表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

『運命の番』を見出した竜人に『恋心を消す薬』を飲ませるお話

掲載日:2026/07/14

「『運命の番』だと言って言い寄ってくる竜人を何とかしたい、ですか……」


 貴族たちが通う学園。その中に設えられた魔法薬研究室。部屋の主、子爵令嬢ファルメシナは、問いかけられた相談ごとについてうめきにも似た声を返した。

 

 子爵令嬢ファルメシナ。肩口で切りそろえられたまっすぐな黒髪に、理性的な輝きをたたえた紫の瞳。彼女は爵位はそれほど高くないが、魔法薬について深い知識を持っている。その才覚により学園から専用の研究室を与えられた。

 ファルメシナは趣味と実益のため、学園の令嬢たちの悩み事を様々な魔法薬で解決してきた。女生徒たちからは敬意をこめて『ファルメシナ先生』と呼ばれている。そんな彼女にとっても今回の相談は初めてであり、対応しがたいことだったのだ。

 

 『運命の番』。それは、竜人と呼ばれる種族に備わった特殊な習性だ。竜人は人生に一度、一生を添い遂げる相手を見出すという。その相手のことを『運命の番』と呼び、深く愛し、大切にするという。

 

 ほんの一月前、この学園にパーシュダントという竜人の転校生がやってきた。プラチナブロンドの髪に青い瞳。肩幅が広く、胸板も厚い。それでいて粗野な印象はない美丈夫だ。竜人の特徴として、こめかみのあたりから2本の角をはやしている。それ以外に人間と外見的に目立った違いはない。

 その竜人パーシュダントが『運命の番』と見初めたのが、今回の相談者。伯爵令嬢リフセリアだ。リフセリアは腰まで届く金色の髪に、利発そうな緑の瞳のかわいらしい令嬢だ。


「パーシュダント様ったら、まだ正式に婚約も決まっていないのに、すぐに手をつないでくるし甘い言葉で惑わせてくるし、少し隙を見せようものならその……キス……しようとしてくるんですよ! もう困って困って仕方ないんです!」


 耳まで真っ赤にしながらいやいやと首を振るリフセリア。彼女の様子に言葉ほどの嫌悪感はなく、むしろまんざらでもないように見える。ファルメシナはやれやれとため息を吐いた。


「冷気を帯びて触れてくる過剰なスキンシップを阻害する『親しき仲にも冷気あり(クール・マナー)』、興奮しやすい相手を強制的に落ち着かせる『借りてきた猫(カーム・キャット)』といった魔法薬はありますが……これらは竜人相手では効果は薄いでしょう」


 ファルメシナは魔法薬の例を挙げながら竜人の特徴を思い返していた。

 竜人。人間より強靭な肉体と高い魔法力を併せ持つ亜人種。魔法抵抗力も高く、通常の魔法薬の効き目は薄い。

 『親しき仲にも冷気あり(クール・マナー)』は服用者が冷気をまとう魔法薬だ。一錠で約二時間の効果がある。死人のように冷たい体の令嬢にスキンシップをしようとする男はまずいない。だが、竜人の魔法抵抗力を考えれば効力が弱い。その行動を止めることはできないだろう。

 

 魔法抵抗力が高いと言っても、魔法薬を経口摂取で体内から作用するタイプの魔法薬なら効くだろう。対象に飲ませ、強制的に気分を落ち着けさせる『借りてきた猫(カーム・キャット)』なら効果はあるかもしれない。しかし『運命の番』による欲求は強烈と聞く。少し落ち着いた程度では何も変わらない可能性が高い。

 竜人にも効果があるくらい薬を強くすることは不可能ではない。だが強い薬には副作用がつきものだ。無暗に薬効を上げるのは危険なことだと、ファルメシナは心得ていた。


「『運命の番』に選ばれたこと自体を無効にするような魔法薬はないのでしょうか?」

「『運命の番』は竜人の持つ根源的な習性です。それを無効にする魔法薬は存在しません。そもそもそんな薬、開発を始めようとしただけで竜人たちに目を付けられるでしょう」


 ファルメシナはブルリと震えあがった。竜人の国は小国だがその軍事力は侮れない。学園有数の研究者であるファルメシナでも、竜人の国に睨まれたら行動の自由を奪われてしまうことだろう。

 

