帰路(4)
帰るまでが遠足なんです。決してタイトルが思いつかなかったわけではうわなにをするやめ(ry
(どうしてリンゼは怒ってるんでしょう?)
エレオノーレはふらふらと揺れる突きつけられたカタナの切っ先を見ながら思った。
自分はただ、片腕を貰おうと思っただけだ。勿論傷薬は飲ましてやろうと思っていたので別段死ぬ事でもないし、そんなに怒る事でもないと思う。
先代と旅をして居た頃も、竜種の魔物と遭遇した時供に居た仲間に囮として見捨てられた事があったが、魔物を討伐した後に皆殺しにした。その時に比べれば相当に丸くなったほうだとは己でも思う。
街から一歩出れば冒険者同士の殺し合いなどはよくある。強大な魔物を討伐した証の角や首などを持った満身創痍の集団を襲撃して奪ったり、金銀財宝を見つけた途端に後ろから切られたりもある。そんな盗賊紛いの冒険者は残念ながらいる。全てがアルフォンスが憧れるような者たちばかりではない。エレオノーレは己、または先代を裏切り、襲撃したそれら全てに死を持って購わせている。
刃向かう者、裏切る者、血族を害する者、友を害する者に死を。――全ては育て親たる鬼の教えの通りに。
「リンゼ、切っ先が揺れてますよ。まだ調子悪いんでしょう?」
「うっさい」
相対するリンゼの顔色は青白く、膝が笑っている。カタナを持つ腕も小刻みに震え、揺れている。若干の呼吸の速さも認められる。まだ血の量も体力も十分に回復する時間など経っていない。立っているだけで相当辛い状態の筈だ。
(よくもまぁ暴れたり立てるものです……)
リンゼを早く介抱しなくてはならない。そんな思いから左手に持った少女を手早く処理しようと思ったときだ、左手が軽い事に気付く。
「あら?」
居ない。岩石を握り砕く握力でしっかりと逃がさない様に掴んでいた筈の少女が消え失せていた。
僅かに驚き、一体どこにと視線を動かせば足元で咳き込んでいる。カタナを避けた時に少女を反射的に離してしまったようだ。そのまま蹴倒して腕を踏み砕こうと足を僅かに動かした時、少女が動く。
その動きは僅かに浮き、横合いから押されるような動きだ。少女が自ら動いたわけではない。エレオノーレと少女とリンゼ。三人を取り巻く場の面々が呆気に取られている間に少女はリンゼの背後へ庇われるように回った。
(今のは神術? にしては発動の気配がありませんでしたが……)
エレオノーレに限らず、エルフは〝神術〟方面に優れているだけあって発動の気配を事前に鋭敏な感覚で察知出来る。人間や獣人と言った他種族もそれらの技は勿論可能だが、エルフは魂から〝命力〟を精製する感覚まで察知可能だ。こればかりはどんな種族も出来ず、故にエルフの前では〝神術〟関係での隠し事は不可能なのが一般的なのだが、
(ふむ)
ぐるりと見渡せば誰も彼も武装して各々の武器を手に取り、いつでも飛び掛れる様にしている。〝神術〟を使おうと集中していたり触媒たる杖をこちらに構えている者も居ない。
「今の〝神術〟を使った人は誰ですか?」
口に出してみるも答える者はいない。誰も使っていないからだ。エルフ相手に〝神術〟の隠し事は出来ない。今この場で使おうものなら発動を阻止しようとその人物の元へ確実にエレオノーレが来る。それは場の安定を崩す事にも繋がり、最悪少女が目も当てられぬ事態になる。それは経験が浅く、故に鉄火場の空気が読めない銅玉にも分かる事であった。
だがただ一人、空気が読めない者が居た。その者は齢十八で、今日冒険者になったばかりの銅玉であり、腕っ節も鉄火場の経験も全く無い。だが彼には胸を張って誇る事が出来る生家で培った特技があった。
彼の生家は街道に面した宿場町の宿屋の一つでそれなりに大きく、設備も相応に整っていた。主な売りは多くの種族の舌に合う多彩な料理と従業員の真心と気遣い溢れる接客だ。それは相手が粗野な冒険者だろうと貴族だろうと変わらぬもので評判であった。
宿屋に滞在するのはもっぱら冒険者であり、彼らは魔物や魔獣による〝神術〟に過敏に反応し、それを事前に防ぐ事が骨の髄まで染み渡っている。それは宿にいる者達、宿泊客や従業員が何らか〝神術〟を使っても同じ事であった。
激戦から帰った者が従業員や宿泊客の何気ない日常で使う〝神術〟の気配を感じて対抗神術の行使や、武器を抜く事も珍しくない。むしろそれらは冒険者として褒められるべき行動である。敵味方の判別なく切りかかればお終いだが、ただ反応するだけならば笑って流される。反応速度が良ければ周囲から賞賛される事もある。
だが彼の生家は売りの一つに気遣いがある。触れれば爛れる毒を吐き、空を自由に飛び回る強大な魔物の討伐。矢玉が飛び交い、針山が設置された落とし穴を初めとして即死の罠が張り巡らされている遺跡の探索。宿屋はそれらから無事に帰ってきた者たち、またはこれから行く者たちを相手にするのだ。
いつも心が休まる場所を提供すると言い、〝神術〟の使用を禁じた彼の父親は日常に深く食い込んでいる〝神術〟を禁止など出来るわけないと母親に怒られて沈んでいた。
だが彼の心中は父親に賛同していた。長男で宿屋の跡取りたる彼はいつも従業員と共に働いており、故に〝神術〟の気配を察知した冒険者を間近で観察する事もあった。
〝神術〟を察知したこれから死地に赴く冒険者の目の色は勇敢で狡猾だ。どんな敵でも怯まず、敵を出し抜いて痛撃を叩き込み、即死の罠に怯えず、その先にある十重二十重の罠を見抜く、そんな目だ。
だがそれらから帰ってきた者は全員ではないにせよ、〝神術〟の気配を察知すれば恐怖を目に宿す。それらは一瞬で、勘違いと分かった時には大きく息を吐いて安堵する時もある。
出先で何があったのか、彼は聞いたことはあるが大体が口を閉ざす。その時は大体出立した時に比べて装備がぼろぼろだったり人数が少ない。年を経る毎に彼は次第に理解し、聞く事を止めた。
そこからだ。彼が〝神術〟の秘匿性に拘り始めたのは。
最初は〝神術〟に疎い種族。次に平均的な〝神術〟の感性を持つ人間。次に感覚系が優れている獣人。最終的には間近で使ってもエルフに気付かれなくなった。
誰にも彼の〝神術〟の察知は出来ない。まだ規模の小さい〝神術〟しか無理だが、ゆくゆくは派手な戦闘系の〝神術〟も隠蔽出来る様になるだろう。彼には確固たる思いとその技術がある。
少女をリンゼの後ろに流すように配置しながら彼、アルフォンスは脳が揺れている演技をしながら再び〝神術〟の行使に入った。
アルフォンス君のちょっとした特技発動。




