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魔王役少女の奮闘記  作者: 言ノ葉紡
第一部 世界の終わりに恋を知る
6/12

人ならざる者との歩み

 ノブレス•オブリージュ。相応の富を築き、権力を手にした高貴なる者はそれに見合った責任を負わなければならない。十九世紀にフランスで生まれたこの言葉は、どうやら異世界でも通じる精神らしい。


 朝食を終え早々に家を出た私は、アリステラに勧められるまま乗った馬車に揺られながらぼんやりと外の様子を眺めていた。同乗者は妖精だけだ。物珍しそうに窓に張り付いて、流れる景色に見とれている。時折口をついて出る感嘆の声は驚きに満ちていて、小さな体躯に目を瞑りさえすれば人の子どもみたいだった。


「馬車は初めてですか?」


 退屈を紛らわすために声をかけてみるが、外の景色に夢中になっている妖精からの返事はない。指でつついて注意をひいてもよかったが、そこまでするのも面倒に思えて早々に諦めると今日の予定を振り返ることにした。


 伯爵家の所有地は広大な農村地帯と雄大な海原の窓口となる港、人々が生活を営む都市、それから領地が一望できる小さな丘だ。北西に広がる森林地帯と王都に続く街道がある南西側は王家の所管轄地となっている。両者の境界には石門が建てられていて、潜る際、通行者には多少の税が課せられる。通行者の名前も控えるため、巷では他国の諜報員や反乱を目論む者を炙り出す第一関門とも言われている。徴収されたお金は王都の維持費や各地の支援金に費やされるため民衆から特に不満が上がることはないが、よほどのことがない限り門を行き来する者はなく、シャルディナも王都主催の社交界に呼ばれなければ足を延ばしていなかった。


 その王都への道を、今この馬車は走っている。通うことになる学園までの道のりを今一度下見したいのだと嘘をついて、馬車を走らせている。目的は一つ。一所にいる二つの気配の主と会って彼らの行動指針を決めること。今朝近くまで来ていたというユリアナは北に一つの気配だろうと踏んだ上で、残り二人にぐらいはこちらから会いに行こうという完全なる思い付きだ。


 転移魔法装置を使ってコノエと合流することも考えた。魂が身体に馴染んだとはいえ、知識と理解は別物だ。現地に明るい人が同行しているだけで、助かることもあるだろう。彼の性格からして、他の仲間に会いたいから一緒に来てと言えば、二つ返事で頷いてくれる未来も見えていた。しかし、だからこそ、誘うのをやめた。彼は彼でもう一週間もすれば王家に取り入り、暗躍する立場になる。ただのコノエとしていられる自由期間は今しかないのだから、巻き込むのは野暮だ。


 魔王であっても、四天王の自由を制限したくない。役割に上下関係があったとしても、せめてただのシャルディナとして対等な関係も築きたい。傲慢になることで、目を曇らせたくはない。


 私は私として、シャルディナに与えられた魔王役を目一杯楽しんで全うする。悪辣に、非道に生き、恋を知って散ってみせる。


「……って、こら、危ないですよ」


 手を伸ばしてべったりと窓に張り付いていた妖精を引き離す。王都に着いたらしく、窓の外には道行く人と洒落た店が並んでいるのが見えた。


 妖精の姿が万人に見えているとは思えないが、用心するに越したことはない。窘め半分、呆れ半分で包むように手のひらに乗せた妖精を見ると、彼はいつも通り微笑を唇に浮かべた。


「降りますか?」

「うん。流石に、ね」


 此処まで連れてきてくれた御者には悪いが、これ以上は邪魔だ。

 姿を隠すよう妖精に指示を出してから窓を開ける。


「ごめんなさい。降りても?」

「ええ。ですが、どうかされましたか?」


 忠実に馬の足を緩めながら御者の青年が声をかけてくる。当然の疑問だろう。この周辺に年頃の少女が好むような喫茶や服屋、宝飾店は見当たらない。王都に住まう貴族や商人、仕える者たちの住居が並んでいるだけだ。


