ちょっと変わった日常(9)
妙な事になったとエレオノーレは撃たれた矢を弾きながら思った。
当初の予定では一人で捜索するはずだった。だが今は、
「あー動かれると邪魔なんで私の後ろに居て下さいねー」
「はいっ!」
心底面倒な声音で後ろに声を掛ければ、込められた感情を気にもしない溌剌とした返事が返ってくる。
気取られないように僅かに嘆息しつつ、首を少し動かして目で振り返れば憧れの英雄を見るような視線を向けられていた。
(やりにくい……)
と言ってもそれは精神的なもので身体的にやることは変わらない。
今、彼女の眼前にいるのはゴブリンと呼ばれる魔物だ。
それは潰れたような顔を持ち、常に見開かれたかのような不自然な大きさの目を持ち、唇に触れる程に下がった長い鼻を持っていた。
耳は削ぎ落とされたかの様に無く、僅かな肉の隆起とその中央にぽっかりと穴が開いている。
エレオノーレの腰ほどしかないそのずんぐりとした身体は、背丈だけを見れば街角を走るあどけない子供を比べても大差ない。だが身体能力は過酷な野生を生きるゴブリンの方が遥かに勝るだろう。それらが今エレオノーレと対峙していた。
数は五体。冒険者の遺品か盗品か分からないぼろぼろの武器と革鎧で武装しており、その内の一体は弓を持っていた。
ゴブリン自体の強さはたいした事はない。武装がない状態でも爪と牙に気をつけてある程度以上の身体能力があれば戦闘経験がなくても素手で討伐出来るだろう。
だが武器を持っていたり、数が居ると評価は変わる。
一個体は脆弱だが、武器や鎧で補ったり、数を生かした連携を繰り出すのだ。脅威の程は武装した一個体より、素手だが複数いる方が脅威とされている。
だがそれでもある程度の危難を抜けた冒険者にとっては雑魚という扱いであり、冒険者となって日が浅い銅玉には、武装した一個体の丁度いい強さ、連携のやりかた、対処の仕方などを学べる先生のような役割を持つ。
本来ならばエレオノーレの後ろにいる〝彼〟が相手をした方が彼女はいいと思うが、聞けば冒険者となって一時間しか経っていない彼にゴブリン五体の相手は厳しいと思い、こうしてエレオノーレがゴブリンと向き合っている。
「さて、ちゃっちゃと終わらせますよ」
再び放たれた矢を掴み取りながらエレオノーレは食事を作るかのような気楽さで言った。
矢の発射と同時にゴブリン二体が甲高い声を上げ、土を蹴って飛び出してくる。
一体は刺突。もう一体は下段からの斬撃の構え。疾駆する速度は中々のものであり、相手がなんにせよそれなりに場数を踏んだゴブリンであるようだ。その小さな手にはぼろぼろに欠けて錆も目立つ剣が握られている。その剣はゴブリンの身長と対して変わらず、人間ならば身の丈と同じ大剣を持っているに等しい。
人間に換算すれば素晴らしいとしか言いようが無い筋力だ。だがそれでも体格の差は如何ともしがたいものであり、
「えい」
下段から斬撃の構えを取っていたゴブリンの頭がエレオノーレが上げたやる気のない声と足に踏み潰された。
見えぬ速度で足を振り上げたわけではない。ゴブリンも確認し、意図を理解して耐えようと身体に力を入れていたはずだ。しかしエレオノーレの力までは予想の範疇外過ぎた。
もう一匹のゴブリンがその仲間の惨状を見て突進の勢いを殺して後ろに跳び退ろうとする、だが、
「逃がしませんよっと」
後ろに飛ぶための力を小さく強靭な足にゴブリンが込めたところでエレオノーレが先ほど掴み取った矢を耳の穴から突き刺す。
一本の枝から削りだしたであろうその矢は、その身を砕けさせながらもゴブリンの肉を裂き穿ち、脳に達した。
断末魔すら許されないその二体の死に様は後ろのゴブリンに動揺と恐怖を与え、戦いの意思を希薄にする。
素手のゴブリン二体が情けない声と共にエレオノーレに背を向けて逃げる中、エレオノーレは追わず、その場に留まった弓矢持ちの最後の一体と向き合った。
そのゴブリンの身体は震えていた。だが目には怒りがある。エレオノーレが殺した二体は長年連れ添った仲間だったのかはたまた親類縁者か。そのゴブリンが矢筒から矢を取り出し、弓に番えようとした所で、
「敵の目の前で矢を番えるとか舐めてるんですか?」
容赦なく身体を蹴り飛ばした。
