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その⑩

 ヴァグのポートから潜水艇が姿を現した。姿を見せてから加速までのスピードが速い。

「なるほど」

 ヴァンが頷いた。

「一隻だけだろうな?」

 グリンが確認する。

「他に潜水艇の姿はありません」

 モニターに向かっていたグリンの部下が答えた。

「よし、前回の訓練に参加した二隻はこの船に続け。他はこのまま待機だ」

 グリンとヴァンを乗せた潜水艇を先頭に二隻の潜水艇が続いてウォルフの潜水艇を追う。だが、逃げていくウォルフの潜水艇との距離が縮まらない。

「スクリーンを拡大して、レーダーの感度を上げろ」

 グリンは部下に命じた。

「このあたりの海底は複雑な高低差があるから離されればレーダーでの探知は難しいぞ? 岩場は潜水艇を隠すのに都合がいい。岩場に隠れて熱源を極力落とされるとこの海の中では見つけるのは困難だ」

 ヴァンの指摘通り、ウォルフの潜水艇の姿がレーダーから消えた。熱源が落とされ、赤外線の反応もない。

 グリンが唇を噛み、ヴァンが腕を組んだ。二人がスクリーンを見つめる中、ラビスミーナのオルクが迷いなく海中を進んでいくのが映る。

「え?」

 グリンが変な声を上げた。

「ラビス、あいつの居場所がわかるのか?」

 ヴァンが身を乗り出した。

「ああ、ヴァグの警備隊長からウォルフと繋がる端末を借りた。オルクで追跡できる。すぐにそっちでもわかるようにしてやる。逃がすものか」

 ラビスミーナの声が弾んでいる。ヴァンは嫌な予感がした。

 案の定、間もなく強力な熱源がオルクから発射され、その先に被弾した大きな熱源が表示された。

「あれか」

 レーダーが海底から姿を現した潜水艇を捕らえ、スクリーンが映し出した。

「あれだけ熱が出ていれば隠れようがないですね」

 グリンは呟いた。

「グリン、迎えに来てくれ」

 明るいラビスミーナの声が飛び込んだ。

「あ、はいはい」

 

 海底で被弾すると海水の圧力によって船がつぶれかねない。ヴァグの潜水艇を預かる船長は青くなった。

 モニターにラビスミーナが映る。

「これ以上の攻撃を受けたくなければ船橋を出してくれ。話し合おう」

 船長は無言でウォルフを見た。

「よし、手荒なまねはしたくないが、時と場合によっては致し方あるまい」

 ウォルフが頷いた。


 船橋が出され、そこにオルクが乗るとそのまま潜水艇に飲み込まれる。ウォルフと船長を先頭に乗組員数人がオルクに跨ったラビスミーナを待ち構えていた。

「歓迎ムードでいっぱいだ」

 ラビスミーナが笑った。オルクのシールドが消える。オルクを降り、ラビスミーナは銃を取り出したウォルフと対峙した。流れる黒い髪にエメラルドの瞳が輝く。

「ラビスミーナ殿……?」

 その手にきらりと光る物が見え、ウォルフが我に返る……と同時に彼女はウォルフに向かって襲い掛かかっていた。


 ゼフィロウの部隊を引き連れ、航行不能になったウォルフの潜水艇に駆け込んだヴァンとグリンをラビスミーナはコントロールルームで待っていた。船長を始め、乗組員たちは部屋の隅に集められている。見回すとウォルフは椅子に座ったまま気絶していた。

