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魔法少女を夢見ませんか?  作者: 烏口泣鳴
少女は英雄になれない、それでもヒーローを目指す
10/14

法子Bside 魔法少女の夢

 看護士が昨日の夜に近くで爆発があったと気楽に話していた。

 それを聞いた法子は初めの内こそ驚いていたが、看護師があまりに明るく喋るので大した事の無い様に思えて、今は看護師の話を聞き流しながらあの魔王の息子の事を考えている。

 ショッピングモールを破壊した魔王の恐怖。それを思えば、魔王の息子は恐怖の対象であるはずなのに、何故だか全く怖いと思えない。魔王の息子はこれから共に行動しようと言っていた。力を手に入れたいから手伝えと。

 ヒーローを目指すならそれを断るべきだと思う。魔王の息子に力を与えるなんて悪役のする事だ。けれど法子はまた魔王の息子とまた会いたいと思っている。手伝えたら良いなと思っている。魔王の息子の精悍な顔を思い出す。その強さを思い出す。恋の魔法を手に入れるという何処か間抜けな目的を思い出す。法子は何だか魔王の息子の事がヒーローの様に思えたのだ。ほんの僅かな会話をしただけであったけれど、魔王の姿の立ち居振る舞いから、まるで世界の中心に立っている様なそんな魅力を感じたのだ。

 だから一緒に居たいと思った。一緒に居れば、自分も同じく世界の中心に立てる気がして。

「法子、それはいけないよ」

「タマちゃん」

「奴は魔王の息子。幾ら取り繕おうと人類の敵だ。仲良くは出来ない」

「なら戦わなくちゃいけないの?」

「いや、恐らく無理だ」

「うん、私も勝てるとは思えない」

 昨日、現れた魔物を一瞬の内に片付けていた。その時明確な力量差を感じた。

「どうすれば良い?」

「とにかく味方にならない」

「そう、だよね。そうするしかないよね」

 私はみんなを助けるんだ。そう願って魔法少女になった。それなら、せめて正義の味方らしく行動しよう。

 タマと会話していて黙り込んでいる法子等おかまいなしに、看護師は一通り話したい事を話し終え、満足すると病室を出て行った。それから慌てて戻ってきて検査の結果に異常は無いと教えてくれた。しばらくして医者も来て、改めて検査の結果異常が見つからない事を知らされ、直ぐにでも帰れる旨を伝えられた。

 法子はしばらく悩んだ末、まだ体調が悪い事を告げる。医者は驚いて異常の無い事を伝えてきたが、法子が頭が痛い事を弱々しく訴えると引き下がった。

 家に帰る訳にはいかない。魔王の息子に居場所を突き止められれば家族に迷惑が掛かる。

「法子、それは」

「分かってるよ、ここは病院で、人が一杯居る」

「そうだよ。それなのに」

「分かってる。きっと魔王の息子が来るのは夜でしょ? だからその時は外に出ておくよ。あいつは病院を狙ってる訳じゃないみたいだから、私が外に出てれば病院に迷惑は掛からないでしょ?」

「まあ」

「とにかく家族に迷惑を掛けたくないの」

 法子の静かな思念に圧されてタマは黙った。

「もう決めたから」

 そう言って、法子が顔を上げると、同室の四葉と目が合った。四葉はもうしばらく一緒に居られる事を喜んでくれた。その喜び様を見ていると、後ろめたさを感じて本当に頭と胸が痛くなった。

 午後にはまた摩子と純、それから将刀が見舞いに来てくれて、早く治る様に励ましてくれた。それを聞いてまた胸が痛んだ。

 母親と弟がやって来て、まだ体調が悪い事を伝えると、とても心配してくれた。心が痛んだ。張り裂けそうな位、苦しくなった。自分は嘘を吐いている。みんなにお見舞いに来てもらえる様な資格なんてないのに、騙して、幸せを感じている。酷く自分が醜く思えた。

「法子、そんなに卑下する必要は無い。確かに何かを守ろうとしてした事なんだから」

「うん、ありがとう」

 タマにそう励まされて少し気は紛れたが、夜が来て窓の外が暗闇に落ちると、その森閑と静まった圧迫感に、また気鬱が募った。法子は溜息を吐きながら思う。自分は何をしているんだろうと。嘘を吐いて、皆を心配させて、何がしたいんだろう。こんな事ならいっその事、あの時死んでいれば良かった。夢で見た様に、命と引き換えに魔王を倒して英雄になれたら。あの夢をずっと見続けていられた良かったのに。