「やはり、そんな都合のいい薬はないのですね……」

「ええ、残念ですがすぐに思いつく手はありません」


 ファルメシナは素直に白旗を上げた。そもそも竜人に関する情報が少ない。今、この王国に存在している竜人と言えばパーシュダントだけである。ファルメシナは令嬢の悩みをいくつも解決してきた。それだけに情報の少ない相手に憶測だけで解決法を見出すのは危険なことだとよく知っていた。

 そんな八方ふさがりな状況の中、リフセリアはきらりと目を輝かせた。


「では、あなたが開発した『恋心を消す薬』を使ってみるのはどうでしょうか?」

「『恋心を消す薬』……『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』のことですか! 確かにそれは一考する価値があるかもしれませんね」


 ファルメシナが開発した『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』。生徒たちの間で『恋心を消す薬』と呼ばれるその魔法薬は、厳密には恋心を消す薬ではない。その効能は『想い人に対する感情の大幅な抑制』というものだ。

 恋する相手を前にしたときの胸の高鳴りや感情の昂ぶり。服用者は、そういった感情の動きがほとんどなくなる。その効果を一言でまとめれば『恋した相手にまったくときめかなくなる』のだ。

 

 一回の服用でおよそ三か月の間、効果がある。それだけの期間、感情が動かなければ、恋の熱は冷めるし恋の苦しみも整理がつく。もし三か月で足りなければ追加で服用することもできる。

 効能が限定的であるためそれほど強い薬ではない。そのためこれといった副作用もない。万が一よくない状況に陥った場合に備え、解毒薬も用意してある。

 

 『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』は恋に悩む何人もの令嬢を救ったという。そして学園では『恋心を消す薬』として知られていた。

 

「『運命の番』への渇望は永続的なものです。完全に無くすことはできません。しかし、それを一時的に抑えるだけならば、『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』は有効かもしれません」

 

 ファルメシナは改めて『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』の効能について改めて説明した上で、そう結んだ。

 リフセリアは目を輝かせた。

 

「噂に名高いあの魔法薬なら、きっと救いになると信じていました。三か月も大人しくなってくれるのなら、こちらとしても受け入れる気構えができるというものです」

「ですが、竜人に対してこの魔法薬を使ったことはありません。竜人という種族の特殊性を考えれば、確実に効果があると保証はできません」

「それでも試してみたいのです! もうあの溺愛には耐えられません!」


 リフセリアは顔を真っ赤にして言いつのった。本当に限界らしい。ファルメシナはため息を吐いた。


「わかりました。それでは『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』をご提供しましょう。ただし、使用に当たっては条件があります」

「どのような条件でしょうか?」

「魔法薬がどのように竜人に作用するかとても興味があります。使用時にはぜひとも情報を共有させてください」

「そのくらいのことでしたらもちろん承りますわ!」


 こうして『運命の番』を見出した竜人パーシュダントは、魔法薬を盛られることになったのだった。




「いや、こんな場に招かれるとは思わなかった。我が『運命の番』リフセリアよ、うれしいぞ」

「喜んでいただけたようで幸いです」


 放課後。学園内に設えられた談話室。学生であっても貴族には密談を要する場面がある。そうしたときに使われるのがこの談話室だ。防音の結界が張られていて、基本的に室内での会話が外に漏れることは無い。

 リフセリアはこの談話室に竜人パーシュダントを招いた。使用人に紅茶を用意させた後、退出させた。

 

「なあリフセリア。二人きりになったのだから、人目を気にすることもないだろう。君の隣に行ってもいいだろうか?」

「そう慌てないでください。まずは紅茶を楽しもうではありませんか」

「そうかい、君がそう言うなら……」


 甘い声で訪ねて来るパーシュダントに対し、リフセリアは落ち着いた態度でかわした。だがこうしたやりとりも一時のことに過ぎないことは分かっていた。

 ただでさえ『運命の番』に対して積極的な彼のことだ。このような二人きりの状況になれば抑えが効かなくなる可能性がある。だからこれまで、そうなることは極力避けてきた。

 それでも今回ばかりは仕方ない。『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』の使用にあたり、パーシュダントにどのような効果があるかわからない。解毒薬は用意してあるが、それでも関係のない人間はいない方が都合がよかった。

