは昨夜目を通したレン治安部の出席者の風評や噂話を聞きながら、最新機種の潜水艇とその配備予定について彼らの意向を探っていた。レンはゼフィロウの得意先でもある。最高の品を造るのはもちろんのことだが、セールスの努力も欠かせない。開発には莫大な資金が必要なのだ。

 とはいっても、セジュの潜水艇の九割はゼフィロウ製だ。そんなゼフィロウがレンに盾をついたらどうするという一部の核の危惧もあって、レンはゼフィロウ以上の治安能力を持つことになっている。だが、何しろ、その装備はほぼゼフィロウ製だ。弱みも強みも知り尽くしているゼフィロウにとっては多少数が多くても脅威ではない。レンは独自の開発をしようと専門の研究機関を立ち上げ、生産を他の核に委託し始めた。しかし、今のところ、コストは高く、その品質もゼフィロウのものと比べると粗悪なものが多い。

(ライバルがいるというのも、またいいものなのだがな)

 ラビスミーナは極上の笑みを浮かべた。

「美しい方だな」

「ああ、全くだ」

 ラビスミーナの心中を知らない若いレンの制服組の何人かの頭に、かつて聞いたラビスミーナのあだ名が浮かんだ。レンが各核の治安部に呼びかけ、合同で行う演習に以前参加した隊員の間でささやかれているものだ。呆れたことに、この治安部長はこの演習に一隊員として加わったことがある。そして、その時に一緒だった隊員たちはラビスミーナのことをこっそりゼフィロウの虎と呼んでいるのだ。確かに、あの若さでゼフィロウの治安部を意のままに動かす力量は大したものだし、演習でも相手方を手玉に取っていたという。状況を冷静に分析し、ここぞというときには思い切った力技も使えるらしい。しかし、虎とは。面白おかしく語るにしても限度がある。彼らは呆れ、苦笑した。


 そこへ一人の背の高い初老の男が大股で近づいて来た。その男は露骨に不機嫌極まりない表情を浮かべている。それに気づいた若い制服組は思わず背筋を伸ばした。

「長官」

「こちらへおいでだったのですか?」

「昨日まではご欠席と伺っておりましたが?」

 ラビスミーナを囲んでいた若者たちが口々に言った。

 長官と呼ばれた男はこのレンの、ひいてはセジュの治安を預かるマキシム・シュターンミッツ。今のセジュ王リョサルの旧友でもある実力者で、ことあるごとにゼフィロウの前に立ちはだかる、ここレンの、そしてセジュの治安の要だ。

 セジュの中でゼフィロウの力は突出している。ゼフィロウ領主エアがその気になればセジュ王の地位は間違いなくエアのものになる状況下では、シュターンミッツとしてはゼフィロウの動きに神経を尖らせないわけにはいかない。もっとも、当のエアはセジュ王の地位には全く興味も関心も示さないのだが。

「ラビスミーナ殿、本日行われたゼフィロウでの実戦訓練は無事終了したと報告が入っておりましたよ」

 シュターンミッツはいきなり口火を切った。

「お気にかけていただいて」

 ラビスミーナは穏やかに答えたが、そんなラビスミーナにシュターンミッツが畳み掛けた。

「しかし、ゼフィロウは何かというと実戦訓練をしたがる。それほどの必要がどこにあるのか……私などには測りかねますな」

「その必要性については申請書に詳細に記したと思ったのですが」

 ラビスミーナは相変わらずにこやかだ。

「はて、どこにも見当たりませんでしたが?」

「あら、長官殿のおっとりとした危機意識では……見逃してしまわれたようですわね」

 ラビスミーナは首を傾げた。

 シュターンミッツの不機嫌な顔が一気に怒りで赤くなる。だが、すぐに彼はわざとらしい笑みを浮かべた。

「いや、お言葉ですが、細部まで検討させていただきましたよ。あなたのあの執拗なまでの猜疑心。ご両親を事故で失われたというあなたならではの神経症ではないかとこちらでは頷き合ったものです。まあ、その後叔父上であるゼフィロウ領主のエア様に養女として迎えられて、お心の傷も大方癒えたものと推察いたしますが」

