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魔法を教えてよ! お願いだよぉ!

ありがとうございます!第3話まで読んでくれて嬉しいです。楽しんでもらえますように!

やっと、からだのあちこちがピリピリしな(・ ・ ・)いで動けるようになるまで、何日もかかった。


かあさんは毎朝、ボクが良くなったか見に来てくれたし、 セスは毎晩、寝る前にいつもと同じ質問ばっかりしてきた。


ときどき、もっと一緒にいてほしくて、わざとまだ痛いふり(・ ・ ・ ・)をしてみたりもしたんだ。


「運がよかった! タラミールは優しかったみたい。どこも折れてなくて、ただのアザですんだから。」


よし、今日こそ、やっとこの部屋から出てやるぞ!


でも、その前に……。


「セスーーっ!!」


「セスーーっ!!」


緊急事態でもないのに、ボクは大声で叫んだ。


すると、兄貴がドタバタと慌ててやってきて、勢いよくドアを蹴破るみたいに飛び込んできた。


「ダリアン!? どうした、何があったんだ!?」


セスは目を丸くしてボクを見た。


「助けてよ、お兄ちゃん……」


ボクはわざと声を長くして、チクチクするウールの毛布の下でもがいて(・ ・ ・ ・)みせた。


「退屈なんだ……。ちょっとここで、お話してってくれない?」


セスははぁ……と大きなため息をついた。


「……本当にお前、そんなことのためにあんな叫び声をあげたのか?」


「ちがうもん」


ボクはぷーっと(・ ・ ・)頬をふくらませた。


「じゃあ、何だよ」


「セス……。何か食べるもの持ってきてくれない?」


ボクはまた毛布の中で、もう死んじゃいそう(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)なふりをしてジタバタとのたうち回った。


「断る。俺はお前の奴隷じゃない」


セスはフンッ、と鼻を鳴らした。


「そんなに文句が言えるなら、もう歩けるだろ。 それより、そろそろヌエにお礼を言いに行ったらどうだ?」


「……だれ?」


「ずっと前から隣に住んでるだろ。 あいつの叔母さんと母さんは仲がいいんだ。覚えてないのか?」


「覚えてない」


ボクがそう答えた瞬間、またジタバタ(・ ・ ・ ・ ・)と、さっきより激しく動いてやった。


セスはまたため息をついた。


「もう五歳じゃないんだぞ。年相応に振る舞え」


兄貴はそう言って、くるりと背を向けて小さな部屋から出ていった。 バタン、と木の薄いドアが軽く閉まった。


まだ体は痛かったけど、勇気を出してベッドから一歩・ ・踏み出した。


遠くの方から、かあさんが楽しそうに誰かと話しているのが聞こえる。 ボクが知っているはずの人たち……らしい。


廊下をゆっくり、ゆっくり歩いた。 すごく大変ってわけじゃないけど、楽でもない。


階段からそっと覗いてみると、そこに「あいつ(・ ・ ・)」がいた。


細身で、なんだか落ち着いた感じの男。かあさんの隣で笑ってる。 しかも、ボクの席(・ ・ ・ ・)に座って!


お腹の奥がムカムカした。 「何様のつもりだよ!」 ボクは心の中で叫びながら、壁に手をついて階段を下りた。 バランスを取るためじゃない、意地・ ・だ。


階段の角から顔を出したボクにかあさんが気づいた。 ボクは「場所を盗んだあいつ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)」のせいでイライラしてたんだけど、かあさんはそれを怪我の痛みだと勘違いしたみたい。


「ダマリアン! 体調はどう? 気分は良くなった?」


かあさんはテーブルから立ち上がって、ボクに駆け寄った。


ボクはさっきよりもっと、痛そうなふり(・ ・ ・ ・ ・ ・)をした。 かあさんの視線を、あのガキからボクの方に向けさせたかったんだ。


「ダメだよ、かあさん……」


ボクはわざとらしく口を尖らせた。


「背中がすっごく痛いし、力が入らないんだ……」


かあさんは慌ててボクを支えて、一緒に階段を下りてくれた。 その間、ボクは満足・ ・な気分であいつを見た。 ほら、あいつはテーブルでひとりぼっちだ!