「法子! 頼むから、そんな事は言わないでくれ! 君が生きていて嬉しい人は沢山居るんだ! 今日君を訪れてくれた人達も、そうして私も!」

 法子は涙が出そうになる。

 分かっている。タマがきっと本気で言ってくれているのだろうと分かっている。

 けれどどうしても考えてしまうのだ。あの夢が現実であったのならと。そうすれば自分は英雄で居られたのに。そうすれば、嘘なんて吐かずに、みんなを騙さなくて済んだのに。

「法子」

「分かってる! 分かってるの! 生きていた方が良いって事は! でも、でも、そう考えちゃうんだよ」

「法子、それは仕方がないよ。あれだけの事があったんだから。でもね、良いかい、もう一度言うよ。君が死んで喜ぶ人なんて誰も居ない。君の周りの人達や私も。それに君もだよ。きっとこれから生きていて良かったって思う事が沢山あるから」

 法子は涙を拭い、そうして自分の頬を軽く張った。

「ごめん、ちょっと、うん、大丈夫だから。多分今はまだ混乱してるだけで」

 タマはしばらく黙っていたが、やがて優しげな思念を送ってきた。

「君はあの時英雄になっていたらと思ったけど。なれるよ、これからでも。これから頑張れば良い」

 更に涙が溢れそうになって、法子は唇を噛んで必死に堪え、頷いた。

「ありがとう」

 ヒーローになろう。

 改めてそう思った。

 夜も更けて、昨日魔王の息子がやってきた時間が近付いて来た。そろそろこの病院から離れようと、法子は四葉が寝ている事を確認して、変身した。きっと魔王の息子はまたやって来るに違いない。病院を巻き込む訳にはいかない。

 法子は四葉を見る。安らかに眠っている。

 ヒーローを目指すならまずはこの命を守らなくちゃいけない。

 とにかくまずは初めの一歩。

 外を見れば夜の最中、欠け始めた月が空に浮かんでいる。

 行こう。

 法子は決意を胸に窓から外へ、金色の髪を月に輝かせて飛び出した。

 外に出ると、タマの緊張した思念が送られてきた。

「法子」

「うん」

 町のあちこちに騒がしい気配を感じた。町で何かが起こっている。魔王の息子が思い浮かんだ。町中で魔物が悪さをしているのだろうか。

「どうしよう、気配が多いよ」

「そうだね。一つ一つやってもきりがない。頭を叩くんだ」

「頭? あの魔王の息子?」

「ああ、勝ち目が薄い事は分かる。本来なら戦うべきじゃない。でも騒動の数が想像以上だ」

 法子は辺りを探る。いつの間にか更に騒動の気配が増えていた。

「倒せないにしても、今何が起こっているのか情報が居る。その為には」

「魔王の息子に合うのが良いんだね」

 魔王の息子の魔力はすぐに見つかった。法子は引き寄せられる様に屋根を飛びついでいく。

「良いかい、まずは情報だ。今日は話し合いで終わらせても良い。何が起こっているのか把握する」

「でも止めなくちゃ」

「一人で出来ると思わないで。良いかい、この前のショッピングモールでだって沢山の魔術師が居ただろう? ニュースを見る限り、何やらそういった治安維持をする組織があるみたいだ。通報する様に言っていた。だから君はまず情報を得て、それを彼等に与え、協力しながら町を救うんだ」

「タマちゃん」

「何だい? まさか負けた気がするから一人で戦うなんて言うんじゃないだろうね?」

「ううん。ただ心強いなって思って」

 はにかむ法子にタマが呆れる。

「ほら、見えてきたよ。あそこだ」

 着いた場所は法子が通っている学校だった。ここに魔王の息子が居る。今迄良い事なんて一つも無い、孤独ばっかり意識させられる、嫌で嫌で堪らない学校に。いっその事壊れてしまえば良いのにといつも思っている学校に。

