593
まずは後衛の二人に当てたカカラ。
正面からの殴り合いに非常に強く、彼を正面から叩き伏せたいのならそれこそイベント戦で現れるボス格のエネミーでもぶつけない限りは難しいだろう。
少なくとも実体弾主体のエーデと広範囲攻撃がメインのまんまるでは相性はかなり悪い。
事実としてカカラの防御を碌に突破できていなかった。
「うーん。 ならどうやって突破すりゃよかったんだ?」
思わず疑問が口から零れ落ちる。 こんな時、ヨシナリならどう考えるか――
相棒の思考を何とかトレースして言いそうな事を思い浮かべる。
――あの二人で無理なら相手を変えた方がいい。
「……だよなぁ」
そう、相性のいい相手に当てている以上、逆に相性の悪い相手もいる訳だ。
カカラの場合はどうだろうか? 答えはそうかからずに導き出される。
アリスかカナタだ。
理由は割と明確で彼女達は一点突破できる攻撃手段を持っているのでカカラの防御を崩せる。
そこまで思考が回るなら後は簡単だった。
ヤガミには誘導性能の高い実弾兵器を多数装備しているエーデ。
機動力は高いが火力に乏しいツガルは躱し辛い範囲攻撃が得意なまんまるを当てればいい勝負になったはずだ。
ヨシナリとポンポンは隙が少なく対応力も高いので数で押し潰すのが良い。
これまでの経験であの二人は手数で畳みかけて思考する余裕を奪い取るか意表を突くのが最も分かり易い対処法だ。
アルフレッドを撫でまわしながら考える。
ただ、ここまでやって勝率は五分に届くか届かないかといった所だろう。
メンバーの相性的に厳しかったと言わざるを得ない。
思考は一先ずの着地をしたのでふうと小さく息を吐いた。
後はヨシナリから話を聞けばいいか。
アルフレッドに「ありがとな」と囁いて定位置である天蓋付きのクッションに戻してログアウト操作。
「何か疲れたし今日はいいか」
敗因の整理は出来たので今日の所はこれでいいだろう。
そんな事を考えてマルメルはゲームからログアウトした。
カナタはふらふらとユニオンホーム内の自室にあるソファーに腰を下ろす。
負けた。 それも完璧に。
自分の相手をしながらアリスを狙う余裕すらあったのだ。
完全に手玉に取られた形となってしまった。
少なくとも自分があの二人の内、片方を落とせていたのならこんな事にはならなかったはずだ。
普段なら負けたら仕方ない。 切り替えていこう、と考えるだろう
何故ならそれは無駄な事だからだ。 過去を引きずるという非生産的な事よりも先の事を考える。
カナタはそうやって生きてきており、彼女にとっての人生哲学に近い物として根付いていた。
今回も悪かった面を反省して終わり。
――その筈なのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。
片手間で相手をされて味方の撃墜をあっさりと許し、相手のペースを一切崩せずに完封負け。
最後のポンポンの挙動を思い返せば回避先まで誘導されていた事は明らかだ。
屈辱だった。 侮っていたつもりは一切ない。
寧ろ自分からユウヤを奪った盗人なのだ。 逆に絶対に叩き潰してやろうと本気で戦った。
――にも関わらずあの体たらく。
屈辱と自分への怒りで頭がおかしくなりそうだった。
ここまで感情的になったのはユウヤの事以外では初めてだ。
そして自分が何に対して怒り狂っているのかも正しく認識できなかった。
要因は多い。
ユウヤの事、個人技で上回っているという慢心、指揮官としての能力差。
何よりも何もできずに負けた事が彼女のプライドを大きく傷つけていたのだ。
「絶対にこのままでは済まさない」
思わず言葉が漏れる。 そう、こんな形では終われない。
ヨシナリを叩き潰し、この屈辱感を払拭するのだ。
カナタは生身であったら出血しそうな程に強く強く拳を握りしめた。
――負けはしたが、収穫の多いイベントだった。
ユニオンホームにある自室でアリスは今回のイベントを回想する。
これまでは個人技の向上にのみ力を注いで来た。
理由としてはこのゲームで最も重要なのは個人戦のランク。
特に簡単に降格してしまうような構造上、個々の実力を伸ばすのは運営の意図とも思っていたからだ。
だが、前回の対抗戦で圧倒的な格下であるはずの『星座盤』に残り一機になるまで追い詰められた。
この事実をアドルファスはかなり重く受け止めたようだ。
実を言うと今回のイベント、アリスは不参加の予定だったのだが、そんな事もあって集団戦の経験値を稼ぐという目的で参加したのだ。
ちょうど打診もあったので何かと都合が良かった事もあった。
途中までは危なげなく勝って来ていたのでまぁ、こんな物だろうと思っていたのだが、最後の戦い。
相手は『星座盤』のヨシナリが率いるチーム。
前回の戦いがまぐれかそうでないかを見せて貰おう、そんな気持ちもあったのだが結果は惨敗。
言い訳のしようのない内容で、ここまでストレートに負けたのはラーガスト以外では少し記憶になかった。
特に自分に対しての対処は秀逸だった。 ほぼ同じタイミングで両足のジェネレーターを破壊。
カナタを相手にしながら位置を調節して二人で同時に狙ったあの狙撃は見事としか言いようがない。
ヨシナリは知っていたのだ。 アリスの機体は機動を両足のジェネレーターに依存している事を。
そして片方を落としてもバランスを崩す事は可能だが、決定打にはなりえない。
完全に崩すには両方を同時に破壊する必要がある事を。
完全な遭遇戦だったにもかかわらず、入念に練って来たかのような対策は集団戦に対しての経験値の差だろう。
少なくとも今の自分にあんな真似は出来ない。
個人レベルでの挙動であるなら問題はないのだが、他人とあそこまで息を合わせる事は難しい。
少なくとも指揮官としての能力はカナタよりも遥かに上と言える。
アリスの見立てではカナタは決して能力的に劣っている訳ではない。
集団を率いるカリスマもある上、呑み込みも早い。 経験を積めば人よりも早く学習するだろう。
彼女は一種の天才だ。
恐らく、無意識に自分にとって効率の良い学習方法を選択し実践しているのだろう。
その為、成長が異様なほどに速い。 だが、その反面、他者を下に見る傾向にある印象を受けた。
マルメルはそれを理解していたからこそ空気が悪くなる事を覚悟の上で色々と口を出したのだ。
結果論でしかないのだが、チームの事を誰よりも考えていたのはマルメルだった。
もしも彼がリーダーであったのなら結果は変わったのだろうか?
考えても分からない事ではあるが、はっきりしているのはアリスは少しだけマルメルの事を気に入っていた事だった。
誤字報告いつもありがとうございます。
宣伝
パラダイム・パラサイト一~二巻発売中なので買って頂けると嬉しいです。
Kindle Unlimited、BOOKWALKERのサブスク対象にもなっていますのでよろしければ是非!