一瞬、あいつと目が合った。 でも、あいつはなんの反応も(・ ・ ・ ・ ・ ・)しなかった。


かあさんは、その「お母さん泥棒(・ ・ ・ ・ ・ ・)」のすぐ隣……自分がいままで座っていた席に、ボクを座らせた。


ボクはじろーっと、あいつを睨みつけた。 目を細めて、顔に思いっきり力を入れる。気合だけであいつを消してやるつもりで。


息を止めて、顔が真っ赤になるまで踏ん張った。 だんだん頭がクラクラしてくる。


「……大丈夫か?」


ヒョロヒョロのガキが聞いてきた。


「だいじょーぶって、何がさ!」


ボクはフラフラになりながら言い返した。


「なんでそんなに力んでるんだ? どこか痛いのか?」


あいつがしつこく聞いてくる。


「力んでる? そんな必要ないもんね。ボクの方がお前よりずっと強い(・ ・)んだから!」


「ダリアン? あんた一体何してるの。変な(・ ・)ことしないで」


かあさんにツッコまれて、話が途切れた。


すると、別の部屋からセスの笑い声が聞こえてきた。


「ギャハハ! 変なやつー!」


兄貴が叫んでる。 ボクは話をそらそうとして、またぷーっと頬をふくらませた。


「……お前がヌエ?」


ボクは目の前の客に聞いた。


「ああ、そうだよ」


あいつは答えた。


「あんまり、あの時のことは覚えてないみたいだね」


「覚えてない? 忘れるわけないじゃん! あの後、ボクの人生で一番サイアク(・ ・ ・ ・)な罰を受けたんだから!」


ボクは顔をしかめて言った。


「罰? どういうことだ?」


「今年が終わるまでに、読み書き(・ ・ ・ ・)を覚えなきゃいけないんだよおぉ……!」


ボクは涙目になりながら言った。


「できないと、父ちゃんと一緒に炭作り(・ ・ ・ ・)の仕事をさせられるんだ……っ!」


「……まだ、読み書きができないのか?」


ヌエは信じられないといった顔で聞いてきた。


「それがどうしたってんだよ! お前はできるのかよ?」


「ああ。たいていの人はできると思うけど」


あいつは淡々と答えた。 すると遠くから、またセスが叫んできた。


「ほーら見ろ! まだ読み書きができないバカ(・ ・)はお前だけだぞ!」


「ああもう、うるさいな!!」


ボクが叫び返すと、今度はかあさんが飛んできた。


「ダリアン! 家の中で叫ぶんじゃないよ!」


かあさんは怒って、目が燃えてる(・ ・ ・ ・)みたいだった。


「だって、かあさん……!」


「『だって』じゃない! 叫んでないで、ちゃんとヌエにお礼を言いなさい」


「お礼? ボクを助けてくれたのは父ちゃんだろ?」


「そうだけど、そうじゃないわ。暴走したヌエのお父さんを抑え込んだのは、あんたの父さんとボルディールだけど、あんたを助け出してくれたのはこのヌエなのよ」


ボクは驚いて、あいつを見た。


「お前……自分の父ちゃんと戦ったのか?」


「……まあね」


あいつはそう答えた。 もっと自慢げに言えばいいのに。ボクなら父ちゃんに勝てたら、すっごく威張る(・ ・ ・)ぞ。しかも、あいつみたいにヒョロヒョロならなおさらだ。


