9 ※
乗り物特有の減速時の身体が進行方向に傾く動きを得てエレオノーレは僅かな微睡みから目覚めた。
どうやら目的地に着いたようだ。時間的にはそう経っていないようですねとエレオノーレは思う。疲労はまだ色濃く残っているが動けぬというわけではない。軽く肩を回しつつ外の気配を探ると会話が聞こえてきた。
複数の足音と幾つかの会話。また、恐らく武器と防具同士であろう金属がぶつかるような音も聞こえてきている。目視しているわけではないので正確には判断出来ないが六人以上はいるとエレオノーレは思った。
リンゼに目を向けるとまだ眠っていた。とうに麻痺毒は消えている筈なので純粋に眠っているだけのようである。
身体を揺さぶりつつリンゼ、と名前を呼ぶ。幾回か繰り返せば緩やかな動きながらリンゼが目を開けた。
「ん、あ……? えるのこえ……? ってエル?」
「はい、エルです」
夜目が利く猫の獣人らしく一切の明かりが無いこの馬車の中でもエレオノーレの顔を視認出来たらしい。微笑みながら人差し指を己の唇に当てる。静かに、というサインだ。しかし寝起きのリンゼは己が攫われ、意識を失っていた事。ここにエレオノーレが居る事、また、常に花の香りを漂わせている筈のエレオノーレから濃密な血の臭いがすることから怪我をしているのではないかという事に瞬時に思い至り、飛び起きた。
「ちょっとエル!? あんたからすっごい血の臭いするんだけど! それになんでここにいるの!?」
「あ、ちょっと静かに……」
外から聞こえていた会話が止んだ。静寂が訪れる。
「気付かれましたね」
「気付かれたって? あ……」
状況を理解したらしいリンゼが口を押さえて呆然とする。苦笑しながら馬車の奥へ隠れているように手で指示した。
「見たところ丸腰のようなのでこれを持っていて下さい。まぁここに通すつもりはありませんが」
スローイングダガーを一本渡し、自衛武器とさせる。よくよく見れば武器どころかアイテムポーチもないようだった。麻痺と睡眠で動けぬというのに反抗手段を奪うあたり徹底している。
「ちょ、ちょっと! あたしも手伝うってば! 武器はないけど神術でなら、ひっ!?」
立ち上がろうとしたリンゼが奥に転がっていた顔面を掘削された死体を見て息を呑んだ。
「あ、それ邪魔だと思うので適当に除けておいて下さい」
「え、あ、ちょっ! これあんたが……?」
その問いかけに答えず、血に染まった口当てを戻して二刀を逆手で抜き、指運で順手に持ち変える。
外から怪訝な気配と共に鞘走りの音が聞こえる。武器を抜いて馬車の内部を改めようと言う心算のようだ。
エレオノーレは何時でも飛び出せるように二刀を握ったまま拳と右膝を木床に着け、左足は爪先を立てるようにしながら加速の力を溜めていく。
飛び出すタイミングは向こうが勝手に作る。幌は未だ掛かっているのでエレオノーレも人攫いも互いの姿は見えないがそれを見れば只事ではないと判断した相手が勝手に、
「おい! しっかりしろ!」
「いや……駄目だ。こいつはもう――」
その言葉が聞こえると同時、エレオノーレは動いた。
爪先を立てた左足を初動として、右足を加速の始まりとした初速の動作と攻撃の予備動作を兼ねた一歩目として、木床を抜かんばかりに踏み込んだ。
一気に前に出る。男の顔面を掘削した時と同じように大股五歩の距離をあっという間に詰めた。
身体は右足に追従するように前に出る。次の加速を齎す筈の左足は後方に高く上げて何かを蹴り出す様な動きを取る。
「幌が開いてるぞ!」
「馬車の中を見ろ!」
そんな言葉が聞こえ、幌が僅かに揺れた。瞬間、エレオノーレは左足を振り抜いた。
