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セカイ

作者: 茅羽はとり

「ねえ、あの子・・・」

「えー?違うんじゃない?」

ガラガラの普通電車の中、私を見て向かいに座る女子大生らしき女の子2人が話している。

(またか・・・)

こんな風に私を見てヒソヒソと会話する人間はたくさんいる。

私は帽子を目深にかぶり、黒縁メガネをかけ、iPodを聞きながら彼女たちの様子を眺めた。

(きっと彼女たちは私に話しかけてくる。)

そんな確信をもっていると2人が私の方に向かってきた。

「あの、もしかして佐伯由菜さんですか?」

私は顔を上げ笑って否定した。

「たまに似てるって言われますけど。」

聞いてきた子は、そうですかっと残念そうに言い、すみませんと誤りちょうど着いた駅で降りた。

「だから違うって言ったじゃん。なんか芸能人っぽいオーラとかないしさ。それより観た?昨日のドラマ、倉橋彩香かわいかった~。」

もう1人の子がそう話しながら電車を下りて行きドアが閉まった。

私は気分が悪くなりiPodの音量を上げた。

“倉橋 彩香”

私がこの世で一番聞きたくない名前。



一年前、私は芸能人として成功の道を歩んでいた。

“佐伯 由菜”

ドラマにCM、バラエティー番組、テレビに映らない日はないほど私は売れていた。

彼女と会ったのは、あるバラエティー番組だった。


「私、ずっと前から由菜さんのファンで、今日会えるの本当に楽しみにしてたんです!」

くったくのない笑顔で話しかけてきたのは2つ下の女の子、倉橋彩香だった。

彩香は私の出演したドラマやの話をして、演技のことやトーク番組での会話のコトを聞いたりしては関心を示していた。

「やっぱりすごいですね、憧れちゃいます!とくに由菜さんの髪、きれいですよね、黒くてサラサラのストレートで!!私短いし、茶色いし。いつか由菜さんみたいに腰までのばしたいなぁ。」

肩にかかる毛先をつまみ綾香は言った。


その後も彩香は共演するたびに私と楽しそうに会話をしては、笑顔を見せた。そんな彼女と仲良くなるのに時間はかからなかった。2つ下ということもあり、私たちは姉妹のように仲良くなり、連絡もこまめにとるようになっていった。


そんなある日、私はある週刊誌にゴシップ記事を載せられた。内容は私が毎日ホスト通いをしているという根もはもない内容だった。

私や事務所関係者からしたら嘘丸分かりの情報。

でも、私のことをテレビ越しに見てる人は、半信半疑にしても気にかけるだろう。

しばらくイベントに行くたびにこの記事の真偽を問う質問が続いたが、私は笑顔で事実無根を訴えた。心配した彩香がメールや電話をいれて、私を信じてるて言ってくれてたのもあり、私はそこまで気にせず、仕事を続けた。


記事の噂も下火になり、みんなが忘れかけている頃、また記事が出た。今度は、私が後輩たちをいじめては仕事をとっているというもの。これも事実無根だが、今回は証言者のコメントが書かれていた。イニシャルすら載せられてなく、いったい誰が証言したのかもわからないが、リアルな内容だった。

(いったい誰が…?)

芸能人だからゴシップは当たり前。競争世界で足の引っ張りあい、わかっているが、少しゆらいだ…

私はまた笑顔で否定しながら、冗談めいた会話をリポーターとかわしていった。

後輩ということで、彩香にもマスコミが行き、事実を問い詰めだか、彩香は私がそんなことするはずないと必死に訴えてくれた。


記事は前の噂が下火になりかけると新しく出た。私からしたらくだらないものばかり。

「整形してる」や「共演者に色目を使ってる」終いには「プロデューサーと寝て仕事をも

らう」などといった噂が続いた。

(なんで、私なの…?)

くだらないうそばかりの記事なのに、何度も続いたことで仕事は激減した。事務所は、忙しかったからいい機会とはげましてくれたが、私は急にこの世界が怖くなった。

そんな私を支えたのは事務所の人間と彩香だった。


仕事が激減したある日、大きな仕事が私のもとにきた。それは、アジア全般で発売される化粧品のブランドのイメージモデルの仕事で、アジア人らしい長いストレートの黒髪を気に入ったブランド側が私を抜擢してくれたのだ。

