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「せあッ!」

 高空より落下し、掛け声一つで大剣を背に担いだ青年の頭をかち割った。

 幹竹割りだ。背に担いだ分厚い大剣ごと股下まで叩き切った際の金属同士が干渉し合う不協和音が開戦の合図となった。

 エレオノーレは時々狩猟刀を不思議に思う。頑丈で重いのは見た目通りなのだが、一回も研いでいないのに切れ味も触るだけで皮が切れる程度にはある。今殺した青年が持っていた大剣はきっと何の変哲もない鉄製の筈なのに切断の際の手ごたえはまるで木枝を切るかのようなものだ。少々硬くはあるがそれだけ。問題なく断ち切れる。

 採取刀も同じ仕様だ。一体何で出来ているのか、鍛冶屋で働いている昔馴染みも材質は分からないと言っていた。エレオノーレはかなり乱暴に扱っているがこの二刀が傷ついたり欠けたりした所を見たことが無い。革鞘もかなり頑丈だがそちらも材質は分からないままだ。

(お師匠様は未だに分からない事だらけです)

 真っ二つにした青年を右の前蹴りで前方に蹴飛ばし、中身をぶち撒けさせて早い反応を見せた術士の男に浴びせて視界を塞ぎながら処理にかかる。

 術士が突如己に降りかかった人間の中身に驚愕し、巻き付いた(はらわた)に体勢を崩さない程度に恐慌を起こしている。蹴りに使った右足を踏み込みに使い距離を詰め、何の防備もなされていないがら空きになった首に左手の狩猟刀を叩き付けた。

 草花を裁断するような本の僅かな抵抗があり、容易く術士の首が飛んだ。それに僅か遅れて他の男達の悲鳴が聞こえる。

 仲間一人が真っ二つにされた上に内臓という内臓をぶち撒けられ、もう一人はその内臓と大量の鮮血を頭から被り、何がなんだか分からぬ内に殺されたという事を考えれば悲鳴の一つや二つしょうがないと言えた。

(リンゼはこういうの慣れてなさそーですよね……)

 リンゼは未開の地や遺跡探索を専門とする正しき冒険者だ。魔物や野獣との遭遇戦はあれど対人戦は殆どしたことがなく、また人の命を奪った事もないだろう。

 猫の獣人は好奇心が強い。この光景を恐らく見ている。なるべく手早く、綺麗に終わらせた方が良いかもしれませんね、とエレオノーレは思いつつ動いていく。

 残る生存者は三人。

 最初の獲物は振り返ったエレオノーレから一番近い者。右斜め前方、約五歩の距離にいる男だ。

 中年、と呼ばれる年齢域に入ったばかりだろうか。刃こぼれや柄の磨耗など使い込んだと思われるブロードソードを震える手で抜いてこちらに向けている。

 剣の柄には銀糸が結ばれていた。もしかしたら熟年の冒険者かもしれない。エレオノーレは念の為、採取刀を小指に下げて攻めの布石としてスローイングダガーを右の太股から抜き、しかし上に振り被ることなく、そのまま手首の軽いスナップで投擲した。

 このスローイングダガーに反応し、何らかの動きを起こしたところを狩る心算だ。だが、

「がっ! あああああ! 目がぁぁぁぁ!」

 その男は何の動きも起こさず、あまつさえ眼前に迫るスローイングダガーに対して防御という選択肢さえ持たなかった。狙いも特に定めておらず、威力も乗っていないものだったが男にとって運悪く目に突き刺さってしまったようだ。どうやら外見の割りには大して経験を積んでいないようである。

(やれやれ、真っ直ぐ行っても良さそうですね)

 もしかしたら海千山千の強敵ではないかと思ったが取り越し苦労のようだ。他の男達はみなそれより若く、三十どころか二十五も超えていなさそうな者である。さっさと終わらせましょうとエレオノーレは採取刀を順手に戻しながら目を失った男に踏み込んだ。

 逆手に握った採取刀で男の心臓を一突きし、狩猟刀を押し当てるように喉へ当て、横へ引いて切り裂き、飛ばす。暖かな鮮血が天高く吹き上げ、エレオノーレと周囲の地面を濡らした。

 彼女の動きは止まらない。飛ばして今正に重力に引かれて地面に落ちようとしている首。その眼窩に突き立っているスローイングダガーの柄を思いっきり、次の獲物に目掛けて採取刀を握り込んだ右拳をぶち込んだ。