足の先端が雲を纏う。音速を超えかけているのだ。乱暴な動きで幌を開いた男の顔面、口中に叩き込むような軌道でエレオノーレの爪先がぶち込まれる。
前歯を砕き、口が開く限界を超えて耐え切れぬ頬が上下に裂かれ、運悪く爪先に掬われるような形になった舌が根元から千切れ飛んだ。そのまま喉に突き刺さり、喉肉を破りつつも止まらぬエレオノーレの足は顔面の骨と鼻骨を砕き、前頭骨をぶち割り、脳天を下から蹴り割りながら振り抜かれて行く。
荒砕きにされた歯や骨、脳が血肉と共に飛沫と化して斜め上空、後方に飛散した。竜に顎先から脳天までこそぎ取られたような死体が蹴りの勢いで遥か後方に吹き飛び、着地の勢いで四肢を歪な形にさせながら転がった。
同時、酷使したミュールがばらばらに千切れ飛んで肉の飛沫と一緒に紛れて飛んでいく。お気に入りだったのに、とエレオノーレは若干勿体無く思いつつ周囲を素早く見渡す。
人攫いと思しき人数は見える範囲で三人。音からして六人はいるはずなので残りは目視出来ないところにいるだろう。目の前にいるのは全員男だ。それぞれが手に武器を、または鞘に入れたそれを抜こうと手をかけている。
また彼らは金属、もしくは皮の胸当て、鎧を着けている。どれもこれも顔に驚愕を貼り付けてエレオノーレを見ていた。馬車の中を覗いた人間がいきなり出てきたエルフに頭を半分蹴り砕かれて後方に吹き飛べば誰だって見るだろう。
吹き飛んでいった男を見ないのは例え一瞬の出来事でも即死だと即座に分かったからだ。また、彼らが浴びた血肉、周囲の地面に付着する頭の内容物を見ればその死は確定的なものになる。
人攫い達が状況を正しく理解する暇を与えずエレオノーレは動いた。
右足一本で低く、男たちの頭に膝を掠めるようにして高速で跳躍しつつ、採取刀の柄尻に付いた金属輪に右の小指を通して下げ、同じ手で左前腕部からスローイングダガーを三本指の股に挟んで引き抜き、その動作を延長させて身を回しつつ腕全体を振り抜くようにして投擲する。
全員武器を半ばまで抜いているがその動作は既に致命的なほど遅く、誰一人完全に抜剣出来ることなく、背後に回ったエレオノーレに振り向く事も出来ず、後頭部にナイフを柄の半ばまで突き立てられて崩れ落ちた。額から刀身の切っ先を生やした死体が三つ、力を失って崩れ落ちた。
スローイングダガーを投擲した右手、その手首を動きは僅かに勢いを乗せて内側に振れば採取刀が順手の握りで返ってくる。同時、着地の際に足を勢い良く大地に突き立て急減速としながら横に大きく跳躍、人攫い達の人数を確認しながら一台の馬車の陰に隠れる。
(三人殺して残りは五人。はて、六人以上居たと思ったんですが勘違いでしたかねぇ……)
馬車を背に、車輪で下半身を守りつつそう思う。隠れる前に確認した人数では武装した男が五人。正規の兵隊のような槍や刀身が幅広で作りが堅牢な騎士剣を持っておらず、また、全身を覆う金属の甲冑も着けていない。全員動きの妨げにならないように機動力を重視した胸当てや、防御の術式陣を編み込んだ防護服を着ていた。騎士のような対人相手ではなく、大勢の相手に少数で動き回りながら戦えるように軽く、丈夫な冒険者としての正しい装備だ。防護服も胸当ても騎士が身に着ける甲冑や盾に防御力は劣るが、大量に襲い来る魔物の爪牙や浴びれば時には金属をも溶かす毒液を吐くような魔物相手に受けるという選択が存在しない冒険者なら甲冑は重りにしかならない。
(どこかの国の兵隊とかはいないようですね……)
たまにではあるが殆どならず者のような兵士が村から略奪に限りなく近い税の取立てをしていることもある。ヴァーレから出なくなったここ数年、エレオノーレはそう言った場面は見ていないが修行時代は宿泊した、あるいは通りかかった村や都市で幾度かその場面を目撃している。
