3.おかしなデート
「うっわー、めっちゃ混んでる……」
目の前の光景を目の当たりにし、おれはどこか上の空で呟いた。
宮下さんからデートのお誘いを受けて、すぐの土曜日。野球部の練習をサボったおれは急遽、遊園地へとやってきた。
遊園地デートがしたい――それが彼女の願いだった。
「本当にすごい人ですね……」
見た目九歳、中身は十七歳の彼女も、どこか落ち着きがなく上の空である。
おれには全く霊感がないようで、宮下さんの姿は見えないのだが、どうやらおれと同い年らしい。彼女とは初めて会って以降、今日まで会っていなかったので、生島からの情報である。
『彼女を成仏させるには、彼女の願いを聞いてあげること』
偉そうに生島にそう告げられ、おれは未だ半信半疑のまま従うことにした。本当は生島兄妹がからかっているだけじゃないかとも思ったが、だとしたら盛大に無駄な時間以外の何物でもない。無意味すぎるのだ。
それに宮下さんが本当に幽霊でおれに会いに来てくれたというのなら、いつまでも疑い続けるのは彼女に申し訳ない。
今日は花ちゃんではなく、宮下さんだと思い込み、彼女と接しようと覚悟を決めてきた。
未だ落ち着きのない彼女を見下ろす。やはり見た目は花ちゃんでしかないけれど、雰囲気が全然違う。
「え〜と、宮下さ……」
「ストップ、逢坂」
おれがせっかく覚悟を決めて話し掛けたというのに、後ろに控えるようについて来た生島が眼鏡を光らせて言葉を遮った。
今回は生島の監視の下、デートを行うのだ。彼女を成仏させることが目的だから仕方ないのだが、なんかやるせない。
おれが睨みつけてやると、生島は絶対零度の視線を向けてきた。
「これはデートだ。そんなよそよそしい呼び方じゃなく、下の名前で呼ぶべきだろう」
「お前がいる時点でデートにならんがな」
言い返すが、生島は譲らない。
通常、初対面の人に馴れ馴れしく名前で呼ぶのはなかなか勇気がいるものだ。おれは結構シャイなんだから、そこんところをわかってほしい。
だがしかし、生島の銀縁眼鏡が太陽の光で反射し、おれに眩しいくらいの光線を浴びせてきた。絶対わざとだと思いながら、結局彼女の名前を呼ばざるを得ない状況になってしまった。
ふと彼女に目をやれば、どこか期待に胸を膨らますといったような表情で見上げられている。おれはコホンと一つ咳払いをし、
「唯ちゃん……って呼んでいいかな?」
ぎこちないながら、頑張って聞いてみる。すると彼女は「は、はいっ!」と頬を蒸気させて元気に頷いてくれた。
その反応に素直に可愛いと思ってしまう。
生きている時に出会えていたら。そう思うのはなんか罰当たりかもしれない。
「あの、私も……泰司くんって呼んでいいですか?」
花ちゃんからは呼ばれ慣れているはずなのに、ちょっと気恥ずかしい。
「いいよ。それと同い年なんだし、敬語もやめようよ」
照れ隠しに彼女に提案すると、生島が「ナイスだ、逢坂」と合いの手を入れてくる。正直、雰囲気ぶち壊しだからやめてほしい。
彼女はクスリと微笑んで、「うん、わかった」と言ってくれた。
「よし、だいぶいい雰囲気になったみたいだな」
生島はおれと唯ちゃんの肩を叩いてにやりと笑う。
「僕はこれから、別行動を取ることにするよ。暫くしたらまた合流するから」
生島の視線の先には、いつの間に現れたのか、大人のお姉さんが二人。こちらを見て手を振っている。
見覚えがあった。あのオシャレな美人のお姉さん方は、生島のパトロンのようなものだ。具体的に何のだと問われたらよくわからんし、ただ個人的にそう思っただけである。
生島がモテるのは、もしかしたら霊感を持っていることが関係しているんじゃなかろうか。でなきゃ、こいつがモテることに納得がいかない。
「逢坂、上手くやれよ」
彼女には聞こえないよう、小声でおれに呟く。
「いいのかよ。おれに任せて」
邪魔だ邪魔だとは思ってもいざいなくなると心細い。だいたいおれ一人で彼女を無事に成仏させることができるのだろうか。
「君はただ初デートを楽しめばいい」
生島は眼鏡を指で押し上げ、「宮下さんと一緒にね」と付け足してから、向こうでキャイキャイ言いながら待っているお姉さん達の下へと行ってしまった。
こうなったら、やるしかない……か。
「えっと、じゃあ行こっか?」
「あ……うん!」
こうして、おれと彼女のおかしなデートが始まったのだった――
しかし、何がおかしいって唯ちゃんの外見である。
小学校二年生の女の子の姿なわけだから、傍から見れば、おれ達は兄と妹に見えるに違いない。そこをいかに恋人同士になって楽しむか。正直、そういった経験が皆無のおれには難易度が高すぎる。