 凄まじい推進力を叩き込まれたスローイングダガーが眼窩の裏、後頭部より抜け、生存者である二人の男の内、皮の胸当てを付けた男の喉へ突き刺さり、しかし柔らかい喉肉でダガーを止める事は叶わず、脊髄を砕きながら延髄を破壊し、付随する衝撃波と共に背後へと抜けた。即死である。

 屍が二つ、同時に地に伏す音を聞いてあっという間に一人となった事を最後の生存者となった男が理解する頃には既に次の行動へエレオノーレは動いていた。

 助走の右足を一歩だけ踏み込み、左足を大地に打ち付け、身を回しつつ捻りながら跳ぶ。出来る動きは空中で身体を大地に対して水平に、かつ回転を加えたバタフライツイストだ。回転運動を伴っているので視界が目まぐるしく移動するがエレオノーレの目は目標を違える事はない。

(お師匠様にやるとまず撃墜されたんですが)

 本来は戦闘用の技ではなく、どちらかというと人を魅せる動きの技だ。故に幻惑効果は高く、身を回す故に攻撃を繰り出す末端の手足には遠心力も乗る。また身体強化されているエレオノーレが出すと言う事もあり威力は必殺と呼ぶに相応しいが場慣れした者には通じない大技だ。動体視力に優れた獣人ならばともかく人間の銀糸には確実に当たる。

 大股五歩分の歩数を三回転ほどしながら一気に跳び、呆けた面をしている最後の男に肉薄。そのまま二刀を振り下ろした。

 まず相手に向かったのは左手の狩猟刀だ。ほぼ真上から振り下ろすような鋭角で入った狩猟刀は頭蓋骨を容易く割断し、内部の脳を切り裂きながら下へ走り、気管や首の動脈などの重要器官を破壊しつつ右脇下から抜けた。狩猟刀の刃筋に沿って男の右顔面から抜けた脇下までの身体がずり落ちて血液が噴出す。狩猟刀はその刀身の長さ、鋼を容易く切り裂く切れ味故にしっかり根元まで入れれば人の身体を二つに割るのは容易だ。

 また、それは採取刀も同様だ。逆手に握った採取刀が男の左の肩口から入り、背中の皮一枚、というとこまで刃を肉体に深く潜らせながら心臓を切り裂き、こちらも生命維持に必要不可欠な重要な血管、肋骨やそれに守られている筈の右肺を断ちながら裂き進み、肝臓や右の腎臓を引き裂きながら抜ける。

 もはや誰がどう見ても死んでいるがフィニッシュとして右足の爪先で斜めから打ち下ろすような浴びせ蹴りをぶち込んで吹き飛ばし、同じ足で着地。捻った身体を動きの余韻で戻しつつ二刀を振って付着した血を払った。

「ふぅ」

 一息吐いて周囲を見渡せばもう動くものはいない。動いていたものは既に血肉と臓物をぶち撒けた湯気を上げる肉塊になっていた。炎上する馬車の炎に照らされるそれらに特に思うことも無く二刀をそれぞれの革鞘に戻し、リンゼが居る馬車の中に戻ろうとして背後の森で、

「っ!」

 下生えが揺れる音が聞こえた。

 それを聞いたエレオノーレの動きは迅速だ。空の両手にそれぞれの太股からスローイングダガーを一本ずつ引き抜き、振り返る動作と並行して音の発信源へと投擲したのだ。目標をしっかりと確認しない盲投(めくらな)げだが牽制用なので当たらなくても気にはしない。当たれば良し。当たらなければ直接その手で捻るまで。

 加速の二歩目を踏み込もうとした時に男の悲鳴が聞こえた。投擲したスローイングダガーの内一本は木に刺さったがもう一つが命中したようだ。やっぱり六人いましたね、とエレオノーレは思いつつ更に加速して音の場所へひた走る。

 男を目視する。若い男だ。少年と言ってもいい。ただの童顔という可能性もあるが十八にもなっていないのではないだろうか。肩に深々と突き刺さったスローイングダガーのせいか涙目になっていた。痛みに慣れていないようである。それどころかダガーを抜く前に傷薬を飲んでいた。

(抜く前に飲んだら治るものも治りませんのに)