と言っても別段何かするわけではない。こちらに絡んでくるなら相手はしていたがそうでないならそのまま通り過ぎるだけである。
(まぁ兵士が捕まれば即座にその国が疑われますもんね……)
どんな愚か者でも甲冑を着たまま、着せたまま犯罪行為をすることはないだろう。露見したら国の名前に傷が付くし、それが世界共通の法律を破っていたら尚更だ。信用問題にも関わる。
(ただ兵士がいようといまいと関係ないんですけどね)
狩猟刀を順手に握り直しながら馬車越しに気配を窺う。
足音がしない。また、会話もない。獣以上の聴力を誇るエレオノーレの長耳には刀身を止める柄の留め金が緩んでいるのか僅かに装具がぶつかり合うような音が聞こえる。エレオノーレの二刀は金属その物を削り出して刃にしたような武器でそういった装具、継ぎ目が一切ない。故にそれらの音は全て相手側、人攫い達が発するものだ。
(どう考えてもばれてますよねぇ……)
なるべく視認出来ぬよう、大きく高速で動いたつもりだったがやはり見られていたようですねとエレオノーレは思う。思えば幾人かは飛び出した己を見ていたような気がする。
(ま、正面から行っても負けは――)
そう思った直後、馬車の向こうから炎精の歓喜の声が聴こえた。物理的な音ではない、猛烈に膨れ上がる歓びの気配。己の魂が釣られて胸の内より飛び出て動き出しそうな、心臓の鼓動を大きくしたようなそれが聴こえ、
「嘘でしょう!?」
馬車が轟音を立てて爆発した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
爆炎弾を放った男は表情をにやつかせながら原型を留めぬほどに吹き飛んだ馬車の残骸を見て満足そうに鼻を鳴らした。両手で持った前方に掲げた神術の増幅器となる杖をゆっくり下ろす。神術を主な武器とする術士が持つ一般的な武器だ。基本的に神術の増幅器として扱うが中には先端を金属で覆い、打撃武器として使用出来るようにしたのもある。
「はっ、相手が何だろうとこれでお終いだろ。後は馬だけ交換してもう一つの馬車で行こうぜ」
閃光から両目を守るために被ったフードを払いながら近くに繋いでいる馬を見やる。今の爆発で恐慌を起こしているのか高く嘶き、動きが忙しないが宥めればすぐに落ち着くだろう。
「過激だな……だが、まぁ正しいかもしれんな。一瞬見えただけだったが何だったのだろう。人にも見えたが」
「知るか。それよかさっさと馬を宥めてこい。残りの奴らもだ」
抜いた大剣を再び背の鞘に納めた青年が腕を組みながら首を傾げるが術士の男が一笑に伏して指示する。周りにいた男たちも武器を納めて馬を宥めに行った。
「やれやれ、血染めの馬車たぁ乗り心地最悪だな。人目に付かねぇようにしねぇと」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
眼下に跡形も無く吹き飛んだ馬車を視界に入れながらエレオノーレは安堵の溜息を吐いた。
(ふぅ、危ないところでした)
爆炎弾が馬車を木っ端微塵にすると同時、炎と閃光に身を隠して遥か上空へ跳躍して何を逃れたのだが爆圧も後押ししてエレオノーレ自身が狙った高度より高く跳んでしまった。隣で飛行している夜行性の猛禽が突然の天敵たる人類種の登場に弾かれたように距離を取る。
太陽は隠れ、遥か西の方を除いて既に濃紺の宵闇が辺りを支配しており、銀砂を撒いたかのように星々が煌いている。月も出ており、月光が薄く大地を照らしていて何の遮蔽物もないこの場所では上空を見たらエレオノーレの存在は見るべきものが見れば鳥ではないと言う事に容易く気付く事だろう。
