1話 転生
「ネマトリア様って……そこはかとなくイケメンですよね」
その一言で場が凍りついた。
――十六歳のゲーム配信者、的場 夜宵。
今日も配信を終え、ゲーミングチェアに深くもたれ込む。
「はぁー……くしゃみしたり欠伸しただけで投げ銭もらえるって、便利だよねぇ」
そう呟きながら冷蔵庫へ向かい開けるが、中は空っぽだった。
仕方なくコンビニに行こうと財布を手に玄関へ向かうとすると。
「ピンポーン」
タイミングよくチャイムが鳴る。夜宵はドアスコープを覗くこともなく扉を開いた。
そこには、四十代ほどのふくよかな男性が立っていた。
「どちら様ですか?」
「レ、レナちゃんに……会いに来ちゃった」
男性は過呼吸気味に答える。レナとは、夜宵が配信で使っている名前だ。
「あー、ごめんごめん。リアルじゃ夜宵ちゃんだったね」
「なっ……なんで知ってるんですか!?」
夜宵は慌てて扉を閉めようとするが、男が足を挟み込み阻止した。
「なんで? なんで閉めようとするの? それに、なんでそんな怯えた顔をするの?」
興奮した表情は一転し、男の顔は暗く冷たいものに変わる。
夜宵は玄関から逃げ出すが、日頃の運動不足でリビングで転んでしまった。
「逃げないでよ。 僕は君が好きなんだ。僕が君にいくら投げたか知ってる? 二百万だよ?」
男はリビングから包丁を持ち出し、ゆっくりと近づいてくる。
夜宵は小さな声で「ごめんなさい」「許して」と繰り返すが、その声は届かない。
「大丈夫。君が死体になっても、僕は愛してあげるから」
包丁が胸元へ振り下ろされ、床に赤い液体が広がる。
夜宵の視界はぼやけ、感じるのは痛みと血の温かさだけ。
そして――意識は途切れた。
――目を開けると、知らない部屋のベッドに横たわっていた。
豪華な調度品に彩られた部屋。扉の前には一人のメイドが控えている。
直前の記憶との落差に吐き気が込み上げてきた。
鏡を覗き込むと、そこに映っていたのは金髪に紫紺の瞳、腰まで伸びた髪を持つ別人の姿。
しかも胸は……少し小さくなっている。
どこかで見覚えのある顔だが、思い出せない。
困惑する夜宵に、メイドが声をかける。
「どうなさいましたか? セレトナお嬢様。本日はネマトリア様とのお見合いがございます。ご準備を」
セレトナ? ネマトリア? その名を聞いた瞬間――
「あああーーー!! 思い出した!!」
「お嬢様!? いきなりどうなされたのです!? 何を思い出されたのですか!?」
夜宵が思い出したのは、とある恋愛ゲーム。お姫様アイリスと貴族ネマトリアの恋愛を描いた作品だ。
そしてセレトナは、二人の仲を邪魔する悪役令嬢――最終的に処刑される運命のキャラだった。
「なにこれ、夢? もしかして転生……? 最悪だ。絶対に死ぬ。 一回死んでるけど。 いや、笑えない笑えない。 」
だがすぐに考えを変える。
「いや! ネマトリアと付き合えばいいんだ!」
そう決意し、慌てて支度を始める。
「今日のお嬢様……頭がおかしい?」
――準備を終え、セレトナの父と並んで玄関に立つ。
使用人たちがずらりと並びんでいる光景にを見て、夜宵は緊張している。
「いいか。今回のお見合いは絶対に成功させろ。失敗は許されんぞ」
「は、はいっ! この私にお任せくだい!」
とは言ったものの、夜宵には貴族の作法も、ゲームの詳細な知識もない。成功する未来は絶望的だ。
その時、玄関の扉が開き、男と従者たちが現れた。
夜宵は先手必勝とばかりに駆け寄り――
「ネマトリア様って……そこはかとなくイケメンですよね!」
この時のセレトナの心の中は…
お見合いを成功させなきゃ……殺される?かも。とにかく、とにかく褒めよう。褒めたら何とかなるはず!
という焦りしかなかった。
当然、場は凍りつく。
ネマトリアとセレトナの父は怒りと困惑に満ちた顔、使用人たちは驚愕の表情をそれぞれ浮かべる。
「この私が……そこはかとなくイケメンだと? 今回の見合いは無かったことにさせてもらう!」
そう言い残し、ネマトリアは帰ってしまった。
そして父は――
「セレトナ……お前を勘当する」
夜宵は「やってしまった」という表情を浮かべ。心の中で…
「終わったー」
と呟いた。
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