クリスマスの夜
この雪ではきっと今ごろ、弟と妹たちは大はしゃぎしているに違いない。ベランダで騒ぐふたりの姿を想像して、優一は苦笑した。はやくケーキを買って帰らなくては。
店をでて、帰る連絡をするべく携帯をとりだして、しかし優一はすぐ先に見慣れた人影をみつけて立ち止まった。
ガードレールにもたれかかっているその影の長い髪は、長い間そこにいたのか、ところどころに白い雪を絡ませている。かわいい、思ってしまう自分が憎い。
あきらめなきゃいけないって、あれから散々落ち込んだだろうが!
「お疲れさまですー」
優一に気づいてにこりと微笑む彼女の髪が、風に揺れて雪を散らした。
そもそも今ごろは彼氏とふたりでクリスマスを満喫しているはずじゃあ? 立ち止まる優一の前へと、彼女はゆっくりと近づいてくる。
無言のままで差し出されたのは、昼間のあの、紙袋。
「それ、は……」
「えぇ、せやから好きな人にあげるんですよ」
はい、メリークリスマス!
にこにこと手渡されて、呆然と受け取ることしかできない自分はなんて間抜けなんだろうか。これは夢か、今すぐ頬をつねってしまいたい衝動を、唾を飲み込みなんとか堪える。
今確かなことは、優一の頭から真二のことはもちろんのこと、ケーキもくりすのことすらすっかり消え去ってしまっているということ。
――――片割れである秀一までもがまさか家に帰っていないなんて、そんなこと思っても見なかったのである。
携帯ではなく、自宅の電話へ。
携帯からではなく、公衆電話から。
そうしてようやくでてきた彼女の声に、秀一は目を細めて口を持ち上げた。
「やっぱり家にいやがったか」
『出なきゃよかったよわ! わざわざこんな面倒くさいことして、何考えてるの?』
「そうでもしねーとでねぇじゃねぇか」
『身から出た錆でしょうがっ』
「今からそこにいくから、大人しく待っていろ」
笑いながらそう告げれば、一瞬の間を置いて、彼女の怒声が受話器からマシンガンのごとく放たれた。
馬鹿なこと言わないでそんなこと許すわけがないでしょう。だいたいあんたは自己中にもほどがあるのよ、自分の気持ちだけぽんぽんぽんぽんいってあたしのことなんて全然考えてない! 俺様で自分勝手で、あんたのわがままにつきあってやる義理はあたしにはないんだから! わかってるの!?
「悪かったって、思ってる」
だから。
「今から会いに行くんだ」
『…………わけ。わかんないわよ』
震える彼女の声に「わかってんだろ」と高飛車に言い放つ。受話器を置いて向かうはもちろん彼女の家。
白い雪が降っているこの間に。
今日という奇跡が、終わる前に――――……
「ねー、秀兄おそくなるってー!」
「くりすー。優兄もまだみたい……」
ぶぅ、と同じように頬を膨らましてふたりは顔を見合わせた。せっかくふたりでちゃんと大人しくしていたのに。準備だってしていたのに!
置いてきぼりのふたり組は、兄ふたりへの復讐を硬く誓う。
「今日は優兄たちがいないから!」
「いないから!」
「ゲームし放題!」
「しほうだい!」
「おかし食べ放題!」
「たべほうだい!」
それからぴったりと声をハモらせて、一番大事で重要で、かつこのあとの行動の中核をなす事実を叫んで笑った。
「「もちろんいたずらし放題!」」
この、時。
離れた地でそれぞれ同じようなことをしていた双子は、やはり同じように嫌な予感を抱いたという。
数時間後、慌てて戻ってきた双子が目にした光景は、遊びつかれた真二とくりすの、仲良く眠る姿だったとか。
END
梅も咲こうというこの時期にクリスマス。
お楽しみいただければ幸いです。
にしてもこの真二くん、中学三年にしては幼すぎやしないだろうか…。