48. 関西弁の男
「あ~あ、だから言ったやないか。わいの仲間になれって」
その時、背後から関西弁を話す男の声がした。
「……え?」
振り返ると、頭を真っ赤に染めた長身の男がいつの間にか立っていた。
歳は三十代くらいだろうか。黒のスーツを着ており、無精髭を生やしていた。なぜか口には爪楊枝をくわえている。
「あんた……どうしてこんなところにいるんだ」
オレは朝絡まれたのを思い出し、男を睨みつけた。
「朝ゆうたやろ? わいは予知能力者やって。ひなたがこうなるのわかってたから、教えてあげたんや」
「……」
そう言われてやっとピンときた。
今ならわかる、こいつもアプリゲームのプレイヤーなのだと。しかし、なぜオレに?
「悪いが今はあんたに構ってる暇はない」
オレはきびすを返し、車のそばまで歩いた。
「……やんすさん? つくし先生?」
物音しない空間をジッと見つめる。
「……」
頼むから声出してくれ……
こんなの認めたくない……
「ひなたも往生際悪いなぁ。死んだかどうかなんて一発でわかるやろ」
「……っ!」
いつの間に隣にいた男に、オレはカッとなり拳を振り上げた。
「おっと」
しかしパシッと受け止められる。
「てめぇ……!」
「そうや、その目や。怒りに満ちたその目がわいのお気に入りなんや」
「……は?」
「もう一度聞くで。ひなた、わいの仲間にならへんか?」
「だからそれは断っただろうが!」
オレが怒鳴ると、男はニヤリと笑った。
「そんなこと言ってええんか? 仲間を助けたいんやろ?」
「……」
「わいの仲間になってくれたら、わいの魔法で時間巻き戻してあげてもええで」
「!」
まさかこいつも時空魔法を!?
「時間の巻き戻し……お願いします!!」
その時、まり先生が叫びながらこっちに走ってきた。
「お願いしますっ……私が仲間になりますから、つくし先生とやんすさんを助けてくださいっ!!」
泣きながらそう言うと、まり先生はその場に崩れた。そして土下座をする。
「まり先生……!?」
「悪いけどねえちゃん。あんたが仲間になっても意味ないんだわ」
「お願いします! なんでもしますから、どうか助けてください!」
「あかんで。男になんでもしますなんて簡単に言ったら何されるかわからへんで」
「それで二人が助かるなら、私どんなことでもします! 掃除でも料理でもっ……」
必死に頭を下げるまり先生を見下ろして、男はククッと笑った。
「いやいや、なんでもするってそうゆうことやないで。おもろいな、あんた天然やろ」
「え……」
「なんでもするっちゃうのはな、男に股を開けるのかっちゅうことや」
「!」
「無理矢理すんのはめんどいからな、わいがしたい時にちゃんと股開いてアンアンみだれてくれんと、わいは満足せえへんで」
「……っ……」
「あらら、固まっちゃって……あんた、もしかして処女か?」
「……やめろ!!」
ずっと話を聞いていたオレは心底腹が立って仕方なかった。
「もういい。そんなにオレを仲間にしたいんなら、勝手にすればいいだろ」
「なんや、ひなた。この女が好きなんか?」
「ちげーよ、オレはそういうのが嫌いなんだよ」
「ふぅん、まあええわ。ほなら交渉成立やな」
男はニヤニヤしながらオレの肩に手を置こうとした。けど、オレはその手を振り払う。そして土下座しているまり先生をゆっくり立たせた。
「ごめんね、ひなたくん……私、余計なことを……」
「全然気にしなくていいから」
「それにしても……こんな世界だってのに、相手を庇うとか綺麗事すぎるわ。強くなりたいんなら、利用できるもんは利用して、ライバルは蹴落としてかんと生きてけんで」
「……」
「ちなみにもし、わいが死にそうになっても情けは無用やで。目の前の敵に集中してくれたらええ……」
「さっきからごちゃごちゃうるせぇんだよ。だったらまずはあんたを利用してやるから覚悟しとけよ」
オレは再度、男を睨み付けた。
この男、全く信用できない。オレと仲間になって、一体どんなメリットがあるというのか……。
「ふっ……ほな約束どおり、まずは時間遡行しよか」
「!」
時間遡行……。
本当に時間を巻き戻すことができるのか?
「そやな、今から一時間前に戻る。ちょうどひなたらが無謀に車でデュラハンに突っ込むところや」
「!」
まるでずっと見てたかのような言い回しだな。
「ええか、ひなたらは何もしたらあかん。そのままデュラハンのテリトリー外で一時間待っとき。古賀という男が勝手に倒してくれるから、そのまま最後まで見物してたらええわ」
「古賀が……」
「んじゃ、わいは喫茶トムで黒蜜きなこうどん食べて待ってるから、忘れずに来てな」
「!」
「時間遡行」
男は時空魔法を発動する。
途端にオレとまり先生の足元に魔法陣が現れ、オレたちは赤色の光に包まれた。
凄まじい力を感じる……
これがあいつの力……
「いいですね! あっしも食べたいです!」
「そうね、そろそろ甘いものが食べたくなってきたものね」
やんすさんとつくし先生の会話が聞こえる。これは喫茶トムの会話をしてた時だ。
ということは……。
「まあ最初は小倉抹茶うどんはハードル高いから、ひなたくんにはいちごチョコうどんなんて……」
まり先生はそう言ったあと自ら気づいたのか、すぐにブレーキを踏んだ。
「まり先生? 急にどうしたの?」
「……だめっ……だめなんです! 私たち、デュラハンと戦っちゃだめなんです!!」
「え?」
「ごめん、つくし先生。作戦は中止する」
オレがそう言い放つと、まり先生は急いで車をUターンさせた。オレは唖然とするつくし先生とやんすさんを交互に見て、ひそかに胸を撫で下ろす。
本当に戻ったんだ、一時間前に。
オレたちは校舎の横に車を停めると、デュラハンの様子を見るために車から降りた。
「つくし先生っ……!」
まり先生がつくし先生の胸に飛び込む。
「どうしたの?」
「つくし先生! ごめんなさい、私……つくし先生を助けることができなくて……!」
つくし先生はただ目を丸くするばかりだ。
「あ、あの、まりしゃん? 急にどうしたんですか?」
やんすさんもキョトンとしながら、まり先生の様子を心配する。
「やんすさんっ……やんすさんもごめんなさい!」
「え? え?」
もうそれ以上は言葉にならないようで、まり先生はその場で泣き崩れてしまった。それを見ていたつくし先生がまり先生をそっと抱きしめる。
「大丈夫よ、大丈夫」
つくし先生はまり先生が落ち着くまで何度もそう呟いた。
その間にオレは今まであった出来事を二人に説明した。デュラハンとの戦いに負けたこと、謎の関西弁の男に出会ったこと、その男の魔法で一時間前に戻ったことを話した。ただ二人が死んだことは口にすることができなかったが、つくし先生はまり先生の言動から気づいたようだった。




