55. 少女の声
「どりゃあああああ!!」
今度は昭玄さんが死神の背後から攻撃を仕掛ける。その気配を察し、鎧の死神は機敏に動く。昭玄さんの渾身の一撃を長剣で受け止めると、二人の間に激しく火花が飛び散った。
「ふぬっ、ぬぬぬっ……!」
二人の力が押し合う。
若干、昭玄さんが押してるような気がしたが、次の瞬間、死神の左手から発せられた黒い塊の気によって昭玄さんの体が吹き飛ばされた。
「ぬあああああっ!!」
「昭玄さんっ!!」
昭玄さんの体は建物の壁に激しく叩きつけられた。
「まさか、魔法も使えるの!?」
まり先生が愕然とする。
「……んだよ、これ……」
死神はゆっくりとこっちに向かってくる。
「うそっ……やばいよ、ひなたくん!」
「ひ、ひなたしゃん、ここはひとまず逃げた方がっ……」
まり先生がオレの腕を引っ張って逃げようとする。が、オレはそれを払いのけた。
「ひなたくん!?」
「負けたら契約違反ってなんだよ! こんなの、プレイヤーをバカにしてるとしか思えねぇだろ!」
怒りが沸々と込み上げてくる。
最初は訳がわからず、死ぬかもしれないって怯えて戸惑うばかりだった。でもここは仮想世界だということがわかった。死んでもリアルでは死なないとわかったのに、それなのに逃げるのか? また何もできずに誰かを犠牲にするのか?
オレはもう、そんなのは嫌だ。
「……契約違反? 上等じゃねぇか! だったら死ぬまでとことん相手してやるよ!!」
オレは刀を握りしめて死神に向かって走り出した。
「だめだ、ひなたさんっ……!!」
かすかにクロさんの声がするが、オレには届いてない。ただ目の前の敵を倒すことだけを考えて、刀を振り降ろした。
キィィィン!!
オレの攻撃は死神の長剣によって防御された。しかしすぐに間を取って、別の方向から隙を突く。が、また防御される。
「くそっ……!」
やっぱりそう簡単に攻撃が当たるわけないか。でもまだこっちも攻撃を受けていない。まだいける……!
その時、死神の背後にある街灯の光が二、三度点滅した。一瞬意識を奪われたその隙に、死神は素早い動きでオレに攻撃を仕掛けてきた。
「……くっ……!」
間一髪避けたと思ったが、左肩を浅く斬られてしまった。ゲームモードに設定したおかげで痛みは感じないが、血の臭いはする。
「ひなたしゃんっ……!!」
みんな固唾を飲んで、オレと死神との戦いを見守っている。まり先生は今のうちにクロさんや昭玄さんの体力を回復させていた。
恐らく死神は本気を出していない。その気になれば、一撃で皆殺しができるだろう。
クロさんはランダムでプレイヤーの命を狩りにくると言っていた。そして死神に殺られた者は契約違反になり、現実世界でペナルティを課せられると。ということは目的は全てのプレイヤーを殺すことじゃないってことだ。それと契約違反にしてまで戦わせるということは他に何か意図が……。
「ひなたしゃん、危ないっ!」
やんすさんの叫びで後ろを振り返ると、まだ生き残っていたレッドトードが限界まで腹を膨らませているのが見えた。
「!」
前方には死神、後方にはレッドトード。
万事休すか、と思ったがある考えがよぎった。
オレはそのまま刀を構え、殺意を死神に向ける。すると死神はオレに向かって襲いかかってきた。
「ひなたくん、逃げて!!」
「ひなたさんっ!!」
「風早っ!!」
「ひなたはああああん!!」
「──ストップ!!」
やんすさんがそう叫んだ瞬間、時が止まった。死神の動きも、レッドトードの動きも完全に停止している。
「──あれ? 成功……した?」
「やんすさん、ナイスっ……」
やんすさんの時空魔法『ストップ』が発動したようだ。想定外だったけど助かった。
「あれ? 止まってるのはモンスターだけじゃないんですね、まりしゃんたちも……」
やんすさんが周りをキョロキョロ見ながらこっちに歩いてくる。オレは頷くと、すぐに死神たちから離れようとした。が、死神の兜がギギギッと鈍い音を立ててこっちに振り返るのが見えた。
「……まずい、逃げろっ……やんすさん!!」
「ふぇ?」
死神の狙いがやんすさんに変わる。
それは一瞬の出来事で、やんすさんはオレが助ける間もなく、死神に背中を斬られてしまった。
「やんすさんっ!!」
「ぐはっ……」
死神は何度もやんすさんを斬りつける。
「……やめろ………やめろぉぉおおお!!」
オレは無我夢中で死神に斬りかかった。
キィィィィンッ!
刀が弾け飛ぶ。
そして死神の剣がオレの腹に突き刺さった。
「……っ!!」
視界が赤く染まる。
オレのHPバーがすごい勢いで減っていく。
──オレ、刺されたんだよな?
「かはっ……」
痛みを感じないのに、喉の奥から血が込み上げてくる。だんだん視界が暗くなっていく。体が動かなくなっていく……。
「……ヒール!!」
意識が遠退いていくなかで、一瞬体が温かいものに包まれる感じがした。誰かの叫び声が聞こえたような気がしたけど、もうオレはすでに意識を手放していた。
──これでオレはログアウトできる。
死神に殺られて契約違反になるだろうが、みんなが殺られずに済めばそれでいい……。
やんすさんはどうなったのかな。
とりあえずリアルで目覚めたら、運営に色々問い詰めないと……。
『……ちゃん……』
『……おにぃ……ちゃん……』
どこからか、かぼそい少女の声がする。
『……けて……お兄ちゃん……』
少女の声は震えている。
もしかして泣いているのか?
その時真っ暗な視界にぼんやりと少女の姿が見えた。少女はまだ幼く、赤いランドセルを背負っている。
『……お兄ちゃん……ひなたお兄ちゃんっ……』
俯いていた少女が顔をあげる。
「!!」
『菜々をっ……助けて────!!』