「お前みたいなやつが、ボルディールに勝ってた相手と戦おうなんて……よく思えたな」


「君だって同じことをしただろう」


あいつが言い返してきた。


「そりゃそうだけど、ボクは強い(・ ・)からな!」


ボクは自慢げに腕まくりをして力こぶを作った。 ……けど、すぐに傷が痛んでやめた。


あいつは何も答えなかった。 その目は、一日中仕事を終えた後の父ちゃんみたいに、すごく真面目な(・ ・ ・ ・)顔をしていた。


「ありがとう、ヌエ。あんたがいなかったら、このわんぱく坊主も今日はここにいられなかったわ」


かあさんはそう言って、ボクの頭をくしゃくしゃにかき回した。


「……別に。大したことじゃないです」


あいつは相変わらず、あんまり・ ・がない感じで答えた。


「それで、これからどうするの? 仕事のあてはあるの?」


かあさんが食い下がって聞いた。


「叔母さんが少し助けてくれますけど、父さんの生活費までは足りなくて……。何か小さな仕事がないか、相談してみるつもりです。近くの農場とか」


「ここなら、ベリがあるよ!」


ボクは二人の会話に割り込んだ。


「今年はあまり収穫が良くなかったのよ。だから父さんは、ここ数日は炭を売りに行くの」


あの日、冒険者の人たちがくれたお金で、なんとか一ヶ月はもつかどうか……。そんな状況らしい。


「ふーん……」


ボクはよくわかんないけど、そう答えた。


「それで、どうやって父ちゃんと戦ったんだよ?」


ボクはヌエに身を乗り出して聞いた。


「正面からやり合った(・ ・ ・ ・ ・)わけじゃないよ。ただ、剣が君に当たらないように邪魔・ ・をしただけだ」


「どうやったんだよ!?」


ボクは息をするのも忘れて聞き返した。 そんなの、今まで聞いた中で一番カッコいい話だ。


「変な感じだったんだ。砂の粒子りゅうしが、まるで僕の言うことを聞くみたいに勝手に浮き上がってさ。それが剣の間に割り込んで、攻撃を防いだんだ。自分でも、どうしてそうなったのかは分からない」


ボクには、あいつが何を言っているのかさっぱり分からなかった。


「はあ? りゅうし(・ ・ ・ ・)? 何それ」


ボクが聞き返すと、あいつはため息をついた。 頭の中で言葉を選んでるみたいな顔をしてから、こう言った。


「砂魔法(・ ・ ・)を使ったんだ」


「砂魔法(・ ・ ・)!?」


ボクは興奮して、イスから飛び上がった。


「それってどんな感じなんだ? 何か作れるのか?」


「牛を作ってよ! ……ううん、ニワトリ! ……あ、お・ ・がいい! お城なんて一度も見たことないんだ!」


ボクはまくしたてるように言った。


「……正直、どうやってあの魔法を使ったのか、自分でも全然わからないんだ」


あいつは淡々と答えた。


ボクはガッカリしたけど、すぐに食い下がった。


「ねえ、ボクにも教えてよ! いいだろ?」


「断る」


あいつはそっけなく、きっぱりと言った。


「魔法を学んでいる時間なんてないんだ。父さんの食い扶持(・ ・ ・ ・)を稼ぐために、働かなきゃいけないから」


ちぇっ……。ボクはまたぷーっと頬をふくらませた。 あんなに凄そうな砂魔法を教えてもらえないなんて、どうしても納得(・ ・ ・ ・)できなかった。


ドアを叩く音がした。 かあさんは誰かも確かめずに「入って」と言った。誰か待ってたみたいだ。

入ってきたのは二十五歳くらいの女の人。すごく目立つ、真っ赤な髪をしていた。 化粧も派手だし、ドレスの色も目の色とぴったり合ってる。 その後ろから、その人とそっくりな、すごく可愛い女の子がついてきた。ボクと同じくらいの年かな。たぶん、あの人の娘だ。


「叔母さん」


テーブルに座っていた ヌエ が言った。


「元気だった?」


「ええ、ヌエ。お父さんの具合はどう?」


「今日は腕が少し良くなってました。でも、指がいくつか動かせないみたいです。ボルディールは治療師(・ ・ ・)に相談してみたらって言ってくれましたけど、お金がすごくかかるから……」


