5.辿り着いた記憶
彼女が成仏したあと、おれは只々放心していた。最後の微笑みが忘れられず、本当に成仏したのか、本当に彼女は存在したのか。全てが夢の中の出来事のように感じられた。一部本気で夢にしたい初体験もあったが。
おれは生島から彼女と出会った経緯を聞いた。下校途中に幽霊の唯ちゃんを見つけ、彼女はおれの名前を口にしていたらしい。興味を持った生島は話を聞き、あまりにも純粋な彼女に情が湧いて、普段ならばテキトーにあしらうところが、成仏の協力を申し出たとのこと。
しかし結局、おれと唯ちゃんの馴れ初めがわからず、生島もそこに関しては何も教えてくれなかった。彼女のことが気になって寝不足の休日を過ごしたおれは、次の月曜、大あくびをして登校していた。
「朝からだらしないな、逢坂」
背後から声が掛かったので振り向けば、まあ予想通り生島がいた。
「今日は朗報を持ってきたぞ」
何のことかと顔をしかめれば、写真を一枚ぴらりと目の前に差し出される。
一歩引いてその写真を凝視すると、学生の集合写真のようで、よく部活で試合をしに行く高校のものだった。
生島が人差し指でその中の一点をつく。
そこには顔や手足に包帯を巻きつけた少女が写っていた。
「あ…………?」
その子には見覚えがあった。
――あれはどのくらい前のことだったか。野球の試合でその高校を訪れた時のことである。試合前のウオーミングアップとしてキャッチボールをしていたら、グラウンドの外にボールが飛んでいき、グラウンドを眺めていたらしい彼女が拾ってくれたのだ。包帯が印象的だったからよく覚えている。
ありがとうと受け取ると、はい――と彼女は恥ずかしそうに頷き俯いてしまったので、何か言わなければと思い、野球好きなの――と聞いた。驚いた表情で見上げられ、何かまずったかと心配したが、彼女は微かに笑みを見せて好きと言ってくれた。
おれは調子に乗って、絶対勝つから見ててよと言ってグラウンドへと戻った。
試合は宣言通り、おれの高校の勝ち。辺りを見渡すと、包帯が目印となって彼女を見つけられた。遠くからこちらを見ていたので手を振ってみると、また俯いてそのまま帰ってしまった。
あれれと思ったが、よくよく考えれば他校の生徒が勝っても嬉しくないだろうと気付く。
馬鹿なことをした――
そんな後悔をした一日だった。
おれは生島を見る。ここで彼女の写真を見せるということは――
「まさかその子が…………唯ちゃん?」
「それがわからないほど馬鹿で愚鈍ではなかったようで何よりだ」
本当に失礼な奴だと思いつつ、しかしそれは肯定の意味を示しているわけで。
――そういうことか。
おれは全てに合点がいった。包帯を巻いていたから、片目が隠れて顔がよく見えず、成仏した時の彼女の顔と一致しなかったのだ。
そうか。彼女だったのか。てっきり嫌われたんだと思っていたのに。
「その様子なら、宮下さんと出会った経緯も思い出したらしいな」
生島は満足そうにニヤついた。
「写真があるなら早く見せてくれよ……」
「彼女に口止めされていてね。包帯姿がコンプレックスだったんだろうな」
そう――なのか。確かに学校の中では浮くかもしれない。
「まあ、宮下さんは満足して成仏したんだ。君のおかげでね。それだけで十分じゃないか」
ぽんと肩に手を置かれる。もちろん成仏できたのだから、それはよかったとは思う。
しかし叶うならば、もう少しだけ彼女と話しがしたかった――
「さあ、早く学校に行かないと遅刻するぞ」
「ああ――」
おれは生返事で答えたのだった。