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魔法少女を夢見ませんか?  作者: 烏口泣鳴
少女は英雄になれない、それでもヒーローを目指す
9/14

法子Aside 戦いの夜

 看護士が昨日の夜に近くで爆発があったと気楽に話していた。

 それを聞いた法子は初めの内こそ驚いていたが、看護師があまりに明るく喋るので大した事の無い様に思えて、今は看護師の話を聞き流しながらあの魔王の息子の事を考えている。

 ショッピングモールを破壊した魔王の恐怖。それを思えば、魔王の息子は恐怖の対象であるはずなのに、何故だか全く怖いと思えない。魔王の息子はこれから共に行動しようと言っていた。力を手に入れたいから手伝えと。

 ヒーローを目指すならそれを断るべきだと思う。魔王の息子に力を与えるなんて悪役のする事だ。けれど法子はまた魔王の息子とまた会いたいと思っている。手伝えたら良いなと思っている。魔王の息子の精悍な顔を思い出す。その強さを思い出す。恋の魔法を手に入れるという何処か間抜けな目的を思い出す。法子は何だか魔王の息子の事がヒーローの様に思えたのだ。ほんの僅かな会話をしただけであったけれど、魔王の姿の立ち居振る舞いから、まるで世界の中心に立っている様なそんな魅力を感じたのだ。

 だから一緒に居たいと思った。一緒に居れば、自分も同じく世界の中心に立てる気がして。

 それらは全部言い訳で、ただ気負わず自然体で接してくれる貴重な会話相手になりそうだから、友達になりたいと思っているだけかもしれないけれど。とにかくまたあの魔王の息子に出会いたかった。

 ぼんやりとしている法子を無視して看護師は一通り話したい事を話し終え、満足すると病室を出て行った。それから慌てて戻ってきて検査の結果に異常が無い事を教えてくれた。しばらくして医者もやって来て、改めて検査の結果異常が見つからない事を知らされ、直ぐにでも帰れる旨を伝えられた。

