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帰路(3)

ちょっぴりバイオレンス回

 悪く言えばカビの臭いがしそうな程に古臭い。よく言えば歴史の香りが感じられる情緒豊かな趣のある建物。冒険者ギルド本部の中にリンゼはいた。

 先ほどまで共にいたアルフォンスはギルドの一角に設けられている食堂兼談話室の床でエレオノーレによって顎に一撃を叩き込まれ、脳を揺らされて立ち上がれない状態だ。だが彼のその状態は周囲の面々と比べるといい方で、良くて青あざ、中には血を流して意識を失っている者もいる。無事な面々は冷や汗を流しながらそれぞれの武器を握って下手人の一挙手一投足を見守っている

 その下手人たるエレオノーレと言うと一人の金の髪を持つ少女の胸倉を掴んで持ち上げ、狩猟刀を喉に突きつけていた。その顔に表情はなく、ただ無だ。だが行動の端々には彼女をその行動に至らせた烈火のような怒りの感情が宿っている。

 少女を持ち上げる手指は力が入りすぎているのか白く、血の色がない。突きつけた狩猟刀は微動だにせず、四半秒も置かずに喉を切り裂ける位置に常に陣取られている。刀身から柄まで黒塗りで光を反射しないそれは、獣を捌く用途の狩猟刀と言うものの誰が見ても対人を意識して作られた武器と分かった。

 エレオノーレを中心として回りを囲む冒険者達は固唾を呑む。彼女の実力はこの場にいるならば既に周知の事実だ。突然の暴挙に取り押さえに掛かった金糸三名を含む十五人の冒険者達が、エレオノーレの体に触れる事すら出来ずに返り討ちにあった。〝神術〟で取り押さえようとすれば発動の気配を察知されて術を行使する前に術者は瞬く間に床に倒れ伏せる。

 攻撃系の〝神術〟は同士討ちを恐れて使えない。捕縛の〝神術〟は間に合わない。数で攻めようにもそれなりに腕に覚えのある二桁の人数が一瞬で打ち倒されているのを見てしまえば足が動かないのも当然であった。

 そこにエレオノーレの過去やその体の事を知る人物が言い広めれば、この膠着状態は当然の事態と言える。だから彼ら、彼女らは望みを託す。現状で怒れる薬屋に声が届く唯一の存在たるリンゼに。

(どうしてこうなった)

 リンゼが思うのはそれだけである。

 なんとかしろ! という声無き叫びを全身に受けてはいるものの打開策が見当たらない。制止の声は掛け続けてはいるが、聞いているのかいないのかエレオノーレは全く応じる素振りを見せない。

 リンゼはちらりとアルフォンスを見る。脳震盪から回復してきてはいるものの千鳥足で焦点が定まっていない。リンゼを除けばこの状況をなんとか出来るのはアルフォンス以外にいないが声を出すのも難しそうだ。

(どうしてこうなった)

 リンゼは再度、そう思いながら狩猟刀を持つ腕を引いた。髪の毛一本程も動かなかった。






◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆






 事の始まりはギルドに到着してからであった。

 出入りする者が乱暴に開け閉めするせいで建て付けが悪くなり、すっかり開け辛くなった木の扉が床に擦れる音と木材の軋みを響かせながらエレオノーレは足で乱暴に押し開けた。

「さてさて、まずは受付ですかね。アルフォンスさん、文字書けるんでしたら代筆お願い出来ますか?」

 隣にいるアルフォンスにエレオノーレが笑顔を向ける。悪戯めいたその微笑みを近距離で直撃を受けたアルフォンスが僅かにたじろぎ、言葉を詰まらせながらもエレオノーレの両腕に抱かれている己のマントを被った者を見て、

「俺は文字書けるんでいいですけどそこの人が」

「その前に降ろせっ! 羞恥刑はもうイヤよ!」

「って言ってますけど」

「マントは喋りません」

 言い切る。

 上半身を隠し、むき出しの素足とショートパンツを履いた下半身と尻尾だけが暴れまわる。実際は全身で暴れているのだろうがエレオノーレの力によって抑え込まれているのだろう。足だけ遊ばせているのは抵抗を楽しむためか。アルフォンスには分からなかったがおもちゃになっている事だけは分かった。

 そして騒げば回りが視線を寄越し、薬屋の衣装たるエプロンドレス姿ではない、武装したエレオノーレの見慣れぬ姿に皆が疑問を浮かべた。その中で訳知りの者がエレオノーレに会釈する。