 既にパーシュダントの紅茶には『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』を仕込んである。


「おや、この紅茶、すこし変わった香りがするね。茶葉はいつものもののようだが、なにか入れてあるのかな?」


 薬が入っていることに感づいたらしい。竜人の感覚は鋭いようだ。リフセリアは内心冷汗をかきつつ、それでも落ち着いた態度を保った。


「今日は特別な日ですので、少しブレンドを変えたのです」

「ほう、特別な日?」

「紅茶を飲み終えた後、お話があるのです」

「なに!? そういうことならすぐに飲んでしまわなくてはな!」


 そう言ってパーシュダントはぐっと一気飲みした。まだ紅茶は熱いはずなのに気にした様子もない。竜人は熱に強いということをリフセリアは思い出した。

 パーシュダントが『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』を飲んだ。その効能は『想い人に対する感情の大幅な抑制』。効能はすぐに表れるはずだ。リフセリアは固唾をのんで婚約者の様子をうかがった。

 

「おや……なんだこれは……なんだか妙な気分だ……」


 はたして、竜人に対するパーシュダントにも効果はあったようだ。彼は額に手を当て目を瞬かせた。

 しばらく待った後、リフセリアは慎重に問いかけた。

 

「パーシュダント様……わたしのことをどう思われますか?」


 普段ならこんなことを聞けば「世界で一番愛している」とか「最高の『運命の番』だ」などと言った言葉が返ってきただろう。

 だが今、パーシュダントの顔にはそう言った熱情がまるで感じられなかった。


「どうって決まっているじゃないか」


 パーシュダントの目を見た。今まで見せたことのない、熱の失せた静かな瞳だった。


「すぐにでも、私の子を産んでほしい」


 あまりにも当たり前のように言うものだから、かえって意味をとらえかねた。

 その言葉の意味を咀嚼する間もなく、事態は急変した。席についていた彼の姿が消えたのだ。


「え……?」


 それから起きたことはリフセリアにはよくわからなかった。あまりに一瞬の出来事だった。ただ、ひどく乱暴なことをされたという印象だけがあった。

 気付けばリフセリアはテーブルの上にあおむけに横たわっていた。リフセリアの両腕はパーシュダントの左手に押さえつけられ、彼の身体がのしかかってきていた。完全に組み伏せられていた。

 竜人は通常の人間をはるかに上回るスピードとパワーを有している。パーシュダントが本気になれば、リフセリアをテーブルの上に押し倒すなど簡単なことだったのだろう。

 だがそれは、許されることではなかった。

 

「パ、パーシュダント様!? これはいったいどういうことですか!?」

「君に私の子を産んでほしいのだ」

「婚約前の令嬢にこんな無作法、許されると思っているのですか!?」

「いけないことだとわかっている。だがなぜだか、体の奥から湧き上がる衝動に抑えが利かない」

「こんなことされたら、あなたのことを嫌いになります! 一生恨みますよ!」

「それは仕方ない」


 熱くなるリフセリアに対し、パーシュダントは実に淡々としていた。感情というものが抜け落ちている。言葉が通じているはずなのに、意思の疎通が図れない。リフセリアは純潔を散らされることより、もっと根源的な恐怖を感じた。生者に貪りつくゾンビやグールのイメージが脳裏をよぎった。

 抜け出そうと力を籠めるが、両手はまるで動かせず、身じろぎすらもほとんどできない。体格差に加え、パーシュダントの力は圧倒的だった。

 パーシュダントの手が胸元に伸びる。リフセリアはぎゅっと目を閉じた。

 

「やや、これはいけませんね」


 その言葉と共に、パーシュダントの身体がぐらりと傾いだ。彼の身体に押しつぶされないよう、リフセリアは身をよじった。両手の拘束は緩んでいて、なんとかかわすことができた。

 身を起こすと、そこにはファルメシナがいた。


「やあ、危ないところでしたね、リフセリア嬢」

「ファルメシナ先生!」

「眠りの秘薬を振りかけました。竜人用に強めの物を調合しましたが、無事に効いたようでよかったです」


 彼女は『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』が竜人にどう作用するかを見逃すつもりなどなかった。そのために、気配消しの魔法薬を飲んだうえで、この部屋の棚の中に潜んでいたのだ。




 パーシュダントはテーブルに突っ伏して眠っている。ソファに移そうと思ったが、彼のたくましい身体はあまりに重く、令嬢二人の手に余ったのでそのままにするしかなかった。

 ひとまず落ち着きを取り戻したリフセリアは、ファルメシナへ問いかけた。

 

