7. トシヤの仇
男はゴブリンの様子を見に行くと、すぐに戻ってきた。
「気絶してます。今のうちに安全な場所へ移動しましょう」
男はさも当然かのように歩き出した。
「ちょ……ちょっと待てよ! とどめを刺さないのかよ!」
放っておいたら、また襲ってくるかもしれないのに。
「……無駄な殺生はしたくないので」
男はクールに言い放った。
それが僕の感に触った。
「無駄な殺生って……今殺らなきゃ僕たちが殺られるんだぞ!? それにあいつの仲間は僕の親友を……くそっ!」
僕は悔しくなって、木の幹を蹴った。
「アキラくん……」
悲しそうな表情でまあやさんは僕を見ている。
「……トシヤの仇をうってくる」
僕は木の棒を握りしめて、倒れているゴブリンに近づいて行った。
「……っ……」
ゴブリンは男が言った通り気絶していた。
こいつがトシヤを……トシヤを殺したかもしれないんだ。
だから生かしておくわけにはいかない。
「……くっ……」
僕は歯を食い縛って、木の棒を両手で握りしめた。
「……よくもトシヤをっ……」
木の棒を振り上げる。
頭を数発殴れば死ぬかもしれない。
「……っ……」
早く棒を、降り下ろせ。
「……ハアッ……」
早く──!
「……ハアハアッ……」
体が動かない。
心臓が激しく波打って、うまく呼吸ができない。
「……なんでだよっ……」
気絶してるやつを殴ることもできないのか僕は!
『無駄な殺生はしたくないので』
さっき男が言った言葉を思い出す。
殺生──そうか。
今まで人を殴ったこともなく普通に生活してきた僕が、いきなり生き物を殺せるわけがないじゃないか。
ゲームではコマンドひとつでモンスターを倒せてしまう。倒されたモンスターは泡となって消えてアイテムやお金を落としていく。だから殺したという感覚はなかった。
でも今いるこの現実は、ゲームでもリアルと同じなんだ。
生きているという感覚がある。
きっとゴブリンを何度も殴ったら、血が吹き出してグロテスクな光景を見ることになるだろう。
「………」
僕は木の棒を捨てた。
ゴブリンを殺したところで、トシヤが生き返るわけでもない。いや──それは建前で、ただ単に生き物を殺す勇気がないからだ。
「アキラくん!」
まあやさんがこっちに走ってきた。まだ気絶しているだけのゴブリンを見てホッとする。
「とりあえずここは危険だから、彼の言う『安全な場所』に行ってみない?」
僕はすぐに頷いた。
安全な場所があるなら、すぐに休みたいと思った。




