生きることにも
『生きることにも心急き、感じることも急がるる』
これはロシアのプーシキンが言った言葉だが、生き急ぐのは、当時のロシアには決闘などがあって、寿命が短いためなのかもしれない。
ガロアもまた、短命だった。私のような短編作家も、また短命の宿命を持っているのかもしれない。
「また?」
「うん、また。」
そう言い、私はトンボを見る。トンボはもちろん秋の風物詩だ。星落秋風五丈原。丞相も病は、辛かったのだろうか?
トンボは私の目の前の柵に止まっている。屋上の柵だ。
ふとトンボはぶるっと、動いて居なくなった。
「またトンボに逃げられたのね」
そう友達が言う。この女の友達は、私の仲のあまり良くない、昔からの友達だ。
私は何も言わない。言わずにふと柵による。
人生の甘美さは、ふとこういう時に訪れるものなのかもしれない。
ふと、友達がくすくす笑う。
「何がおかしいの?」
「だって頭のうえに。」
トンボが止まっているのである。
私は、じっと止まって、トンボを見ようとした。けれども当然のごとく見えない。
「楽ちゃん、可笑しい。」
私は頭に止まったトンボが見えないということにも気づかずにそれを見ようとしていたのだ。
ふとトンボが去ってしまった。
『人生は時に孤独になる時もあるのだが、時に甘美なときもある。』
私はそれを思って、友達と一緒に、焼き鳥を食べに帰っていった。
こんなの休日に書いていました。