「あ、の……泰司くんは何か乗りたいものはある?」
おずおずと見上げてくる彼女を見て、おれはとりあえず生島の言う通り楽しむことにしようと決意を固める。彼女はおれとデートしたいと言ってくれた。ならば、おれなりのやり方で彼女とデートを楽しむのが筋というものだろう。
「そうだな〜、まずはメリーゴーランドとかどうかな?」
唯ちゃんは花ちゃんの体なわけで、身長制限なども考えなければなるまい。とりあえず遊園地の定番を選んでみた。
唯ちゃんは、にこりと微笑んで頷いた。
メリーゴーランドに向かうと、さして並ばずに順番がまわってきた。
馬の他に二人乗りのカボチャの馬車もあり、唯ちゃんはそれに乗ろうと言ってきた。
「馬じゃなくていいの?」
「うん、二人で乗りたいの」
そう言ってすぐに、彼女はカボチャの馬車に座ったので、おれも後に続いた。
ほどなくメリーゴーランドが動き出す。周りの景色はというと、子供の写真を撮ろうとする親たちばかりだった。
思えばメリーゴーランドに乗ったのは初めてかもしれない。結構恥ずかしいもんだなと今さら感じてくる。
「ごめんね、泰司くん。私のわがままを聞いてもらって」
いつの間にか唯ちゃんがこっちを見ていた。
「気にしないでよ」
おれは慌てて首を振る。
唯ちゃんは小さく「ありがとう」と言った。
そこでおれはずっと聞きたかったことを尋ねることにした。
「おれと唯ちゃんってどこかで会ってたりする?」
彼女はクスリと笑う。
「泰司くんって野球部とバスケ部、掛け持ちしてるでしょ?」
突然当てられ、おれは驚き頷いた。何故知っているのだろうか。
「私の高校に、泰司くんが試合をしに来たことが何度かあるの」
――なるほど。そういうことか。
「ちょっとした有名人だったんだよ」
「おれが?」
「うん。野球もバスケも、うちの高校負けちゃったもの。泰司くんは試合で目立ってたから、何者だ! って話題になってた」
唯ちゃんはクスクス笑いながら、おれを見る。
やっぱおれってすごかったのかと、自画自賛したくなってくる。
が、まだ唯ちゃんから肝心の答えを聞いていない。
「それで結局、おれと唯ちゃんって実際に話したことはあるの?」
すると唯ちゃんは、う〜んと唸りだし、ぐるぐると回る景色を眺め、再度おれに向き直る。
「……内緒」
いたずらっぽく微笑んだ。
内緒ときたか。まあ本当に話したことがあるのならば、忘れているおれが悪いんだけど。
そこでちょうど、メリーゴーランドが止まる。
「もう終わっちゃった」
少し寂しそうだった。
「もう一回乗る?」
「ううん、せっかくだから色々乗ってみたいな」
どうやらあまり遊園地に来たことがないらしい。ということで、おれは彼女の希望に添いつつ、乗り物を制覇していくことにした。
〈コーヒーカップ〉
「きゃ〜! 目が回る〜!」
「ゆ、唯ちゃん! 回し過ぎだからぁ!」
〈お化け屋敷〉
「泰司くん! 幽霊がいるよ!」
「君もね」
〈ジェットコースター(子供でも乗れる)〉
「泰司くん、もう一回乗ろう!」
「えっ四回目だけど!?」
とまあこんな感じで、おれたちはお昼を食べるのを忘れるほど夢中で遊んだ。
案外、唯ちゃんは怖いもの知らずだということを学ぶ。
「ごめんね、お昼三時になっちゃった」
「いいって、謝らなくても。おれも忘れてたし」
唯ちゃんは申し訳なさそうに苦笑し、遊園地内の店で買ったホットドッグを、ぱくりと口に入れる。おれも同じくホットドッグを頬張った。
外に設置されたテーブルに座っているのだが、天気がいいと外で食べるのもうまい。
美味しそうに食べる唯ちゃんを見て、おれはようやく彼女の存在を信じられるようになっていた。今さらとは言うなかれ。
しかし、そこで浮かぶもう一つの疑問。聞いていいものか悩んだが、やっぱり気になる。
「あのさ、唯ちゃんが亡くなった理由聞いてもいいかな?」
ホットドッグを一通り食べ終え、ジュースを飲んでいた彼女はこちらを驚いたように見つめた。そのまま黙り込んでしまい、やはり聞いたらまずかったかと思ったが、
「病気で死んだみたい」
首を傾げながら、案外明るく答えてくれた。
「あんまり死んだ瞬間は覚えてないの。気付いたら、彷徨ってて」
「そう……なんだ」
一体どんな病気だったのだろう。辛い思いをしていたのだろうか。
「……元々、体が弱かったの。体力もかなり限界に近付いてたから――覚悟はしてたんだ」
そう言って彼女はにっこり微笑んだ。逆に気を遣わせてしまったかもしれない。おれが何か言わなくちゃと言葉を探していると、泰司くん――と彼女はどこか恥ずかしそうに見上げて言った。
「あの――一緒に観覧車に乗ってくれる?」