主人公って、嫌なヤツ
こちら、あにまん掲示板で開催されてる合作で執筆された作品です。
https://bbs.animanch.com/board/5518042/
こちらが創作スレになります
「やれやれ、まだやっているよ」
翔は再び屋上にいた。
時間はすっかり夜ーーーー部活は終わり粛々と帰宅する部員がほとんどだが、守衛さんに頼み込みギリギリになるまで練習する部員も存在するのだ。そして、場所を移動した野球部員は、恒例行事である素振りを繰り返す。
「なぜ頑張るのやら。ケガをするリスクを増やすだけ……すなわち死ぬリスクを高めて何がしたいのやら」
ラノベやゲームに飽きたのか、翔は金網からグラウンドを見ていた。ランプもほぼなく視界も真っ暗なのに、それでもまだ、基礎トレーニングをし続ける。その姿勢がどこか翔を苛立たせた。
「……頑張ったってレギュラー入り。さらに過大評価したって、地区大会優勝や全国に出場するのが関の山だろうに。別に命の危機じゃないのに、なぜ己を鍛えてるんだか、理解できないね」
誰かに言い訳するように、翔はこぼした。それからは天体観測でもしたいのか、枕に頭を埋めて天を見る。馬鹿に涼しく生ぬるい空気が翔を包んだ。
(ぼくだって、あかりちゃんに助けられなかったら、龍脈を命がけで守るなんて危険なことをやんなかったよ。他人のために自分が死ぬなんて、バカだもんな)
翔は思い耽っていた。思えば、あかりと出会い意識を失い、永劫なる深淵に誘われる前もちょうどこのような雰囲気だったことに。
(まあ仕方ないか。あかりちゃんがいなければ、今も生きてなかったし、強い敵やダルい敵はあかりちゃんが倒してくれる。それに、お金だって入るんだ。今に不満はない。このままでいいんだよ。死にそうになったら、絶対あかりちゃんが守ってくれんだからさ)
そうだ。この生活が利口なんだ。と、翔は自分に言い聞かせた。
記憶は教えてくれる。こんな夜空。こんな空気だったことに。忌まわしい記憶や出来事と言うかもしれないが、不思議と翔は嫌な気分はしなかった。
天体観測に飽きたのか、翔はスマホとにらめっこ。スマホを操作して、式神をドローンのように使役していた。
式神とスマホは接続してるから、複数の情報がリアルタイムで取得できるのだ。たんなる暇つぶしであるが。
そんな折、練習を終えたのか、帰り支度をしている。
「む! やれやれ、ようやく帰るのか。ぼくも帰ろうかね」
と、翔はカバンを持ち帰宅せんとするも、スマホからアラームが鳴り響く。
なんと野球部員は校門から出るのではなく、裏山へと向かう姿が液晶から映し出された。その姿に翔の悪寒が走る。
「おい……おいおいマジかよ。あの山は調査中だってのに。ーーったく、無駄な労力は使わせやがって。これだから熱血系は苦手なんだ」
そう言うとスマホを横にすると名刺入れからたくさんの紙がこぼれたかと思うとーーーー空に舞う。
そして、数多の紙々は翔を2・3回ほど周回した刹那、紙に包まれるとあっという間に翔の髪や肌は隠れてしまう。
次の瞬間、ミイラ男と化した翔は金網を飛び越え、裏山の方へと滑空していった。
「くそっ。大人になったら自律型の式神に全ての雑務をやらせてやるんだから!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
はあっ、はあっ、と男は木の根っこや草むらを抜けて走っていく。整備されてない獣道を走るその男。彼は表情から疲れは隠せてないが、どこか満足そうに笑みを浮かべていた。有酸素運動を繰り返していたのだが、彼の鼓膜に声が響く。
「ストップ! 止まってくれないかな。凸凹学生の諸君!」
「誰……わかった。しかし、何の用だ? 声は若い……ふぅ、業者の人じゃないな」
部員が冷静になり足を止めて声の主を探そうと、キョロキョロと夜の森を見渡す。
だが、風の音がどんどん強くなると思った瞬間、部員の前の土が爆発した。正確に言えば、爆発ではない。夜という目があまり効かない環境ゆえに、落下したことに気づかなかっただけである。
「凸凹学生もとい地域住民の立ち入りを禁ずる。って看板が設置されてるハズなんだけどね……どうして、足を踏み入れてるんだか。余計なことをしてくれちゃってさあ」
ミイラのような格好から、弾けるように紙は空を舞った。直後、それは一部を除き、そいつのスマホケースに収まった。まるでAIのフェイク動画を見ている感覚であった。
「見ない顔だな……転校生か? 面白い手品を見せてくれだけど、あいにく手品部に君のような顔はいなかった。君はいったい何者だ?」
「礼儀って……知ってるだろ」
はて、と疑問符を浮かべる部員に対して、無気力かつ無関心に翔は詰め寄った。
「人に尋ねる前にてめえから話さないのは、不義だと思うぜ。名乗れよ、アンタから」
なんたる無礼なガキなのだろう。その言葉をぐっと呑み込んで、部員は語る。
「それはそれは、無礼を働いたね。おれの名前は安藤孝俊。凸凹高校2年生の野球部です。君は?」