 疾走しながらそう思う。刺さった異物を取り除かない限り傷は薬を飲んでも阻害され、再生しない。それどころか異物が刃物や針状のものだった場合、癒え続ける体組織が治る側から切り裂かれて痛みが持続したり、異物が体内に残留したりする。なのでまずは異物を取り除き、その後に直接飲む、傷口にかけるというのが鉄則なのだが、

(ほんの数日前までは何の変哲もない一般の方だったんでしょうか……)

 それらを見る分には冒険者とはとても思えない。もし冒険者だったとしても成り立ての銅玉だろう。こんなことしなければ長生き出来ましたのに……とエレオノーレは少し前に思った事を再び思う。

 相手が若かろうが年老いていようが。男だろうが女だろうが。大人だろうが子供だろうがエレオノーレにとってそんな事はどうでもいい。人を殺めた瞬間を見たであろうという事。また、こんな時間のこの場にいるだけで人攫いの一味には違いない為に殺す。例えその少年が何も知らない無辜の一般人だったとしてもだ。

 少年が木を背に尻餅を突いている。向かってくる血染めのエレオノーレに気付き、腰を抜かしたのだ。何事かを喚こうと大きく口を開け、しかし何か言う暇もなくエレオノーレが繰り出した横蹴りで顔面を打ち砕かれた。

 露わになった口中、下顎の部分や舌が不可解な動きをし、飛んでいった頭部に辛うじて残った右の目玉がエレオノーレを凝視する。今は残っている生の輝きも数瞬後には消え失せているだろう。頭を半分にされて生きている生き物などいるわけがないのだから。

 己の身体や髪に付着した血液を払い、絞りながらエレオノーレは再び馬車に歩を進めた。




◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆




「あ、あ……」

 その少年は森の中に身を隠しながら惨劇を見ていた。

 少し離れた向こう、三十歩も歩けば辿り着くであろうそこはもう既に死の臭いが立ち込めている。

 少し前に知り合い、銅玉に成り立てだった己をサポートしようとしてくれた者たちが皆次々と目にするのも躊躇われる無残な死に方をしていくのを見て少年は胃の中の物を全てぶち撒けた。同時に膀胱が緩むのが分かったが先ほど出した為に何もでない。用を足すために離れていなければ彼も切り裂かれるか砕かれるかして内蔵をふり撒いてあの場に転がっていただろう。

「みんな――」

 ガラや素行は悪かったが彼らは少年に対して冒険者の心得を悪態を吐きながらも真摯に教えてくれていた。いっぱしになるまで面倒をみてやるとも言ってくれた。そんな彼らが無残に、まるで玩具(おもちゃ)のように縊り殺されてしまった。過ごしたのはまだ数日程度だが仲間意識は既に芽生えており、仇を取りたいという気持ちもある。

 しかし、あの化け物のような女に己が出来る事など何も無い。己より数段強い彼らが手も足も出ずに、赤子の様に殺されていった。だから己が出張っても何もすることはない。大人しく隠れていよう。そう考えを纏めた。しかしそれは上っ面のものだ。もし彼の心が読めるとしたら心の中は怖い、殺される、その二つの単語しかないだろう。

 口から垂れる吐瀉物を手の甲で拭いながら震える足でそろりと、静かに後ろへ行こうとして大きな葉がついている彼の膝上ほどまである大きな植物を踏み倒してしまった。

 倒れた植物が森の下生えを揺らし、それに狼狽して彼自身も更に下生えを踏み荒らして葉擦れの音を出してしまう。

 気付かれてはいないだろうか、と思い女を見れば既にこちらを向いており、その無機質な、まるで人を人とも思っていない女の目が彼を捉えた瞬間、彼は血の気が引く音を聞いた。

 同時に風斬り音を立てて何かが飛来し、彼の左肩へ深く突き刺さった。骨を穿つ音が己の体内から聞こえ、パニックに陥る。

 尻餅を突きながら肩を見れば黒塗りのナイフのようなものが刀身全てを埋める勢いで突き立っていた。目を見開き、襲ってきた激痛に掠れたような声で絶叫し、腰のアイテムポーチから傷薬を取り出す。

 傷薬の瓶は口の部分が糊で接着した布で塞がれ、更にその上から薄い封蠟を施してある。傷薬の容器も色々あるが彼が持っているものはその封蠟を布ごと剥がすか親指で突き破って使用するものだ。使い方は教わっているので彼もその通りにしようとして、気付いた。

(コルク!?)