私はその仕事に全てをかける決意をした。

「私はこんなところで潰されない。」

そう誓って…


そしてブランド側との顔合わせの日、私は最後の確認を終え、マネージャーと会議室に向かった。

「この仕事が決まればあんな噂もう出なくなるよ。」

嬉しそうに私の背中を押すマネージャーに支えられ、私たちは会議室に着いた。

扉をあけてみると、まだ誰もきていなく、マネージャーと顔を見合わせた。

「おかしいな…?ブランドの人達がいるはずなんだけど…」

マネージャーは不思議がり受付に確認してくるといって、部屋を出て行った。

私は部屋にある椅子に座り、ブランド側とどんな話をするかシュミレートして時間を潰した。

でも、マネージャーはなかなか戻ってこなかった。30分がすぎたくらいに、私は心配になりマネージャーの携帯にかけたが、コールがなるだけで、誰も出なかった。

何か嫌な予感がし、私は会議室を出てマネージャーを探した。

あちこち探していると、男子トイレの前に人込みができていた。私は人込みを書き分け中を覗くと救急隊員が担架を運んでいた。その担架に横になっているのは私のマネージャーだった。

「どういうこと…」

私は誰に問うわけでもなく呟いた。マネージャーはみたところ怪我などしてる様子もなく、見た目はただ寝てるように見えた。

私は怖くなり震えた…。


その後、事務所から迎えの車が来て、私はそのまま事務所の方に移動した。マネージャーはただ、クロロ・ホルムをかがされただけで、身体に害はなかったらしい。私はほっと胸をなでおろした。

そして、社長は深刻な顔をして私にあることを告げた。

「化粧品のイメージモデルの話はなくなった。」

私は目の前が真っ暗になった。そのときの私は社長の説明を右から左に流れていて、私が約束の時間になっても指定された場所に行っていなかったと知ったのは、次の日になってからだった。


それから3日、私はぬけがらのように過ごした。何をしていたかは今になっても思い出せない。

そして、あの日が来た。


彩香のはからいで私はあるバラエティー番組に出ることが決まった。最初は断るつもりだったが、彩香が私のためにもってきた仕事ということもあり、私はその仕事を受けた。


控室で自分の情けない顔を眺めていると、ドアをノックする音が聞こえ、返事をすると彩香が入ってきた。私はその彩香の姿に驚いた。

「彩香、その髪…」

肩より少し長かった髪が腰まであり、黒髪になっていた。

「これですか?エクステですよ。今度する仕事がアジア人らしさが必要なんで。」

唇を三日月の形に歪め、彩香はおもしろそうに笑った。

「化粧品のイメージモデルの仕事なんですよ。なんでも、決まってた人が打ち合わせドタキャンしたらしくって、たまたまそこを通った私が選ばれたんです。」

「あんたが…?」

私は自分が震えているのを自覚した。彩香は唇の形をますます歪めた。

「全部、あんたなの?」

私はふりしぼって声を出した。彩香は心底楽しそうに笑顔を作っていた。

「そうですよ、ゴシップ記事捏造するのも意外と大変だったんですよぉ。由菜さんに気付かれないように、はげましのメール送ったり、マスコミに否定したり。でも意外と由菜さんしぶとくて、笑顔で否定したり、さすがここまで上りつめただけあるってかんじ。でも、もっとはやくつぶれてくれたら、マネージャーにもあんなことしなくてすんだのに。」

クスっと笑い、彩香は私の顔を一瞥した。私の今の姿をみるのが心底楽しそうに。

「な…んで…?」

私は泣いてることに気付いた。それが彩香にうらぎられたことへの悲しさなのか、怒りなのかわからない。私の問いに彩香はバカにした目で私を見つめ大声で笑った。

「なんで?簡単よ。あんたが邪魔だから。あんたがいなかったら、私の仕事が増えるじゃない。それだけよ、それに、あんたの友達ってことであんたが降ろされた仕事、ほとんど私にきたし。結構楽に売れるのね、この世界。」

そのあとのことはほとんど覚えていない。ただ、身体中、神経の全てまでが怒りに浸蝕された。


私は彩香につかみかかり、彩香が叫んだことで警備員が来て押さえつけられた。

当然それは記事になり、私はバッシングの嵐にのまれた。

事務所は私を首にはしなかった。私を信じ、噂がおさまるまで待ってくれると言ってくれた。なので私はまだかろうじて芸能人でいる。しかし、仕事なんてない。依頼が来ても、ローカルの深夜番組などだ。やっときた仕事でも私のプライドが許さなかった。そんな場合じゃないとわかっていても、そんな番組に出る自分の姿とゴールデン番組に出まくる彩香を想像するとそんな仕事受けることができなかった。


その後、少し落ち着いた私はテレビを見るようになった。すると、ブラウン管の向こうには彩香の姿ばかり。そして気付いた。髪型も化粧も服もしゃべり方も演技の仕方もなにもかも、私そっくりだ。なぜ、誰もそれに気付かないのだろう?なぜ誰もそれにふれないのだろう?私はそんな疑問とともに怒りに浸蝕され続けた。



そして私は今に至る。

今向かっているのは私が育った場所。生まれてすぐに親に捨てられた私は養護施設で育てられた。そこが私の実家、故郷だ。

駅員さんに切符を渡し改札をぬけると懐かしい景色が目の前に現れた。


なぜ急に帰ろうなんておもったのだろう?もう何年も帰ったりしなかったのに、あんな記事がいっぱい出て、施設のみんなはどう思っているのだろう・・・?