手加減などないその一撃はゴブリンの身体を真っ二つに裂いて中身を飛び散らせながら吹き飛ばす。
「敵前逃亡は許しませーん」
そんな言葉と共に石を二個拾い、全力で投げつければ前方から水を思いっきりぶちまけたかかのような音が聞こえてくる。
長い耳を澄ませば、もう何も聞こえない。どうやらちゃんと逃げた二体に当たったようだ。鼻を鳴らしながら返り血に濡れた足を払い、地に足を擦り付けている意識しないようにしていた後ろから輝きを持った声が放たれた。
「すっげー! なんていうかもうすっげー! さすが精霊様!」
魔物の相手よりこれの相手が疲れるとエレオノーレは思いながら何度目かの訂正を試みるが、
「あの……アルフォンスさん。私は精霊では」
「さぁ精霊様! どんどん進みましょう! もっと精霊様の凄いところ見たいっす!」
聞く耳を持って貰えない。今度は隠さずに溜息を大きく吐き出した。
彼、アルフォンスと出会ってから一時間も経っていないがずっとこんな感じだった。どこでどんな冒険者に吹き込まれたのかエレオノーレを戦いを司る精霊と信じ込んでいる。
エレオノーレもそういう精霊が居る事は勿論知っている。だが戦いの精霊というものは武具の精霊とも言い、宿っている物を壊れにくくしたり、ずっと切れ味を保つ事が出来るだけの精霊だ。エレオノーレの採取刀と狩猟刀も武具の精霊が宿っている。宿るだけで効果がある数少ない〝命力〟要らずの精霊である。
そもそも精霊が戦う事自体があり得ない。精霊達は不可侵の存在であり、何人も触れられず、人間を助けると同時に甘やかす事もしない。生き物自身の力で成長する事を願う者達だ。エレオノーレが捨てられた直後に助けられた時も彼女は精霊の気紛れと思っている。
「まぁいいです。アルフォンスさん。しっかり照明役して下さいね」
「はいっ! お任せ下さい!」
それでも彼女がアルフォンスを連れて歩くのには理由がある。
現在位置は試練の森を抜けて盗賊の祠だ。この盗賊の祠というのは遥か昔、今では物語が作られるぐらいに有名な盗賊が根城にしていたという場所の洞窟である。
伝説の盗賊として他の盗賊に神格化された彼を祭る場所として勝手にこのダンジョンが使われ、盗賊達が大仕事をする前にここに寄って最奥にあるその盗賊の活躍を描いた壁画へ祈願していくというある意味盗賊の聖地だ。
だが今ではギルドに雇われた金糸の冒険者が日中限定で入り口に立っており、盗賊達が入る隙間など虫の一匹もなく、その為銅玉や銀糸となって日が浅い者達の腕試しの場となっている。
だがここに入って鍛錬や探索を行うには明かりが必要だ。洞窟内部は真っ暗で、照明になるものなどない。見張りが居ると言ってもそれ以外に後進への援助はない。その為ここに入るのに最低限必要なものとして明かりが必要になる。〝神術〟が使えずともエレオノーレの目は闇を見渡せるが、万全を期すならやはり照明があった方がよい。しかし松明を忘れたエレオノーレは今アルフォンスに〝神術〟で照明役を担ってもらっている。
「さてさて、ここにリンゼがいるといいんですがね……」
そう呟きながらエレオノーレは歩を進めた。
次の更新は18日となります。
※17日、少し修正しました。
変更点
彼、アルフォンスと出会ってから一時間も経っていないがずっとこんな感じだった。どこでどんな冒険者に吹き込まれたのかエレオノーレを武具の精霊と信じ込んでいる。
エレオノーレもそういう精霊が居る事は勿論知っている。だが武具の精霊というものは宿っている物を壊れにくくしたり、ずっと切れ味を保つ事が出来るだけの精霊だ。エレオノーレの採取刀と狩猟刀も武具の精霊が宿っている。宿るだけで効果がある数少ない〝命力〟要らずの精霊である。
からこうなりました。
彼、アルフォンスと出会ってから一時間も経っていないがずっとこんな感じだった。どこでどんな冒険者に吹き込まれたのかエレオノーレを戦いを司る精霊と信じ込んでいる。
エレオノーレもそういう精霊が居る事は勿論知っている。だが戦いの精霊というものは武具の精霊とも言い、宿っている物を壊れにくくしたり、ずっと切れ味を保つ事が出来るだけの精霊だ。エレオノーレの採取刀と狩猟刀も武具の精霊が宿っている。宿るだけで効果がある数少ない〝命力〟要らずの精霊である。
前書いた事を即忘れる鳥頭である^q^