「どうしてパーシュダント様はあんなことをしたのでしょうか?」


 『運命の番』に選ばれたことで、パーシュダントは積極的に接してきた。手を握られたりキスを迫られたりするのは日常茶飯事だった。だからと言って、彼も隣国の貴族であり、礼儀を弁えている。いきなり押し倒すなんていう暴挙に出たことはない。

 

 それに動機もよくわからない。彼は『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』を飲んだ。その効能は『想い人に対する感情の大幅な抑制』。つまり、想い人にときめかなくなるということだ。薬を飲んだ様子からして、どうやらちゃんと効いていたらしい。それなら押し倒すなどという行動に出るはずがない。

 いろいろな意味で異常な状況だった。

 

 問いかけに対し、ファルメシナは難しい顔をした。

 

「わたしの竜人に関する知識は限られています。あくまで仮説としてお聞きください」


 ファルメシナはそう前置きしたうえで語り出した。


「『運命の番』には、大きく分けて二種類の欲求があるそうです。

 一つは『個人的欲求』。想い人を自分の物にしたい。同時に相手を大切にしたい、好きになってもらいたい……そんな精神的な欲求です。これはごく当たり前の恋愛感情と同じだと考えてください」

「それ以外にもう一つあるというのですか?」

「ええそうです。それは『種族的欲求』。『運命の番』を相手に子孫を残し、種を存続させたいという生物的な欲求です。竜人はこの欲求が極めて強いとのことです。

 『個人的欲求』と『種族的欲求』。この二つが合わさるころで、『運命の番』に対する溺愛は構築されます」


 そう言われてリフセリアは妙に納得のいくものがあった。『運命の番』として見出されてからパーシュダントの積極的なアプローチに翻弄されてきた。あそこまで情熱的な行動は、ただの一目ぼれでは説明がつかないような気がしていた。その理由の空白を埋めるのが『種族的欲求』だとすれば、妙に腑に落ちるものがあったのだ。


「『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』の効能は『想い人に対する感情の大幅な抑制』。作用するのは『個人的欲求』に対してのみと考えられます。だから竜人に対しては、完全には効かないものと思っていました。ですがこれは、どうやら間違っていたようです」

「間違っていた?」

「おそらく竜人に対しては想定以上に効いてしまったのです。『個人的欲求』をほぼ無くしてしまったのです。残ったのは子作りをしたいという『種族的欲求』のみということになります」

「だから襲い掛かってきたというのですか? そんな、意味が分かりません! 『種族的欲求』がそんなに強烈なものなら、普段からもっと子作りを迫ってくるはずです! 『個人的欲求』がなくなったなら、理性で制御できそうなものではないですか!」

「それは……おそらく『種族的欲求』が強すぎるからです。理性だけで抑え込めるものではないのでしょう。だから、普段は理性と感情で抑え込んでいるのです」

「理性はともかく、感情で抑え込むとはどういうことなのでしょう?」

「恋愛感情は、想い人を自分の物にしたいという欲求と同時に、大切にしたいという思いがあります。そうした感情と理性で『種族的欲求』を抑え込んでいたのでしょう。しかし、『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』が感情を消してしまった。だから残った『種族的欲求』が暴走した……おそらくそういうことなのだと思います」


 リフセリアはパーシュダントをマジマジと見た。

 

「『運命の番』なんてわけのわからない習性だと思っていましたが……やはり発情期の獣と同じだったということですね」


 心底嫌そうにリフセリアはそんな言葉を吐き捨てた。ファルメシナはそんな彼女に対し、悲し気に首を横に振った。


「そんなふうに言わないであげてください。強烈な『種族的欲求』を理性と感情で抑え込むのは簡単なことではないはずです。それはきっと、愛があるからこそできることです。パーシュダント様は、あなたのことを確かに愛しているはずです」


 そう言われてリフセリアは彼とのことを思い出した。ことあるごとに手を握ってきた。キスを迫ることも少なくなかった。でも決して無理強いはしなかった。嫌だと言えば手を離してくれたし、無理やりキスをされたこともなかった。

 すぐにでもとびかからずにいられない『種族的欲求』を抱えたまま、自分を厳しく律していたのだ。


「そうですね。彼はこれまで、わたしのことを大事にしてくださいました……」


 リフセリアの視線が優しいものになった。

 

