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ちょっと変わった日常(10)

 盗賊の祠に入ってから最初に戦ったゴブリン以降、特に魔物らしい魔物は出てこなかった。

 出てくるのは人の頭ほどもある大蝙蝠と大トカゲだけで、それらもエレオノーレが石を投げてその身を粉砕する。

 ナイフを使わないのかとアルフォンスが聞けば、回収が面倒だとエレオノーレは答えた。何を投げても殺せるのならば石でいいとも言った。

 投擲ナイフを持っているのは石がないところで投げるというらしい。言葉には出していないがアルフォンスはそう解釈する。

 一寸先も見えないほどに闇一色の洞窟の中をアルフォンスの〝神術〟が明るく照らし出す中、エレオノーレがぽつりと言った。

「近いですね」

 何がですかとアルフォンスが問えば、エレオノーレは黙って先を指差す。

「―――!」

 アルフォンスが息を呑む。そこには白く、棒状なものが転がっていた。

 それらは奇怪な形状を持っていた。細く、小さな白や、獣の爪のような白、すり鉢状の白や太く、長い白もあった。

 どうみても生き物の骨であった。汚れの一つまでしゃぶり尽くされたかのようなくすみもない純白だ。だが、全てと言っていいほど溶けたかのように本来の形を崩し、内部を晒している。

「に、人間の骨ですか……?」

 アルフォンスが恐る恐る聞く。

 彼は今まで人間の死を間近で見た事が無い。親類縁者も元気に暮らしており、友人達も死神の影に脅かされたことすらない。

 彼が見た死は食料となる獣や、自身の故郷を襲った魔物達が冒険者に返り討ちにされただけのものであり、獣には生きる糧としての感謝を、魔物達にはそれらは死んで当然という気持ちを得ていた。

 だから人間の物かも知れぬその骨に恐怖を抱いた。自身を死に追いやる可能性がこの場所にいることにどうしようもなく気持ちが負に傾く。

 そんなアルフォンスの内心を他所に膝を突き、手にとって検分していたエレオノーレが呟く。

「獣の骨が大半ですね。人型のも混ざっていますがゴブリンでしょう。人の子供のものにしては骨が太くて頑丈です。この状態からしてやっぱりここにいそうですね」

 すっと立ち上がって、エレオノーレはアルフォンスを見る。

 先ほどまではしゃいでいた彼の顔は不安に彩られていた。きょろきょろと忙しなく視線を周囲に動かし、足は今に震えだしそうだ。

(明確な死の形を見せられたらやっぱり誰でもこうなりますよねぇ……)

 自身も幼い頃になったことがある。それは捨てられて森の中を彷徨っている時であったり、先代に連れ回されている頃に修行と称して魔物の巣に放り込まれたときであったり、飛竜の火炎ブレスの輝きを口中に見たときなど状況は様々だ。

 だから言う。エレオノーレが先代に投げかけられた言葉と同じ感情を乗せて。

「怖かったら帰ってもいいんですよ」



◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆



「怖かったら帰ってもいいんですよ」

 その言葉に憐憫はなかった。あるのは明確に込められた嘲りだ。しかも僅かに見える口元を歪ませる事による嘲笑のおまけ付きである

 そう言われてアルフォンスは不安を投げ捨てた。代わりに得るのは怒りだ。

 如何に目の前の相手が強く、腕が立ち、更に経験も兼ね備えた者と言えど、人を馬鹿にしていいことにはならない。

 自身が勝手に生み出していた死神の気配を、戦意に燃える目の輝きで吹き散らし、アルフォンスは言った。



◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆



「先に進みましょう!」

 へぇ、とエレオノーレは言葉に出さず内心で感嘆した。

(中々気概がありますね。普通の人なら逃げてるんですが)

 エレオノーレが先代と共に修行の旅をして居た頃、魔物の巣へ飛び込めと言われてエレオノーレは余裕で逃げた。その時と比べれば非常に好ましいと言える。

 エレオノーレは結局捕まって無理矢理放り出されたのだが、アルフォンスは自分の意思だ。エレオノーレは子の成長を喜ぶ親の様に柔らかく笑って勇敢な冒険者へ言葉を投げる。

「では行きましょうか。もう幾らかもしない内にローパーの元へ辿りつくでしょう」

 頭の中にあるここの地図は古く、所々霞んでいるが探すべき場所はもう二つ三つしかない。どこを探してもリンゼがいることは間違いない。

 それが一片の骨の姿か、まるまる無事な姿かは置いておいて。

次の更新は22日か25日のどっちかです。休みが消えてあばばばば!

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