73. 僕たちの存在
その時、誰かがこっちに歩いてくる気配を感じた。
「──あれ?」
姿を現したのは迷彩服を着たヒロキさんだった。
「ヒロキさんっ……!」
「ん? どうしてぼくの名前を知ってるんですか?」
「!?」
ヒロキさん、僕のこと覚えてない……?
「なにあんた、アキラの知り合い?」
トシヤがヒロキさんに話しかける。
「いや、今初めて君たちと会ったんだけど……なんだろう。君が持ってるその拳銃、なんだかどこかで見たことあるような気がして……」
「!」
「それに銃声の音を聞いて思い出したんだ、なんだかぼくには大切な仲間が二人いたような気がする……」
そう言うとヒロキさんは突然、ホロリと一粒の涙を流した。
「ヒロキさん……」
これは一体どういうことだ?
最初にいた場所に戻ったと思ったら、死んだと思っていたトシヤとヒロキさんが現れた。しかも今までのことは二人とも覚えていない様子。
でもこの拳銃の音を聞いて、ヒロキさんはれんじとアカツキちゃんのことを思い出した。ということは一時的な記憶喪失? バグ? それとも……。
「ヒロキさん、お願いです。この拳銃を使って、僕たちと一緒にモンスターを倒してくれませんか?」
「……モンスターを? いいね、面白そうだ」
そう言うと、ヒロキさんはれんじの拳銃を構えた。そしてモンスターが出現すると、一発で倒してくれた。
「すげえな、あんた!」
トシヤが興奮して言う。
「いや、すごいのはこの拳銃ですよ。アキラさんは知人から貰ったって言ってたけど、その人はすごい腕のいい人だったんだろうなって思いますね」
「……っ……」
──なあ、聞こえるか? れんじ。
最期に僕に託した拳銃を、ヒロキさんが使って戦ってるぞ。不思議だよな、僕のことは全然覚えてないのにさ……。記憶操作されたかもしれないけどさ、三人の絆は確かにあったんだよ。
それから僕たちは順調にモンスターを倒していった。そして森を歩いていると、明かりのついている一軒のログハウスを見つけた。
「まさかっ……そらじじい、月影!!」
僕は期待を胸に、急いで中に入って確認した。でもログハウスの中には誰もいなかった。
「おい、アキラ! 勝手に人んち入っていいのかよ……ってお前、泣いてんの!?」
僕はログハウスの床にうずくまって泣いていた。
「うっ……あああっ、く……いや、だっ……いやだあああああっ!!」
嗚咽を漏らしながら泣く僕を、トシヤとヒロキさんは黙って見ているようだった。
「まあやさんっ……月影、そらじじい……れんじ……アカツキちゃんっ……!!」
僕は何度もみんなの名前を呼ぶ。
呼んだところで彼らが姿を現さないことはわかってるけど……。
「僕も……現実に……戻りたかった!!
なんで……なんでっ……!!」
ログハウスの床を拳で叩く。
気づけば叩きすぎて、血が滲んでいた。
「ううっ……」
ちょうど今と同じような時、まあやさんは悲しい顔をして僕を止めてくれた。いつもまあやさんは僕のそばにいてくれたのに……。
まあやさんに会いたい。
「アキラくん」って僕の名前を呼んでほしい。
約束したのに……必ず生きて現実世界に戻るって、みんなと約束したのにっ……!
「なんで僕だけ戻れないんだよおおおっ……!!」
───────
気づけば僕はソファーで眠っていた。トシヤかヒロキさんどちらかが掛けてくれたであろう毛布が温かかった。
「あ、起きました? コーヒー飲みます?」
ヒロキさんがキッチンから声をかけてくれる。
「……うん……」
ふとここで月影が紅茶とクッキーを出してくれたことを思い出した。
「……クッキーあるかな?」
「クッキーですか? え~と……ありました」
ヒロキさんはコーヒーとクッキーをテーブルに運んでくれた。
「疲れた時は甘いものですよね」
何気にそう言ったヒロキさんの言葉が月影の言葉とダブる。
「ははっ……そうだよな」
僕はまた泣きそうになるのを我慢しながらコーヒーを飲んだ。
「トシヤは?」
「二階の部屋で寝てますよ」
「ヒロキさんは寝ないの?」
「ぼくはもう少し、ここにいます」
「そっか……」
僕は少しだけほっとした。
こんな時、一人じゃなくてよかったと心の底から思った。
「あの……聞いてもいいですか? さっき現実世界に戻りたいって言ってましたけど、あれはどういう意味なんですか?」
「!」
「ここが、現実世界じゃないんですか?」
ヒロキさんは真剣な表情でまっすぐ僕を見た。
「実はあれから色々思い出したんです。ぼくは確かに死んだはずなのに、こうしてまた生きてるって。そして違和感をずっと感じていました。この世界は……いや、ぼく自身がループしてるかもって」
「!」
「目覚めた場所は竹林でした。そこでぼくは誰かが来るのを待っていた。でも誰も現れなかったからフラフラと宛てもなく歩いていたんです。そしたら銃声が聞こえて、アキラさんたちがいた。……ループしていると確信したのは、アキラさんがぼくのことを知っていたからです。そしてこの拳銃、今ならわかる……。きっとぼくは、大切な仲間と出会って今まで一緒に戦ってきたんだって」
「ヒロキさんっ……」
「ぼくも仲間に会いたいです。アキラさんの言う現実世界には行けなくても、またどこかで会えることができたら……」
「……っ……」
ループしている──その言葉を聞いて、僕の中で曖昧だったものが確信に変わった。
だけどそれを認めてしまうのは、怖い。
もしかしたら僕もトシヤやヒロキさんのように、いつかまあやさんたちのことを忘れてしまうのかと思ったら……。
「あれ? 誰かいる」
ヒロキさんが窓の方を見て呟いた。
僕も振り返って見ると、ウサギの耳らしきものが見えた。
「兎太郎っ!?」
そうだ、兎太郎がいた!!
兎太郎は確かNPCだったはず──だけどそこにいたのは、バニーズの店員たちだった。
「夜分遅くすみません。あの……私たち、あるウサギを探してまして……」
「!」
「ウサギ? どんなのですか? というか、あなたたちのその耳は……」
「ええ、私たちはウサギ族の者です。その探してるウサギというのは、私たちの弟のような存在の者でして……」
「……兎太郎?」
僕が不意に口にすると、バニーズの店員たちはハッと目を見開いた。
「そうです、兎太郎です! どこかでお見かけしたんですか!? 急にいなくなってしまってずっと探してるんです!」
「……そんなっ……」
まさか兎太郎はNPCじゃなかった!?
プレイヤーという言葉に反応しなかったから、ずっとNPCかと思ってたのに……。
「ははっ……兎太郎がプレイヤーで、僕がNPCだったとか……笑えるっ……」
ついに僕は認めてしまった、自分がNPCだということを。
「アキラさん……」
ヒロキさんが悲しい表情で僕を見つめる。
トシヤもヒロキさんも僕もみんなNPCだった。SEEDに作られたキャラクターだったんだ。
「なんでっ……」
こんなにも僕は生きてるじゃないか!
この感情も思考も、全て作られたものだっていうのか!?
仲間やまあやさんに対する想いも、計算されたものだっていうのか?
信じたくない……僕は生きてると信じたい。ちゃんと自分で考えて、自分の意思で動いていると信じたい!