 もう少し、様子を見てから声をかけた方がよかったかもしれない。軽く後悔に苛まれながら、そんなことはおくびにも出さずにっこりと笑う。


「ちょっと、自分の足でも歩いてみたくて。夕方くらいに……そうですね、中央広場にある噴水前まで迎えに来て下さい」

「わかりました」


 まだ疑問が残っていただろうに、青年は爽やかに了承すると馬車の扉を開けて降ろしてくれた。そのまま去っていく馬車を見送り、踵を返す。


「彼、家の人たちに何も言わないといいですね。アリステラが耳にしたら心配しそうですよ」

「そもそも馬車に乗って来なければよかった話とは思わないの?」

「思いますよ。でも貴女は貴族としての義務を果たしただけで、それはシャルディナの振る舞いとしては正解でしたから」


 したり顔で宣った妖精が肩に座った。巧妙に流れた私の横髪で自らの姿をカモフラージュしている姿は可愛らしい。


「まあ、当初の挙動を見るにこの評価は過分。結果論ですけどね」


 ……などと和んでいたら、にこにこと朗らかに刺されてしまい、苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。


 妖精の言う通り、全ては結果論だ。いくらシャルディナの記憶を持っていても、染み付いた一般市民の感性を付け焼刃に等しい貴族の常識が無意識的に上回ってくれるはずもなく、全ては偶然の巡り合わせの産物だ。故に、貴族の義務を果たしたと評価してもらったそれも、意図してのものではなかった。


 前提として、私の頭には魔王役であることを周囲の人に隠したいという思いが常にある。品行方正、正義の塊とまでは言わなくても、善良なる無辜の民から見てただの公爵家の御令嬢だと思われておきたい。その方が、この国を掌中に収め君臨した時、世間に衝撃を与えられるからだ。


 役を知る前のシャルディナはアリステラ至上主義だと社交界デビューのその日から知れ渡っていて、当然のようにその噂は庶民の間にも流布した。前の魔王が討伐されてから数百年余り経った平和な世の中は、それほど刺激に飢えている。下手を打って欠片でも正体を露呈するような真似をすれば、瞬く間にあいつは怪しいとうわさが広がるだろう。しかし、裏を返せば姉以外眼中にないシャルディナがアリステラと敵対する定めの世界を滅ぼす魔王だと思う人はそうそういないということになる。センセーショナルな最終局面を演出するには好条件な環境下の今、適切なタイミングまで疑われるそぶりを見せるのはご法度だ。


 そのため、残りの四天王と対面するには一人行動した方が都合がいいと考えた。運命共同体であるとしか知れない彼らは、大まかな位置がわかっているだけで何処にいるかも定かではなく、素性も身分も、顔もわからない。何となく、を繰り返していけば最終的には出会えるだろうが、かなりの時間を要するはずだ。


 だから、当初は散歩に出ると言って単身北西に向かうはずだった。その方がいちいち同行者に言い訳を考えなくて済むし、無意味に嘘を重ねなくて済む。ぼろを出す要因を極力抑えたい私にとって、無駄は省けるだけ省きたいのだ。

 それなのに、玄関口でアリステラに見つかってしまい、 馬車を手配されてしまった。余計なことをと思ったが、彼女の考えも貴族知識としては理解できるのだ。


 領民の納めた税に生かされる者は、領民の生活を保証する義務がある。快適な環境を用意するためにインフラを整備するだけでは失格だ。襲いくる自然災害や人的事故に対処するだけでは義務を果たしたとは言えない。彼らが飢えないように、路頭に迷わないように経済を回す必要がある。


 移動手段に馬車を使い、屋敷に召使いを雇い、得た税に見合った贅を尽くす。

 領民の懐が潤うように、あらゆる手段をもって金銭を還元する。


 馬車を使えば御者の有用性が保たれ、馬や器具にも経費をかけられる。餌などを卸す商社の懐だって潤う。出向いた先には伯爵家が来たのだと馬車に刻まれた紋章によって周知され箔が付く。


