いつか生まれ変わったら
「恋するって、どんな感じなんだろう」
同い年で幼馴染の真琴とは色々なことを話したけど、その疑問が一番心に残ってる。
「一番やりたいことって何なのかよくわからない」
「親になるって、どんな感じなんだろう」
「老後は縁側でお茶を飲むような生活したいな」
初対面すら覚えていない私たちは、お互いを一番知りつつも、踏み込まない一線を引いている関係だった。
「お母さんが死んだら、別れたお父さんにも連絡した方がいいのかな」
その疑問を真琴が口にしたのは、中学二年生のとき。
真琴の母親は持病があり、当時入退院を繰り返していたから、不安だったのだろう。
「言霊とかあるし、そういうこと、あまり考えない方がいいよ。そういう状況になってから親戚の人に相談すればいいと思う。私たちまだ中学生なんだし……」
言葉を選びながら私が伝えたことは、正しかったのか、間違いだったのか、大人になった今でもわからない。
◇
真琴が母親と同じ病気を抱えているということは知っていた。
だが、今すぐにどうにかなる状況ではない。
そう聞いていたのに。
真琴の母が亡くなり三年経った、冬の日だった。
「愛子お姉ちゃん? ごめんなさい、電話に出られなくて。どうしたの?」
バイトの休憩中にかけた電話の相手は、真琴の従姉妹だ。三歳年上で、私たちは小さな頃から「愛子お姉ちゃん」と慕っている。
嫌な予感に襲われつつ、彼女の言葉を待つ。
「落ち着いて聞いてね。真琴が死んだの」
◇
お通夜へは、高校時代からの友人である美希と行くことにした。
待ち合わせ場所の地下鉄の駅の改札口。
私たちは、顔を合わせるなり「これ、お母さんの……」「私も」と眉を下げて笑った。ふたりとも誰がどう見てもフォーマルウェアのサイズが合っていなかったのだ。
お通夜のあと、お斎として振る舞われたのは、お寿司だった。
好物だけど、正直、食欲はない。
だが、供養になるからと勧められてしまったら、口にするしかなかった。
近くに座る友人たちと少し話したが、内容は覚えていない。
高校時代まで真琴と仲良かった子は、もれなく私とも仲が良い。真琴は人見知りなところがあり、交友関係が広くなかった。
少し離れた席でスーツ姿の男女が会話せずに寿司をつまんでいる。真琴が働いていた派遣先の人かもしれない。
美希とふたりで会場を出ると、空には凶器のような三日月。
抉られた心にトドメを刺すように鋭く輝く。
美希と私は、どちらからともなく手を繋いだ。
地下鉄のホーム。
帰りたくなくて、ひとりになりたくなくて、ベンチに腰掛けた。
何本も電車を見送りながら、美希がぽつりぽつりと話す。
「真琴のお母さんが亡くなったとき、相談してくれなかったことがさみしかった……」
「うん……」
「いつも、いつも、自分のことは二の次なんだもん」
「うん……」
相槌を打つことしか出来ないのは、何か言ってしまったら、そのまま泣き崩れてしまうから。
私たちは、終電ギリギリまでそうしていた。
◇
翌日の告別式は、嫌になるほどの快晴。
参列者が、眠る真琴に花を添えていく。
死に化粧をした真琴の側に、寄り添うようにぬいぐるみが置かれている。小さな頃、真琴がいつも持って歩いていた犬のぬいぐるみ。
「よかった、一緒に入れてくれたんだ……」
親族として参列している愛子お姉ちゃんへ視線を向ける。
私も、そちら側に立ちたかった。
どんなに長く一緒にいても、血の繋がりも戸籍上の繋がりもなにもない私は、他人でしかない。
お坊さんは「忘れてあげるのが一番の供養になる」と説いた。
宗教的なことを批判するつもりはないけれど、今言うことじゃないだろう。
他人でしかない私にとって「真琴が生きていた証」は真琴に関する記憶しかないのだ。
もしも、私が忘れてしまったら、私はそれを失ってしまう。
ガンガンガンガン。
棺桶を閉じる音が響く。
私はこの音を一生忘れないだろう。そう思った。
「まこちゃん!」
棺桶が乗せられた車のドアが閉まった瞬間、私は思わず叫んだ。
なんで?
どうして?
まだ十九歳なのに────
◇
何年経っても私は真琴のお墓にお参りすることが出来なかった。
行っても行かなくても、真実は変わらないのに。
やっと行く気になったのは、夫の地元へ引っ越すことになったからだ。
誰も連れずに、ひとりで真琴の眠る場所へと向かう。
小さな墓石。
そっと梅の花を供える。
真琴が好きだった花。
なんで真琴だったの。私だったらよかったのに……そう思わなくなるまで、十五年。
そして、真琴のお墓にお参りしようと思えるまで、 二十五年。
生まれ変わりがあるとしたら、亡くなってから何年で生まれ変わるのだろう。
こんなに時間が経ってしまったら、生まれ変わる時代も違ってしまうかもしれない。
もしかしたら、真琴はもう生まれ変わっているかもしれない。
何度か生まれ変わって、やっと再び巡り会えるかもしれない。
それでもいい。
いつか生まれ変わって、再び会えたら──
また色々な話をしようね。
今度は、やりたいことをいっぱいしよう。
「生まれ変わっても、また友達になろうね」
ふわり。
風が吹いて、梅の花びらが揺れた。