女の子はボクを見て、すごく恥ずかしがっているみたいだった。 母親の後ろから出てこないし、全然目を合わせてくれない。 母親が、挨拶しなさいって背中をそっと押した。


「こちらは私の娘の リラ よ。ぜひ仲良くしてやってね」


ヌエ の叔母さんはそう言った。


「こ、こんにちは……。はじめまして……」


その子は真っ赤なリンゴ(・ ・ ・ ・)みたいに顔を赤くして、やっとのことで挨拶した。


ボクはニヤッとした。なんだか、すっごく可愛いなって思ったんだ。


「やあ、リラ。ボクは ダリアン。よろしくね!」


でも、その子は何も答えてくれなくて、ボクの足元をずっと見てた。


「やあ、イセル! 久しぶりね!」


かあさんがキッチンから出てきて言った。 赤毛の女の人は、すごく嬉しそうに答えた。


「エルダ! 元気だった?」


二人はすぐに駆け寄って、ハグをした。 ヌエ がいとこに話しかける。


「リラ、おいで。ここに座りなよ」


あいつは自分の席を譲った。 ボクだって負けてられない。ボクは騎士・ ・だし、ここはボクの家なんだ。


「ダメだよ、こっちに座りなよ。こっちの席の方が座り心地がいいんだから!」


ボクは慌てて割り込んだ。 彼女はどっちに座るか迷ってるみたいだったけど、タラミールのおかげか、やっとヌエが譲ってくれた。


あいつが座り直したとき、少し背伸びをしたんだ。 その時、あいつの足が傷だらけなのに気づいた。まだ治りきってない切り傷。


「それ……あの時の戦いの傷か?」


ボクが指をさして聞くと、あいつははぐらかすように答えた。


「……まあ、そんなところだ」


「リラ、今日の市場はどうだった?」


あいつは怪我の話を避けるみたいに、何でもない風を装って聞いた。


「う、うん……。工芸品(・ ・ ・)のほとんどを売ることができたよ……」


彼女は消え入りそうな声で答えた。 ボクは自分でも気づかないうちに、テーブル越しに身を乗り出して近づきすぎていた。好奇心か、それとも別の何かか、自分でも説明できないけど、目がキラキラしてるのがわかった。


「どんな工芸品を作ってるんだ?」


いとこ同士の会話を邪魔して、ボクは聞いた。 平静を装ったつもりだったけど、少し声が震えちゃった。


リラは真っ赤なトマト(・ ・ ・)みたいになって、俯いてしまった。 呼吸が荒くなって、指をモジモジさせてる。ボクが勢いよく近づきすぎたせいで、びっくりさせちゃったみたいだ。 彼女は ヌエ の背中に隠れるようにした。


ボクの中で、魔法を教えてくれない「ケチ(・ ・)な ヌエ」への静かな怒りがまた膨らんだ。


「う、腕輪とか、お守りとか、ネックレスとか……ごめんなさい、残りは忘れちゃった……」


彼女は震える小さな声で言った。 直接話してくれたことに驚いた。一瞬、ライバルのいとこと仲良くなるチャンスは消えたかと思ったけど、まだ希望はある!


