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ちょっと変わった日常(8)

(うち)の薬……?」

 アルフォンスは怪訝そうな顔をした。

 彼が今アイテムポーチから出した物は薬屋エレオノーレのものだ。それはかの店で最も安価なもので、効果は今一つだがちょっとした傷ならたちどころに治せるといわれるもの。しかし安価と言っても効果は他店の同価格の物と比べて一段ほど上である。

 その薬を指して不詳の女性は家の薬と言う。

 アルフォンスはエレオノーレの家族関係を知っているわけではない。恋人や夫が居ない事は知っているがそれ以上の情報はなかった。

「この程度なら一瓶で済みそうですね」

 アルフォンスの訝しげな言葉を気にも留めず、その女性は彼の傷の具合を見るとそう結論付け、容赦なく受け取った瓶の中身を振り掛けた。

「―――!?」

 アルフォンスが薬を使ったのは今回が初めてである。だから薬屋エレオノーレが誇る、傷薬の別の効果の事をよく知らないというのも無理はなかった。

「いってーーー!!」

 彼女の店にある傷薬は激痛を伴うのである。

 遥か昔、当代であるエレオノーレから遡って何十代目かが、傷薬に痛覚を刺激する植物を混ぜ込んだのだ。

 それは悪戯心などではない、一種の親心のようなものだ。

 そもそも薬を使う状況というのは負傷を負って、それを回復するために使うと言う事。その当主の頃は傷薬をがぶ飲みしながら魔物に特攻して攻め滅ぼしたり、遺跡にある矢玉飛び交い、槍衾が落ちてくる場所を頭を死守しながらこれまた薬をがぶ飲みし、身体を再生させながら無理矢理突破する。

 どんな人事不詳の傷を負いながらも、ゴリゴリと僅かずつでも押して突破する。勿論死者は多かった。首を切り落とされるとか、身体が木っ端微塵になれば再生はさすがに無理であり、引き際を誤った冒険者や、意図せぬ事故で薬瓶が割れた等という使うに使えぬ状況になった場合も当然の如く死んだ。

 そんな脳筋戦術が流行り、知り合いが徐々に減っていく事に憂いを得た当主が、安易に薬を飲まぬ様に傷の痛みを倍以上にする植物を発見し混ぜ込んだのが始まりだという。

 薬を飲まないようになればみんな怪我しない様になるんじゃないか、そんな思い付きだった。

「~~~!!」

 もちろん、冒険者にとってはふざけるな、と言う事以外になかったが、そんなものを混ぜ込んだ理由を泣きながら語られれば沈黙するしか無かったという。

「痛いですか?」

 女性の問いかけにもアルフォンスは悶絶するばかりだ。手の平で大地をばんばんと叩き、声を詰まらせる。

 宿場町でのんびり緩やかに暮らしてきた彼にとって、その痛みは例えようもないものだ。痛みの種類に一番近いもので、

(階段の(ふち)に脛を思いっきりぶつけたときに似てる……!)

 だがあくまで一番近い物であり、痛みはそれの遥か上を行くレベルだった。

「大丈夫ですよ。すぐに鎮痛作用が出ますから」

 不詳の女性がそう言えば、間もなくして痛みは白波が引くかの如く消えていった。

 足の傷を見れば治っている。服に開いた穴はあるものの、元通り狼に噛まれる前のアルフォンスの足である。

「傷薬は始めて使ったが色々と凄いな……こんなに治りが早くて痛いものなのか」

 そう漏らすとフードから隠しきれぬ桜色の口元が僅かに笑みらしき弧を浮かべたのが見えた。

「家のは色々と特別製でして。まぁ他にも他所にはないものが色々と混ぜてありますが知らない方がいいかもですね」

「気になるぞそれ!?」

 女性が立ち上がり、尻餅を突いたままのアルフォンスの手を引く。まるで大人が赤子を持ち上げる時のような揺ぎ無さをアルフォンスは見た。女性のようだが、相当に鍛錬していると彼は思う。

「そういえば……最初に狼を向こうに吹っ飛ばしたのはあんたの〝神術〟かなんかか?」

 その言葉を聞いた女性はあ、と手の平を打ち、忘れるところでしたと呟いて茂みへ身を潜らせた。

「〝神術〟なんかじゃないですよ。これですね」

 戻ってきた女性が手の平に持って見せてきた物は、

「投げナイフ……? にしては少し小さいような……?」

 それは小振りな投げナイフだった。まだ宿場町に居た頃、冒険者が付けていて、幼いアルフォンスに腕前を拾うしてくれた物に似ている。

 だがサイズが違った。それは十代やそこらの子供の手の平に納まるようなものだ。彼を救ってくれた彼女はアルフォンスより身長が高く、故に女性にしては各部のパーツが大きい。アルフォンスの手の中で投げナイフは指の一本と半分程度の長さしかなかったということは彼女もさほど変わらなく、だが更に小さく感じられていることだろう。

「あ、それ子供の頃に使っていたものでして……今の私には流石に小さすぎたんですが他に何も無かったのでしょうがなく」

 でもこれは今では丁度いいんですけどねーと抜いて見せた刃物は狩猟刀のようだった。

「おかげで投げるのにちょっと苦労しましたが、まぁ貴方に当たらなくて何よりです」

 狩猟刀を鞘に納め、ナイフをマントの内側へ戻す。恐らく携帯ベルトに差し戻しているのだろう。

 アルフォンスは昔、冒険者に聞いたことがある。もちろん訓練が一番だが、己の身体に見合わぬ投げナイフを獲物に当てるということは結構難しいと。

 重量のある大剣を、速度を乗せて正確に投げる事が難しいのと同じ。小さすぎても駄目、大きすぎても駄目と彼に話をした冒険者は言った。更にこうも付け加えた

『もし自分の見合わない投げナイフを使っている奴がいたら、そいつは昔からのものに情が沸いている。貧乏で買い換えられない。純粋にこれが投げやすい。そんな奴だ。だが、それとは別にたまぁにすげぇやつがいる』

 宿場町から旅立つ半年ほど前、冒険者になるためヴァーレに行くと言ったアルフォンスを相手に饒舌に語った初老の隻眼の冒険者は昔を思い出すように一つしかない目を伏せて言う。

「どんな武器でも自在に操るんだ。自分の身の丈にあわねぇ斧槍(ハルバード)とか振り回してよぉ。剣を使えば鋼より固い竜皮を切り裂き、弓を射れば急所に百発百中。そういう武器に愛された奴が。あれが〝神術〟なのか加護なのかは俺にはわからねぇ。何しろどてっぱらに穴開いて死にかけてたからな」

 潰れた目の上には何かの爪のようなもので引っかかれたような傷跡が三本走っている。肉が盛り上がっていてすっかり肌色に馴染んでいた。相当昔に負った傷だろう。それを撫で、その奥にあったはずの抉り出されてなくなった瞳が、彼を救った〝彼女〟の幻影を映し出す。

 金の髪を翻し、彼の獲物である斧槍を手に怒り狂った飛竜に踊りかかっていくその幼い後姿はきっと、

『きっとそういうやつは戦いを司る精霊様なんだぜ。お前もそういうのに出会ったら齧りついてでもついていけよ。きっと加護が得られる』

「では私はこれで。次はないと思って気をつけて下さいね」

 その立ち去ろうとした後姿に、アルフォンスは反射的に声を掛けた。

「あのっ、貴女について行っていいですか!?」

更新再開となります。二週間弱も更新してなかったとか……

更新頻度五日は開かない(暗黒微笑) いや本当ごめんなさい……

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