第三幕 : 仕込み
翌日の夕暮れ。
悠真は、沙羅の家のリビングに座っていた。
薄橙の光がカーテン越しに差し込み、二人の影を長く引き延ばす。
沙羅は落ち着かない様子で歩き回り、何度も手元のスマホを握り直していた。
「……本当に、やるのね?」
震える声。しかし、その目の奥は決意に濡れていた。
悠真は頷く。
「やるしかないだろ。……証拠を押さえるには、これしか」
テーブルに置かれたノートパソコンの画面は暗いままだが、
その内部ではすでに仕込みが始まっている。
―小型の隠しカメラ。
―映像をリアルタイムで飛ばすためのWi-Fi中継器。
悠真は昨夜、自分の家にこっそり仕掛けを完了させていた。
玄関の下駄箱、リビングの本棚、寝室のエアコンの吹き出し口。
死角のない位置に、ピンホールカメラが三台。
「翔也……今日、絶対来るの?」
「来るよ。翔也……そういうやつだから」
沙羅は唇を噛む。
怒っているというより、自分の人生のどこで道を間違えたのかを考えているような表情だった。
「……美咲さんと、そんなことを……」
美咲の名前を口にした瞬間、声がくぐもった。
悔しさが喉の奥で絡まり、まともに発音すらできないのだろう。
「沙羅、大丈夫か?」
「大丈夫じゃ、ないよ……悠真くん」
沙羅はソファに腰を下ろし、膝を抱えた。
その肩が小刻みに震えている。
「信じてたのに……翔也も、美咲さんも……。
あんなに仲良さそうに笑ってたのに。私、何も疑ってなかったのに……」
その言葉に胸を締めつけられながらも、悠真は淡々と準備を続ける。
今日すべてが暴かれる。
それを前にして躊躇するわけにはいかなかった。
「大丈夫だ。全部、映す。
……逃げられない証拠を取る」
「……悠真くんは、平気なの?」
「平気なわけないだろ」
初めて、悠真の声が少しだけ揺れた。
だが、その目は鋼のように冷たかった。
「でも……見なきゃいけないんだ。現実をな」
沙羅はぎゅっと手を握る。
その指先が白くなるほど強く。
「ねぇ……悠真くん」
「ん?」
「美咲さんと翔也が……あなたの家で……その……。
私たち、どういう顔して見ればいいの?」
「……見たくなくても、見るしかない」
決意と諦めが、同じ皺の中で混ざり合う。
二人の関係は、今日、確実に戻れない場所へ踏み込む。
そのとき、ノートパソコンの画面がふっと明るくなった。
カメラのオンラインランプが緑に点灯する。
「……来た」
悠真の声は、無意識に低くなる。
沙羅が息を呑む。
「翔也が……?」
「いや……まだ玄関は映ってない。けど、Wi-Fiにつながったってことは……」
家の近くに二人のスマホが来ている証拠。
沙羅の喉が動く。
手が震える。
だが、視線は画面に釘付けだった。
悠真はゆっくりと、再生画面を開く。
リビング。寝室。廊下。
どれもまだ静かだ。
けれど、その静寂が逆に不穏な予兆を漂わせる。
「……始まるぞ」
沙羅は、服の袖を握りしめながら小さく呟いた。
「美咲さん……どうして……」
その声は、泣き声にも怒りにも聞こえず、
――ただ壊れかけた心の音だった。