しかし、エレオノーレの存在に最も気付くべき相手は既にエレオノーレの事を殺害したと思い込んでおり、周囲を警戒することはない。当然と言えば当然だろう。爆炎弾が馬車に当たり、吹き飛ばしたその瞬間まで守りの神術の気配は無く、故に術士の男はエレオノーレが反応しそびれて馬車と共に粉微塵になり、確実に死んだと思っているのだから。
エレオノーレにとってこの高度からの着地は何の問題もない。暫く激しい運動はしてない故にもしかしたら足が痺れるかもしれない、という懸念だけだ。
(念の為に命術でも使っておきましょう)
宵闇の天蓋に淡く、儚いとはいえ白の燐光は大変に目立つが相手は上空を見ようともしない。壊れる寸前の右足のミュールを脱ぎ捨てて左手に握る狩猟刀を振り被る。落下地点は大剣を背負った男のすぐ近く、狩猟刀の射程圏内だ。
重力に引かれ、見る間に距離が迫る。落下で感じる風の圧にエレオノーレの髪に隠れた風精が喜びの声を上げる中、
「せあッ!」
落下の威力を乗せて、大剣の男の脳天をかち割った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
幌に開いている僅かな隙間、エレオノーレが麻痺と睡眠を齎す煙を逃がすために空けた切れ目からリンゼは外の様子を窺った。
近くにあった馬車が爆発、炎上しているようで周囲の闇を煌々と炎が照らしている。直前に神術と炎精が歓喜する気配が察知出来たので確実に神術、それも戦闘用の戦術だろうとリンゼは思う。
そしてその狙いは確実にエレオノーレだ。今し方飛び出して何の神術も使わずに人の頭を蹴り砕き、曲芸のような動きをして残った男たちが反応する間もなくあっという間に殺していった友人を思ってリンゼは心に寒いものを得た。
エレオノーレが戦えるという話は聞いた事が無い。そもそもエルフの女性で戦う術と言えば種族の特性による強力無比な〝神術〟か弓だ。〝神術〟は言わずもがな、弓も風精の加護とそれに後押しされた風の神術で風に乗せ、視認すら厳しい速度で盾や鎧を掻い潜って隙間から身体に突き立つ程の操作性を誇る。
だがエレオノーレは神術は使えない。その現場はリンゼも見た。命力を精霊がまるで無いもののように無視し、受け取らない光景だ。
故に神術が使えず、それに伴って弓技と神術を合わせた強力な戦闘技術である弓術も使えない。一般に知られている通りの身体能力、時には子供にすら速度や力で負けるエルフ女性が戦う術など何もないはずなのだ。
なのにエレオノーレは、恐らくは単純な力技で人の頭を砕いていった。また、着地後の動きはその時の体勢で横に大きく高速で動く事は分かったが初動が見えなかった。獣人は猫や犬と言った内での細かい種族の違いはあるものの、基本的には動体視力に優れている。高速で動く標的を捉える目も、それに反応出来る身体もある。何の訓練を受けていない素人でも射られた矢を見てかわす事も出来る種族だ。特に猫の獣人は身の軽さも相まって攻撃を回避する能力は獣人種でも並ぶ者は居ない。
それはリンゼも同様で、後ろを取られたり視覚外にいない限り相手、もしくは物を見切る事が出来る。正面からならばどんなものだろうと反応する自信がリンゼにはあった。
しかし、実際はエレオノーレの初動の踏み込みすら確認出来なかった。目に残るものは残像にも似た、月光を受けて煌いたエレオノーレの金の髪の軌跡だけである。
(一体どういう身体してるのよあいつ……)
日常生活で並みの女性が持ち上げるのも難しそうな大きな荷物を運ぼうとしているのは見たことはある。非力なエルフには辛かろうと思い、リンゼは幾度か助力を申し出たことがあるが、
