姫の事情
◇◆◇
智加はREIの元から逃げるように早足で走る咲良の後を追う。
「ちょっと、咲良。待ってってば」
智加の声は届いているようだが、咲良は足を止めない。智加は焦れて小走りで咲良に追いつき、咲良の肩に手をかける。咲良はやっと足を止め、振り返る。
「なに?」
「最近様子おかしくない?いつもの咲良らしくないよ」
咲良は肩にかかった智加の手に自分の手を重ね、肩から解く。智加の手に咲良の手の温もりが伝わってくる。
「いつもの私って。
芸能界の私?プライベートの私?芸能界に入るまでの私?
それとも咲良?」
咲良の目は智加の目を見つめる。咲良は先程の剣幕からはかけ離れた静かな声で言葉を重ねる。
「咲希…」
静かに咲良の目を見続ける智加に咲良は言葉を重ねる。
「智加あなたは本当の私を知っているし私が芸能界にいる理由も知ってる。分かるでしょ?
私は咲良にならなくちゃ。」
咲良の顔はこわばっている。そして、それにつられるかのように自然と智加の顔も厳しくなる。それでも智加には聞かなくてはいけないことがあった。
「それにしても、REIへの態度は」
咲良はため息を吐き、その質問に答える。
「彼は私と同じ。心の底から芸能人でいたい訳じゃない。だからつい」
◇◆◇
咲希はいつもの用に高校から家に帰ると、客間にスーツ姿の男性がいた。その人は落ち着きが無く、携帯を見たり、時計を見たりを繰り返す。玄関からすすむ廊下から覗いただけなので後ろ姿しか確認できず、そのままリビングへ進む。
台所に立ち料理をする母親の姿を見つけ、今の男について尋ねてみる。
「あの人誰?」
「あ、咲希。おかえりなさい。」
「ただいま」
「それがね、咲良がお仕事を無断で休んでるみたいで。咲希なんか知らない?」
「え、咲良が?」
母親の言葉は咲希の質問とはかけ離れたあの男が誰だと答えるものではなかったが、妹の仕事の関係者なのだと思い当たる。咲良は芸能界への夢を描き、中学の頃から細々と読者モデルとしての活動をしていた。
明るく目立つのが大好きな女の子女の子した性格の妹は、浮ついた事が嫌いで真面目に生きてきた咲希とはあまり気が合わず、思い返してみても最近それほど会話をした記憶が無い。それでも姉妹仲が悪いわけではなく、性格の違いはあれどお互いに根が真面目な部分は共通しておりお互いに同じ家に住んで、心で信用できる関係であった。
「そうなのよ。」
母は不安そうな表情をしながらも、家族のための夕食づくりを止める気配は無い。ただ、仕事が嫌になったのかもしれない。ひょっこり夕飯前に帰ってくるかもしれない。
それでも、芸能人になりたいと小さな頃から言い続け、どんなに小さなモデル仕事も楽しそうに夕食の席で話していた妹が無断でその仕事を休むとはありえないと思った。
「咲良…」
いつもは帰ってきてすぐに自分の部屋に上がる咲希もその時は、スクールバックを下ろし、リビングの自分の椅子に座る。トントンと野菜を切る母親の料理をする音に、嫌な予感が体中を回り身体が寒くなった。
「あの。」
リビングに客間にいた男がひょっこり顔をだす。
「あ、佐藤さん」
「これ以上ここにいても仕方がないですし、おいとましようかと。」
「本当に申し訳ありません」
「いえ、若い子にはよくあることなんですよ。精神がまだ成長しきっていない子を使って商売をしているわけですから」
「はぁ」
時間は6時26分。母は仕事を休んでいることをあまり深刻には考えていないようだ。学生が家に帰るにはまだ早すぎる時間、それでもおかしい事実。ここで仕事に穴を開けたらもう、名も売れていない咲良が雑誌に呼ばれることはもうないのかもしれない。
「そんな」
一言声を出した事で、佐藤はその時初めて咲希の存在に気づいたようで、咲希を見ると驚いた顔をする。
「似てますね」
「咲良の双子の姉です」
佐藤はふーんと言いながら近づき身長、体格などをジロジロ確認する。
「カツラで誤魔化せますね」
「えっ」
佐藤はうんとつぶやき、咲希の手をひく。
「すいません。お姉さんお借りします」
「ちょっと」
佐藤は振り返り。申し訳なさそうに眉を下げる。
「妹さんが心配かもしれませんが、私も仕事をしなくてはなりません。」
「お願いします。あなたは今日だけ咲良です」
◇◆◇
咲良の居場所が分かったのはあの日の夜、9時を過ぎた頃に病院からかかってきた電話であった。
彼女は今も病院のベッドで眠り続けている。
そして、今も私は咲良を続けている。
雑誌の表紙になったら、1つ彼女の夢が進むと思った
だからこの仕事は成功させたかった
私に今出来る事は、咲良の居場所を守ることだけ。