 だからと言って壊される訳にはいかない。例え嫌なものであっても、守らなくちゃいけない。

「みんなを救うんだ」

「その意気だよ。でもまずは自分の命を大切にね」

 学校が月に照らされて白く浮き上がっている。校舎の中には非常灯が仄かに輝き、緑色の暗い闇がまるで廃墟の様な不気味さを湛えている。

 何だか背筋を逆なでされた様な気味の悪さを感じて、法子は思わず震え上がった。

 校舎からは魔王の息子の魔力を感じる。その他にも幾つか魔力が動いている。中でも一箇所、妙に薄ら寒い魔力を感じた。嫌な予感がする。

「タマちゃん、あの気配」

「分からない。でも何だか凄く嫌な感じだ」

 場所は美術室、そこから感じる魔力に心の奥底から警鐘が鳴り響く。法子は思わず後ろに退がりそうになって、何とか踏ん張ると、その嫌な気配を睨みつけて走りだした。ここで退いたら駄目だ。また罪悪感が心に積もる。

「タマちゃん、あれを先に」

「そうだね。その方が良いかもしれない」

「じゃあ、行くよ」

 張られた罠を避けながら法子は校庭を駆け抜け、大地を蹴って美術室の窓まで跳び上がり、決意を込めてガラス窓を切り破って中へと飛び込んだ。

 飛び入った法子は辺りを睥睨し、驚きに身を固くする。

 美術室の中には沢山の人が居た。

「法子、夜目を利くようにするよ」

 タマが暗視の魔術を使うと、視界が一気に切り替わり、美術室が色付いて、昼間になった様に明るくなった。

 人影が姿格好のばらばらな人々に変わる。

 敵かと身構える。けれどすぐに違和感を覚える。

 動く様子が無い。壁に沿う様に立ち並ぶ人々の目から生気が感じられない。すぐにそれが生きた人間でないと分かる。けれど死体にも見えない。あまりにも綺麗すぎるから。人形だと法子は思った。余計に不気味だった。

 そんな中、たった一人だけ、木製の粗末な椅子に坐ったタキシード姿の男だけが目に不気味な光を宿していた。

 背筋に怖気が走った。

 こいつだ。不気味な気配の正体。

「ようこそ、お嬢さん」

 狐の様な顔に賺す様な笑みを張り付けて、男が言った。

 法子は答えない。

「私のコレクションにとなりに来てくれたのかな?」

 下らないと思って、無視しようとして、男の言葉に嫌な響きを感じた。

 コレクション? なりに来たというのは?

 まさかと思う。

「法子、止めろ。気にするな。今は目の前の敵を」

 まさかと思って、周囲の人形を解析する。まさか男が操っているのは人間なんじゃないかという嫌な予感を伴って解析する。

「法子!」

 解析が一瞬でその疑問に答えを突きつける。

 立ち並ぶ人形達は皆人間だった。そして既に死んでいた。けれど死体だと思えない位に整った姿で居並んでいる。ただただ目に生気が無い。まるで人形の様に。

 吐き気を堪えて、法子は戦慄いた。

「あんた」

 法子が狐顔の男を睨みつける。

 狐顔の男は不思議そうな表情で、一つ周囲の人形を見回すと、にやりと笑った。

「もしかして人間だって気が付いていなかった?」

 そうして声を上げて笑い出した。死体を操る事など何も感じていない様だった。

 駄目だ。

 法子は思う。

 こいつ、死んだ方が良い。

 目の前が怒りで染まりあがり、視界がぼやけていく。

 赤く染まった視界の中で狐顔の男が優しげな笑みを浮かべている。

「お前、何で、こんな事」

 法子が震える声でそう言った。

「何でって何でしょう?」

 男が余裕のある声でそう答えた。

 刀を握る法子の手が更に強く刀を握り込んだ。

「どうしてこんな。死んじゃった人を人形にするなんて」

「どうしてって言われても。何となく……かな? 人形達だって動けないより動けた方が良いでしょ?」

 法子は辺りの人形を見回した。そして自分が納得できるぎりぎりの理由を口に出す。

「じゃあ、みんな、あなたの、知り合いで、亡くなったのが、可愛そうだから、人形にしたとか?」

 狐顔の男が呆気にとられた顔をした。

「え? 何で? 違うよ。たまたまそこら辺を歩いてたから、動けなくして人形にしてあげたんだ」

「ふざけんな!」

 激昂した法子は一足飛びに狐顔の男へ近付き、鞘に納まったままの刀を思いっきり振り上げて、袈裟がけに男の胴体へ振り下ろした。寸前で狐顔の男の体から幾つかの小さな人形が飛び出し、刀の前に立ち塞がろうとしたが、刀はその全てを砕き切って、狐顔の男の胴体へ達し、西瓜でも潰した様な音が鳴って、狐顔の男は吹き飛んだ。そのまま壁に叩きつけられて、ずり落ちる。