 法子はそれを聞いた瞬間、かつて無い程、晴れやかに笑った。家に帰れる。明日からは学校に行ける。摩子や将刀に会える。そう思うと、嬉しくてしょうがなくなった。

 法子はすぐさま電話を借りて、母親に連絡をした。

 お昼には母親が迎えに来てくれて、そのまま帰宅する事になった。

 帰る途中、軽い調子で母親が言った。

「しばらくは学校休んでても良いよ」

 今迄の法子ならきっとそれを喜んで応諾し、そして家の中に引きこもっただろう。でも今は違う。学校に待ってくれている人達がいる。だから法子は笑った。

「ううん。明日からちゃんと行く。体、何とも無いもん」

 母親は驚きに固まって、

「そう」

としか言えなかった。

 法子は母親の驚きがおかしくて更に笑った。

 家に帰ると弟が居た。まだ学校があるはずなのに。

「あんたどうしているの?」

「何か俺の学校が壊されてて、危ないから休みになった」

「何? 壊されたって」

「さあ、俺は見に行ってないから分かんないけど、友達に言わせるとでっかいバットでぶっ叩いたみたいに校舎が壊れてるって」

「爆発したって事?」

「違うよ。だから殴ったみたいに壊れてるんだって」

 何だそれ、と法子は混乱する。爆発に校舎の破壊、それに魔王の息子に襲撃者。どう関係しているのかは分からないが、何だか町で変な事が起きている気がする。

「ま、そんな訳で俺はしばらく休み。これから友達と遊んでくる」

 外へ向かおうとする弟に法子が慌てて声を掛けた。

「気を付けなよ。変な事が一杯起こってるんだから」

「大丈夫大丈夫。姉ちゃんこそ巻き込まれんなよ。まあ、しばらく学校休むんだろうから外の事は関係ないかもしれないけど」

 弟がからかう様に笑った。法子も笑って応戦する。

「明日からちゃんと行くもん」

「え? 母さんが行けって言ったの?」

「違うよ。休んでいいよって言われたけど、私が行きたいから行くの」

 弟が母親と同じ様な驚き方をした。それも一層大仰な様子で、まるで凍り付いたみたいに固まってしまった。

 それを見て始めの内は優越感を感じていた法子だが、かなり長い間固まっているので、流石にむっとした。

「何?」

 失礼だろうと法子が問い質す。

「い、いや、うん、その」

 弟はしどろもどろになって法子を見つめた。

「そんなに私が学校に行くのが変?」

「まあ」

 法子は胸を張る。

「あんまりお姉ちゃんを舐めるなよ。じゃあね」

 勝ち誇ったまま法子が自室へ向かう。

 勢い込んで部屋の中に入った法子は固まった。

 言葉が出ずに、部屋の中を指差して口を戦慄かせる。

 法子の部屋には昨日会った魔王の息子が居た。

「昨日言った通りだ。今日からよろしく頼むぞ」

 そんな事を言った。ふんぞり返っている。

「ナンデここに?」

「だから昨日言っただろ? これから一緒に行動するって」

 呆然としている法子を前に、魔王が恭しく礼をする。

「名乗るのがまだだったな。ルーマと言う」

 ルーマの自己紹介に、法子も慌てて答えた。

「あ、はい。えっと十八娘法子です」

「これからよろしく頼む」

 そう言われたので、何も考えず反射的に返す。

「はい、お願いします」

 言ってから、自分が大変な事を言ってしまった事に気が付いた。取り消さなくちゃと思うのだが、ルーマは勝手に話を進めようとする。

「じゃあ、今後の方針だが」

 それを法子が慌てて遮った。

「ちょっと待ってください」

「どうした?」

「無しです! さっきのは無し?」

「さっきっていうのは?」

「その、これから一緒に行動するのは無しです」

「どうして?」

「どうしてって、それは」

 法子は問い返されてしどろもどろになってしまう。能々考えれば理由は特に無い。むしろ一緒に行動したって良いと思っている。

「昨日言っただろう? 人間と魔物は今手を組み始めている。仲良くして行こう」

「あの」

 確かにその通りで、実際ルーマから敵意は感じない」

「あの、あの、確かに」

「そうだろう? 何、心配するな。迷惑は掛けんよ。無用な衝突は起こさんよ。俺の外見はお前等人間と同じだし、こちらの世界の事も勉強した」

「そう何ですか?」

「うむ。共に行動すればそちらの目的に助力は惜しまないぞ。この国の言葉で言うなら、一宿一飯の恩義を果たすというやつだ」

「はあ」

 曖昧に返事をしてから、ルーマの言葉に引っかかり、思わず聞き返す。

「一宿一飯?」

「そうだ。飯や宿を受け取った場合にそう言うのだろう? まさにこの状況の事だ」

「まさかと思うんですけど、もしかして、あの勘違いかもしれないんですけど、宿ってこの家の事を言ってます?」

 その言葉を無視して、ルーマが窓の外を指差した。

「この町で異常が起こっている事には気がついているか?」

「あの宿って」

「爆発や戦闘、町を少し歩いてみろ、多くの人間がこの町で異常が起こっていると囁き合っている」

 法子が慌てて窓の外を見る。真っ暗な闇が広がっているだけで、ルーマの言う様な異常は見えない。けれど確か今日の朝、看護師が爆発があったと言っていたのではなかったか。

「何で? 誰が?」

「さあな。理由は分からん。誰かも分からんが、人間がそこかしこで戦っている。この場所で間違いなく何かが起こっているんだ。それをどうにかしたいと思わないか?」

「どうにか?」

「問題を排斥して、正常な世界を取り戻したくはないか?」

「それは、したいです。解決したいです」

 男が笑う。

「なら俺がそれを手伝おう」

「ルーマさんが?」

「あんた一人で解決出来る自信があるのか?」

「それは」

「仲間は一人でもいた方が良いだろう?」

「それは分かります。でも、どうして? ルーマさんはどうして人間の事を助けようとしてくれるんですか? だって、ルーマさんには関係ないでしょ?」

「こっちにも利益がある。強そうな奴も居たからな。戦闘になれば、昨日話した恋の魔法が見られるかもしれん。そうで無くとも人間達が使う魔法は俺達にとっては珍しいものが多いだろうしな。実地に闘って知っておきたい」

「そうですか」

 法子は目を瞑る。信じていいものか分からない。けれど爆発事件が起こった事は確か。杞憂ならそれで良い。でももし、本当にこの街で何かが起こっているのだとしたら、ルーマと手を組んだ方が良い。目を開いてルーマを見る。特に信じる理由がある訳ではないが、疑う理由も無く、見た所ルーマに敵意がある様にも見えないので、信じても問題なさそうに思えた。