 ラビスミーナを囲んでいた者達はこのシュターンミッツ長官の一言一言に青くなった。だが、当のラビスミーナは一向に顔色を変えることはなかった。

 長官はさらに続けた。

「しかし、あなたのことだ、てっきりゼフィロウで訓練の指揮を執るおつもりかと思いましたが……驚きましたな、こちらにいらっしゃったとは」

「これは長官殿、恐れ入ります」

 ラビスミーナは再びエア譲りの極上の笑みを浮かべた。暖簾に腕押しだ。長官はいつもとは勝手の違うラビスミーナに疑い深い目を向けた。

「ゼフィロウの虎はうちの若い者を相手に何を企んでいるのかな?」

 シュターンミッツの顔が険しくなる。

「虎……?」

 ラビスミーナはゆっくりと言った。

「長官、それは……あ、あの失礼では?」

「そうですよ、女性に対して、それはいかがかと」

 若い男たちが口々に言った。

「言いすぎましたかな?」

 シュターンミッツは挑戦的に笑った。

「虎とは、長官もご冗談がお好きですわね」

「お飲み物はいかがですか?」

 絶妙のタイミングでボーイが飲み物を持ってやって来た。シュターンミッツはシャンペンを受け取るとおもむろに一口飲んだ。

「そもそも、このセジュでは大がかりな実践訓練など必要ない。今のままで十分対応できる。もちろん、レンの治安部隊は九つの核どこにでも対応できるよう訓練されております。むしろ、ゼフィロウのような戦闘部隊は警備とは名ばかり、物騒ですな。ラビスミーナ殿、あなたもそろそろ良い方とご結婚でもされて、危険な仕事から引退なさったらいかがです? それが女性の幸せというものではありませんか?」

 長官は日ごろ胸に秘めていた思いをぶちまけ、勝ち誇ったようにラビスミーナを見た。

 あたりがざわめいた。

 ラビスミーナの眉が微かに上がる。

「シュターンミッツ長官」

 ラビスミーナはぴたりとシュターンミッツに目を向けた。二人の様子を見守っていた若い制服組の顔に冷汗が滲む。

「私の将来のことで長官にまでご心配をおかけしていたとは、恐縮です。しかし、そんなお暇が長官におありとは思いませんでした。大規模な集まりが多く、要人も頻繁に出入りし、それに伴って金も動く……このレンで多忙を極めるお立場だと思っておりましたから」

「もちろん、多忙だ。王の周辺からレン全体の警備まで。だが、セジュの法に触れる事件にも広く対応しておりますぞ? 要請があれば、いくらでもそちらのゼフィロウにも出向きましょう」

「それで、私に引退をと? ですが、レンの長官はリョサル王の周りばかりご熱心で……たとえお願いしても、ゼフィロウにお越しいただく前に手遅れにならないとも限りませんわ」

「何ですと?」

 目を剥くシュターンミッツにラビスミーナは続けた。

「それに心配性な長官殿にご報告しなくてはいけませんわね? 私はこの会議に出席されている私の婚約相手の恩師にご挨拶しようと思って参りましたの」

 取り巻いていた制服組から変な声が漏れる。苦々しい面持ちで彼らを睨むとシュターンミッツは言った。

「婚約のお相手とは……先ほどまでご一緒だったヴァン・レジス・パスキエ殿ですか? パスキエ姓ではあるが、確かファマシュの遠縁のはずだ」

「ええ、その通りですわ」

 笑みを浮かべたラビスミーナの目が客の間にヴァンを捕らえた。そしてその先にいるブローフマンも。

「なるほど、それは、それは。結構なお話ですな。しかし、パスキエ殿もよく……あ、ラビスミーナ殿?」

 ラビスミーナにシュターンミッツの声は届いていなかった。いきなり駆け出したラビスミーナは、あっけにとられたパーティーの客の間を一人の男に向かって走っていた。その男……走り出した男はヴァンの恩師ブローフマンだ。そしてブローフマンを追う男たち……その様子は尋常ではない。ラビスミーナは嫌な予感がした。と、この瞬間、会場に爆音が響き渡り、人々の怒声と悲鳴で辺りはたちまち困難のるつぼとなった。

(どういうことだ?)