 次に視線を注がれるのはエレオノーレの腕に抱かれ、くぐもった言葉を喚きながら上半身をマントで包まれた何かだ。漏れる音は女の声で、降ろせだのお嫁にいけないなどと叫んでいいる。何故か靴を履いていない露出した素足は褐色で、大地に食い込むように爪が鋭く伸びている。一緒に動き回ってエレオノーレの体をはたいているのは尻尾だろうか。顔が見えずとも分かる者はその下半身の絞られた流線や、尻尾からでも猫の獣人と伺う事が出来た。

 そこで一部の者がまた疑問を浮かべた。〝神術〟を使えないエレオノーレが何故人を持ち上げることが出来るのか。エルフの女性は非常に非力な事は既に周知の事実である。だが当然の事としてエレオノーレの体の秘密は周知の事実ではない。エレオノーレも得意気に話す事はなく、聞かれたら答えるだけなので秘密を知る者は肩を並べて戦った事のある者だけだ。それも冒険者全体から見て非常に少ない。

 頭を捻ってこちらを見る冒険者達を一瞥もせず、エレオノーレは真っ直ぐに揺ぎ無い足取りで受付へ向かい、そこにいる女性に声を掛けた。

「申し訳ありません。依頼の成果報告に来たのですが」

「あぁ、はい。こちらに……って。貴女ですか! あの、リンゼという方は――」

 その女性はエレオノーレがリンゼの依頼に介入した時の受付処理をしてくれた女性であった。二十に届いているか否か、という程に幼く見える相貌に合っている大きな目が僅かに不安を滲ませている。己の友人、知り合いですらない顔も知れぬ者を心配するその優しい心は、時には死亡報告を受ける受付嬢としてはどうなのだろうとエレオノーレは思った。

「少々衰弱してはいるものの無事です。ほら」

「出せー! 離せー!」

 エレオノーレがマントから顔を出させた瞬間に声高々と叫ぶ。その行為がますます周囲の視線を集めているのをリンゼは気付いていない。物事を深く考えない獣人ならではと言えよう。それを見てにんまりという表現がぴったりなほどにエレオノーレは表情を作った。

「衰弱、してるんですか……?」

「衰弱してます」

 再び言い切る。間違ってはいない。獣人は体調が悪い時や、手酷い負傷を負っている時でも強がったり平気そうに振舞う。リンゼもその例に漏れていないのだ。こうして抱いているのも衰弱しているからであって決して面白いからではない。エレオノーレはそう思っていた。

「……まぁいいです。えっと、それでは依頼主はどこでしょうか?」

 その言葉を聞いてぴたりとリンゼの声と動きが止んだ。

「私は知りません。こちらに戻って来ていないなら大方死んだのでは――リンゼ、どうしたんですか?」

「んー、あのさエル。私が受けた依頼の事とかここに来るまでに話したよね?」

 それは睡眠を含めた小休憩から目覚め、ヴァーレに向かって歩き出して直ぐの事だ。リンゼは半ば愚痴混じりに依頼主の事をエレオノーレとアルフォンスにボヤいていた。

 目的もなく、ただ冒険者になりたいだけの女の子のお話。貴族か商家の娘だったのか知らないがお供を二人連れて危険な所に観光気分で言っていた事を、自身が死に掛けたにも関わらず、獣人特有の後腐れなしの気質で(勿論お供の二人が死んだ事は本当に怒っていた。獣人は生死には煩い)苦笑混じりに語っていた。

 その最中、リンゼは背筋に何度かぞわりとした何かを感じていた。それは何か敵意のあるものと対峙している時や、それらが潜む遺跡や洞窟に入っている時によく感じるものであったが、その時の状況は平穏そのもので、これは体調が悪いせいだと己に言い聞かしていた。

 そのリンゼの言葉にエレオノーレが頷くと、リンゼはまるで好きな男に想いを伝えるかのような真剣さを持って言った。

「もし依頼主がこの場に居たらどうする?」

 エレオノーレは僅かに悩み、

「腕一本」

 それだけを言った。

 リンゼとて馬鹿ではない。その言葉を聞いて顔が青くなる。側で聞いていたアルフォンスもそれが意味する事を実家の宿屋で酔って喧嘩をしていた冒険者達から聞いている。

 問題はその言葉に二つの可能性があることだ。それは即ち、

「……それは折る方よね?」

「いいえ、切り落として繋ぎ合わせられない様にひき肉にします。当然ですね。」

「アンタそれは――」

 それから先の人生を片腕を無くして生きろというのか。たった一度の過ちで少女に課す罰にしては過酷過ぎないか。リンゼは諭すようにエレオノーレへ言うが、そのエレオノーレはまるで理解出来ないモノを見るかのようにリンゼを見返した。