「分かりました」

 法子が頷くと、ルーマが力強い笑みを浮かべた。

「では契約成立だ。よろしく頼む」

「はい、お願いします」

「では早速だが部屋を用意してくれるか?」

「は?」

 法子が固まる。

「狭くとも構わん。外観を見たところ望めそうにないしな」

「あの、ちょっと」

「どうした?」

「何で私が泊めないと」

「言わなかったか? 寝泊まりできる場所が無いんだ。そういった施設にはどうやらこの世界の金が必要らしいが、あいにく持っていないしな」

「そんな……そんなの無理です!」

 その時、部屋の扉が開いた。

「法子? さっきから何騒いでるの?」

 法子の母親だった。法子の母親は心配そうに部屋を覗き、法子を見て、ルーマを見て、

「あら」

そんな声を出した。

 一方で法子は呆けた様子で、口が半開きのまま固まった。母親はもう一度法子を向いて、目を見開いたかと思うと、

「あら!」

そう叫び、

「ごめんなさいね。どうぞごゆっくり」

母親のにやけた顔が引っ込んで、扉が閉まる。

「待って! 説明させて!」

 法子は閉まり切った扉に縋りついた。

 扉の向こうから母親が嬉しそうな忍び笑いをしながら階段を駆け下りる音が聞こえた。


「まあ、イタリアから」

「日本語上手だね」

 母親と弟が興味津々にルーマへ接しているのを見て、法子は苦い顔で黙り込んでいた。

 母親はルーマを見つけた後、すぐに弟を呼び戻して、幾分遅いお昼ご飯、あるいは大分早い夕飯が開始される事になった。母親と弟は積極的にルーマへ話しかけ、ルーマはそれに快く応じている。法子だけが独り黙り込んでいた。

 何だよ、イタリアって。魔界から来たくせに。ていうか、ルーマさんの二人への態度、私と大分違うんじゃない? 等と心の中で愚痴りつつ、法子は黙々とひじきを口に運んでいる。

 一方ルーマは二人の質問攻めを上手に嘘で居なしつつ、食卓に並べられた料理達をどんどんと口の中に放り込んでいる。

「沢山の人と交流したいので、色々な言語を学びました」

「豪いわねぇ。法子、あんたも見習いなさい」

「俺も中学入ったら頑張ろう」

 ルーマは法子にとってファンタジーへの入り口だ。だからルーマには日常に入ってきて欲しくなかった。日常と混じり合えば、ルーマの纏う神秘性が溶けてなくなってしまう気がする。

 それに恥ずかしかった。ルーマの事が嫌いな訳ではないけれど、母親と弟がきっかけさえあれば法子とルーマの関係を問いただそうとそわそわしているのがとてつもなく恥ずかしい。けれど本当の事は言えないし、下手に弁解すれば余計にこじれてしまう可能性がある。出来るだけ気付かれない様に身を縮めてやり過ごそうとする。時たま振られる会話もほとんど口を出せずに、法子はこの時間が早く終わる様に祈りながらじっと待ち続けた。

 それから一時間ほどして、法子にとっては長い長いいたたまれない団欒が終わる。終わりの気配を感じ取った法子はほっと安堵して肩の力を抜いたのだが、その時母親が唐突に凄まじい事を言った。

「じゃあ、ルーマさん、泊まっていきなさいよ」

「はぁ?」

 今迄黙っていた法子が素っ頓狂な声を上げる。母親が法子を睨みつけた。

「ごめんなさいねぇ、この子、さっきからずっと喋らなくて。恥ずかしがり屋で。きっと嬉しいはずなんですけど」

「いえ、でも突然泊めていただくわけにも」

 ルーマが腹の中を隠して笑顔で応じる。

「そんな。泊まる所が無いのでしたら、どうぞうちに」

「そうだよ、泊まっていきなよ」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 そうしてあっさりと言質を取ったルーマは爽やかに応じた。

 法子は納得がいかない。いかないがその不満を表に出せば怒られると分かっていたので、何も言えなかった。

 母親に命令されて、法子は弟とルーマの泊まる部屋を片付ける事になった。日が暮れ終えた頃になってようやく仕事を終えた法子は、ルーマが部屋に案内されているのを尻目に、疲れ切って自室に戻った。今日はもう誰とも会わないという不退転の決意を持って、固くドアを閉す。だが閉めた瞬間、その反対の窓からルーマが入り込んできた。