そう考えると動けなくなった。

(どうしよう・・・)

一歩も動けずにいる私の背後で声がした。

「由菜?」

振り返るとそこには、懐かしい顔があった。

「修平・・・?」

同じ施設で育った私の家族、私が知ってるときより背が高くなり髪型も変わっていたがそれは確かに修平だった。

「久しぶりだな!こっちに来ること園長には言ってあるのか?」

私は無言で首を横に振った。

修平の顔をまともにみれない。迷惑そうな顔をしていたら、軽蔑の眼差しでみていたら・・・そう思うと顔があげれなくなった。

「お前、痩せたんじゃないか?」

私の顎を持ち修平は自分の方を見させた。

修平の顔には心配以外の表情はなかった。私は安堵とともに涙を流した。


「園長、喜ぶぞ。お前のこと心配してたからな。」

私が急に泣き出したことに一瞬驚いた表情を見せたものの修平は私を自分の車に乗せて、施設へと向かった。

道中、修平が仕事をしながら施設を手伝っていること、他のみんながどうしているかなどを話してくれた。私は無言でそれを聞いていた。

修平は記事のことにはなにもふれず笑顔を向けてくる。ふられたくない話題なのに、そう望んでいるのに、ふれられないことが辛くなる。矛盾している。自分でもわかっている。それでも、触れてくれないのは私を「かわいそう」と思っているからなのだとそう思ってしまう。

(私は何を求めてここにきたのだろう・・・?)

車から見える景色が緑に染まり建物が見えてきた。


施設は壁が塗り替えられてキレイになっていた。わたしはそれを眺めるだけで、前に進もうとはしなかった。

車を降りた修平が私の肩に腕をまわし行くぞっと言って施設の扉を開けた。

「先生!由菜が来た。」

中に入るなり修平が大きな声を出し中に呼びかけた。すると見たことのある子供たちの顔と始めて見る子供たちがパタパタと出てきた。

「由菜ねーちゃんだ!!修平も!」

「修平兄さんだろ?」

呼び捨てにされて修平が怒ったように注意する。

「由菜ねーちゃん、おれのこと覚えてる?」

私が何も言わないことに不安を覚えたのか、その男の子、章が聞いてきた。言葉が上手く出ずに私は首を縦に振った。

(忘れるわけがない・・・)

他の子たちもみんな私に寄って来て覚えてるかどうかを聞く。私は首を縦に振り続けた。

(この子達はまだ小さい・・・。だから私のゴシップ記事のことなど理解できないから笑顔を見せてくれるのだろう・・・。記事が理解できる子達は・・・?)私は目線を上げ、中高生組をおそるおそる見た。

どんな目で私を見ているのか、軽蔑しているのか、それとも嘲っているのか怖かった。

しかし彼らは笑っていた。嘲りやあきれなどではなく心から笑っていた。

「お帰り、由菜姉。」

その笑顔がうれしくて仕方なかった。人の目を気にして過ごし、自分を偽ってすごしてきた日々が哀れに思えた。

「あらあら、みんなそんなに取り囲んだら由菜ちゃんがゆっくりできないでしょ?」

優しくみんなを諭す声が聞こえた。

「せん・・せ」

久しぶりねと言ってここの園長先生であるみんなのお母さんが私に笑顔を見せてくれた。



「ここまで遠かったでしょ?修君には連絡してたの?」

私と修平にお茶を出しながら園長先生は訊ねてきた。私はうまく声が出せず首を横に振った。

「駅でたまたま由菜見かけたから連れてきた。」

「修君はあいかわらず強引ね。」

笑いながら園長先生が言う。

「由菜ちゃんが芸能界に入ったのも修君の強引がきっかけだったものね。」

「その言い方、なんかせめてない?」

ちょっとふくれながら修平が言うと園長先生はそんなわけないでしょっと笑って言った。

「由菜ちゃんは小さいとき、とてもおとなしい子でなかなか自分の意見を言えなかったのよね。いつも修君の後ろに隠れて。」

懐かしそうに目を細めて園長先生が言う。


小さいころは大きな声も出せなかった。何を言うにも修平を通していた。毎日本を読んでおとなしく過ごしていた。そんなある日、修平が言った。

「由菜、お前ずっと俺の後ろにいるつもりか?」

そのとき、私はとても悲しい顔をしていたのだろう。修平は慌てて言葉を追加した。

「かんちがいするなよ、俺は別にお前が後ろにいたってかまわないんだぞ。けど、それじゃぁ、お前の世界が広がらないだろ?俺の後ろから覗き込んでみる世界なんて小さすぎる、もっと自分の世界を広げるべきだ。」