『鍛えてましたから大丈夫ですよ』
軽々と持ち上げつつ微笑のおまけを付けながらその一言で終わってしまった。一人暮らしで頼れる男手もなく、故に力が付いたのかとリンゼは勝手に思っていたのだがどうやら違うようである。
何の神術を使わずに人の頭を粉微塵に砕く事など人間、エルフ、獣人、その他数多いる人類種に出来そうにもない。生物全体で言うならば魔物や竜などには腕の一振りで人間を容易く絶命させる事の出来るものはいるにはいるのだが。
(これもエルよね……)
馬車の隅に転がっている顔面を掘削された死体を凝視せぬよう横目で見つつ思う。ぽっかり空いたその大きな傷からは直視に耐えぬ頭の中身が見える。掘削の影響で崩れた眼窩からはみ出た目玉が死に淀んだ光を宿しつつ虚空を映していた。
手元に行くほどに直径が太くなる。つまり深く刺されば刺さるほど傷口が大きくなり、完全に根元まで刺せば最終的には女の太股ぐらいの大きさの穴を容易く空ける騎士槍のような凶器は近くに無く、エレオノーレもそのような物は持っていなかった。また彼女は神術を使えないため、己の身体を使って貫いたということである。
それが腕か足かは分からないが、リンゼは実際にエレオノーレが人の頭を蹴り砕いた瞬間を見ている。どのような理屈でどんな身体をしているのかさっぱり理解が出来ないがもしそうだとすればエレオノーレは非力なエルフ女性という相手の思い込みを裏切ってその細い(と言っても肉付きはリンゼと同程度である)肉体から繰り出される拳打や蹴撃は一撃必殺となりえる。エルフは神術に頼るのでもし一戦交えるのならば霊排石で神術を封じなくてはならないが元より神術に頼らないエレオノーレならば相手が彼女は神術を使えないという事実を理解する前に容易く全滅させる事が出来るだろう。神術無しの肉弾戦は全種族最弱。時には剣を打ち合わせただけで死ぬと揶揄される女エルフの外見が最大の盾になる。
(あっ……)
高空に逃れたのだろうエレオノーレが背に背負った恐らくは鋼鉄製と思われる大剣ごと、黒塗りの刃を振り被って青年を真っ二つにする瞬間を目撃しそうになってリンゼは目を閉じながら背けた。金属で金属を力任せに断ち切る甲高く、擦れたような不協和音が周囲に騒々しく響き渡ったあと、血液が周囲に飛び散る音、粘着質な音を伴って臓物がぶち撒けられるおぞましい音が獣人の鋭敏な耳に入り、手で塞いだ。
しかし、それでも男達の困惑の声、怒声、断末魔が聴こえてくる。リンゼにとっては相手が犯罪者であっても殺す必要はなく、ただ取り押さえれば良いだけのことだ。だがエレオノーレは既に全員を殺すつもりで動いている。まだほんの少ししか見てはいないがエレオノーレの能力はその気になれば相手を無傷で取り押さえる事も可能だろう。
リンゼ自身も探索の成果を掠め取ろうとする者と争った事はある。だが傷を負わせた事はあっても人事不肖の大怪我をさせたことは無い。どんな絶好の機会でもだ。
人は人を殺してはいけない。それは至極当然のことだ。露見すれば極刑もありえる。決闘や仇討ち、正当防衛など特殊なものを除いて老若関係なく、人種関係なく常識である。
しかし、しかしだ。エレオノーレはまるで息をするかのように容易く人の命を奪い去っていく。人を殺す事を何とも思っていないように。草花を摘み取るのと同じように。いつもほわほわ笑っている怠惰な女エルフの友人は、作り物のような美しい顔に何の感情も浮かべず、鮮血を浴びる事も厭わずただ迅速に、効率的に標的の命を刈り取っていく。
早く終われ、とリンゼは思う。ふにゃふにゃした友人の笑顔が、頭の中の彼女の肖像画が血に塗れる前に、人を襲い食らう魔物の絵になる前にただ只管に思う。早く終われ、と。