「わあ! すっごいね。いつかボクに、その工芸品を一つプレゼントしてくれない? いいだろ?」


ボクはお願いするように、精一杯の笑顔で言った。


「それは……その……」


彼女が何かを呟いたときだった。


「ダリアン!!」


かあさんが、獲物を狙う野獣・ ・みたいな恐ろしい顔でボクを睨みつけた。


その瞬間、言葉がなくても理解した。 家族が生活のために売っているものを「タダでくれ」なんて言うのは、すごく悪いことだったんだ。


「ごめんなさい、かあさん……」


ボクはボソッと謝って、頭を下げた。それから リラ との距離を空けるために、ゆっくり後ろに下がった。


「そ、その腕輪……。私の家族が作ったものだよ」


女の子が緊張した声で言った。


「私たちは、始まりの氏族(・ ・ ・ ・ ・ ・)のブレスレットを作っているの」


ボクは自分の手首についている、オレンジ色のブレスレットに目を落とした。そこには、猫みたいな不思議な動物の形をした、小さな金属の飾りがついていた。


「じゃあ……これ、君が作ったの?」


ボクが興味津々で聞くと、彼女は少し時間を置いてから答えた。なんだか、変なことを言っちゃったかなって不安そうな顔をして。


「よく覚えてないけど……数年前のことだから。でも、たぶん私が作ったんだと思う」


「へぇー! じゃあ、これって何の動物なの?」


「えっと……本物は見たことないんだけど、たしか『アマイグラ(・ ・ ・ ・)』だったと思うな」


「リラ、それはアライグマのことよ」


叔母さんが横から口を出した。


リラ はまた顔を真っ赤にして、今度はおでこまで真っ赤になっちゃった。彼女は俯いて、消えそうな声で言った。


「そ、それ……。お母さんが言った、それのこと」


「アライグマ……」


ボクは手首にある小さな金属の飾りを見つめながら、その名前を繰り返した。


楽しい時間はあっという間だった。 ボクたちはほとんどの時間、別の部屋で楽しそうにしゃべっているかあさんたちの声を聞いていた。その声は聞き取れないくらいのつぶやきになって、時々壁を揺らすような笑い声が聞こえてくるだけ。


ヌエ は黙ってボクを見ていた。この世のすべてに興味がないみたいに、すごく退屈そうな顔で。


「……ねえ、ヌエ?」


ボクは少し様子をうかがいながら、沈黙を破った。


「何?」


あいつは姿勢も変えずに答えた。頬杖をついて、どんどん退屈の殻に閉じこもっていくみたいだ。


「『トゥリマス』で遊ばないか? ボクが知ってる数少ない遊びの一つなんだけど、村の子供たちの間ですごく流行ってるんだ」


「ルールは簡単だよ。三つの種と一つの石を使うんだ。地面を叩いて、その振動で種を石の上に立たせるんだよ」


ボクは引き出しの中をひっくり返して、道具を探しながら説明した。


「興味ない。でも、誘ってくれてありがとう」


ヌエ はきっぱり(・ ・ ・ ・)と言った。 ボクはイラッとして、引き出しをガシャンッ(・ ・ ・ ・ ・)と音を立てて閉めた。


「……ふん、いいよ。ボクは親切で言ってあげただけだもん」


ボクがぶつぶつ言うと、その音にびっくりしたのか、リラ がびくっとして俯いてしまった。まるで音が体を突き抜けたみたいに。


ボクは席に戻った。だんだん退屈すぎてイライラしてきたし、この沈黙がさらに追い打ちをかけてくる。


ヌエ は相変わらず興味なさそうに、でもボクが次に何をするか待っているような、あきらめたような忍耐強さでボクを見ていた。 反対に リラ は、テーブルの下で指をモジモジさせていて、なんだか落ち着かない様子だった。


ヌエ が指の一本を、まるで風と遊ぶみたいにゆらゆらと動かし始めた。 さっきまであんなに退屈そうだったのに、その顔にはボクの知らない「好奇心」がキラリと光っていた。ボクはあいつが何を企んでるのか暴いてやろうと思って、じっと観察した。


すぐに答えは分かった。 テーブルの上にあった小さなホコリが、不自然(・ ・ ・ ・)に動いていたんだ。ヌエ が見つめる方向に合わせて、まるで奇妙なダンスを踊っているみたいに。


