姫はご立腹
「おお、今日は3人での仕事か。久しぶりだな!」
控え室に入ると、SHOTAがすかさず声をかけてきた。SAKUもSHOTAの声で俺が入ってきたのに気づいたのか、振り返り笑顔で手を振られた。
今日は久しぶりにMOONLIGHT3人での仕事。1stSingle発売後の音楽番組ラッシュを終えた後、待ってましたとばかりに、個人での仕事を入れられていた俺達は久しぶりに顔を合わせた。Singleデビューした後でさえ、グループでの仕事より個人での仕事を重要視させるあたり、FAFはMOONLIGHTを個人で売り出したいのかグループで売り出したいのか扱い方が不明な点でもある。3人での仕事は約二週間ぶりである。
「REIは相変わらず雑誌無双してるなぁ、羨ましいぜ」
「ああ」
「SHOTAはバラエティー番組で無双してますね」
「まあな、バラエティーは好きだから楽しいぜ。そういうSAKUは何してんだー。OFFか?」
「こつこつラジオやってましたよー。僕がラジオでMOONLIGHTの曲流してるお陰ですからね、MOONLIGHTが歌出してるって忘れられてないのって。感謝してください」
SHOTAとSAKUも久しぶりに顔を合わせたのか、会話の多くは近状の報告だ。しかし、多分3人の中でこの2週間一番実働時間が少ないのは俺だと思う。ラジオやTV番組と違って、雑誌の仕事はスタジオが空いている時に同じ出版社の雑誌をまとめ撮りしたり、モデルに都合がつけやすい仕事なのだ。しかし、かといってOFFにはしてもらえず、中野さんにダンスレッスンを入れられた。
「REIは少しはダンス上手くなったか?」
「まあな」
「REIはダンスやってこなかったんですもんねー。歌収録が無いことで少しは身体を休ませれたらいいのですが」
「まあ、あのババアはそんな甘かねぇだろうなぁ」
「ババアって、聞かれたら怒られますよ。中野社長ですよ。」
口が悪いSHOTAをSAKUはたしなめる。
1stSingleの歌番組出演では2人とは違い、ダンスの基礎が出来ていないことによる疲労も大きかった。また、今回のダンスはダンス初心者の俺に合わせ、また1stSingleなので顔をアップで抜くためにも激しいダンスは入れなかった。今回のCDデビューで、FAFは俺がダンスを学ばなくてはいけないとはっきり確信したのだろう。1stSingleのためのダンスレッスンは3人で行われていたのと違い、一人ダンスレッスンをつけられている俺は個人仕事をしていただけの頃に比べて毎日が少し疲労気味だ。歌いながらダンスをするのは大分体力を消耗するのだ。
久しぶりに会ったのに、大分この2人の前では気負わずにいられるなと、二人の会話を聞きながらたまに相槌をうつ。
穏やかな時間が楽屋内を流れていたが、そこにドアをノックする音が響く。
訪問者のようだ。楽屋入り口を見ると、そこにはタレントの咲良の姿があった。
「REIさーん、次のお仕事一緒ですね。よろしくお願いします」
「あのぉ、次のお仕事の事で聞きたいことがあるんです?」
今日のスケジュールでは確か咲良とは午後からロケが入っていた。一緒にいたMOONLIGHTのメンバーも午後から別仕事なのは知られていて、咲良の訪問には不審は感じていないようだ。俺にはこの笑顔そのものが不審に感じるのだが。SHOTAは「あ、咲良姫だぁ」なんて言って鼻の下を伸ばしているし、SAKUはニコニコと人好きのする笑顔を浮かべている。
俺が入り口に近寄り、咲良は位置を変え俺の影に入ると、周りから咲良の表情は見えなくなる。
「ちょっと、来て」
その瞬間先ほどまでの無知な笑顔を消し、無表情で俺を見る咲良の姿があった。
その後ろには喫茶店の前でも咲良と共にいた智加の姿もあった。智加は咲良を心配そうな顔で見ている。喫茶フラワーの前でも咲良をREIから離そうとしたり、本来トラブルを避けたい子なのだろう。咲良の用事は分からなかったが、俺を無表情でじっと見つめる咲良と、止めたそうに咲良を眺める智加の様子からして、俺にとっては面倒くさい用事な予想は容易につく。
俺は、その呼びかけに応えるのが面倒くさくなりながらも、俺が彼女の仕事での話し合いの呼びかけに答えないことをMOONLIGHTのメンバーは不審に感じ入るだろう。仕事の話で呼び出すあたりが、悪知恵が働くというか、勘弁してほしいところである。
咲良に連れられ、MOONLIGHTの楽屋から離れ、Bスタジオへと続く階段下へ連れて来られた。Bスタジオは今日は使われないため、ここを通り掛かる人はまずいないだろう。人気が無い中、咲良の声だけが響く。
「ちょっとどういうつもり。」
咲良はキッと俺を睨みつけてくる。その顔は咲良姫と呼ばれるに相応しくない、鬼の表情だ。
「あなたはもっと賢い男だと思ったわ」
「ちょっと咲良、落ち着きなって」
いきなり、怒りの表情で咲良冷たい言葉を俺に浴びせる。智加はこうなる事を知っていたのか初めから咲良を止める姿勢だ。
「人気なんか無いパッと出のくせに」
「咲良言い過ぎ!」
「調子に乗らないで」
智加の言葉も耳に入っていないようだ。咲良は止まる気配が無い。
「仮面はどうしたんだ?」
普段仮面を被っているのはいいが、ぜひ俺の前でも被っていて欲しいと思う。何故久しぶりの3人での仕事の前にこんなヒステリーの相手をしなくてはいけないのだろう。
「っ」
「あなたの、あなたのせいじゃない」
「せっかくのチャンスだったのに」
先程から俺には何のことか分からない。
「お、REIこんなとこにいた」
いい加減この場から離れたいなと考えていると、割り込んでくる声がした。
空気を読まずに三心が背後から抱きついてくる。
「おい」
「聞いたか、REI、表紙だってよ」
「表紙?」
「そう、この間の撮影のBiBiだよ!の叶さんが連絡くれてさー、ちょーラッキー。」
三心が前を向く。そこでやっと咲良達の存在に気づいたようだ。
「っと、あれ?姫さん?まずいとこに来ちゃったかな」
咲良は三心の予想外の三心の登場に目を見開く。
「もう、行くわよ智加」
咲良は裏の顔がバレていない三心の前ではまずいと思ったのか、友達に声をかけ引き返すようだ。
「あっ、待ってよ咲良」
仲良くしたいと言ってきたり、次には睨みつけてきたり、なんとも情緒豊かな台風のような子だ。
「ごめんね」
智加は振り向きそう言い残すと咲良を追って去っていた。
「助かったよ」
「え?何の話?」
三心が何故ここにいるのかは分からないが、咲良に絡まれてたのに助かったのは事実なので礼を言っておく。
三心が空気を読まず突入してくるタイプで今回は助かったと思う。
「なんでお前ここにいるんだ?」
「MOONLIGHTの楽屋いったらお前いないからさー。大分探したぜ」
「はぁ」
どうやらチームKもこの建物内で収録があるらしく、MOONLIGHTの楽屋も建物内にあると聞きBiBiの事を知らせようと俺を探し走り回っていたらしい。それにしてもBiBiの撮影時の進行表には表紙は本来、咲良の予定であったはずだ。それであれほど咲良は怒っていたのか。理由も言わずに怒っていても、全く相手には伝わらないというのに。
「とりあえず離れろ」
いまだ首にしがみついている三心を剥がし、ひとまずMOONLIGHTの楽屋に戻ることにした。