 狐顔の男は口から血を流しながらも、にやりと笑った。

「酷いなぁ。とっても痛い」

 狐顔の男が口の血を拭ったのを合図に、周囲の人形達が動き始めた。まるで生気を感じないかくついた動き。元は人間のはずなのに、今は人形にされてしまった者達の哀れな姿。あまりにも哀れで悲しくて、そしておぞましい。

 法子は涙の浮いた目を拭って、人形達の合間を抜け狐顔の男へ駆けた。

 鞘から抜けた真剣を水平に振り構え、法子は叫び声を上げながら、走り寄って狐麺の男へ振った。だが直前で、横から現れた元人間の人形が男の盾となった。人形の胴に切れ込みが入る。法子は慌てて刀を止めたが、人形の体は半ばを過ぎた辺りまで切り裂かれた。人形の体が傾ぎ、そして上半身が下半身から零れ落ちる。人間であった人形の上半身は辛うじて繋ぎ止められてはいるものの、逆さまにぶら下がってしまった。

「あ、あ」

 法子があまりの光景に後ずさると、その体を後ろから迫った人形達が掴んで押し止めた。目の前から上半身をぶら下げた人形がゆっくりと歩んでくる。

「法子、気をしっかり保て」

 タマの言葉は法子に届かない。

「酷いなぁ。僕の人形を、こんなにして」

 いつの間にか立ち上がった狐顔の男は人形のぶら下がった上半身を一撫でしてから、法子へ爽やかな笑顔を向けた。

 法子の心は完全に限界を振り切り、もう何も考えられなかった。全身の力が抜け、嗚咽を漏らしながら、人形達に体を預けて動けない。タマが何度も呼びかけるが、法子は一向に反応を示さない。

 動けなくなった法子の下へ、男が歩んできた。

「うん、傷付けずに捕らえられたのは重畳。早速人形に」

 男の手がゆっくりと近付いてくる。

 その瞬間、けたたましい窓の破裂音と共に何者かが美術室へ飛び込んできた。

 途端に部屋中に居る人形達の体から、その皮膚を突き破って鈍色の針が生えた。刹那の後、人形達の居た場所には、針の先に皮や頭髪や衣服の切れ端が引っかかったたわしの様な物体だけが残る。部屋の中に居る者では、狐顔の男と法子だけが無事だった。法子を掴んでいた人形達も針だらけとなって針の奥底に埋もれてしまったが、突き出る針は奇妙に法子を避けて生えていた。傷一つない法子は気の抜けたまま、足腰が働かず、人形達の戒めが解けた事で、その場に倒れた。

 その頭上越しに、窓から入って来た男と狐顔の男が会話する。

「変な気配にやって来たら、随分と御大層な毒が紛れ込んでたもんだ」

「はて、何の事でしょう」

「俺が居る町で何か仕出かそうとしたのが運の尽きだったな。お前は今日でお終いだ」

「どうでしょうねぇ」

 狐顔の男が余裕を見せて笑った。するとその口に針が生えた。突き破られた口を押えて呻きながら、狐顔の男は服の中から小さな人形を放つ。ところが人形は服から飛び出た瞬間、内側から生える針に蹂躙されて床に落ちた。更に狐顔の男の手足にもいつの間にか幾本か針が突き立った。それを合図に窓から入ってきた男が狐顔の男へ駆ける。

 狐顔の男は笑った。口を針で潰されながらもにっこりとした眼差しを乱入してきた男へ向ける。いつの間にか狐顔の男の後ろに黒い棺が生まれていた。その蓋が外れ中から筋骨逞しい男が現れる。

 乱入してきた男がその筋骨逞しい男を睨む。その隙に狐顔の男が棺の中に逃げ込んだ。次の瞬間窓際に筋骨逞しい男が、乱入してきた男の頭を掴んで割れたガラス窓の窓枠に叩きつけた。凄まじい音がして窓枠が圧し曲がる。叩きつけられた男が口から血と共に苦しそうな呻きを漏らした。

