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それは機体ではなく、もはや光としか形容できなかった。
敵の渦中に飛び込み、縦横無尽に文字通り敵陣そのものを切り刻む。
これが最強。 これがSランクの力だというのだろうか。
隣のマルメルもあまりの凄まじさに呆然としている。 ヨシナリもそうだった。
光となったエイコサテトラを観察する。 あの機体には六基の高出力エネルギーウイングが搭載されており、一基に付き一つ大出力を賄うジェネレーターが内蔵されているはずだ。
つまりエイコサテトラには本体の動力を合わせれば合計で七つのジェネレーターを搭載している。
その為、理屈の上ではあの馬鹿げた機動性を発揮できるのは知っていた。
だからと言って制御できるのかと聞かれれば話は別だ。 あの挙動を人間の反射神経で制御できるものなのか? 実際に目の前でできているのだからできるんじゃないかという至極もっともな答えが脳裏に浮かぶが、ヨシナリには納得も理解もできなかった。
少なくとも今の自分に真似できる――いや、一生かかっても真似できる気がしなかったからだ。
あの力こそラーガストをこのゲームの頂点に押し上げたのだろうが、あれほどまでの力を得る為にどのような犠牲を払ったのだろうか? 正直、悪魔に魂でも売ったのではないかとすら思う。
それほどまでに感情的であっても無慈悲に敵を蹂躙するラーガストの姿は凄まじく、そして同時に何故か痛ましく見えた。 彼の戦い方には執念のようなものが窺えたからだ。
パーツなどによるシステムアシスト、チート等、別の可能性も存在するが、少なくともこれまで見て来たラーガストの姿、言動から、彼がそんなイカサマに手を染めるとは到底思えなかった。
つまり、彼は自力であの挙動を成立させているのだ。 尋常ではなかった。
その上、起動しているエネルギーウイングは四基。 まだ、余力を残している。
――とんでもないな。
正直、一方的な蹂躙というだけで見るべきところがなくなってきたのでヨシナリはウインドウを操作してフォーカスする場所を変える。
「どうした?」
「いや、ちょっと相手のSランクが気になって……」
場所はさっきまでラーガストが戦っていた場所だ。
ウインドウに表示された場所は凄まじい有様だった。 大地が文字通り切り刻まれている。
「うわ、何だこれ」
マルメルが思わず呟く。 ヨシナリも全くの同感だった。
大地に刻まれた傷跡の中心にその機体はあったが、徹底的に破壊されており、元が何だったのか分からない有様だ。
――酷いな。
ここまでやる必要があるのかと疑問を抱きたくなるほどに徹底的に切り刻まれていた。
十中八九この機体と戦った所為でラーガストはああなったとみていい。
「一体、何があったのか……」
普段は感情を表に出さない彼がここまでの激情を吐き出す何か。
興味はあったが、恐ろしくて触れたいとも思えなかった。
――戦いに決着が着いたのはそれから一時間ほど経過した頃だったのだが、参加者の大半が勝った気がしないというのが偽らざる感想だった。
ただ、運営から振り込まれた撃破報酬が今見たものは現実であると嫌でも認識させてくる。
あちこちから罵詈雑言が噴き上がる。
場所は変わってアメリカ第三サーバーの待機所。
ラーガストの理不尽な強さに蹂躙された者達が不満を爆発させていた。
当然の反応だろう。 あのまま行けば間違いなく勝てていた勝負だったのだ。
それをあんな理不尽な形で引っ繰り返されれば不満の一つも出るだろう。
イカサマだと運営に問い合わせる者も多かったが、その中で一人だけ別の事を考えている男が居た。 ライランド、このサーバーのSランクプレイヤーだ。
彼は自分のアバターの手を開いて小さく握る。
――また通用しなかった。
このサーバーでの最強として君臨してきた彼だったが、二度目のサーバー対抗戦での大敗で嫌でも考えさせられる。
βテスターの存在を。 このICpwというゲームも例に漏れず、リリース前にβテストを行う。
これに関しては常識と言っていい。 だが、その詳細を知る者は皆、固く口を閉ざしている。
少なくともアメリカ第三サーバーから接触できる相手からは何も得られなかった。
運営と取り決めを行っているのだろうが、聞き出せそうな相手に心当たりがある。
別エリアのSランカー。 彼等は昇格後、ある条件を呑めば機密保持の条件をある程度緩和される。
ライランドもそれに同意したのでラーガストとあのような会話が可能だったのだが、詳細までは知らされていなかったのでどうしても知りたかったのだ。
ラーガストとアメリカ第一サーバーで遭遇したSランカー。
彼等は二人ともβテスターだ。 あのテストで彼等は何か凄まじい経験をしたのだろう。
恐らくあの執念――いや、怨念と言い換えてもいい感情を原動力とした圧倒的な強さ。
ライランドはそれを知りたくて彼等に尋ねたのだ。 βテストで何があったのか?
そこで彼等は何を視たのか? そして口に出せないアレとは一体何なのか?
だが、それは彼等に共通した逆鱗だったようで、二人を怒らせるだけに終わってしまった。
第一サーバーとの戦いの敗因もSランカーだったのだ。
地力が違うという事もあったが、それ以上に敵の力が異次元だった。
――強くなりたい。
負けた事自体は悔しいが、納得もしていた。
彼等と自分とでは勝利への執着の度合いが全く違う。 だからと言って負けたまま終われるかと聞かれると答えはノーだ。 次だ。 次こそ自分が勝つ。
その為にもっと機体を強く、それ以上に自己を高めなければならない。
ライランドは開いた拳を力強く握る。 アバターの奥では勝利への渇望が燃えていた。
敗北に拳を握る者、己の力不足を嘆く者、理不尽に吼える者。
参加者に様々な感情を植え付けたサーバー対抗戦は終わりを告げた。
二つのサーバーに属するプレイヤー達はまた各々のサーバーへと回帰する。
そして運営はプレイヤー達に新たなコンテンツを提供するべくアナウンスを行った。
『ICpw大型アップデートとイベント復刻のお知らせ』
・新フレームの実装。
・ショップのラインナップ追加。
・新ミッションの追加。
・ランク戦の報酬追加。
新しい戦いがプレイヤー達を待っている! 新規登録も受付中!
誤字報告いつもありがとうございます。
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パラダイム・パラサイト一~二巻発売中なので買って頂けると嬉しいです。