修平の言葉は心に響いた。『自分の世界』なんて私は考えもつかなかった。

「でも・・・、どうやったら世界は広がるの・・・?」

私が聞くと修平はにまっと笑って雑誌を見せた。

それが今所属している事務所のオーディション記事だった。


「由菜ちゃんにオーディションの記事を見せたかと思うと、もう勝手に申し込みしてたんだもの、強引じゃないかしら?」

園長先生が言うと、修平は罰が悪そうに顔をそむけた。その顔が昔と変わってなくて顔がほころんだ。

「あっ!由菜ねーちゃん笑った!!」

こっちを覗いていた章が大声を出したことで私は自分が笑ってることに気づいた。ウソじゃない笑みを見せたのはいつぶりだろう・・・?

「ちゃんと笑えるじゃん」

そう言って修平は私の頭をぐしゃぐしゃにした。

「由菜ちゃん、疲れたり、少し寄り道をしたくなったらいつでも戻ってらっしゃい。ここはあなたの家で、みんなは家族なんだから。」

ただ顔をみせてくれるだけでも大歓迎よっと園長先生は笑って言う。

修平も章も他のみんなも笑顔でいる。


私は彩香にうらぎられ芸能界に居場所をなくしたときから、何も見えてなかった。もしかしたらもっと前からいろんなものが見えていなかったのかもしれない。

本当は知っている、事務所の人たちが私のことを本当に心配してくれていること、はげましのファンレターが本当に私を励ましていてくれていること。でも、私が、私自身がそれを否定した。心配してくれるのも励ますのも私がかわいそうだから、かわいそうな私に優しくして優越感を得ているんだ。そう思い続けた。そうやって周りを否定することで自分を保っていた。


でもここに来て、修平の顔をみたとき、みんなの、家族の顔を見たときから私はちゃんと世界が見えるようになった。ここに来たからこそ見れるようになった。


「私、戻ります。」

次の日、久々に実家である施設に泊まった私は朝起きて園長先生に告げた。園長先生は何も聞かずに笑ってうなずいてくれた。

「駅まで送る」

話を聞いていた修平が車の鍵を見せながら私に言い、私は素直のその厚意に甘えた。

車中、昨日とは違って私と修平は昔の話や今のみんなの話を楽しくしながら過ごした。

「私ね、深夜の仕事やローカル番組の仕事うけてみよと思う。ずっとね、プライドが許さなかったの、かわいそうな私におなさけでくれる仕事なんて!!って。」

修平は黙って私の話を聞く。

「でも、昨日修平に会って、みんなの顔を見てみんなは本当に私を心配してくれてるんだって。仕事もね、そうかな?って。かわいそうだからじゃなくて、本当に私を番組に出したいから仕事をくれたんだって。だからね、仕事うけようって。今からだと遅いかもだけど・・・。」

「由菜、俺がお前にしたことってお前に負担かけたんじゃないか?」

ずっと黙って聞いていた修平が申し訳なさそうに聞いた。

「俺がさ、強引に事務所のオーディションに応募したから、お前は過酷でつらい世界に入ってさ・・・。今回のことも・・・。」

「違うよ、私あの事務所のオーディションのとき自己紹介も満足にできなかったの。でも、動機をきかれたときちゃんとはっきりいえたんだよね『自分の世界をひろげたいんです!』って。修平が私に言ってくれた言葉。」

それを社長が気にいり私はオーディションに合格した。

「確かにつらいことだってきついことだっていっぱいあるよ。でも、世界は広いから。修平の後ろから見る世界は安全だけどやっぱり狭いもん。私は修平に感謝してる。ありがとう。」

修平は照れたようにそっぽを向くとそのまま運転に集中した。


駅に着き車から降りると修平は私の頭をなでて、がんばれっと言ってくれた。

「先生も言ってたけど、いつでも戻って来いよ。それと、俺ら家族はなにがあってもお前の味方だからな。」

私はうなずき、いってきますと言って、改札を通り世界を広げる一歩を踏み出した。


人は意外と単純で、そんなことで?って思うことで人を憎んだり、陥れたりするものだと思います。

人間は汚いのかもしれない。

そう思うことは多々あります。


だけど、それと同じで、意外と単純なことで立ち直ることも、元気になることもできる。


そう信じてみたくて書きました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 暖かい物語をありがとうございます!思わずじーん、と来てしまいました。 この先、由菜ちゃんがどのようにして、再び輝いていくのだろう?と楽しみになりました。
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