 ラビスミーナは素早く男たちから逃げていたブローフマンの姿を探した。

「きゃあっ」

 パニックに陥った会場内で、ひときわ大きな悲鳴が上がった。その瞬間、ラビスミーナはその声のする方に駆けた。声を上げた婦人が目を逸らし、震えている。その婦人の肩越しに見えたのは血を流し、うつぶせに倒れた男だった。

「ブローフマン博士……」

 抱き起してみれば、胸は血に染まり、既に目はむなしく見開かれている。

「死んでいる。背後から撃たれたな。さっきの男たちか。おや、これは?」

 ラビスミーナはブローフマンの手にしっかりと握られていたものを見た。

 それは家族の写真だった。若かりしブローフマン、妻と思われる女性、そして少年の姿がある。

「なぜ、写真なんか……?」

「そこまでにしていただきます。ラビスミーナ殿、後は我々に任せていただこう」

 パーティー客をかき分けてやって来たシュターンミッツが、ブローフマンの遺体を調べていたラビスミーナを押しのけた。

「そうですね。ここはレンのおひざ元だ。この爆発のお蔭ですっかり犯人は姿をくらましたようだが……まずは出席者の方々の安全を……」

「ああ、あなたも大事な出席者だ。安全を第一にしていただかないとな。誰か、早く現状を把握しろ」

 シュターンミッツは叫んだ。

 パーティー会場はもうもうとした煙と、がれき、そして砕けたガラスの食器や花瓶、シャンデリアなどで下手に動けば危険だ。もちろん発砲した犯人も会場を粉々にした犯人も姿を消している。さりげなく写真をしまったラビスミーナは一礼してヴァンを探した。その姿が見えない。

「ヴァン、ヴァン、どこだ?」

 呼んではみたものの、返事はない。細いヒールが歩きにくいことこの上ない。

「ラビスミーナ様、こちらでしたか。ここは危険です。あなただけでもひとまず安全なところへ移動してください」

 駆けつけたレンの職員が言った。

「連れの姿が見えない。ヴァン・レジス・パスキエというのだが」

「ゼフィロウのパスキエ様ですね? わかりました。見つかり次第、ラビスミーナ・ファマシュ様がお探しだとお伝えいたします」

「頼む。私はゼフィロウ専用ポートに留めてある潜水艇にいる」

「かしこまりました」

 レンの職員が急ぎ足で去っていく。会場にやって来たレンの治安部隊がブローフマンの遺体を運び、怪我人の救助活動が始まる。同時に客の身元の確認と不審者の捜索も行われている。シュターンミッツのもとには入れ替わり立ち代わり部下が報告を入れているようだ。そのうちの一人がラビスミーナに近づいてきた。

「パスキエ様。すぐにお送りいたします。ゼフィロウの治安部長には、お引き取り願いたいとシュターンミッツ治安部長官のお言葉です」

 シュターンミッツの部下がわざわざラビスミーナのもとにやって来て言った。

「わかった。潜水艇に戻る」

「あの、ご心配とは思いますが、これも御身の安全のためですから」

「わかっている。ありがとう」

 こちらには上の空で答えた。嫌な予感は募るばかりだ。

 両親を失った日のことが頭に浮かぶ。

(そう、両親を失ったあの事故の時も危険だからと私だけが救命カプセルに乗せられた……あの時のことを思い出すなんて……シュターンミッツの言う神経症か)

 職員に案内され、出席者とレンの治安部、そして救急班でごった返す会場を抜け、エアカーを呼ぶ。待機していたレンの専用車両に先程のシュターンミッツの部下が乗り込んでラビスミーナのエアカーをゼフィロウ専用ポートまで先導した。


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