「ぼくは野呂井翔。同じ凸凹高校の1年生。とある勅命でこの山を調査中なんでね。危険があっては困るんだ。とのことで、ご退場を願うよ」
翔は安藤の汗まみれな腕を掴んだ。そして、連行しようとする。
「すまない。君に余計な心配と迷惑をかけてしまったようだ。しかし……勅命とは、君は本当に何者だい?」
「企業秘密・禁則事項・NDA。好きなように解釈しろよ」
その言葉の語気からご機嫌斜めであることを、安藤は感じ取ったのか、頭を再び下げた。
「申し訳ない。おれのために迷惑をかけてしまったね。時間を費やすことすなわち、寿命を奪うに値する。その分を謝罪なり君の済むまでやっていい」
と、安藤は手を挙げて翔の前を歩いた。刑事ドラマの見過ぎかよ、と翔は思う。先ほどのミイラみたく、不可視の垂紙でせっせと作業する中、一つの疑問が頭に浮かぶ。そいつを解消すべく、ふと聞いた。
「なあ安藤サン。あんた、なぜこんな山奥まで来たんだよ。しかも、明かりもないこの宵闇にだぜ。理解しかねるね」
「犯行動機の供述かい? まあ、部員のみんなに黙秘してくれるなら話してもかまわんさ」
(こいつ、対等だと思ってやがんな。まあ、仕方ない。あっちの方が年上なんだし)
「ああ、手短に頼む。簡易結界を張ってあるから、声を張り上げてもいいからよ」
スポーツドリンクで給水し終わると、安藤は語り出した。
「……別に自殺なんかじゃない。ただ、自身の心身を鍛えるために走っていただけなんだ。ファルトレク。自然の中でバランスよく体を鍛えに来ただけさ。それとメンタル面や感覚を鋭敏にするのも当てはまるのかもね」
「ふうん……」
翔は目くばせも表情も見せず、紙や式神を組んでいる。そのイントネーションから黙れ、ということでもないらしい。
「第一、こんな元気溌剌な自殺志願者がいるかい? ハハハ……」
「ちがう。ぼくが聞きてえのは、そんなんじゃない」
翔は顔だけ振り向いた。
「ぼくが聞きたいのは、レギュラーでもないのに、なんで汗水垂らし骨肉を軋ませてまで、おまえは鍛錬を続ける。過程なんぞはどうでもいい。あんたを突き動かす動機だ。その一点だけをぼくは、聞きたいんだ」
今度は、式神なども捨てて四つん這いで近づき、翔は安藤の眼前に迫った。
「仮にレギュラーを勝ち取っても、地区大会優勝がせいぜいってところだろう? 日本一や世界一にはなれやしない。それを分かってるのに、なにがあんたを駆られるんだ。駄賃として、ぼくに教えてくれよ」
下を向き、少しだけ考える間ができた。だが、その静寂を破ったのは、副流煙を吐き出すような深く長い溜息。そして、安藤の言葉であった。
「わからない。だが、一つだけ揺るがないものは、確かにおれの心に楔を打ち、離れようとはしないだろう」
「で。なんなんだ。あんたの心に巣食うやつってのは」
「挑戦だよ。生きることから挑戦は逃げられない。死ぬまでついて回るのさ。例え、この世界の頂点に至らずとも、その挑戦する姿勢を否定したくない。挑戦をしない人間ってのは、老人さ」
その解答を聞くと、翔は立ち上がった。
「……ポエミーな答えをどうも。あんたの自論を否定するつもりはないが、ぼくはイヤだね。生きながら、老人だって? そりゃ結構! 優雅に悠々自適に過ごす平穏なる日々の何が不満というのさ。この旅追い人め!」
その返答に呼応する如く、安藤も立ち上がった。
「なにおう! おまえは若い身空で、可能性もあるのにただ生きるだけ。それで満足なのか。おまえの辞書に、後悔の二文字はないのか!」
売り言葉に買い言葉。二人は帰ることすら頭になく、口論は白熱していく。
「ああ、満足だね! 後悔もしないね! 生きてるだけでも、尊ばれる立派な行為だ。生きてるだけで素晴らしいんだよ! それを実感できないおまえは、心底羨ましいよ。そんな経験とは無縁な温室かつ箱庭の鳥かごでよ~~っぽど丁重に育てられたんだろうな」
安藤が一歩踏み出す。じりじりとお互い手を出す一歩手前である。彼らの頭には本来の目的など、胡乱になっているだろう。
「温室かだなんて、客観的視点や審判者によって裁定は変わるだろう。だがしかし! 断言しよう。危機を乗り越えて人は成長するんだ!」
そのセリフは10年前のトラウマを翔の頭に叩き起こした。その忌まわしい過去、それを肯定するのは認められないのか、激昂する。
「危機を乗り越えて、成長だと!? そんなセリフ、乗り越えられた恵まれたヤツだけが吐けるセリフだ! おまえはさっきからなんなんだ? 成長せず、安全に生きるぼくを見下しているのか? ええ!?」
口論と共に、二人の鼻息も加速する。お互いが言いたいことを言い終えたのか、逆再生のように彼らは座っていった。
「けっ!」
「……ふんっ!」
(あんのガキャア……ぼくは齢10の時に世界から隔絶された恐怖を味わった者だぞ? 本来はぼくもぬくぬく過ごしたはずなのに、呪われて肉体がうまく機能してないから龍脈術だよりの生活なんだ。議論の土俵にすら入ってねえんだよ!!)
