依頼No.1『探し物』
ここはどこかの町外れ。
二十代くらいの女性が1人、何かを探すようにキョロキョロとうろついていた。
「お姉さん。何か探し物ですか?」
女性に声をかけたのは、季節外れのニット帽を目深に被った少女。その腕には、黒猫が抱えられていた。
「え?…えぇ。そうなの。」
「物ですか?人ですか?」
「うーん?どっちも、かしら?」
そう言った女性は困ったように首を傾げた。
「ちょっと大切な物を無くしちゃって…。知り合いがそんな時に助けてくれるっていう“何でも屋”を紹介してくれたんだけど…肝心の何でも屋が見つからなくて…。」
多分ここら辺なんだけど…、と先ほどから握り締めているメモに視線を落とす女性。
「……それは依頼ですか?」
「え?…そうね。そうなるわね。」
「了解しました。その依頼、引き受けます。」
「………え?」
「さぁ。こちらへどうぞ。家へ案内します。」
そう言った少女は、女性の手をとり歩き出した。
「ちょっ、ちょっと待って。…あなたは一体…?」
「あぁ…、申し遅れました。」
少女は、一旦女性の手を離し片腕に抱いた猫を撫でながら、ふわりと笑って言う。
「私、何でも屋をやっております。伊代と申します。」
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女性が連れてこられたのは、少し古い隠れ家のような木造の家だった。
「お姉さんはコーヒー派?紅茶派?」
「紅茶でお願いします。」
「了解です。」
部屋の中央に置かれているテーブルとイス。そこに座らされた女性は、部屋の主がいない隙にキョロキョロと周りを見渡す。
あまり広いとはいえないこの部屋は、お客専用なのだろう。
広くないとは言え、綺麗に整頓されたこの部屋は客に対して、落ち着いた印象をあたえ、客もまた落ち着ける空間だった。
「お待たせしました。少し熱いので、気をつけてください。」
「ありがとう。」
「さて、改めて自己紹介させていただきます。何でも屋を経営しております、伊代です。」
そう言って今まで深く被っていたニット帽をとり、テーブルに軽く両手をついて深々と頭を下げた伊代に慌てて、女性も頭を下げる。
「香織です。今日は、お願いがあって来ました。」
「はい。探し物ですよね?どんな物でしょうか?」
「え、と・・・。その前に、言いたいことがあるんですけど・・・、私、堅苦しいの嫌いなんです。」
「でしたら、最初のように話してくれても構いませんよ。あなたはお客様なんですから。」
「違う、違う。あなたにも敬語を止めて欲しいのよ。私、ホントにそういうの苦手だから。」
「・・・・・。」
「ね?」
「・・・分かりました。でも、伊代は人前では、いつも敬語です。」
渋々といった様子の伊代に香織は苦笑をもらした。
「それで、探して欲しい物なんだけど・・・キーホルダーなの。」
「キーホルダー?」
「えぇ。もう二十歳越してるのに恥ずかしい話なんだけど、大事にしてるキーホルダーがあって・・・。それをどこかに落としちゃったみたいで・・・。友人は新しいのを買えって言うんだけど、あれは亡くなった祖母に作って貰った大切な物なの。くだらないことかもしれないけど、探すの手伝ってくれないかしら?」
「もちろんです。香織さんの大切な物、伊代たちが見つけますよ!ね、クロさん?」
いつから居たのか、伊代の足に寄り添うように行儀良く座っていたクロが、任せろとでも言うように「にゃっ!」と鳴く。それを、クスクス笑いながら見ている伊代。何故か、この子に・・・いや、この子たちに任せればキーホルダーがちゃんと見つかるような、不思議な安心感を香織は感じた。
「香織さん。どんなキーホルダーなんですか?」
「熊のぬいぐるみよ。」
このくらいの、と両手の人差し指と親指をつかって手のひらサイズくらいの輪っかを作る。
「ずっと持ってるから、ちょっとボロいんだけど、茶色で目が黒いビーズでできてるの。」
「じゃあ、いつからキーホルダーは無くなったんですか?」
「昨日の昼よ。昨日行ったとこには、全部まわったんだけど・・・どこにもなくて。」
「ちなみに、どこ探しました?」
「そうね・・・。会社と、駅と・・・それから公園ね。」
「公園?・・・公園って“みどり公園”ってとこですか?」
「え?・・・えぇ、たしかそんな名前だったわね。」
それを聞いた伊代は、指を顎にあて考え込む。
軽く首を傾げ、長い茶髪の髪がさらさらと揺れる。
香織は、その様子をぼーっと眺めていた。
「よし!そこに行ってみましょう!」
