第5話 海外旅行(観光)先で、逃げ場を消した話
空港に降り立った瞬間、
空気の匂いが違うと分かった。
湿度。
排気ガス。
言葉の通じないざわめき。
観光地としては、
よくある街だ。
ガイドブックにも載っているし、
写真映えする建物も多い。
――表向きは。
ホテルに荷物を置き、
街を歩く。
露店。
観光客。
笑顔。
どこにでもある光景だ。
だが、
俺には見えているものが違う。
頭の中には、
昨夜作った“地図”がある。
事件。
誘拐。
脅迫。
点と点が、
一本の線でつながっている。
そしてその線は、
必ず同じ場所を通る。
「……ここだな」
路地裏。
観光客が、
絶対に入らない方向。
看板も、
灯りもない。
スマホをポケットにしまい、
俺は能力を使った。
今日の分は、
もう決めてある。
生み出したもの
「存在しない逃げ場」
説明は簡単だ。
この区域に入った人間は、
どこへ行っても“外に出られない”。
道は正しい。
曲がり角も、
建物の配置も、
地図通り。
だが――
結果だけが、成立しない。
進めば、
元の場所に戻る。
走れば、
袋小路に出る。
登れば、
降りてくる。
迷路じゃない。
出口という概念が、存在しない。
最初に気づいたのは、
見張り役の男だった。
「……?」
無線で何かを話している。
だが、
応答はない。
通信は生きている。
電波も、正常だ。
ただ、
外には届かない。
「何してるんだ」
仲間が集まる。
怒鳴り声。
銃声。
だが、
それらは街に漏れない。
世界に反映されない。
俺は、
少し離れた場所で
それを見ていた。
安全な距離。
観光客のふり。
「……効率的だな」
戦う必要はない。
追い詰める必要もない。
逃げられないなら、
自然と終わる。
数時間後。
組織の拠点は、
完全に沈黙した。
誰も出てこない。
誰も、入れない。
次に俺が生み出したのは、
「存在しない沈黙」。
音はある。
声も出る。
だが、
意味を持たない。
命令も、
助けも、
届かない。
それで、十分だった。
翌日。
ニュースでは、
こう報じられた。
「原因不明の混乱」
「組織的犯罪グループが消息不明」
「関係者は調査中」
死者数は、
発表されない。
証拠も、
残らない。
「……きれいだ」
ホテルの部屋で、
俺はそう思った。
日本人誘拐事件は、
その日を境に
ぴたりと止まった。
観光は、
順調だった。
写真も撮った。
土産も買った。
誰も、
俺を疑わない。
だが――
胸の奥に、
わずかな違和感が残る。
ほんの、
ノイズ程度のもの。
「……?」
理由は、分からない。
合理的に考えれば、
正しい処理だ。
余計な犠牲もない。
長引きもしない。
それでも。
帰国の飛行機の中で、
ふと考えた。
「もし……」
もし、
誰かにこれを見られていたら?
もし、
このやり方を
“間違っている”と言われたら?
答えは、出なかった。
感情が、
まだそこにないからだ。
ただ一つ、
確かなことがある。
俺はもう、
元の場所には戻れない。
海外旅行は、
無事に終わった。
だが、
世界のどこかで
何かが確実に歪んだ。




