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「……それで? 説教はもういいだろ。いつもの用があるんじゃないのか」
放っておくと暗くなるまで喋り散らしていそうな勢いの修道女に突っ込んだ。
「大体……!えっ?あ、そうでした! いけませんいけません……お喋りが過ぎましたね。ほら、マーカスもいつまで落ち込んでいるのです? シャンとしなさい」
ようやく本来の要件を思い出したようで、アリスは己が作った墓に近づくとその場に膝をつき、死者の魂の安寧を祈り始めた。マーカスが慌てて同じ姿勢を取る。
「死してなお祈り無き者たちに」
アリスがそう囁くと、その身体が白く輝き始めた。
柔らかな光が吸い込まれるように墓土に触れると、天に向かって糸のような細い光が登っていき、それを辿るように小さな光が空を目指して疾っていく。
殺風景なこの墓地にあってこの時この瞬間だけは、神の恩寵がもたらされていた。
神のたぐいに欠片も敬意の無い己だが、死者への弔意は持っている。同じく膝をつき、頭を垂れ天に昇る魂の安らぎを祈る。
光が収まりアリスが立ち上がると申し訳なさそうな顔をした。
「本当はキチンとしたお墓を建ててあげたいのですが……」
「……充分だろう。これ以上は難しい。異人族の墓にこれだけのことをしているのはむしろ異例だ」
己がそう言うと、アリスは整った顔立ちに憤りを浮かべた。
「私にはそれがわからないんです。聖なるお言葉に従うなら、身分や種族で弔いに差をつけるだなんて許されることではないはずなのに……」
「そーかぁ?昔は野ざらしが当たり前だったんだろ? 行商人とか親父の客とかから聞いたことあっけど、最近じゃあ異人族の死体でも穴掘って埋めるらしいぜ? まぁ、つってもそれも信仰云々なんて理由じゃなくて単純にクセーからだとか魔物やら死体漁りどもが鬱陶しいからだとかが理由らしい…けど…」
相変わらずなマーカスが無遠慮な言葉を吐いた直後、アリスの表情に気付いて顔を青くする。
「貴方はまた!そうやって死者を冒涜するようなことを!」
「い、いや俺が言った訳じゃ……」
「貴方の心構えのことを言ってるんです!この町で暮らす者として、死の床に伏す方々とそれに奉仕する者達に敬意を持ちなさいと何度も言っているでしょう!……どうやら貴方にはまた神の教えを説かなくてはならないようですねぇ……!」
「ひぃ!? せっ説教は、説教は勘弁してくれ!……イデデデデ!?」
逃げようとしたマーカスの腕を掴んで捻り上げたアリスは改めてこちらを向いた。
「それではディル、私達はこれで失礼します。何か足りないものがあったら遠慮なく言ってくださいね?」
「あぁ、わかった」
別れの挨拶を口にしたアリスは喚くマーカスの腕を極めたまま引っ張って、来た道を引き返していった。
「折れる折れるって!?ごめんなさい離してくださいお願いしますぅぅぅ!」
遠ざかっていくマーカスの悲鳴を聞き流しながら己は果たしてあの女に護衛など必要なのだろうかと思ったが、聖職者の女が一人でこんなところに来るのも体裁が悪いし形だけでも護衛役を伴うのも仕方がないのかもしれない。
騒がしい連中を見送りようやく一息ついたと同時に、ほんの少しの寂しさを感じてしまうあたり、己もかなりあの二人に毒されている。
しかし不思議と嫌な気分ではない。
案外己はあの二人と話すのが嫌いではないのかもしれない。
ただもう少し静かにして欲しい。
そう願うばかりだった。