Ⅲ 友人1 海鳴りの聞こえる小学校から
Ⅲ 友 人
1 海鳴りの聞こえる小学校から
仕事が早めに終わって、その足で友人の山本が主催する演劇集団の舞台を観に行った帰りだった。
狭い出口を押し出され、賑やかな路地を斜めに急ぎ足で歩いていた。目の片隅に人のごった返す駅をとらえて歩調を緩めたとき、私は肩を叩かれた。振り向くと、私と同じ年齢だろうか、ジャンパーを着た男が立っていた。
男は、よおっと言った。酒気をおびていた。
「お前、Kだろ」
ずんぐりした小さな体つきで、眠そうな目、脂ぎった頬、それがだれであるか思いつかなかった。
男の背に後ろからきた女の肩があたって、男は前のめりになった。ごめんなさい。それですみゃ、警察いらねえよ。男はける真似をしたが、女は足早に離れていた。
男は、こちらに向き直って笑った。俺だよ。ほら、お前と小学校が同じの。
「どこかで飲もうぜ」
男の声が聞こえると同時に、私は腕を取られた。
「その先のガード下でよ」
狭い露地に煙を吐きだしている焼き鳥屋があった。
「あそこでいいだろ、安いからな」
細長いテーブルに他の客と肩を寄せるように向かい合って座った。
俺だよ。男は、また繰り返した。
「……でよ」。ほとんど薄れかけた記憶に残っている地名だった。
私は、風の強い日に海鳴りの音が聞こえる小学校を思い出した。
男は、伊藤だった。
その海の風景の中に立って泣いている幼い伊藤の顔を思い出した。私はしかし、まだ思い出せないふりをしていた。
「小学校のさ、女の先公が担任で、俺ら一緒だったじゃないか」
伊藤はクラス中からいじめられていた。私もそれほどひどくはなかったが、伊藤を泣かせたことがあった。
私の様子が気に入らなくていらだった伊藤は厚手のグラスをテーブルで鳴らした。向かいの背広姿の男が煙草を吐きだした。モウ、思イ出シテヤレヨ。もみ消されそこなった煙草が細い煙を上げた。私は思い出した仕草をした。
「はっきり言って、お前の歩き方、特徴あるもんな。ちょっと、いないよ。はっきり言って、頭がピョンピョン跳び上がるのな。だから、どんなにたくさん人がいても、すぐわかっちゃうよ」
私の歩き方は父親似と幼いころから言われていた。
どうしても爪先立ちになってしまう。他人が見ると跳んでいるらしい。
どうして、伊藤が私をここで見つけることができたのだろう。伊藤の話から佐々木の名前が出てきた。佐々木なら、私の仕事先の場所を教えられる。
「そうか、佐々木から聞いたのか」。鎌を掛けてみた。
「そうなんだ、Y市に帰ったとき会ってね、お前のこと聞いたんだ」。あっさりと白状した。じゃあ、何の用だ。私はそう聞きたいのを我慢して、酒を飲んだ。伊藤と話しているうちに、気怠さを覚えてきた。
私は、今晩観た芝居を思い返していた。ぜひ観にきてくれ、前売り券だからと金を払わせられた。