 その瓶の蓋はコルクだった。普通のものと違う! と更に動転しようになったがすぐに抜けばいいと悟り、引き抜いて呷る。

 約一呼吸分の時間差はあるが傷薬の効果はすぐに訪れる。すぐに治る筈、と彼は思い、しかしいつまで経っても治癒効果が訪れないのを見て不良品か、と悪態を吐きながら薬瓶を見る。

 その薬瓶にはラベルは無かった。透き通った透明の瓶だ。飲む前もそれは変わらなかった筈なので中身も無色透明だったということになる。

 飲む物を間違えた、と彼は悟った。薬瓶にはどこの店でもラベルが貼ってある。外見が全く一緒な薬を間違えないためそれが傷薬だろうが解毒薬だろうがだ。当然と言えば当然だろう。傷薬が必要な時に解毒薬を飲んでしまっては本末転倒だ。逆も然りである。

 碌に確認もせず取ってしまったのが悪かったようだ。再びポーチを探ろうとして、

「あ」

 横蹴りの体勢を取った女が目の前に居た。そして女の正体に気付く。

 殺さないで、そう言おうと大きく口を開けた直後、顔面を蹴り砕かれた。顔が上下に分かたれ、衝撃で左の目玉が飛び出し、飛んでいく頭の上半分。そこに残った目玉で女を見る。

(なんで薬屋さんが)

 明瞭な思考は一瞬だけだ。直ぐに霞みがかり、視界が暗くなっていく。僅かに感じた落着の衝撃を最後に少年は短い生涯を終えた。






◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆






――少し時間を遡った術士と新入りの会話




『おい新入り。お前これ持っとけ』

『え? っとと! 投げたら割れちゃいますよ』

『お前が捕れば問題ねぇ』

『僕が捕れなかったらどうするんですか……これなんです? 何かの薬ですか?』

『分からん。人攫いの話を持ってきた気味のわりぃ女がくれた薬だ。困った時に使えだとよ。ラベルもねぇから何なのかもわからねぇ』

『ふーん……なんで僕が持ってるんです?』

『まだ一番後ろで震えてるだけのお前は死に辛いだろ。俺達が持ったとしてその持った奴が死んだら使えなくなるしな』

『な、なるほど……困った時ってどういう時なんですか』

『わからん。俺達が死んだ時にでも適当に使え』

『またそんな冗談でもないことを……』

『この稼業何時死ぬかわからないしな。結構死神ってのは身近だぞ。特に俺達みたいな荒い奴らはどこでどんな恨みを買ってるかもわからねぇ。普段ふにゃふにゃしてるような奴が無機質なゴーレムみてぇに斬りかかって来る事だってある。用心するこった』

『うう、気をつけます……。ん? なんかこの瓶震えてるような……いや、なんか中で動いてる?』

『馬鹿言うなっつの。指よりちょっと太い硝子管なんかに入る生き物なんかいるか。今から震えてんのか?』

『気のせいかな……それよりやめませんか人攫いなんて。もしバレたら……』

『俺もそれを考えはしたが一度受けちまった以上後戻りするのは無理だろうな。口封じもありえるかもしれん』

『口封じ……? もしかして殺されるってことですか!?』

『あるいはそれに近い状態になるかな。攫う相手も誰でもいいっつってたからもしかしたら俺達が攫われる羽目になるかもしれねぇぞ』

『本当にもう……そもそもなんで僕たちに黙って受けたんですか? 一言相談があってもよかったんじゃないかってみんな言ってますよ』

『条件が条件だったからな……重罪と知りつつも他に飛びつく奴がいても不思議じゃねぇ。……わりぃな、俺には金がいるんだ。銅玉の頃から一緒にやってきたダチの妹がやべぇ病気になっちまってな。治るには治るんだが薬が高くてよぉ』

『なるほど……事情は理解しました。皆にも言っておきます』

『すまんな』

『但し! これは犯罪ですからね! みんなを巻き込んだ事を謝って下さいね!』

『新入りの癖に偉そうだなオイ……。だが、まぁその通りだな。許してくれ』

『やらないって言った人を無理に参加させようともしないでくださ、うわっ! この薬瓶やっぱり動いてますよ!』

『どれ、寄越してみろ。……気のせいじゃねぇか? 振っても何の反応もしねぇぞ』

『うーん、疲れてるのかな、僕……確かに動いたような……』

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