 筋骨逞しい男が呻きを漏らした男を押さえつけたまま拳を振り上げる。突然その拳から刺が生え出した。刺は瞬く間に拳を腕を侵食し、止まらず、筋骨逞しい男の上半身を、顔を、全身を蹂躙し、全てが刺の下に埋もれて後には巨大なたわしが残る。

 人間をたわしに変えた男は窓枠とたわしの間から逃れて荒い息を吐きながら苦しそうに呟いた。

「悪い。助かった」

 それに呼応して窓の外から明るい声が聞こえてくる。

「危なかったね! 大丈夫!」

 割れた窓ガラスを通り抜けて女が飛び込んできた。声そのままの明るい笑顔を浮かべた女は血に濡れている男の頭部を観察して、一つ頷いた。

「うん! これ位なら大丈夫!」

「何処がだよ。良く見ろ。頭蓋骨やられたぞ」

「それ位なら大丈夫! それより引網さんを逃しちゃった事の方が問題だよね」

 女はそう言ってから突然吹き出した。

「お前は今日でお終いだとか、誰かさんは格好つけてたのに」

 男が女を睨むと、女は口を噤みはしたものの、更に楽し気な表情になった。男は苦々しい表情で女に抗議する。

「仕方ねえだろ。予想外に強い切り札を持ってやがったんだから」

「全く真治は私が居ないと駄目なんだから」

「お前も一人じゃ何も出来ないだろ」

 男はそう言って、女から思いっきり顔を背けると、倒れ伏す法子へ笑顔を向けた。

「で、あんたは大丈夫か?」

 男が法子に近寄り、抱え起こして、その顔を覗き込む。

 法子は急に近付いた男の顔に驚いて、突き飛ばし、そして男の手から離れて床に転がった。痛みに顔を顰めつつ、身を起こすと、男は笑っていた。

「安心しろ。敵じゃない。俺は、魔術検定協会、日本支部の徳間真治っつーもんだ。あっちは同じく魔検の王子初美。今は、この町の調査にやって来てる」

 そう言って、徳間は懐からカードを取り出して、法子へ見せた。何やら組織名と顔写真と名前が書かれているが、法子にはそのカードにどんな意味があるのか分からない。魔術検定協会とは、多岐に亘る機能を持ち簡単に説明する事は出来ないが、一言で言えば魔術に関する様々な問題を解決する組織である。そこに所属している人間が何故こんな所にやって来ているのか。全く分からない。ただ徳間の浮かべる笑顔が荒々しいながらも優しげであったので、心が幾分落ち着いた。

 法子が安堵したのを見て、それが身分証を見せた事によると勘違いした徳間は、懐にカードをしまうと、法子へ尋ねた。

「で、あんたの識別番号は?」

 法子は分からずに口を半開きにした。

「忘れたんなら、身分証でも良い。あんたも魔検に登録してあるんだろう」

 登録していて当然という口調だった。

 しかし法子は登録していない。もしかして徳間が優しげなのは、魔検に登録した者同士、仲間だと考えての事だろうかと訝った。もしもこの状況で登録していないと分かれば、最悪攻撃されるかもしれない。そんな恐ろしい想像が湧いて、法子は何とか取り繕おうと、しどろもどろになって、結局答える事が出来なかった。