「お前がやってるのか?」


ボクが聞くと、その小さなダンスはピタッと止まった。


「……まあね」


あいつは、ホコリを操っていた手を隠しながら答えた。 ボクはイスから飛び上がって、テーブルに身を乗り出した。


「魔法を教えてくれよ!」


ボクは大声をあげた。


「断る」


即答だった。


「なんでだよ!」


ボクは地団駄じだんだを踏み始めた。 あいつは何も言わずに、ボクを値踏みするような目で見てきた。


「ボクはいい生徒になるって! 魔法の才能(・ ・ ・)だって、きっと神童レベルなんだから。だから、いいだろ?」


「ダメだ」


また、そっけなく言われた。 ボクはイスに座り直してブツブツ文句を言いながら、腕を組んで、テーブルの下を足でドンドン叩いた。


「字も読めないやつに、どうやって教えろって言うんだ?」


あいつがボクをなじるように言った。


「魔法は読み書きだけじゃないだろ! タラミールに誓って言うけどさ!」


ボクは抗議した。


「ボクは暗記・ ・して呪文を唱えることだってできるんだからな!」


「いいだろう。なら、証明(・ ・ ・)してみせてよ」


ボクはじぶんのズボンをグイッと引き上げ、気合を入れ直した。これ以上ないってくらいの決意を込めて、あいつに歩み寄る。


「ボクができるってところ、今に見せてやるよ!」


ヌエ は腕を組んで、顔にバカにしたような笑みを浮かべた。


「……君がそう言うならね」


「もっと面白くしようぜ」


ボクは指の関節をボキボキ鳴らして言った。


「いいか、ボクは火を灯すことだって――」


言い終わる前に、ボクは部屋を飛び出した。 戻ってきたとき、ボクの手には外で拾ってきた小さな枯れ葉が握られていた。


「よし。もしボクがこのに小さな火を灯せたら……」


「葉っぱ(・ ・ ・)だろ」


ヌエ が口を挟んだ。


「そう、この葉っぱだ! もしできたら、お前は一年間ボクの師匠(・ ・ ・)になれ!」


「断るよ」


ヌエ は呆れたような声で言った。


「小さな火を灯すなんてあまりに単純な練習だ。賭け(・ ・)として全然釣り合ってない」


騒ぎを聞きつけて、セス が顔を出した。どうやら今の賭けに聞き耳を立てていたみたいで、ボクがまた失敗するのを期待しているのが見え見えだった。


「いいじゃないか、受けてやれよ」


セス はボクが恥をかくのを確信して、ニヤニヤしながら言った。


「こいつは手に火花一つ出せない無能(・ ・ ・)なんだ。何度も教えてやろうとしたけど、無理だったんだよ」


「……へぇ。あなたがそう言うなら」


ヌエ は セス に答え、ようやくこの「練習」に興味を持ったみたいだった。


「よーし、いくぞ……!」


ボクは筋肉をほぐすようにストレッチをした。 リラ は席に座ったまま、クスクスと静かに笑っていた。


ボクは腕を伸ばし、目の前に葉っぱを構えた。それをギュッと握りしめ、部屋のわずかな風に揺れる茎のところに意識を集中させる。


そして、ボクは呪文を唱え始めた。


「セイレン の息吹よ、命の中に目覚めよ。  眠れるその手に、熱を呼び起こせ。  古の残り火のごとく、煌めきより出でて、  赤熱の力を解き放て……フレイム!」


完璧に唱えられた。何百回も練習してきた成果だ。 ……だけど、何も起きなかった。


手に熱を感じる気はしたけど、それが呪文のおかげなのか、ただの思い込みなのかは分からない。セス があくびをした。しんと静まり返った空気は、期待から落胆へと変わっていく。


