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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編、ショートショート

いつか生まれ変わったら

作者: 小絲さなこ

「恋するって、どんな感じなんだろう」


 同い年で幼馴染の真琴(まこと)とは色々なことを話したけど、その疑問が一番心に残ってる。




「一番やりたいことって何なのかよくわからない」


「親になるって、どんな感じなんだろう」


「老後は縁側でお茶を飲むような生活したいな」



 初対面すら覚えていない私たちは、お互いを一番知りつつも、踏み込まない一線を引いている関係だった。



「お母さんが死んだら、別れたお父さんにも連絡した方がいいのかな」


 その疑問を真琴が口にしたのは、中学二年生のとき。

 真琴の母親は持病があり、当時入退院を繰り返していたから、不安だったのだろう。



「言霊とかあるし、そういうこと、あまり考えない方がいいよ。そういう状況になってから親戚の人に相談すればいいと思う。私たちまだ中学生なんだし……」


 言葉を選びながら私が伝えたことは、正しかったのか、間違いだったのか、大人になった今でもわからない。





 真琴が母親と同じ病気を抱えているということは知っていた。

 だが、今すぐにどうにかなる状況ではない。

 そう聞いていたのに。


 真琴の母が亡くなり三年経った、冬の日だった。



愛子(あいこ)お姉ちゃん? ごめんなさい、電話に出られなくて。どうしたの?」


 バイトの休憩中にかけた電話の相手は、真琴の従姉妹だ。三歳年上で、私たちは小さな頃から「愛子お姉ちゃん」と慕っている。


 嫌な予感に襲われつつ、彼女の言葉を待つ。



「落ち着いて聞いてね。真琴が死んだの」





 お通夜へは、高校時代からの友人である美希(みき)と行くことにした。

 

 待ち合わせ場所の地下鉄の駅の改札口。

 私たちは、顔を合わせるなり「これ、お母さんの……」「私も」と眉を下げて笑った。ふたりとも誰がどう見てもフォーマルウェアのサイズが合っていなかったのだ。



 お通夜のあと、お(とき)として振る舞われたのは、お寿司だった。

 好物だけど、正直、食欲はない。

 だが、供養になるからと勧められてしまったら、口にするしかなかった。 

 近くに座る友人たちと少し話したが、内容は覚えていない。

 高校時代まで真琴と仲良かった子は、もれなく私とも仲が良い。真琴は人見知りなところがあり、交友関係が広くなかった。

 少し離れた席でスーツ姿の男女が会話せずに寿司をつまんでいる。真琴が働いていた派遣先の人かもしれない。



 美希とふたりで会場を出ると、空には凶器のような三日月。

 抉られた心にトドメを刺すように鋭く輝く。

 

 美希と私は、どちらからともなく手を繋いだ。



 地下鉄のホーム。

 帰りたくなくて、ひとりになりたくなくて、ベンチに腰掛けた。

 何本も電車を見送りながら、美希がぽつりぽつりと話す。


「真琴のお母さんが亡くなったとき、相談してくれなかったことがさみしかった……」

「うん……」


「いつも、いつも、自分のことは二の次なんだもん」

「うん……」


 相槌を打つことしか出来ないのは、何か言ってしまったら、そのまま泣き崩れてしまうから。


 私たちは、終電ギリギリまでそうしていた。

 




 翌日の告別式は、嫌になるほどの快晴。

 

 参列者が、眠る真琴に花を添えていく。


 死に化粧をした真琴の側に、寄り添うようにぬいぐるみが置かれている。小さな頃、真琴がいつも持って歩いていた犬のぬいぐるみ。


「よかった、一緒に入れてくれたんだ……」


 親族として参列している愛子お姉ちゃんへ視線を向ける。

 

 私も、そちら側に立ちたかった。


 どんなに長く一緒にいても、血の繋がりも戸籍上の繋がりもなにもない私は、他人でしかない。



 お坊さんは「忘れてあげるのが一番の供養になる」と説いた。

 宗教的なことを批判するつもりはないけれど、今言うことじゃないだろう。


 他人でしかない私にとって「真琴が生きていた証」は真琴に関する記憶しかないのだ。 

 もしも、私が忘れてしまったら、私はそれを失ってしまう。



 ガンガンガンガン。

 棺桶を閉じる音が響く。 

 私はこの音を一生忘れないだろう。そう思った。

  

 


「まこちゃん!」

 

 棺桶が乗せられた車のドアが閉まった瞬間、私は思わず叫んだ。



 なんで?

 どうして?


 まだ十九歳なのに────





 何年経っても私は真琴のお墓にお参りすることが出来なかった。

 行っても行かなくても、真実は変わらないのに。


 やっと行く気になったのは、夫の地元へ引っ越すことになったからだ。

 誰も連れずに、ひとりで真琴の眠る場所へと向かう。


 小さな墓石。

 そっと梅の花を供える。

 真琴が好きだった花。

 

 

 なんで真琴だったの。私だったらよかったのに……そう思わなくなるまで、十五年。


 そして、真琴のお墓にお参りしようと思えるまで、 二十五年。



 生まれ変わりがあるとしたら、亡くなってから何年で生まれ変わるのだろう。


 こんなに時間が経ってしまったら、生まれ変わる時代も違ってしまうかもしれない。

 

 もしかしたら、真琴はもう生まれ変わっているかもしれない。

 

 何度か生まれ変わって、やっと再び巡り会えるかもしれない。


 それでもいい。


 いつか生まれ変わって、再び会えたら──

 

 また色々な話をしようね。

 今度は、やりたいことをいっぱいしよう。

  





「生まれ変わっても、また友達になろうね」



 

 ふわり。

 

 風が吹いて、梅の花びらが揺れた。

 



 

 

 

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