……と、このように二人の間でギクシャクとした雰囲気が占めていった。
「で、結局おまえはなんで挑戦や成長しようと躍起になってやがんだ」
ふと、口から飛び出していた。それに安藤は返した。
「知らん!」
「はああ……?」
呆気にとられるも、矢継ぎ早に安藤は付け加えた。
「確かに根源は知らん! だが、それは自分を倒すためだ。自分ぐらい倒せないで、勝利や優勝なんてできると思うか?」
その答えを少し咀嚼したのか、どこか冷静かつ丁寧に言葉を紡いでいた。顔立ちもヒートアップしていた暑さはどことやら、冷徹さを含んだ精悍な顔つきへと変貌していた。
「まあ……そいつは自明の理だ。正しいと思う」
「なんだ。急にしおらしくなったな」
すると、スマホを持ち翔は立ち上がる。だが、だらん、と体の力は抜けているのか腕は下ろし猫背の体勢だ。その姿はゾンビを想起させた。
「別にィ、答えはシンプルだ。あんたの意見に半分賛同したのと、激情にかられて、理性と精確さを欠きたくないからさ」
「……?」
そして、スタスタと前へ向かって歩いていく。思わず安藤もその後を追随していく。
「しっかし、ぼくは不運だが、アンタは幸運だよ」
「どういうことだね?」
だが、垂紙の簡易結界の前で立ち止まる。やはり、垂紙は揺れている。
「ここは、濃度が濃いから来るんだよ。バケモノが」
言うよりも速く、後ろに立つ安藤の身体が名刺ほどの紙に群がると、ミイラみたく全身に囲まれて安藤孝俊を示す記号は消え失せた。
「ふぁヴッ……こ、これは……」
そして、人のシルエットすら失い、繭のように覆われた。それをリュックサックのように翔は背負った。
「
捻くれ者のぼくの話し相手になってくれたんだ。ぼくが死んでも必ずアンタを家に返してやるから、安心しろよ……って、聞こえちゃいないか。まっ、聞こえては困るからいいんだよ」
不可視と防御の封符を完璧に巻かれたことに確信すると、翔は土を砕いたかと、思うと中空に舞台を移した。
「だけど、アンタもぼくも死ぬことは絶対にないんだから。なぜなら……」
刹那、先ほど彼らがいた簡易結界陣は砕かれ、地中を喰い破り、巨大な外貌が大地に現れた。
木っ端に群がる浮遊霊の数もかなりのものだが、そんなのはどうでもよかった。
月は矮小な人に影を作り、この世ならざるものに光を与える。
それは、漆のように照り返す黒曜石を思わす鱗に包まれた蛟であった。並みの高層ビルならトグロを巻いても余るであろう大尾。稲妻のように走る背びれ。半月のような爪を構え、何万年も月の光を蓄えた鍾乳洞のような大口。妖しく光を吞み込む漆黒の眼、雲のようにたびなく弐本のヒゲがその正体を翔の身体を強く打つ______
(あれは、蛟の中でさらに希少……悪喰王・多羅阿伽。やれやれ、ぼくがあいつを倒せ…………いや、倒す必要も戦う必要もないな)
翔は静寂であった森林に大声を轟かせた。
「おーーーーいっ!」
それは発狂ではない。思惟の末、翔が導き出した一つの最適解であったからだ。
「いるんだろーーっ、あかりちゃん。見学してないで、きみも来いよ!! ぼく一人だと対処できなくて、こいつを死なせちまうかもしれないんだぜ?」
そう、野呂井翔とは極力体力を浪費したくない、無気力で他力本願な主人公なのだから。
そして、性悪かつ無気力でも翔は一つのプライドがあった。
必ず死にたくない。死なせたくない。そのようなエゴ全開で仕事をこなす不器用な人間なのである。
次回からバトル。そして、超・急展開を迎えるので楽しみに待っていてください