「え!?そこって、みどり公園?でも・・・そこは探したわよ?」
「念のためです。それに、少し心当たりがあるんですよ。」
そう言いながら伊代はニット帽をまた深く被り、ニヤリと不適に笑った。
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「たしか、この辺りだった筈・・・。」
「私、ここらへんには来てないわよ?」
ここは街の真ん中にあるみどり公園。
遊びのためと言うよりは、休憩の場として造られた緑や噴水がたくさんある広い公園だ。
そこのある小さな林の前に彼女たちと猫一匹は、いた。
クロを抱えた伊代は、その林の中にズンズンと入っていった。その後を香織は慌ててついて行く。しかし、段々香織の顔が不安で歪んでいく。
「ね、ねぇ。伊代ちゃん。」
「なに?」
「なんか、めちゃくちゃ猫の鳴き声が聞こえてくるんですけど。」
「あぁ・・・うん。この林は、ここら辺の野良猫たちの縄張りですから。」
「そっ、それって危なくない?」
「大丈夫。クロさんがいます。」
自信満々にクロをずいっと目の前に突きつけられた香織は、「へ、へぇ。」と引きつった笑いをもらすことしかできなかった。
少し行くと少し広い空間にでた。
そこには、たくさんの猫、猫、猫。猫だらけだった。
伊代たちが現れた瞬間、ギロッとどこぞのチンピラのように睨み付けてきた猫たちは、現れた人間に危害を加えようとジリジリと静かに近づいてくる。
「ひいいぃぃい!」
思わず香織は伊代に抱きついたが、伊代は平然としており、むしろ「猫ハーレム」と言ってにやついてるくらいだった。
「伊代ちゃん!」
香織の声にハッと覚醒した伊代は、相棒の名を慌てて呼ぶ。
「クロさんっ!!」
呼ばれたクロは伊代の腕から飛び降り、野良猫たちに対して構え、
「フシャアアアアアッ!!」
毛を逆立たせて、物凄い剣幕で威嚇をした。
きっと野良猫たちには、クロの後ろに虎だか、ライオンだかが見えたに違いない。
完全に怯えた猫たちは戦意喪失し、悠然と歩いてくるクロに道を作る。
クロが辿り着いた場所には、小さなガラクタの山のような物があった。
それをてしてしと叩き、そのガラクタの山の存在を自分の主に知らせる。
それに気付いた伊代はクロを抱き上げ、その小さな山の前にしゃがみ込み、ゴソゴソと物色し始めた。しばらく、物色していた伊代はピタッと動きを止めた。
「見つけた。」
「え?」
「見つけましたよ。香織さん。香織さんの大切な物。」
香織の前まで歩いてきた伊代は、今見つけたばかりのキーホルダーを香織の目の前に掲げる。
それを受け取った香織は、ギュッとそのキーホルダーを胸に抱き、
「ありがとう。」
と、泣きながら笑った。
その綺麗な笑顔に、伊代は目を細め、ふわりと笑った。
「ここの野良猫たちは、何故か落ちている物を拾って自分の縄張りに持っていくんです。この前の探し物もここにあったんですよ。」
「そうなの・・・。でも、ホントに助かったわ。ありがとう。」
「ううん。香織さんの笑顔が見れて、伊代、嬉しいです。」
「あなたは・・・いい子ね。」
「・・・そうでもないですよ。」
そう言った伊代の顔に一瞬影がさしたが、それに気付かなかった香織は、笑う。
「ふふっ。・・・それで?何でも屋さん。お代はおいくらですか?」
「んー・・・。そうですねぇ。・・・今回は、結構楽しかったからな。・・・あそこのケーキ屋さんのケーキを奢ってください。それが、お代。」
「そんなことでいいの!?」
「はい。私が経営する何でも屋は、私の気分でお代が変わるんです。」
「へぇ。そんなんで、よくやっていけるわね。」
「結構、儲かってるんですよ!馬鹿にしないでください!」
「はいはい。さ、さっさとケーキ屋に行きましょ。」
「ケーキ、2個ね。2個。」
「分かってるって。」
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夜。綺麗な丸い月を見上げながら、伊代はクロに話しかける。
「今日の依頼は、探し物だったね。クロさん。」
「にゃー。」
「香織さん、いい人だったな。」
「にゃー。」
「・・・次は、どんな依頼がくると思う?クロさん。」
「にゃー。」
「そうだよねぇ。分からないよねぇ。・・・楽しみだな。」
舞台は現代です。
でも、後々、ファンタジックなものが出てくる予定なので、ファンタジーのカテゴリになっています。
追記
12月6日、主人公の言葉遣いを変更しました。最近、敬語萌えがきてますww他、何ヶ所か修正しました。