「当然じゃないですか。わざとじゃないにしろ人を命の危機に落とし込んで、助けにも現れない。そんな奴は本当なら殺すべきです。死んだそのお二人のためにもね。腕一本で許してあげる事の何が悪いんでしょう」

 そう言い放ったエレオノーレの翡翠色の目は無機質で何の感情も伺えなかった。

 本気なのだろうかとリンゼは思う。リンゼはさすがに人を殺めた事はない。精々が探索や討伐を終えて満身創痍のこちらを狙った漁夫の利狙いの者を手荒に追い返しただけである。

「あのさ、何でもするからその子は許し」

「あっ、貴女は! 無事だったんですね!」

 赦免を願うリンゼの声を遮って、瑞々しい少女の声が響いた。

 初対面の時にリンゼが聞いた病弱な令嬢もかくや、という程にあのか細い声は果たして、目の前に居る溌剌とした少女から発せられたのだろうかと疑問に思うほどに印象が違った。あの儚い声は余所行きの声、という奴だろうか。

 少女は金の髪を揺らしてこちらに駆け寄ろうとするが、生家で培った危機察知能力を生かしたアルフォンスが制止し、まるで荷物を担ぐように肩上に抱き上げた。少女が驚きや非難、疑問の声を上げる前にリンゼが叫ぶ。

「逃げてッ!」

 叫ぶ最中からリンゼの背筋はまるで幾千もの虫が這っているかのようにぞわぞわとした寒気にも似た感覚を得ていた。肌が粟立つほどに感じるそれは今まで浴びた事の無いほどの濃密な敵意。

「――おまえか」

 ぽつりとエレオノーレはアルフォンスの手によって連れ去られていく少女を見て言った。

 そこから先は展開が速かった。

 リンゼを近くの椅子に座らせると、腕っ節が自慢の冒険者達がいるここなら手荒い対応は出来まいと談話室に逃げたアルフォンスに一瞬で追いつき、彼の顎先に手刀を叩き込んで脳を揺らして前後不覚の状態にすると、少女が羽織っていたローブを引き裂かんばかりの勢いで掴み、手心を加えてテーブルに叩き付ける。

 エレオノーレが手心を加えたのはテーブルを砕かぬ様にするためと少女の命を奪わない様にするためだ。過失にせよリンゼを命の危機に遭遇させた事はエレオノーレにとっては許しがたい。命までは奪わない。腕一本で済ましてやる。

 テーブルに叩きつけられた衝撃で少女の息が詰まる。まだ事態を何も把握していない動揺だけに彩られたエレオノーレと同じ翡翠の瞳に一瞬だけ映ったものは狩猟刀の黒。

 エレオノーレの右手に握られたそれは既に振り上げられていて、少女が刃だと理解する前より早く肉と骨を断ち割る。

 その筈だったが横合いから突き出た槍によってその凶刃は阻まれた。柄から槍先まで金属で出来ているらしいそれと狩猟刀が激突し、鈍い金属音を響かせた。

 そうされて回りも邪魔だとエレオノーレが判断するまでには四半秒もいらなかった。取り押さえに掛かる冒険者達を、指一本すら触れさせずに刹那で打ち払って無力化し、膠着状態を作りだして胸倉を掴んで持ち上げた少女の喉に狩猟刀を当てる。刃を立てて少しでも横に動かせば鮮血が迸るだろう。

「誰も動かないで下さい。何も殺したいわけじゃありません。腕一本貰うだけです。それまで大人しくしていて下さい」

 周囲がざわめく。勿論周囲はエレオノーレが凶行に至った事情は知らない。故に穏便に説得しようととある女性が一歩前に踏み出そうとして、

「――一歩でもこっちに来たら搔き斬りますよ」

 慌てて足を引っ込めた。

「ちょっとエル! いい加減にしてよ!」

 リンゼが怒気も露わに狩猟刀を持つ右手を全身で引っ張った。そこで初めて気がついたというようにエレオノーレはリンゼへ視線を向けた。

「ああ、リンゼ。座っていて下さい。まだふらつくでしょう」

 少女へ向けていた表情が冬ならばリンゼへ向けた表情は春。氷点下もかくやという無表情とは打って変わって花が綻んだような微笑付きでそう言われ、

「座れるか! その子から手を離しなさい!」

 リンゼは怒声で返した。再び喉元から狩猟刀を引き剥がそうと全身で引っ張る。それに困惑したのはエレオノーレだ。目尻を下げ、もの聞きの悪い子に諭すように優しく語り掛ける。

