360
「あ、あぶ、危ねぇ……」
ヨシナリはアバターの向こうでは汗まみれだろうなと思いながら乱れた呼吸を整える。
一発目でこちらの位置を特定して二発目で直接狙いに来た。
恐らくは敵の技量にバラつきがある事を踏まえて、派手な攻撃を繰り出した後、対処の方法で脅威度を測ったのだ。 結果、ヨシナリは目を付けられたという訳だ。
咄嗟に飛び降りて空中で撃墜した。
かなり無理な体勢で撃ったので機体のあちこちにダメージがある。
「よ、ヨシナリさん!?」
「こっちは大丈夫です。 気を付けてください、次は直接来ます」
追加のミサイルが飛んでこない所を見ると二発で打ち止めなのだろう。
銃声が聞こえる。 まんまるが戦闘に入った所を見ると使い切ったとみて間違いない。
ヨシナリは機体のダメージチェック。 狙撃を喰らった肩は動くがエラーを吐いているので、無茶をすると不具合が出そうだ。 そんな事よりも問題は着地の際に負った股関節のダメージ。
機動性が15%低下とか出ている。
ただでさえ足の遅いⅠ型で機動性が落ちるのは割と致命的だった。
敵に狙撃手がいる以上、下手に顔を出すとやられる。
「まんまるさん。 そっちは何人います?」
「短機関銃と散弾銃装備ですが一人ですぅ。 仕留めるのは少し時間をくださいぃ……」
要は仕留める事は出来るという訳か。 なら残りの一機は――
不意にホーコートのシグナルが消えた。 どうやらやられたようだ。
本当に擁護できないレベルで使えない奴だったが、やられるのは想定内だったので気にはしない。
――あぁ、こっちに来てるなぁ。
念の為、敵との間に置くようにしていたので、警報装置代わりにはなるかと思ったのだが一応は機能したようだ。 お陰で大体の位置は分かった。
恐らくはミサイルを撃ち込んできた奴。 挙動から敵のリーダーである可能性が高い。
本来ならビルに登って狙撃を試みたい所ではあるが、敵にも狙撃手が居るので下手に登れない。
――まぁ、来るとしたら上か。
ヨシナリは高所を取れないが相手は取れる以上、その利点を活かすのは当然だろう。
足元に意識を向けていたので影の変化で敵の接近にはすぐに気が付いた。
転がるようにその場から離れると敵機が落下してくる。 装備は腰に自動拳銃、拳にはシニフィエも使っていたナックルダスター。 明らかに近接戦に特化した装備構成だ。
「やぁ、君がリーダーだね? いい腕――おや、誰かと思えば噂になっている『星座盤』のリーダー君じゃないか」
「はは、どうも」
言いながらヨシナリはリボルバーを抜いて発砲。
敵機は上体を逸らすだけで躱す。
「おっと、少しぐらいお喋りをしようじゃないか。 僕は『タヂカラオ』所属は『思金神』だ」
「あぁ、『思金神』の人ですか」
よく通る男の声だ。 爽やかな印象を受けるが、攻撃の手口を考えると見た目通りではないだろう。
ヨシナリは即座に近くのビルの陰へと飛び込む。
「おやおや、恥ずかしがり屋さんなのかい? 実を言うと前々から君達には興味があったんだ」
「そりゃ光栄ですね」
ヨシナリは物陰から銃撃しながらそう返す。
足回りに不備を抱えている以上、接近戦は自殺行為だ。 タヂカラオはⅠ型とは思えないほどの軽快な動きで躱す。 技量の高さから、恐らくはBランクでAに手が届きそうなレベルのプレイヤーだろう。
総合力ならポンポンと同格かそれ以上だ。
「君達と当たったウチのメンバーがランク戦で悉く負けているので僕としては可能であるなら直接君達の技量を見極めたくて機会を窺っていたんだけど、あのミサイルへの対処で概ね理解したよ。 見事だ。 あの精度の狙撃とそれを実行できる胆力、何よりも君には人を動かすセンスがある」
――何だこいつ?
唐突に持ち上げてくる奴は大抵、何かを企んでいると思っているので本題はこの後だろう。
「あんまり回りくどいのは嫌いなんで言いたい事があるならもうちょっとストレートにお願いしてもいいですか?」
「そうかい? なら、そうしよう。 ヨシナリ君、『思金神』に入らないかい? 君なら幹部候補にもなれる。 勿論、仲間も一緒だ」
タヂカラオは「悪い話じゃないだろう?」と付け加える。
このサーバーでは最大手と言っていいユニオンからのお誘いなので、確かに悪い話ではないのかもしれない。 特にここ最近は大手は加入に条件を出しているらしいので簡単に入れないので猶更だ。
ランク戦で当たった思金神所属のプレイヤーの大半は結構な高級装備で固めていたので、支援を受けられるのなら入りたいというプレイヤーは多いだろう。
――ただ、ヨシナリはその多くには当て嵌まらない。
「悪いんですけど俺は身内と楽しくやりたいんで、規模の大きい所とは方針が合わないんですよ」
位置を変えながらそう返す。 ビルの上が使えないのが厄介だと思いながらヨシナリはタヂカラオの間合いに入らないように移動する。
「そうかい? 君は向いていると思うけどね? ほら、前のイベント。 君がウチに入っていれば作戦の立案からも力になれると思うし、反応炉の破壊ももっとスムーズに行けたんじゃないかな? 部隊の派遣、戦力の分配、今とは桁外れの規模でそれができる。 想像してみたまえよ、大部隊を率いる自分の姿を。 『思金神』に入れば君は直ぐにでも多くの人を率いる立場になれるんだよ? 素晴らしい事だと思わないかい?」
「思いませんね」
ビルの陰から銃撃しながら即答。
「何故だい?」
タヂカラオが撃ち返してくる。
「話が美味すぎます。 入ったばかりの新人にそんなデカい事させる訳がないでしょうが」
実際、タヂカラオの話は思金神の実態との乖離が見られる。
思金神は日本サーバー最大のユニオンで、数十万人規模の大組織だ。
その人数にもかかわらず、イベントで問題を起こしたという話は聞かない。
つまり、従える為に何かしら厳しい規則を設けている可能性が高い。
恐らくは高級な装備などを貸与する事で縛っているのだろう。
利用期限は所属している間ぐらいか? そうすればお気に入りの装備を守る為に組織の方針に従うだろう。 想像しただけで息が詰まりそうだった。
「まぁ、普通ならそうだろうね? だけど、この僕がマスターに口添えしよう。 そうすれば君は数十人単位のプレイヤーを率いる指揮官だ。 多くの人間を従える快感は君にも分かるだろう?」
――あぁ、そういう感じか。
「そう言う事だったら猶更、お断りですね。 大人数を顎でこき使えるのはそれなりに気分がいいんでしょうけど、俺はその手の権力にあまり魅力を感じません」
即答。 ヨシナリはタヂカラオの言葉を真っ向から否定した。
誤字報告いつもありがとうございます。
宣伝
パラダイム・パラサイト一~二巻発売中なので買って頂けると嬉しいです。
Kindle Unlimited、BOOKWALKERのサブスク対象にもなっていますのでよろしければ是非!