「お願いだ……」


ボクは葉っぱに聞こえるように、小声でつぶやいた。一瞬でもいいから火がついてほしかった。


「……そこまでのようだな」


ヌエ が控えめな席からそう言った。


「ダメだ……待ってくれ……!」


ボクは答える間も与えず、すぐに呪文を唱え直した。今度はしがみつくような、祈るような必死さで。


「セイレン の息吹よ、命の中に目覚めよ。  眠れるその手に、熱を呼び起こせ。  古の残り火のごとく、煌めきより出でて、  赤熱の力を解き放て……フレイム!」


葉っぱはピクリともしなかった。 みんなの関心が離れていくのを感じた。それ以上に、もう二度と来ないかもしれないチャンスが消えていくのが怖かった。


「もう諦めろよ、ダリアン。無駄だって分かってるだろ」


セス の声のトーンが変わった。ボクが恥をかくのを楽しむ感じじゃなくなっていた。ボクの最後の叫びがあまりに必死だったから、引いてしまったんだろう。


「最後だ……あと一回だけ……」


ボクは泣きそうになりながら、セス を見て言った。 彼はそれ以上何も言わなかった。


「……いいよ。あと一回だけだ」


ヌエ が、ボクの様子に同情・ ・したような声を漏らして、それを認めてくれた。


ボクは両手で葉っぱの茎を握りしめた。目を閉じて、頭の中の雑音を全部消した。 手のひらに深い穴があるみたいに感じて、それが呪文の一言一言で満たされていく。


「セイレン の息吹よ、命の中に目覚めよ……」


指先から腕まで、血が駆け巡るのを感じた。


「眠れるその手に、熱を呼び起こせ……」


今まで魔法を使おうとしてきた限界の・ ・を感じる。


「古の残り火のごとく、煌めきより出でて……」


手首から手のひらにかけて、ピリピリとした刺激が走った。


「赤熱の力を解き放て……」


熱い力が腕の中から溢れ出してきた。自分でも驚いて、目を開けた。


「フレイム!!」


三十秒くらい、何も起きなかった。みんなの視線が、気まずそうに逸れていく。 ……その時だった。


パチッ(・ ・ ・)と、小さな音がして、光が走った。


葉っぱが一瞬だけ燃えたんだ。本当に小さくて、見間違いじゃないかって、顔を近づけて確かめなきゃいけないくらいの小さな火だった。


セス は口をあんぐり開けて、言葉を失っていた。リラ は少しだけ拍手をしながら、はにかむように笑った。


ボクは叫んだ。勝ち誇ったわけじゃない、ただただ純粋な喜び。痛みも疲れも全部忘れちゃうような喜びだ。


ボクはテーブルに駆け上がり、まだ燃え尽きていない葉っぱを放り出したまま、あっちこっちへ飛び跳ねた。体がまだ完全に治ってないことなんて、今のボクには関係ない!


ヌエ は驚いているというより、むしろ「やれやれ」って顔をしていた。あいつ、ボクが完璧に失敗するのを期待してたんだ。ボクと兄さんのことを何か疑ってたみたいだけど、ボクたちの驚きっぷりを見て、どうでもよくなったんだろう。ボクがあんまり嬉しそうだから、あいつも少しだけ楽しそうに見えた。


燃え尽きて灰になった葉っぱの匂いが、部屋いっぱいに広がった。キッチンでまだお喋りしてたかあさんと ヌエ の叔母さんが、ドアから顔を出した。


「あんたたち? 何か燃やしたの? セス、またあんたなの? また枯れ葉を燃やして遊んでるの?」


誰も答えなかった。みんな、ボクがテーブルから家具へ、家具からイスへと飛び跳ねるのを、あっけに取られて見ていたから。


・ ・に何があったの?」


かあさんが セス を見ながら聞いた。


「……やっと、呪文を成功させたんだよ」


「あの『フレイム』がどうのこうのってやつ?」


「そう、それ」


かあさんは笑った。普段なら、お客さんがいるのに大騒ぎして叱られるところだけど、こんな珍しいことが起きたから、今回だけは許してくれるみたいだ。


「……何も壊さないようにね」


そう言って、かあさんはまた親友のいる部屋に戻っていった。


「子供だな……」


ヌエ がつぶやいた。


「おい、落ち着けって!」


「ダリアン!!」


あいつがついに怒鳴って、ボクのセレブレーションを止めた。


「なあに? 『師匠・ ・』?」


ボクは得意げに、その言葉を強調して言った。ヌエ はため息をついた。


「分かったよ、約束だ。魔法を教えてあげる」


あいつはやっと認めてくれた。


「……でも、問題があるんだ。魔導書(・ ・ ・)が必要だ。それがないと、どこから教えればいいか分からない」


ボクはその場に固まった。地面が足元から消えちゃったみたいな気分だ。


「……?」


ボクは絶望してつぶやいた。


「本がジャム(・ ・ ・)何個分すると思ってるんだよ!? 無理だよ!」


ヌエ は肩をすくめた。


「じゃあ、貯金・ ・から始めるんだね、弟子・ ・くん。それが僕の条件だ」


ヌエ はそう言って、隣に座っていたいとこの肘を軽くつつき、二人で席を立った。 床にへたり込んだボクを見て、セス が笑った。


「結局、父さんと一緒に炭を売りに行くしかなさそうだな」


「うわぁぁ……そんなぁ……」


ボクは丸くなって、床でいじけた。


「……頑張れよ」


セス は笑いながら部屋を出ていった。

新年の準備で更新が遅れてしまいました。待っていてくれた皆さん、楽しんでいただけたなら幸いです!

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