「さて、作戦会議と行こうか」

 苛立ちが頂点に達した法子はもはや礼儀も恐れも全て捨て去って、ぞんざいに言い放った。

「ちょっといきなり入って来ないでよ!」

「何、これから一緒に行動するんだ。この位、目くじらを立てるなよ」

「これ位って……」

 ふと嫌な予感がした。そもそも一緒って何処まで一緒に行動するつもりなんだろうと。まさかお風呂やトイレまで? 夜寝る時も一緒とか? そんなの絶対やだ。

 そんな法子の悩みは顔に出ていて、ルーマが笑って否定する。

「そんな四六時中一緒に居る気は無い。あくまで目的は魔術師との戦闘。一緒に見回りをしましょうという訳だ」

 それを聞いて法子は安堵する。

 だが、ルーマは予想外の場所から法子を攻撃してきた。

「それで法子は学校って所に行くんだろう?」

「え?」

 ちょっと待ってと法子は心の中で呟いた。

「人が多い場所みたいだし、魔術師が居るかも知れん。俺も一緒に行こう」

 やっぱり。思わず法子の息が詰まった。そうして息が回復した瞬間怒鳴る。

「駄目! 絶対駄目!」

「どうしてだ? 二人の目的を考えるなら」

「何が何でもどうしたって絶対に駄目!」

 折角学校が楽しくなりそうなのだ。折角今迄の暗い日常が変わりそうなのだ。そこに異物が入ったら壊れてしまう可能性がある。だからどうしたって許せない。

「絶対駄目だからね! もし来たら」

「来たら?」

「あなたを殺して、私も死ぬ」

 何処までも真剣に法子は言った。

 ルーマは肩を竦める。

「仕方が無い。では学校は法子に任せるとしよう」

 法子が安堵してそっと息を吐く。

 それを見て、ルーマは意地悪く言った。

「そんな反応をされると、学校がどんな場所か気になるな」

 法子がルーマを睨む。

「絶対来ちゃ駄目だからね」

「分かったよ」

 本当に分かっているのか法子は心配になる。漫画とかだとこういうのって大抵はどんなに止めても来ちゃうものだけど。とはいえ、止めても来るのなら何を言っても無駄だ。止めて来ない様ならもう十分に伝えた。そう考えて、法子は何も言わずに、ただじっとルーマを睨んだ。

 それをおかしそうに眺めていたルーマだが突然顔を上げ、窓の外を見た。外では夜が始まり、欠け始めた月が空に浮かんでいた。

「始まったか」

「何が?」

 法子が尋ねてもルーマは無視をして窓の外を見つめ続けている。

 じっと窓の外を見て動かないルーマに苛立って、法子が再度尋ねた。

「だーかーらー、何が?」

 ルーマが立ち上がる。

「戦闘さ」

 途端に法子の中に緊張感が灯った。

 そんな法子を置いて、ルーマは窓を開け、外に出る。

「行くぞ、法子! 戦いの夜が始まった!」

「ちょっと! 作戦会議は?」

 法子が慌てて変身を終えて、窓から飛び出る。

「作戦会議なぞいつでも出来る。反して、今起こっている戦闘は今しか起こりえない」

 ルーマは屋根を跳び次ぎながら、辺りを睥睨する。

 法子が尋ねる。

「それで、何処に行くの?」

「向こうだ」

 ルーマが指差した場所に向けて、法子は気配を探る。だが何の気配も感じない。その反面、別の場所からは幾つも異常な気配を感じるのに。

「どうして? 何も感じないけど」

「何か不気味な感覚がある」

 不気味な感覚? と法子は訝しんで、感覚を研ぎ澄ませた。だがやはり何も感じない。

「全然感じないけど」

「これから何か起こる予感がする。あくまで予感だ」

 法子には理解出来ない。だが予感と言っている割に、ルーマの声には確信があった。

 ルーマに引っ張られながら法子は思う。

 きっと本当に何かあるのだろう。

 だってルーマはまるで物語の主人公の様だから。

 主人公の言う事なのだからきっと本当に違いない。

 そしてそんな主人公と共に行動する自分は、ここからヒーローとして歩き出すんだ。

 やがて二人は学校に着いた。

 学校は月明かりに照らされて白く浮き上がっていた。校舎内では非常灯が仄かに輝き、緑色の暗い闇を作りだしていた。昼間は賑やかな学校も夜間には人気が消え、角ばった幾何学的な校舎は闇と静寂の中、まるで廃墟の様な雰囲気を醸し出している。

