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カンチャーナは横にずれるように回避。 口上を断ち切られて若干、不快そうだった。
「黙れ。 俺はお前みたいな押しつけがましい女を見ていると反吐が出る」
『ご不興を買うほど会話をした覚えがありませんが?』
ユウヤは特に応えずに背の大剣を抜くとそのまま突っ込んで行った。
ヨシナリはカバーに入ろうとしたが、他の敵機が割り込んでくる。
――先に周りの掃除からか。
少し無理をして突破した事もあってレーダー表示を見ると全方位から敵が集まってきていた。
このまま行けば包囲されて噛み砕かれるが、そうはならないと確信している。
何故ならこういった場面に対して異様に鼻が利くプレイヤーを知っていたからだ。
後方から高エネルギー反応。 無数のエネルギー弾やレーザーが次々と敵機を薙ぎ払う。
『いやはや、危ない所だったね? ヨシナリ君』
距離がある所為か少しノイズが入っているが、余り感情を感じさせないビジネスマンといった印象を与えるその声はタカミムスビの物だった。
『星座盤』が突っ込めば敵は嬉々として包囲殲滅の為に集まって来るだろう。
『思金神』は人数が多いだけあってかなり広範囲に布陣していた。
つまりこの戦場の変化をいち早くキャッチできる状態という訳だ。
思えばフランス戦の時も援護に入るタイミングが良すぎた事もあって、大規模戦の時は位置と挙動は意識するようにしていたのだが、思惑通り動いてくれたのは幸運だった。
「いやぁ、フランス戦の時といいタカミムスビさんにはいつもお世話になってます」
『そう思うのなら是非とも我が「思金神」へ――」
「あ、それは遠慮しておきます」
『それは残念。 気が変わったらいつでも言ってくれ給えよ。 ――ただ、恩には着てもらいたいので、援護を送ろう。 君を助けたのは私達「思金神」だという事をいつまでも覚えていてくれると嬉しいね?』
嫌な言い方だなぁと思いながらも表には出さずに助かりますとだけ返す。
レーダー表示を確認するとかなりのスピードで友軍機の一団が接近していた。
足の速いメンバーを送り付けてきたようだが、思った以上だ。
特に先頭の一機は頭一つ抜けており、ヨシナリの脇を通り抜けると近くに居た敵機を次々と切り刻む。
「久しぶり――というほどでもなかったか」
ウサギのような見た目が特徴的な機体はヤガミの『ネザーランドドワーフ』だ。
「ヤガミさん! 助かりました!」
「礼を言うのは助かってからにするといい」
ヤガミは空中で僅かに前のめりになると空中を蹴って加速。
鋭角的な軌道で敵機の銃撃を次々と回避するとすれ違い際にダガーでコックピットを一突き。
速い。 前に見た時よりも攻撃の正確性が上がっており、全体的な挙動のクオリティが上がっている。
少し遅れてヤガミが引っ張ってきたであろう『思金神』のメンバーらしき集団が銃弾をばら撒きながら前線を押し上げつつこちらに向かって来ていた。
同期して右翼、左翼に展開しているプレイヤー達も前に出始めており、多少の巻き返しが出来ている。
――とはいっても厳しい事には変わりはないか。
カンチャーナの幻惑で数が減らされた事で状況は不利ではあったが、リカバリが早かった事もあって勝負を投げる程の劣勢ではない。
もう一度同じ事をされると厄介ではあるが、もう種が割れている上、ユウヤが抑えに入っている事もあって身動きは取れないはずだ。
ヨシナリとしてはカンチャーナのランクがAかSかが気になった。
特殊な装備、特殊な才能が必要な機体である事は明らかだが、総合的な技量としては挙動から甘く見積もってもAの下位から中位といった所でSには届いていないというのがヨシナリの印象だ。
――つまりSが別でいるはずなのだ。
気象兵器なんてものを持ち出してきたのだ。 イベント進捗は間違いなく向こうが上。
Sランクが居ない訳がない。 そいつが本格的に参戦するとかなり苦しい事になるはずだ。
どちらにせよ避けられない事ではあるので、早めに居場所だけでも割っておきたいというのがヨシナリの考えだった。
当初の読みとしてはカンチャーナの直衛に付いていると思っていたのだが、居る気配はない。
ジェネシスフレームは多いが、突き抜けた動きをしたプレイヤーは見当たらなかった。
高みの見物? それこそあり得ない。
ラーガスト、ライランド、グリゼルダ、ヘオドラ。
これまで数名ではあるがSランクプレイヤーを直接、間接的に見て来たヨシナリからすれば彼等はこのゲームの頂きに至った者達なのだ。 それに見合った実力と闘争心があると思っていた。
その証拠に例外なく全員が早々に前線に出ていたからだ。
ならインドのSランカーも前に出ている可能性は非常に高い。
慎重な性格で温存されている可能性もあるとは思っているがこればかりは理屈ではなかった。
前に出る事を前提として姿を見せない理由は何か?
少し考えた結果、凄まじく嫌な予感がして思わず本陣を振り返る。
するとヨシナリの考えを肯定するように日本側の拠点である山から巨大な爆発が発生していた。
そう、インド側は最大戦力を直接敵の本陣へと送り込んだのだ。
――いや、これは参ったね。
タヂカラオはそんな事を考えながら空を仰ぎ見る。
彼がいる場所は日本側の本陣。 見上げた空は異様な事になっていた。
何処からともなく現れた黒い雷雲に覆われており、雷と評するには規模が凄まじいそれが大地を打ち据え、本陣の守護に当たっていた機体群を薙ぎ払ったのだ。
それを成したのは一機のジェネシスフレーム。
黄土色のボディと背に背負った二つの輪が特徴的だ。
『いつまでもジャパンサーバーのSランクが顔を出さんからここに来れば会えると思っていたのだが、どうやら居ないようだな。 臆病風に吹かれたか、それともこの戦いに興味がないか。 ふん、どちらでも構わん。 ――聞けぃ! ジャパンサーバーの戦士達よ!! 我が名はダラヴァグプタ! この軍団最強の戦士! 海の向こうの強敵達よ! この俺に挑む勇気はあるか!?』
先制攻撃を仕掛けておいて決闘のお誘いのようだ。
タヂカラオとしてはこの乱戦で決闘なんてナンセンスと思っているので、ここにいるプレイヤー全員で袋叩きにしてしまおうと提案したいのだが、そうもいかない。
何故ならあのダラヴァグプタというプレイヤーの機体は明らかに広範囲殲滅を得意としている。
寧ろ数を繰り出すのは危険だったからだ。
誤字報告いつもありがとうございます。
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