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断ち切れぬ鎖  作者: Fall44


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2/5

第二幕:復讐の設計図

 沙羅の家を出る頃には、外の空は夕日を溶かしたように赤く染まりはじめていた。

 風は生ぬるく、まるで体温を失った血のようにまとわりつく。

 胸の奥に広がるざわつきは、怒りではなく、もっと粘りつく黒い感情だった。


 マンションの前で深く息を吐くと、

 首筋に汗が一筋、ゆっくり流れ落ちた。


 あの日まで、世界はもっと単純で、

 妻と親友は“信じていい側”の人間だった。

 それが幻想だとわかった今、世界の形はもう元には戻らない。


 胸ポケットのスマホが震えた。


沙羅:『話したいことがある。──夜、電話できる?』


 その短い文字の並びに、

 同じ“裏切られた者”の気配が滲んでいた。


 俺は即座に返信した。


悠真:『もちろん』


 もはや迷いなどなかった。



■ 夜の通話


 夜。

 美咲はシャワーを終え、髪をタオルで拭きながら寝室に向かった。

 俺はリビングの窓際で、街の光を眺めながらスマホを握る。


 電話が鳴った瞬間、心臓が一拍早く跳ねた。


「……聞こえる?」


 受話口から漂う沙羅の声は、

 昼間の柔らかさとは違い、少しだけ低く沈んでいた。


「あぁ。大丈夫」


 少しの沈黙のあと──


「……私、もう証拠を集めてるの」


 その一言に、息が止まった。


「どういうことだ?」


「翔也のスマホ。

 暗証番号、わかってたの。

 だから……見たの。動画も写真も、全部」


 沙羅の吐息が電話越しに震える。


「ただの浮気とかじゃなかった……

 二人とも、ほんとに……狂ったみたいに……」


 言葉が詰まり、彼女は小さく息をのみ込んだ。


「……悠真くん、あなたも見たんだよね?」


「見た」


 短く答えると、心の奥に重い鉛のような感覚が沈んでいく。


 裏切られた事実を共有するたび、

 二人の距離は少しずつ闇の方へと近づいていく気がした。



■ 復讐という言葉


「……ねぇ、悠真くん」


 沙羅の声が、ほんの少しだけかすれる。


「何もしないでいられるの?」


 喉の奥で何かがひっかかったように、言葉が出ない。


「このまま黙ってたら……

 きっと二人は笑って暮らすよ?

 私たちが地獄に落ちても、気づきもしないで……」


 沙羅の声は震えていた。

 だけど、その震えの奥には、

 怒りとも悲しみとも違う“固い芯”があった。


「……復讐、したい」


 俺がそう言うと、

 電話の向こうで、沙羅が小さく息を吸い込んだ。


「……私も。

 ただ傷ついただけで終わるなんて……耐えられない」


 その瞬間、

 互いの呼吸のリズムが、妙に重なっている気がした。



■ 計画の輪郭が生まれる


「まず……沙羅。

 翔也の行動パターンを教えてくれ」


「うん……毎週火曜と金曜が怪しいの。

 仕事って言って、帰りが遅くなる日。

 それから──美咲さんが外出してる時間。

 どうも、合わせてるみたい」


 なるほど。

 その時間帯に美咲は俺に「残業」と連絡してくることが確かに多かった。


「美咲のスマホで位置情報をオンにしてる。

 だから……いつどこにいるか、俺にはわかる」


「……それ、最高の材料じゃない」


 沙羅の声がほんの少しだけ“熱”を帯びた。


「まずは、二人が会ってる場所を特定して……

 証拠を残す。

 動画、写真……なんでも」


 俺の声は驚くほど冷静だった。


「そのあとで……」


「そのあとで、痛い目に遭わせる」


 沙羅が言葉を継ぐ。

 まるで復讐のシナリオを、二人で一緒に読み上げるように。


「ただの仕返しじゃ終わらない。

 二人の人生を壊す。

 私たちの人生が壊されたみたいに……」


 その声音は、

 昼間の優しい沙羅とはまるで別人のようだった。



■ ふたりの誓い


 沈黙が流れた。

 だが、気まずさはなかった。

 むしろ、どこか奇妙な連帯感があった。


「……沙羅。

 本当にやるんだな?」


 確認というより、自分への覚悟の再確認だった。


「うん。

 私、もう戻れない。

 どうしても許せない」


 その言葉は、静かで、深く、重かった。


「じゃあ……一緒にやるか」


「……うん」


 ふたりのその小さな返事は、

 暗闇に落ちる水滴のように、確かな音を立てて胸に刻まれた。



■ 闇への第一歩


 通話を切ると、部屋の静寂がやけに濃く感じた。

 窓の外では街の灯りが淡く揺れ、

 遠くから聞こえてくる車の音が、妙に不穏に響く。


 寝室へ向かう途中で、ふと足が止まる。


 美咲の寝顔がドアの隙間から見えた。

 穏やかな表情。

 裏切っているとは思えないほど無垢な寝顔。


 だが、それはただの仮面だ。


 優しさを装い、俺と沙羅を騙し続けた裏切り者の顔。


 俺は、ゆっくりとドアを閉めた。


 もう後戻りはできない。

 復讐の火は確かに灯され、

 その熱は俺の胸の奥でゆっくりと膨れ上がっていた。

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