 法子は闇の中、目を凝らし、校舎の中に人影が無い事を確認すると、一層不気味に思って身を震わせた。

「気を付けろ。そこら中に罠が張ってある」

 法子が辺りを見回す。すると解析が働いて罠が光って見えた。更に集中すると、何処に入れば罠に引っかかるかも見えてきた。便利だなぁと自分の事ながら思う。

「どうした?」

 ルーマが不審がって法子を見た。

「ううん、何でもない」

 この能力の事はルーマに秘密にしておこうと思った。もしも戦いになった時に、出来るだけ自分能力は知られていない方が良い。

 法子の不審を恐れによるものと解釈したルーマは背を向けて言った。

「まあ、あまり怖がるな。とにかく俺の近くに居ろ。そうすれば罠は動かない」

 そういう能力を持っているのかなと思って、法子はルーマの傍に寄った。確かにルーマの傍にいると罠の範囲に入っても罠は発動しなかった。

「ねえ、この中で何をしようとしてるのか分かる」

 法子は近付く校舎を見上げてふとそう言った。

「さあな。俺はこの中に居る奴じゃないからな」

「だよね」

「まあ、まともな理由ではないだろう」

 法子は思わず下唇を噛んだ。良い思い出が無いとはいえ、自分の通う学校だ。何としてでも止めなくてはならない。

 やがて法子とルーマは校庭を真っ直ぐ突っ切って校舎に辿り着いた。

 法子は自分の手が緊張で湿っている事に気がついた。中に誰か悪い人が居て最悪戦いになる。そう思うと怖かった。けれど行かなければならない。出来るだけ相手に気付かれずに、逸早く相手に気が付ける様に、慎重に行動しなければならない。法子は唾を呑みこんで、隣のルーマを見た。

 その瞬間、ルーマが豪快な音を立てて強引に扉を突き破った。悠々とした様子で校舎に踏み込んでいくルーマを見て、法子は慌ててそれを追った。

「ちょ、ちょっと!」

「どうした?」

 ルーマは脇目も振らずに廊下を歩く。

「どうしたって……相手に気が付かれちゃうでしょ」

「何を言っている。この敷地に入った時点で俺達の存在はばれてるよ」

「え? そうなの?」

「ほら、早速お出迎えだ」

 法子が恐る恐る廊下の先を見ると、月明かりに浮きあがった人影が独り立っていた。顔を俯かせ、腕をだらりと下げて、陰るその姿は不気味だ。

 法子が相手の様子を窺っていると、ルーマが言った。

「さて向こうは戦う気の様だが、どうする?」

 法子はその言葉に促されて臨戦態勢に入った。

 するとルーマが法子の後ろに下がった。

「戦うか。なら俺は全力を以って後ろで応援していよう」

 法子が思わず振り返る。

「ちょっと! 戦わないの?」

「相手は一人だろ。二人がかりで戦うのは卑怯だ」

「卑怯って。こんな状況で」

「俺は卑怯な事はしない」

 ルーマがそう言って、そっぽを向く。法子はどう説得したものかと考える。自分からこの場に連れて来ておいて戦わないのはずるい。

「ならルーマが相手と一対一で戦ったって良いじゃん」

「ならどっちが戦うかくじ引きで決めるか」

 法子はそれに賛同しそうになったが、躊躇し、考え込み、そして拒絶した。

「ううん、やっぱり私が戦う」

「急にどうした?」

 法子はショッピングモールでの失態を思い出していた。あの時は、人々を助けるという正解を捨てて、魔王に挑み、そして結局何も出来ず、それどころか周りに迷惑を掛けた。でも今はただ戦えば良い。怪しい事をしている相手を倒せばそれでみんなを助けられる。こんなに分かり易い事は無い。今ならあの失態を挽回できそうだった。今挽回しなければ永遠に惨めなままの様な気がした。

 それに、摩子と将刀、二人のクラスメイトの顔が思い浮かぶ。この学校は法子の通う学校だ。今迄良い事なんて一つも無い、孤独ばっかり意識させられる、嫌で嫌で堪らなかった学校だ。いっその事壊れてしまえば良いのにといつも思っていた学校だ。けれど明日からは変わるかもしれない。暗く鬱屈とした日常が明るく晴れやかな日常に変わるかもしれない。それを壊される訳にはいかなかった。