「……ん……ううう……」


 パーシュダントが呻いた。

 

「どうやらそろそろ目が覚めるようです。今のうちに『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』の解毒薬を投与します。そして……今回のことに関することは全てパーシュダント様にお話して、謝罪したいと思います。それでよろしいでしょうか?」

「ええ、そうしましょう。わたしも彼に、謝りたいと思います」




 しばらくするとパーシュダントは目を覚ました。『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』の解毒薬は無事に効いたようで、目覚めた彼がリフセリアに向ける目には熱があった。

 リフセリアとファルメシナは二人そろって深々と頭を下げて謝罪した。

 

「あなたに無断で薬を盛ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「探求心がうずいて、竜人への効果が定かではない薬を使用してしまいました。研究者として恥ずべきことです。申し訳ありません」


 二人の謝罪に対し、パーシュダントは両手を振って頭を上げさせた。


「謝らなくてはならないのは私の方だ! 『運命の番』である君が、魔法薬に頼るほど迷惑しているとは思わなかった! なんという不覚! 穴があったら入りたい!」


 リフセリアは涙ぐみ、パーシュダントの手を取った。

 

「あなたが普段からあんなにも強い欲求を押さえ、紳士的に接してくれているとは知りませんでした。これからはあなたとのお付き合いについて、もっと真剣に考えたいと思います」

「おお、我が『運命の番』リフセリアよ! 私の方こそ、君が不快にならないよう、もっと付き合い方には気をつけるようにすると誓おう!」


 雨降って地固まる。二人の仲はどうやら前よりよくなったようだ。

 ファルメシナはほっと一息ついた。




 あの一件の翌日の放課後。

 いつものようにファルメシナが研究室で魔法薬の調合をしていると、パーシュダントが訪ねて来た。

 

「これはこれは、パーシュダント様。昨日は失礼しました」

「いや、昨日ことはもう気にしないでくれ。リフセリアとの仲が深まった。むしろ感謝したいくらいだ」

「それで、どんなご用向きでしょうか?」

「実は……昨日の一件については、他言無用としていただくよう頼みに来た。特に『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』が竜人にどのように作用するかについては内密にしてほしい」


 ファルメシナはどきりとした。『静かに冷める恋(サイレント・クーラー)』の竜人に対する効能は大発見だった。実は二人に許可を取った上で、なんらかの形で発表しようと考えていたところだったのだ。

 

「『運命の番』に関することは竜人にとって極めてデリケートなことなのだ。それを他言するようなら、私もそれなりの対応を考えなければならない」


 言葉と共にパーシュダントは魔力を高めた。わずかに左足を引き、両手をだらりと下げた。それだけで、ファルメシナは腰が抜けそうになった。対応を誤ればただでは済まない……そう確信させる迫力があった。

 

「……わかりました。あの件については発表なんてしませんし、記録にだって残しません」

「そうか……そう言ってもらえて助かる。それでは、これで」


 そう言ってパーシュダントは立ち去った。

 彼が立ち去ると、ファルメシナは震え出した。自らの身をぎゅっと抱きしめたが、なかなか震えは治まらなかった。

 

「あれもおそらく『種族的欲求』に基づく行動でしょう。竜人は種の存続を何よりの行動原理としているようですね……」

 

 そこまで考えたところで、ファルメシナは自らの頬をぱちりと叩いた。

 

「いけませんね。竜人についてはうかつに手を出してはいけないことのようです。探究心はうずきますが、魔法薬の研究が第一! 研究が続けられなくなるようなものに興味本位で首を突っ込んでいる暇はありません!」


 ファルメシナは気分を切り替えると、再び魔法薬の調合に戻るのだった。



終わり

※本作の『運命の番』および『恋心を消す薬』に関することは、本作の中だけで通用する設定です。

 大丈夫とは思いますが念のため。



『恋心を消す薬』でお話を作ろうと思いました。

どうせなら変わった相手が飲んだ方が面白くなるかと思い、『運命の番』を見出した竜人にしてみました。

竜人は恋心が消えただけでは止まらないような気がしました。

それが成り立つようあれこれ設定を詰めていったらこういう話になりました。

いつも以上に独自色が強めの設定になってしまいました。

やっぱりお話づくりは難しいです。


2026/7/14 19時頃

 誤字指摘ありがとうございました! 読み返して気になった細かなところもあちこち修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