 徳間はそれで察した様で、驚いた様子で、法子を覗き込んだ。

「あんた、登録してないのか!」

 法子が仰け反る。怖くて涙が出てきた。

「は、はい。すみません、ごめんなさい」

「いや、別に謝る必要は……それならそれで良い。びっくりさせて悪かったな。ただ今時珍しいから」

「こら、真治!」

 その瞬間、初美が徳間の事を怒鳴り上げた。

 法子と徳間が驚いて初美を見る。

「女の子を泣かすなんて! 見損なった!」

 初美が駆け寄って、徳間から庇う様に法子を抱きかかえる。

「私は、あなたを、そんな風に育てた覚えは、ありません!」

 初美に睨まれた徳間は何か言い返そうとしていたが、やがて諦めた様に溜息を吐いた。

「俺ってそんな怖い顔をしてるか?」

「うーん、子供には怖いのかも」

 法子が自分を抱き締める初美を見上げると、初美は心を落ち着かせる笑いを浮かべた。

「大丈夫だよ。怖い人は居なくなったからね。そこのおじさんも怖い人じゃないから」

「え? じゃあ、お前はおばさんか?」

 徳間を無視して、初美は法子を撫でる。

「お名前は?」

 法子は安心感に包まれながら答えた。

「あの、十八娘法子、です」

「へえ、珍しい」

「ねごろ? どう書くんだ?」

「あのおじさんは無視していいからね。それでちょっと聞きたいんだけど」

「は、はい」

 法子はぼんやりと初美を見上げる。初美はにこにこと安心させる様な笑みを浮べている。

「法子ちゃんはこの町の人間なの?」

「はい」

「どうして学校に? それも変身して」

「あの、あの、この町を守りたくて」

 法子の呟きに徳間が唸る。

「感心だけど危ないよ」

 法子は驚いて、身を竦ませた。すぐに初美は法子の頭を撫でて落ち着かせ、そうして徳間を睨みつけた。

 徳間は憮然としてうなだれた。

 法子は何だか申し訳なくなる。

「あのすみません」

「とっても偉いよ。だから謝らなくて良いよ。後、あのおじさんは居ないと思って良いからね」

 法子は思わず徳間を見た。徳間は気分を害した様子で何処か別の場所を眺めている。何だか可哀想で法子は顔を背けた。その頭にまた初美の手が載せられる。

「もう一つ聞きたいんだけど良い?」

「え? はい、あの」

「願いを叶える何かを知らない?」

「願いを叶える何か?」

 訳が分からず鸚鵡返しになった。

「そう、今ね、この町でまことしやかに語られている噂があって、それがこの町の何処かに願いを叶える何かがあるっていう話。聞いた事無い?」

 法子は首を横に振る。

 初美は残念そうに項垂れた。

「そっかぁ」

 何だか役に立てなくて申し訳なくなる。

 すると初美は法子の表情を見て笑い掛けてきた。

「気にしないで。私達も良く分かってないんだから。さて!」

 初美が立ち上がる。法子も一緒に立たされた。

「それじゃあ、私達はさっきの危ない人を追うから。法子ちゃんは一人で帰れるかな?」

 法子が頷くと、初美が申し訳無さそうな表情になった。

「ごめんね。本当なら送り届けてあげたいんだけど、私達仕事が残ってるから」

 その残念そうな表情を見て、法子は大丈夫ですと言いながら慌てて何度も頷いた。

 初美はそれにくすりと微笑んで、法子から離れ、徳間に声を掛けた。

「じゃあ、真治、行くよ」

「良いのか?」

「うん。多分大丈夫。もう治まりかけてる」

 そうして初美は手を振りながら、徳間は手を上げて、窓に足を掛けて、外へと飛び出していった。

 法子はそれを眺めながら思う。

 これがヒーロー。

 自分が目指すヒーローの姿。

「法子、大丈夫だったかい?」

 タマの言葉を聞き流しながら、法子はふらふらとした危なっかしい足取りで美術室のベランダに出た。

「法子、何なら少し休んでから」

 辺りを見回しても二人のヒーローの姿は見当たらない。もう既に危機を救いに行ってしまった。そう思うと何だか心が沸き立った。

 あれがヒーロー。

 自分の憧れていたヒーロー。

 沸き立つ心のままに法子はベランダから校庭へ飛び降り、駆け出した。走れば少しはヒーローに追いつける気がして。

 もう町の騒がしい気配はほとんど消えていた。

 結局今日は何も出来なかった。

 けれど一つ収穫があった。

 二人のヒーローに救ってもらった。

 自分の目指す先に居る存在に出会えた。

 明確な目標に出会う事が出来た。

 胸を張って前に進める気がした。

「ねえ、タマちゃん」

「どうした? それより大丈夫かい?」

「私、あんな風なヒーローになりたい」

「あんな風?」

「良く分かんないけど、さっきの二人みたいなヒーローに、なりたい。あの二人を目指せば」

 ヒーローになれる気がした。

 あの時見た夢じゃなくて、今広がるこの世界という夢の中で、あの時夢見た英雄になれる気がした。

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