「だって、ここは私の学校だもん。だから私があいつを倒す」

 そう言って、法子は会話を打ち切り、敵と向き合った。敵は先程と同じ格好で動かない。もしかしてこっちの会話が終わるのを待っててくれたのかな。もしかしたら相手は良い人なのかもしれない。

 法子がそんな呑気な事を考えていると、それを裏切る様に状況が動いた。いつの間にか、敵の周りに人形が立っていた。足首の高さにも届かない小さな人形が七体。立ち上がって一礼して、踊りを踊り始めた。

 敵の口元に月光が映る。にたりと薄気味の悪い笑みを浮かべていた。

 法子は即座に相手を解析する。

 どうやら闘犬に類比させた魔術で、敵を檻の中に閉じ込め、敵か自分どちらかが倒れるまで戦い続けるらしい。加えて、南東の美術室とも解析できたが、その意味は分からない。

 とにかく敵の能力は分かった。後は戦うだけだ。

 刀を構えた法子はゆっくりと身を沈める。その後ろでルーマは興味深そうに笑っていた。

 廊下には月の灯りが照り込んでいる。茫洋と明るい廊下は何か粘液にでも満ちている様な月明かり特有のよそよそしさがあって、十歩歩いても一歩しか進めない様な、そんな粘り気があった。

 法子は目の前の男を見る。男の笑みが深くなり、口角が吊りあがり、獰猛さが増していく。足元の人形達は変わらず同じ踊りを踊っている。それが気になった。何だか不気味だ。

 涎を垂らす男と足元で踊る人形を気味悪く思いながら、法子は考える。恐らくあの人形は涎を垂らしている男が操っているんじゃない。そんなの解析には出ていなかったから。それならば人形を操る敵を見つけ倒さなくちゃいけない。姿の見えない敵程、恐ろしいものは無い。

 法子が刀を握り締め辺りを見回した。

 けれど涎を垂らす男は結界を張る様だ。現に今周囲はある場所を境に魔力の流れが食い違っていた。

 ならばまずは結界を張る男を倒すしか無い。

 既に法子は駆けていた。先手必勝。男が構える前に倒してしまおうと、真っ直ぐ男へ迫り、そして一気に刀を抜き放つ。男は反応すらしなかった。

 法子が左から右へ水平に振った刀は男の右腕へ切り込みを入れ、慌てて法子が刃を止めた為にそれ以上は進まなかった。

 切って、しまった。人を。

 かつて純を切ってしまった時の事を思い出し、体が戦慄き始めた。

 てっきり避けると思っていた。それなのに男は避けなくて、それで切ってしまった。また。人を。切ってしまった。法子が掠れる息を吐きながら男の顔を見つめる。

 男は笑っていた。

 法子は飛びのいて、恐ろしげに男を見つめた。

 男は一向に動く気配が無い。切られた事等まるで頓着せずに立ち尽くしている。痛みを感じていない様に、凶暴な笑みを浮かべ続けている。男の右腕は肘の直ぐ上に切りこみが入り、取れかけている。だが血は出ていない。

 男の腕の傷が塞がっていく。魔術で治癒している様だ。先程避けなかったのは戦闘に支障が無いと考えての事だろうか。怪我を負う毎に強くなる魔術? けれどもしも手を止めなければ胴体が真っ二つになっていた。流石にそれでは死んでしまう。どうして避けなかった? もしかしたら。

「人形?」

 良く見れば、目に生気が無い。

「そっか。人形だから」

 人形なのか。それならば。

 法子は気を取り直して、刀が鞘から抜けない様に封じてから、鞘ごと刀を構えた。幾ら人形と言っても物凄く精巧だ。流石に切りたくない。

 法子が男を睨む。

 男は笑っている。

 法子が身を沈める。

 男の姿が消える。

「え?」

 法子が呆気にとられた声を出しながらも、咄嗟に刀を顔の左に持ち上げる。次の瞬間、刀とそれを持つ手に衝撃が走って、法子はよろめいた。左を見ると、男が攻撃の反動で後ろに下がりながら着地するところだった。