 買い物でもいい。領地の物を買い、それを身に付け他の領地や王都のパーティなどに赴くことで特産品の宣言効果も期待できる。そうして伯爵家がお金を落とし威光を授けた者たちが稼いだお金でそれに見合った生活を送れば、また下の者たちが相応の暮らしを保証され、労働にやりがいを見出せる。結果として伯爵家の税収も上がり、彼らの生活基盤を支える領地の管理費を十分に蓄えたまま、公共事業にも余裕をもって着手できるようになる。外へ目を向けて、支援の手を差し伸べ、外交に力を入れる赦しを得られる。


 全ては信頼の上に循環している。使ってもしっかり労働したらお金は戻ってくるのだとわかれば、彼らは仕事に精を出せる。自分の仕事が誰かの生活を支えていると誇りを持てる。暮らしがよくなった実体験に安心して、課せられた税を気持ちよく納められる。


 貴族は民草のために。民草は貴族のために。


 一方通行ではいけない。お互いがお互いを生かし、支え、助け合い、そうして相互扶助の関係を築き上げているのだから。

 そういう意味では、専属メイドを付けていないシャルディナは貴族失格と言えた。彼女が一人雇用するだけで、お金は多少なりとも動く。路頭に迷っている誰かが救われる可能性が一ミリでも高くなる。


 清貧を貫く姿勢は、本来なら褒め称えられるべきことだ。しかし、飢饉でもなし、自然災害が起こったわけでもなし、税に喘ぐ者もなしとなると清貧はただのわがままになり下がる。税で生かされている者は、使い時を見極めて適切にお金を使わなければいけないのだ。


「彼らはまだ北西にいますか?」


 思考に耽りながら黙々と歩を進めていると、妖精がおかしげに笑いながら言った。返事のわかりきった質問に声を発するのも億劫で首肯するに止める。人の心の機微を知らぬ妖精の笑声が鼓膜を揺らした。


「何か雑談でもしましょう。暇です」

「妖精さんはね。私は歩いて刻一刻と体力を消費しているんですが」

「ご苦労様です」


 自己本位からくる表面上だけの労いに、覚えず頬が引き攣った。

 かつて聖徳太子は『心の怒りを絶ち、おもての怒りを棄て、人のたがふを怒らざれ』と説いたという。なるほど、それは素晴らしく高尚な理念だ。しかし、それにも限度がある。


 人々が敷かれた規則を遵守しようと努力するのは、誰もが不自由故の自由さを手にするためだ。相手の心を慮ることが推奨されるのは、利己的な者ばかりでは世界が立ち行かないからだ。

 誰もが平等に不平等を受け入れ、隣人を尊重しあう。一方通行の我儘を唾棄して、双方に利が出るよう志す。


 価値観の違いは確かに多角的な視点を獲得するのに役立つだろう。多様性は生物が進化していく上で多大な貢献をするだろう。だが、押し付けてはいけない。我を通そうとしてはいけない。理解を得ずに振り翳して誰かを不愉快にさせるそれは、自分勝手な振る舞いでしかないからだ。


 無論、妖精に悪気はない。肩に乗っているから疲れず、手持ち無沙汰だから暇潰しを求め、事実の指摘には共感できないがために上っ面の返事をする。彼はただ、心の底から浮かび上がる欲求という名のシャボン玉を次々と弾けさせているだけだ。

 そこまで理解できるからこそ腹が立つ。寄り添う素振りを見せながら、文字通り人でなしな彼が真に私に心を砕くことはない。


「シャルディナ?疲れましたか?歩調が緩んでいますよ」


 今も心配げに言葉をかけてくるが、真意は何処にあるのやら。

 気配のある方向を目指しつつ、心持ち歩く速度を上げる。


「考え事をしてました。ちょうどいい距離を保って付き合っていくしかないなって」

「なぜ?」


 その疑問が出る時点で相互理解は無理そうだった。

 心底不思議そうな妖精は黙殺して、閑散としだした道を行く。程なくして森林に通じる道に出た。警備兵っぽい装いの人たちに顔を覚えられないように俯きながら早足で通り抜け、感覚を研ぎ澄ます。