「あのですね、リンゼ。こいつは貴女を命の危機に陥れた奴なんですよ。つまり悪い奴なんです。だから報復しないとダメなんです。理解出来ましたか?」

「馬鹿にしてんのかっ!」

 拳が顔面に来た。勿論避ける。

「アンタねぇ、この子が陥れたってわざとじゃないでしょうが! それにあの場にはあと二人居たのよ! どこの馬鹿が自分の仲間も一緒に陥れるって言うのよ!」

「世の中広いんです。仲間を仲間と思わない奴もいるんですよ。とにかく邪魔しないで頂けますか」

「邪魔するっての!」

 身体的には一方的な押し問答を繰り広げていると、掴みあげられている少女が声を発した。それは持ち上げられ、呼吸を阻害されているせいかはたまた恐怖のせいか言葉は掠れており、視線もこちらに向けることは出来ずに中空に投げかけるようなものだったが二人の耳には聞こえた。

「二人は……リルトとダートは生きていますか……?」

 リンゼは一瞬正直に答えていいものか喉を詰まらせ、だが嘘は吐けぬと思い、

「……死んだわ。骨の一欠けらも残ってないと思う」

「そう、ですか……」

 少女は僅かに震え、瞳を閉じた。間もなくして嗚咽が響き、髪色と同じ金の睫毛が涙で濡れ、目じりから溢れた涙が照明に照らされて美しく一瞬だけの儚い輝きを放った後に床に落ちてゆく。

「なに泣いてるんですか? 貴女のせいですよ。弱い奴が、戦う術も身を守る術もない、ただ好奇心だけが強いだけの逃げ時すら自分で判別出来ない弱い人のせいで人が二人死んだんです。私の大事な友達も死に掛けました。死んだお二人が貴女とどんな間柄かは知りませんが、お二人やリンゼに申し訳ないと思うのなら大人しく切られて下さい」

 リンゼの抵抗を払って再び狩猟刀を振りかぶる。もはやその刃は止められる距離に居るものは誰も居らず、今度こそ確実に少女の左腕を切断すると思われた。

「〝リーヴィラ・ステット!!〝」

 エレオノーレが聞いた事のない言葉の叫びと供にそれは来た。

 少女の腕を叩き切らんと振り下ろす狩猟刀に対して真下から刃の銀閃が迫る。それは少女を掴むエレオノーレの左腕を狙っていた。

 エレオノーレの体は相手の技量や扱う武器にもよるが、生半可な打撃や斬撃を受け付けぬ程に強靭だ。だからその銀閃も当初は無視しようと思い、すぐに無視出来ない事に気付いた。

 何故ならそれはカタナだからである。カタナはよほどなまくらで無い限り、剃刀のような鋭利さを持っており、素人が扱っても岩より強固なエレオノーレの皮膚や肉を断つ事が出来る。

 勿論素人が扱うカタナを受けた所でエレオノーレが負う傷は皮膚一枚切れて僅かに血が出るだけなので致命傷とは口が裂けても言えないものだが、傷を負うことには変わりない。錆び付いてはいるものの、長年の経験が傷を受けないように左腕を引くことによる回避行動を反射的に取り、狩猟刀でカタナを受け止める。

「リーヴィラ・ステット……聞いたことの無い言葉です。どういう意味ですか?」

 エレオノーレは困惑気味にカタナを振るった人物へと問うた。まさかの人物から攻撃を受けた事による困惑と動揺が表情から見える。

 叫び、カタナを振るった人物、リンゼは怒気も露わに言った。

「私の住んでいた場所の言葉で、いい加減にしろバカ野郎っていう意味よ。――本気で怒ったわ」

 獣人特有の縦長の金の瞳が鋭く細められ、鋭い牙を見せ付けるように両頬を釣り上げる。尻尾の毛が膨らんだように逆立っているのは感情が高ぶっている証だ。それの原因はこうして刃を向けられている事からも伺える様に間違いなく怒りの感情で、

(どうしてこうなってるんでしょう?)

 エレオノーレは心中でそう思った。

エレオノーレがバイオレンスなのはちゃんとした理由があります。それはまたいつかのお話の中で説明していきます。

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