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タカミムスビは静かな口調で小さく笑みを浮かべた。
アバターをカスタマイズしている事により、表情が分かる事もあって彼の笑みは安心感を与える。
タヂカラオは内心で底が読めないなと思いながらも何をしに来たのかと考えていた。
「確か相手は『星座盤』だったね。 勝てそうかな?」
「このメンバーなら充分に勝てます。 例の申請が通るなら確実でしょうね」
メンバーも揃えた。 装備も整っている。
万全を期す為にユニオンから予算を引っ張って前々から手に入れようと思っていた物を購入すれば勝率はほぼ100%だ。
「それにしても面白い相手と絡んだね。 実の所、私も例のヨシナリというプレイヤーは気になっていた。 ラーガスト、ユウヤにベリアルまで、形はどうあれ彼に力を貸した事は非常に興味深い」
タカミムスビは名前を挙げた三人に勧誘をかけたのだが、断られてしまった過去があった。
あの三人はこのサーバー内でも屈指の実力者揃いで、一人でも取れればユニオンのパワーバランスを崩す事すら可能だ。 事実、ユウヤは星座盤へ所属した事により、様々なユニオンが彼等に目をつけ始めている。
「――確かにラーガストが一時的にとはいえ入ったのは驚きですが、何らかの取引があっただけでは?」
内容は不明だが、タヂカラオにとってはそこまでの驚きはなかった。
精々、Sランカーとは言っても人間、俗っぽい面があるんだなと思った程度だ。
「君は彼等を知らないからそう思うのだが、ユウヤはカナタへの敵愾心があるので下手に接触すると『栄光』との関係が悪化しかねないので触れ辛い。 ベリアルは引き入れる以前にあの難解な思考を紐解くところから始めなければならない。 そしてラーガストだが、彼を引き込むのは――いや、接触する事自体が困難な相手で、仮にできたとしても協力を得る事はまず無理だ。 そもそも何が彼の琴線に触れるのかもわからない有様でね」
そう言ってタカミムスビは小さく肩を竦める。
「これでも彼との付き合いはそこそこ長い方なのだが、不快にさせた事は数あれど協力的な姿勢を取らせる事は不可能だった。 それをこの短期間で達成した彼の手腕は評価に値するものだと私は思うのだよ」
タヂカラオは内心で少し驚く。
タカミムスビはその温和な口調と態度で相手の警戒心を解く事に長けており、それに触れる事で数々の有力なプレイヤーを引き込んで来た。 そんな彼が引き込めなかった三人のプレイヤーをいとも容易く引き込んだのだ。 タカミムスビはヨシナリに強い興味を持っていた。
「彼をウチに引き込めないかな? 勿論、条件は問わない、何なら最初から五、いや、四軍待遇でもいい」
「いきなり四軍待遇? Eランクをですか?」
思金神はタカミムスビを頂点に複数の一から十軍、他はそれ以下というピラミッド構造をそれぞれ、幹部が分割する形で膨大な人数を管理している。
ある意味、ユニオン内に存在する小さなユニオンといった形になっており、気が付けば派閥に近い物まで出来上がっていた。 タヂカラオは最近、三軍に上がったばかりで現在は下に付く人材を探している最中だ。 イベント中にヨシナリを誘ったのはその一環だったのだが、あっさりと断られてしまった。
四軍ともなれば最低でもCランク以上。
昇格は四軍とそれ以下の管理プレイヤー三名の承認か、タカミムスビの許可のどちらかが必要になる。
実際、タヂカラオも一人一人に頭を下げて、どうにか承認を取り付けた過去があるので、そこまでの特別扱いをされるというのは面白くない。
――だが、同時に面白いとも思った。
あのタカミムスビが欲しがっている相手なのだ。
自分が横取りすればどれだけ痛快だろうか? ヨシナリに対して執着心のような物が芽生え始めた。
「あぁ、もしも彼が条件次第で受けるというのなら一度、私の所に連れて来てくれたまえ。 それともう一点。 タヂカラオ、君は思金神の三軍としての地位と看板を背負って格下のユニオンと対戦する事になる。 模擬戦である事は分かってはいるが、負けた場合の事は考えているのかな?」
タカミムスビの口調から温度が消え失せる。 唐突な変調にタヂカラオの背筋が冷えた。
アバター越しだというのにとんでもない威圧感だ。
「も、勿論、どのような叱責を受ける覚悟を――」
「それだけでは足りないね。 負けた場合は二段降格と今回の支給品を没収させて貰う」
それを聞いてタヂカラオの思考が真っ白になる。
「い、いや、格下に負ける事はあってはなりませんが、たかが模擬戦ですよ。 それに負けたぐらいで降格!? どうしてですか!?」
「大半がEランク以下のプレイヤーで構成されている相手で、勝って当たり前だからだよ。 負けたら示しがつかないと思わないかね?」
タヂカラオは反論しかけたが、返す言葉は見当たらなかった。
個人で挑むのではなくユニオン戦を仕掛ける事はそう言う事だ。
ユニオン戦を選択した事に深い意味はない。 精々、彼と彼の仲間を纏めて屠る事で自らの優位を証明し、星座盤自体を否定する事で溜飲を下げようと思ったからだ。
「し、しかし――」
「確実に勝てるんだろう?」
タヂカラオは察した。 だからタカミムスビは勝てるかの確認をしてきたのかと。
こうなるともうどうにもならなかった。 彼にできるのは頷く事のみ。
「……分かりました」
「いいね。 今の君からは焦りを感じる。 良く噛み締めたまえよ。 それが君を強くする」
タカミムスビは用事は済んだと言わんばかりに立ち上がった。
「では、私はこれで。 模擬戦の方は見させて貰う。 ――期待しているよ?」
姿を消したタカミムスビを見送ってからタヂカラオはベンチに拳を叩きつけた。
訳が分からない。 何故こんな事になったのか。
ちょっと鼻っ柱を圧し折ってやろう、本気を出した自分と組織の力を見せてやろうと思っただけなのに気が付けば自分の進退がかかってしまった。
――負けられない。
タカミムスビは必死になれと言った。
発破をかける意味合いはあるのだろうが、一方的な勝負をするなという事だろう。
明らかにタカミムスビはタヂカラオの傲慢を見透かしていた。
負けるとは思っていないが、負けた時の事を考えると身が震える。
星座盤の戦力構成は把握しており、まず負ける事はない。
相手は新入りを含めた六人。 もしかしたら不意打ちでベリアルかユウヤを連れてくるのかと警戒してメンバー変更は認めないと言っておいて本当に良かったと思っていた。
そのお陰でタヂカラオもメンバーを変更する事は出来ないが問題はない。
変に気負わなければ勝てる。 タヂカラオはそう自身に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせた。
誤字報告いつもありがとうございます。
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