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第7話 初めて“後悔”という感情を覚える話

 その日の帰り道、

 俺は足を止めた。


 理由は、分からない。


 いつもなら通り過ぎる交差点で、

 なぜか立ち尽くしてしまった。


「……?」


 胸の奥が、

 重い。


 息が詰まるほどじゃない。

 痛みでもない。


 ただ、

 何かが沈んでいる。


 脳内で、

 昨日の映像が再生される。


 海外の街。

 逃げ場の消えた路地。

 沈黙した拠点。


 いつもなら、

 そこで思考は終わる。


 合理的に正しい処理だった。


 それで済むはずだった。


「……おかしいな」


 今日は、

 先が続く。


 その先に、

 見たことのない映像が混ざる。


 怯えた顔。

 混乱。

 泣き声。


「……関係ないはずだろ」


 そう言い聞かせる。


 でも、

 胸の重さは消えない。


 頭が、

 整理しようとする。


誘拐は止まった

被害は拡大していない

効率は最適

再発率はゼロ


 ――正しい。


 なのに。


「……なんで、今さら」


 言葉にした瞬間、

 はっきり理解した。


 これは、

 後悔だ。


 俺は、

 後悔という感情を

 知らなかった。


 ミスをしても、

 修正すればいい。


 失敗しても、

 最適解に切り替えればいい。


 それで終わりだった。


 なのに今は。


 取り消せない選択を

 してしまった気がしている。


 原因は、分かっている。


 ――西納時 唯だ。


 思い返す。


 転校してきた瞬間。

 視線が合った瞬間。


 胸の奥が、

 勝手に動いた。


 それは恋じゃない。

 少なくとも、

 自然なものじゃない。


 読者にだけ、

 ここで真実を示す。


西納時 唯の能力


 彼女の能力は、

 「見た人間すべてを恋に落とす」。


 だが、それだけではない。


 副作用がある。


 恋をさせる際、

 相手を“人として最適な精神状態”に書き換える。


 恐怖で麻痺した共感。

 摩耗した倫理観。

 欠落した罪悪感。


 それらを、

 一時的に修復する。


 つまり。


 俺は今、

 正常だ。


 正常な精神で、

 自分の過去を見ている。


 それが、

 どれだけ異常かも知らずに。


「……最悪だ」


 小さく、呟いた。


 今までの俺は、

 後悔しないから、

 止まれなかった。


 だが今の俺は、

 後悔できる。


 だから、止まれない。


 胸が、

 ぎゅっと締めつけられる。


 理解できてしまう。


 あの時、

 別の選択肢が

 あったかもしれないことを。


「……戻れないのか」


 問いかける相手は、

 いない。


 スマホが震えた。


 メッセージ。


西納時 唯:

さっき、大丈夫そうだった?


 指が、

 止まる。


 返信できない。


 彼女の近くにいる限り、

 この状態は続く。


 後悔も、

 罪悪感も、

 感情も。


 だが――

 離れれば、どうなる?


 また、

 元に戻るのか?


「……それは、それで」


 怖かった。


 後悔しない自分に戻ることが。


 俺は、

 立ち尽くしたまま、

 初めて知る感情と向き合っていた。


 この時点で、

 俺はまだ知らない。


 この“正常化”が、

 一時的なものではなく――


 彼女の意志次第で、

 続けられる地獄だということを。

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