表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/38

ちょっと変わった日常(7)

 差し出された左手を握ってみれば、

(細い……)

 その感想が最初に来た。華奢とも言い換える事が出来る。とても狼を殴り殺した者の手とは思えぬ感触だ。

 女性らしい肉の柔らかさはあるがその量が少ない。人間の女性ではないとアルフォンスは思った。

(エルフか……?)

 そう考えをめぐらせていると、

「……? ああ、そういえば足を噛まれていたんですね」

 いつまでも立ち上がろうとしないアルフォンスを見てその女性は不審に思い、彼の足を見て思い出したように言った。

 実際忘れていたのかもしれない。そうでなければ実力者らしい彼女が怪我人の足を払うようなことはしなかっただろう。

「傷薬は持ってきていますか?」

「あ、ああ。ここにある」

 問われ、腰に付けているポーチから傷薬を出す。薬屋エレオノーレの傷薬だ。

 人差し指ほどに細く短い薬の瓶には白い紙が巻かれていて、その紙に樹精と風精の絵が書いてある。

 風、火、水と言った基本的な者も含めて数多居る精霊達はそれぞれ特定の種族に特に力を貸す。人間なら光精と闇精が、エルフなら樹精と風精がこれに当たる。

 彼が想いを寄せる薬屋の主人は〝神術〟は使えないとアルフォンスは聞いているがエルフはエルフだ。加護をくれる樹精と風精を崇拝していてもおかしくはない。

 その薬瓶を見て顔も見えぬ彼女は言った。

「あら、(うち)の薬ですね」




◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆




「やれやれ、やっぱりこっちには居なさそうですね」

 エレオノーレは熊を八つ裂きにしながらそう言った。

 試練の森に来た彼女は出来るだけの範囲を捜索した。

 その中にはローパーが好みそうな場所も何個か含まれていたがリンゼの痕跡は皆無だ。

 道中出会った冒険者にも聞いてみたところ、何人かは昨日に銅玉を引き連れたリンゼの姿を見たが、試練の森以外では分からないという。盗賊の祠に行ったという冒険者はいなかったので最後の一つを捜索して盗賊の祠に行こうと自分の中で結論付けたところで熊に襲われた。

 熊のサイズは生半可なものではない。黒々とした中に所々あるこげ茶色の体毛に覆われたそれはエレオノーレの身長を優に超えている。三メートルを超えているか超えていないかは分からないがその付近だろうとエレオノーレは思う。

 体重と膂力もそのサイズを裏切らない。大木のような前足から繰り出された一撃はエレオノーレが身を低くして避けた際に腕の軌跡にあった、彼女の腰ほどの太さの木を一撃でへし折った事からも必殺の威力があることが分かる。駆け出しの銅玉では戦ってもまず叶わないだろう。

 だが、

「ちょっとブランクを確かめてみましょうか……」

 低くした身体を戻す際に左手で右腰に差した狩猟刀を抜く。森とは言え、木漏れ日が差す昼間では黒塗りの刀身はあまり意味がない。ただ、エレオノーレが熊相手にそんな小細工する必要もなかった。

 相手の体勢は右腕を攻撃のために振り下ろし、四つん這いになっている。

 最初の一刀は攻撃した左腕だ。抜き打ちからの切り上げで肘から腕を落とし、次に右の肩へ狩猟刀を内側に鋭い角度で切り込んだ。

 肩の傷の深さは鎖骨を断ち割り、背中の皮一枚というところまで達している。水を切るかのように野生動物の頑強さをものともしない。狩猟刀の切れ味とエレオノーレの技術と力が不自然なく融合して出来た傷だ。

 左手に持った狩猟刀を振り上げる動作にあった(から)の右手にスナップ。ホールドし、そのまま動きを続行すれば右手で狩猟刀を振り上げる形になる。

 下ろした。

 その一撃は熊の左肩口から入り、左手を抵抗なく断ち割る。両腕が無くなり、上半身を支える物がなくなった熊の顔面に、エレオノーレは飛び上がりながら左の膝をぶち込んだ。

 骨が砕ける独特の感触と音がしてエレオノーレ五人分はありそうな熊の身体が強烈な打撃によって浮く。膝蹴りによってもはやどこが鼻でどこが目なのか分からなくなった熊と顔を合わせ、左手に持ち替えた狩猟刀で首を一閃した。

 熊の落着は地を揺るがし、木々で休んでいた鳥達が一斉に飛び上がる。その横でエレオノーレは抜け落ちた鳥羽の様に音もなく着地した。

「やっぱり(なま)ってますねぇ……」

 血塗れの狩猟刀を見ながら彼女は呟いた。

 身体が重い。次に何をするべきか決まっていない。技術も衰えている。先代に鍛えられていた時と酷い落差だと彼女は思う。

 彼女の記憶にあるかつての自分は熊の身体を十以上のパーツに分ける事は朝飯前だったし、狩猟刀に血の一滴すら付けずに切り裂く事も出来た。それに現役時代は常に考えを巡らせていた頭も、最初に腕を落としたあとは何も考えていなかった。ただ動きやすい順に斬っただけだ。今回はなかったが肉を切らせての論理でカウンターを仕掛けてくる者もいる。その事に頭が回っていなかった。

 かつて血生臭い事ばかりしていた時と違って身体は出来ているし、心も余裕があるが、平穏に慣れすぎて頭がお花畑になってしまったようだった。

「ま、おいおい戻していきましょうかね」

 狩猟刀の血を払い、鞘に戻したところで狼の遠吠えが聞こえた。

 仲間を集める時のものだ、とエレオノーレは思った。どうやら獲物を見つけたらしい。仲間を呼んで追い詰めて狩るのだろう。それが人か獣かは分からないが不幸な事だと彼女は思う。何故ならば、

「これも久々に投げてみましょうか……」

 エレオノーレがそう思ってしまったから。投擲ナイフを手にかけて彼女は唇を舌で舐めた。

エレオノーレは結構好戦的な性格をしています。このエルフこわい。


二月二十七日現在、仕事の関係で更新が遅れます。基本的に休みの日に書いているのですが、三月の十日までずっと仕事に出ずっぱりなので恐らく満足に更新出来ないと思います。五日以上の間隔は開かないと思います。タブン。読んでくれている人には大変申し訳ありません


3月6日追記

朝仕事いって帰ってきて飯食って寝る生活です・・。日曜日は午後6時まで寝てて寝すぎによる体調不良で参っておりました。細かい手直しはしていますが更新はもうしばらくお待ち下さい・・

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