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細かなダメージはあるが、致命的な物はない。
凍露の機体「サーモカルスト」の真髄は液体精製と操作にある。
温度の上げ下げによる、凝固と融解だけでなく、粘度を変える事で衝撃を殺すクッションのようにもできる非常に使い勝手の良い装備だ。
理屈としてはベリアルのエーテル操作に近く、機体周囲に任意の力場を作りそこに精製した液体を満たす事で様々な形状を取る事を可能としていた。
ふわわの横薙ぎの一撃は液体障壁の粘度を最大にして受け止めたのだ。
極限まで柔らかく固めたそれはふわわの斬撃を止めはしたのだが衝撃までは完全に殺しきれずに吹き飛ばされたという訳だ。 防ぐのに必死で狙った訳ではないが距離を取れたのは運がいい。
仕切り直す時間が手に入った。 無策で打ち合うとあっさり沈められる。
機体の性能差があってこれなのだ。
それだけ技量差があるという屈辱的な現実は呑み込んで冷静に勝ち筋を探す。
これまでの攻防で前情報との擦り合わせも済んだ。
確かに恐ろしく強いが絶対に勝てない相手ではない。 どんな物にも必ず得手不得手はあるのだ。
そこを上手く活かせば勝てる。 両手にブレードを出現させて凍露は機体を加速。
ふわわへと斬りかかった。
霧ヶ峰は機体を加速させながらシックスセンスを用いての索敵を続ける。
意識は渓谷の向こう側。 ちょうど反対側に居る狙撃手――グロウモスへと向かっていた。
タカミムスビはヨシナリの事を特に評価していたが、霧ヶ峰としては「星座盤」の中で最も警戒しているのは彼女だ。
ユニオン戦、個人ランク戦、イベント戦。
あっさり落ちる事も少なくないが、生き残っている戦闘に於いては必ずと言っていいほどに好成績を残している。 何よりも特筆すべきはその狙撃精度だ。
躱されない限りはほぼ必中。 居場所を早めに割らなければ一方的に狩られて終わる。
狙撃手としては完成の域に達していると言っていいが、強いて弱みを挙げるなら対ステルスに対する脆弱性だろう。 ランク戦で敗北する場合は大抵の場合、先に居場所を割られて追い込まれている。
その為、シックスセンス装備の霧ヶ峰とは相性は決して悪くないのだが、これはチーム戦。
欠点は味方で補う事ができるのだ。 何とか捕捉したグロウモスの近くに微かな動体反応。
恐らくはユウヤの支援機――アルフレッドだ。
ここ最近で支援機持ちが徐々にだが増えてきてはいたが、アルフレッドに関しては文字通り次元が違う。 プレイヤーと同等の挙動に戦場、戦況を読み取って最適に動く柔軟性。
どれだけの戦闘回数をこなせばあれだけ高度な支援機として完成するのだろうか?
霧ヶ峰に言わせればAIにそこまでリソースを割けるのはもはや狂気の沙汰だ。
タカミムスビはそう言った物を強く好む事があって、ユウヤとアルフレッドに興味津々だったが。
一時期、かなりしつこく勧誘していたのはまだ記憶に新しい。
ユニオンマスターであるタカミムスビは他者の欲望――信念と言い換えてもいいそれに対して重きを置いている。 彼にとって欲の深さ、意思の強さは最も評価に値する要素らしい。
タカミムスビの基準に照らし合わせるのなら霧ヶ峰も大きな欲望を秘めているとの事だが、今一つ自覚はなかった。
僅かに減速すると少し先にレーザーが着弾。 即座に持っていたライフルをマウントし、機体に接続している折り畳み式のレールキャノンで撃ち返す。
狙った位置に着弾したが、手応えはない。 キマイラパンテラのプラスフレームだけあって足が速い。
――だが、捕捉できている以上、そこまで大きな問題はない。
両肩の装甲が展開。 ミサイルの発射口が顔を覗かせる。
合計六つの発射口から小型のミサイルが次々と飛ぶ。 各四連発。
24のミサイルが一斉にグロウモスへと襲い掛かる。
誘導兵器はセンサー系とリンクさせれば命中精度を格段に向上させられるのだ。
特にシックスセンスのような超が付く高精度のセンサーシステムとの組み合わせは凄まじいシナジーを生む。
レールキャノンを構える。 ミサイルの処理を済ませたタイミングで射抜く。
ミサイルはレーザーで薙ぎ払えないように全方位から襲うように設定してある。
得意の狙撃で処理するのは難しい。 そうなると選択肢は機動で突破の一択。
抜けた後、まだ追いかけて来るならそのまま薙ぎ払うつもりなのだろう。
――読み通り。
霧ヶ峰はしっかりと狙いを付けてレールキャノンを発射。
狙いはグロウモスではなく、追走していたアルフレッドだ。
さっきからコソコソと隠れているのは分かっていた。
グロウモスが粘るなら先に厄介な支援機から処理するのは合理的な選択だ。
またフレームから買い直しになるのはご愁傷様だが、連れて来たのが悪い。
発射された弾体は検知した動体反応を綺麗に貫いた。 やや遅れて爆発。
これで目は潰した。 僅かに遅れてレーザーが空を薙ぎ払いミサイルを焼き尽くす。
アルフレッドの処理に一手使ったので、突破を許したが収支としては釣り合っている。
追い込まれたグロウモスは長大なライフルをこちらに向けているが位置的に難しい。
霧ヶ峰が巨岩の裏に入ったからだ。 射線が通らない。
貫通は可能だろうがアルフレッドという眼を失った以上、外すと不味い事は分かっているはずだ。
そうなると動くか、障害物を無視できる何かが必要だ。
霧ヶ峰はレールキャノンから手を放すと腰裏にマウントされたエネルギーライフルに持ち変える。
シックスセンスで観測。 ライフルのエネルギーが収束しているのが分かる。
――ここだ。
発射の直前にグロウモスではなく、渓谷の真上――マップの中央付近を狙って発射。
放たれたエネルギー弾は何もない虚空で跳ね返り、グロウモスの機体を綺麗に射抜く。
グロウモスは驚いたように小さく仰け反り、そのまま機体が爆散。 脱落となった。
これはチーム戦だ。
敵機は複数、ならグロウモスだけにフォーカスし続ける事の危険性を霧ヶ峰はよく理解していた。
特に動体反応にはかなり力を入れて警戒していた事もあってそれに気付けたのだ。
反射用のドローン。 レーザーやエネルギー弾を反射して死角から射抜く厄介な代物だ。
グロウモスはこちらと撃ち合いながらドローンを動かして勝負を仕掛けようとしていた。
それにいち早く気が付いた霧ヶ峰はそれを逆手に取る事にしたのだ。
だから、アルフレッドを処理して目を奪い、ドローンを使いたくなるシチュエーションを用意した。
そして勝ちを確信して気が緩んだであろう隙を衝いての一刺し。 全てが術中だった。
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