「危なかった」

 男は着地した瞬間、今度は真っ直ぐに飛び掛かって来た。男の右腕が振るわれ、法子の顔に迫る。法子はそれを刀で払った。法子の刀が男の腕を弾くと骨の折れる音がした。更に法子の顔面に男の左腕が振るわれる。法子がしゃがみこんでそれを避け、同時に左に振り切っていた刀を返して、男の右脇腹に叩きこんだ。男は怯まない。男の右足刀が法子の顔面を狙う。法子は左手に刀を一本生み出して二刀流となり、同時に顔を右に振って男の足刀を躱す。足刀が法子の顔を掠めた瞬間、今度は男の左足が法子の右側面に迫る。それを生み出したばかりの刀で払う。骨の折れる音がする。

 更に男が攻撃の気配を見せたので、法子は距離をとる為に、後ろへ跳び退った。だが男はそれを逃がさず、襲い掛かってくる。法子は一呼吸おいて、刀を構え直し、男の突き出す左腕を叩き落とし、横から迫る右足を避け、そして左の刀で男の胸を突いた。湿った材木を折り砕いた様な音が聞こえたが、男は止まらない。男が体を捩じって、刀から逃れ、回転を利用して、斜め上から右足を振り下ろしてきた。法子が再び跳び退ってそれを躱す。そこへ更に男の右腕が横から迫ったので、法子は更に後ろへ下がる。が、途中で壁か何かに突き当たり、避けきれず、法子は左腕で敵のフックを防御した。防御した左腕の骨が折れる。だが痛みは感じない。すぐさま修復される。法子が右の腕で男の胸を突き、何とか引き剥がした後、両の刀を男に押し当て、思いっきり押し込んで突き飛ばした。

 ようやっと距離が離れ、人心地ついた法子は、そっと呟いた。

「速い」

 男が笑いを更に深くする。

 法子はその笑顔から視線を逸らし背後を見た。

 さっき背中に何かが当たった。

 恐らく男の張る結界。

 まるで壁の様に触れる事が出来る。

 それならば簡単な事なのではないだろうか。

 法子が男へ顔を戻す。

 男が消えた。

 法子が慌てて横に跳び、廊下の側壁に着地しようとすると、その前に見えない何かにぶつかった。男の作った檻だ。見えないからやり辛いなぁと思っていると、男が再び飛び掛かって来た。法子が檻を蹴って天井に跳んで、上に張られた檻に着地する。その瞬間、下に跳んで地面に下り、更に跳び、跳んで、止まる事無く檻の中を縦横に跳ぶ。男がそれを追って、同じ様に跳ね回る。

 男と鬼ごっこをしながら、法子は見えない檻を観察した。解析がどんどんと結果をはじき出していく。解析はやがて終わった。その結果を元に、刀へ魔術を付与した。男の張った結界を切り裂く魔術を。

 男の一撃を刹那で躱し、法子は見えない檻を一際強く蹴って、跳んだ先の檻を切り裂いた。裂けた合間を抜け、廊下に着地、そのまま廊下を駆けた。

「出られた!」

 まずは人形を操る敵を倒す。

 恐らくそいつが居る場所は美術室。

 美術室は辿り着いた法子が扉を開けて入り込むと、薄らと物の輪郭だけが影絵の様に見えた。月明かりの入らない美術室は廊下に比べると酷く暗かったが、それでも外から微かな灯りが漏れ混んでいて、見えない事は無い。

 法子は辺りを見回して、不思議そうに声を漏らした。

 そこには誰も居なかった。

 人形を操っている魔術師が居るはずなのに。

 法子が訝しみながら美術室を見回す。

 奇妙な美術室だった。いつも見ている美術室と全く違う。

 すると背後からルーマが面白そうに言った。

「争った後があるな」

 そう、美術室の中は強風が吹き荒れた様に乱れていた。ガラス窓の一部も割れている。辺りには栗のいがの様な刺が散らばっている。

 何かあったのだ。

 だが何があったのか。ここに誰が居たのか。まるで分からない。

「逃げられたのかな?」

「何とも言えん。だが確かにさっきこの辺りから強い魔力を感じた」

 戦っていた所為で気が付かなかった。

「おしい事をしたな」

 ルーマが実に嬉しそうに、そして悔しそうに語る。

 どうやらここに居た者と戦いたかった様だ。その子供っぽい凶暴な意志が透けて見えた。

 法子が呆れながらその表情を眺めていると、やがてルーマは窓の外を見て、言った。

「戦いの反応が消えていく。今日はもうお終いだな」

 法子も同じ様に外を見た。

 森閑とした月夜が割れた窓に映えていた。町のあちこちに起こっていた異常な気配はいつの間にか消えていた。

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