「あの、ラビスミーナ様……?」

 グリンが呆れた声を上げた。

「ああ、話し合おうと言ったのに戦う気満々だったから人質に取ったのだが……その上さらに逃げようとしたので面倒臭いから大人しくしてもらった」

「ヴァグのシロを人質に、ですか……」

 グリンは見たくないものを見てしまったように目を逸らした。

「ラビス、レンが来た」

 ヴァンが苦笑した。

 ウォルフの潜水艇にレン治安部の潜水艇が横付けされる。

「接続の準備をしろ」

 ラビスミーナはヴァグの潜水艇の船長に言った。


「ラビスミーナ殿」

 潜水艇にレンの治安部長官シュターンミッツが直々に入って来た。

「シュターンミッツ長官。辞表は出さなかったのか?」

 ラビスミーナが言った。

「辞表を出すのはすべてが終わってからだ」

「それは立派なお心がけだ。長官、ヴァグのシロ、ライナー・ウォルフはここに。後はお任せする」

 シュターンミッツは意識のないウォルフに目をやって顔色を変えた。

「何をしたのだ?」

「ご心配なく。気を失っているだけです。それより、アルミンクは?」

「素直に事情聴取に応じている。観念したようだ」

「それはよかった。それで、アダムズは?」

「あいつは死んだ。毒の針を隠し持っていて……自殺だ」

「そうか……」

 ラビスミーナは苦い顔をした。

「自殺……?」

 ヴァンが言葉を失う。

「そうです。ですが、パスキエ殿、あなたがご無事で何よりでした。気をもみましたぞ? あなたを誘拐するなど……命知らずもいいところだ」

 シュターンミッツはラビスミーナを盗み見ながら言い、グリンを始め、ゼフィロウ警備隊の隊員たちが真顔で頷いた。


 ヴァンとラビスミーナはゼフィロウに向かう潜水艇の中でグラスを傾けていた。あれから二人きりになってもヴァンは黙りがちだった。

「ヴァン」

 そっと名前を呼んだラビスミーナの声がヴァンに届いた。

「博士も、あいつも死んだんだな」

「ああ」

「ラビス……パーティーの会場で、意識が遠ざかる俺にあいつが言ったんだ。俺が、憎いと。何でも思うままになる俺が憎いと。博士を殺したのはあいつか?」

「シュターンミッツがそう言っていた」

「博士は息子に殺されたのか?」

「そうだな。逃げて、全てを話そうとした父親を撃ったらしい」

「それは……違うよ、ラビス。博士はすべてを話せるとは思っていなかった。殺されると知っていて走ったのさ、息子を止めるために」

 明かりを落とした豪華な船室でヴァンはそっと涙をぬぐった。

「ヴァン」

 ラビスミーナはヴァンにキスをした。ヴァンの動きが止まった。そのままラビスミーナを見つめる。

「ラビス……?」

「お前がしてくれることを返しただけだ。ヴァン、これからもいろいろなことがあるだろうが誘拐だけはされないで欲しいな。心臓に悪い」

「そうは見えなかったぞ? 嬉々としてウォルフを追っていたじゃないか?」

「それはお前が無事だとわかった後だ」

「ラビス、俺はこれからまたお前に迷惑をかけるかもしれない」

「降りかかった災厄は振り払う。それだけのことだ」

「お前はファマシュそのものだ」

「ヴァン、何を言っている。私がお前のところにたどり着けたのはみんなお前の発明品のお蔭だ。私を守っているのはお前だよ。それとも……そっちこそ今度のことで私に嫌気がさしたか?」

 ラビスミーナは真剣な顔でヴァンを見ていた。

「いや、お前が荒っぽいのは昔から知っている」

(そう、ラビスは子供のころから変わらない。親について行ったゼフィロウ城のパーティーで俺が迷子になった時、ひょっこりと現れて城を案内してくれた。俺がエア様の研究施設に憧れていると知ると、エア様の研究施設を使わせてくれた。後で見つかって危険だからと怒られたが、おかげで俺はエア様に研究所の出入りを許された。俺が困っていると飛んできてくれる危険だが、世にも美しい人……俺はずっとお前を見て来たんだ)

「昔からずっと……」

「ヴァン、それじゃあ、さっさと式を挙げようじゃないか」

「ああ」

 ヴァンはラビスミーナを抱きしめた。


 ゼフィロウ城に戻ると、エアが待っていた。

「お帰り。無事で何よりだった」

 エアの美しい顔がほころぶ。それから、三人の足は自然と家族だけが集まるファマシュの部屋に向いた。


 テーブル上には茶器が用意されていた。

大きな窓からは爽やかな風と光が入る。風がレースのカーテンを揺らし、その向こうでは青い空が深い色を見せていた。

庭の小川がキラキラと輝き、落ち着いた緑が木陰を作る。

素朴で懐かしい空間だった。


「エア様、ご心配をおかけしました」

 ヴァンは頭を下げた。

「ああ、心配したぞ、ヴァン」

 エアは柔らかく微笑んだ。

「家族なのだから、心配するのは当然だ」

 ラビスミーナはそう言うと、ソファーで身を伸ばした。

「はしたないぞ、ラビス」

 エアが笑ってヴァンを見た。それから優雅な手つきで茶を注ぐ。

「父上、そう言えばレンの方から何か言ってきませんか?」

 ラビスミーナはエアを窺った。

「ああ、お前がやったあれこれについてか? 文句は何も言っていなかったぞ? むしろリョサル殿からはこっそり礼を言われたくらいだ」

「ならばよかった」

 ラビスミーナは得意そうにヴァンを見た。

「リョサル殿は今回のことはレン主導で解決したことにして欲しいと言っている。ゼフィロウとしてもヴァグのことに表立って関わりたくないからちょうどいい。ああ、それと……まだ、あったな」

「え、何ですか?」

 ヴァンとラビスミーナが声を合わせた。

「電脳の思念認証システムを新しくしたいそうだ。レンから問い合わせが来ている」

エアはいたずらっぽく笑った。

「ああ、レンの電脳から認証システムをコピーして情報収集したのがばれたかな? ヴァン、あれはとても役に立ったぞ」

「そうか?」

 ラビスミーナを見つめるヴァンの顔が輝く。それからヴァンはエアに向き直った。

「こちらのセキュリティーも上げたいんですね?」

「そういうことだ」

 エアが頷く。

「全くこういうことはイタチごっこだな」

 ラビスミーナは朗らかに笑い、カップを取った。


                 〈終〉




挿絵(By みてみん)



五十鈴様よりラビスミーナのイラストを頂きました。

    ありがとうございました!

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