「…………げ」


 思わず呻き声が溢れた。


「シャルディナ?」

「いや、気配のある方向がこっちだなぁって思って」


 鬱蒼と高く生い茂る雑草と不規則に聳え立つ木々を前に、二の足を踏む。北西の気配二つは、森に定住しているのか道なき道の先にいるようだった。


「何か問題……虫が苦手でしたか?」

「殆どは平気です、けど」


 察したふうに尋ねてくる妖精になるべく平静を装いながら言葉を返すも歯切れが悪くなるのは隠せない。

 幼い頃、それなりに好奇心旺盛だったせいか大半の虫は触れる。人が悲鳴を上げるような黒い悪魔も道具さえあれば自分で対処することはできるし、同じ空間にいても存外平気だったりする。


 そんな私にも、一種だけどうしても存在が許せない虫がいた。視界に入るのも、同じ空間にいるのも怖気立つぐらい嫌いな虫がいた。

 蜘蛛だ。蜘蛛だけは、駄目だった。幽霊蜘蛛みたいな小さな種類でも駄目だ。ちょっとでもその姿を見れば、いつの間にやらひっそりと箱にあった卵から孵っていたそれが外界の空気に触れてわんさかと湧いて出たあの日の光景を思い出してしまう。

 蜘蛛の子を散らすってああいうことを言うんだなぁと開き直るには悍ましすぎる思い出だ。


「妖精さん。あの、蜘蛛を寄せ付けない加護的なもの付与できたりしません?」


 一縷の望みを託して強張った声で訊けば、妖精が肩から降りた。


「できますよ。授けますね」


 優雅に眼前まで回り込んで拍子抜けするほどあっさりと快諾した彼は、そっと目を閉じると朗々と謳った。人の言葉とも獣の唸りとも違う、喩えるなら清涼な清水の如き音の羅列がするすると紡がれていく。


「終わりました」


 時間にして三十秒ほど。漫画やアニメでよく見る幻想的な演出も派手な効果もなく、ただその一言で加護の詠唱は終わりを告げた。


「特にこう、何もないんですね」

「魔法と加護は別物ですから目に見える変化が起きたりはしません。奇跡の御業とも呼ばれる所以ですね」


 そのあたりの知識は、と続けられ慌てて脳内を探る。ヒットした。

 この世界の人間はファンタジー設定にありがちな魔力の代わりにそれぞれが独自の器を持っている。大小様々なその器には固有の性質があり、魔法を行使する際は自然界に存在するマナの中から適したものを取り入れ、自らの力に変換している。言い換えれば、自然な状態のものの形をねじ曲げて使っているのだ。即ち魔法には必ず源があり、その源に干渉して自らの内で変質を及ぼしている以上、外界に放出されたそれらには攻撃防御回復精神操作問わず何かしらの痕跡が残る。


 しかし、加護は人ならざる者が生命に与える祝福であり呪いだ。生来生まれ持った力を自然な状態のまま行使しているものだ。ありのまま使われる力は元々理の中に存在している。故に、如何なる加護であったとしても、その痕跡が表出することはない。

 だからこそ、人は唐突にもたらされる幸運を奇跡と呼び、不運を神の怒りと名付けたのかもしれない。


 腑に落ちたのを感じたのか、妖精が再び肩に座ってついと人差し指を木々と雑草の奥に向けた。


「行きましょう。もう貴女の苦手な虫が道を阻むことはありません」

「……はーい」


 御大層な言い草をしているが、施された加護は蜘蛛除けである。しょうもない。妖精と直々に言葉を交わしてもらった加護にしてはしょぼすぎる。


「ちなみに魔物除けはしていませんので気をつけてくださいね」


 それこそ最優先で与えるべき加護なのではなかろうか。

 喉元まで出かかった突っ込みを嚥下して、雑草を踏み分ける。葉の間から零れ落ちる光が、妙に視界に焼き付いてしかたなかった。

 

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