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魔力の暴走

前期の試験はあっという間にやってきた。


貴族クラスは平民クラスよりも科目が多い。にもかかわらず、シェリアは自室で勉強をみてくれていた。だが、落ち込んだ気分も相まって、勉強はほとんど頭には入っていない。


シェリアにとっては、おさらいみたいなものなんだろう。余裕そうだった。うーん。うらやましい。


そして試験は初日が魔術の座学と倫理学と社交ダンス。二日目が薬草学と魔術の実技だ。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「リリア。どうだった?」


初日の三科目が終わり、ジュリが声を掛けて来た。


「やっぱり、うちのクラスは年齢差もあるから比較的簡単だったわよね」


恐らく一番下の年齢に合わせてあったのだろう、リリアでも解ける問題ばかりだった。


「授業の時も思ってたけど、リリアはダンスは上手よね」


「うん。シェリアの練習相手をやってたからね。だから、本当は男性役の方が得意なの」


試験はスローテンポの基本ステップだけだったからなんとかなったというだけだ。


「それより、問題は明日なのよ」


憂鬱になるリリアに、ジュリも何と言っていいか分からない表情を見せる。今までの魔術の授業を見てきたジュリには、何を言っても無責任な言葉になると思ったのだろう。魔術の実技試験ではなく、薬草学の事に触れた。


「そういえば、薬草学も実技試験みたいな感じよね」


「ああ、うん。そうなんだってね」


学園の敷地には広大な森が隣接している。薬草学の試験は、この森に入っていくつ薬草を集められるか。と、いうものだ。

ただ、これは危険も伴うので四、五年生のみが行う。それ以下の学年は座学試験だ。魔術科はその年齢に当たるリリアとジュリだけがその試験を受ける事になる。


「しかも貴族クラスも一緒なんですってね」


リリアは頷いた。そうなのだ。薬草学の試験は貴族クラスと魔術科が、同じ場所で同時に行われる。なので、ジュリは試験よりもそちらに緊張しているようだった。


「どうせなら、私達は座学試験にして欲しかったわ」


知識としては下の学年と同じ、もしくは下なのだ。その意見には、リリアは激しく同意した。

シェリアもいるから安心感はあるが、マリウスもいる。今は出来れば顔を合わせたくない気分だった。


しかし、今更文句を言ったところで、どうなることもない。薬草学の教科書とにらめっこしながら、リリアとジュリは学生寮へと帰って行った。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


翌日。薬草学の試験の為、森に面した校庭には貴族クラスの四、五年生とリリアとジュリが整列していた。その数、ざっと百人ほど。

そんな人数が一度に森に入ったら、薬草より生徒の方が多いのではないかと思っていたが、森は予想を上回る広さだった。逆に広過ぎて、これ以上先へ行ってはいけません。という立ち入り禁止ロープが、各所に張られているというほどだ。


貴族クラスの生徒たちの方を見渡すと、すぐにシェリアが目に留まる。シェリアもリリアに気付いて互いに軽く頷いた。

試験はもちろん生徒同士の協力は禁止されている。疑われない為にも、試験中は二人は近付かないようにするつもりでいた。


気付けばマリウスも視界に入ったが、慌てて視線を逸した。


そしてリリアの背後からは、ジュリの憂鬱そうな溜め息が聞こえたが、しかし無常にも、そのすぐ後に試験開始の合図がかかった。


貴族とはいえ、時間制限のある試験である。特に男子生徒は森に向かってすっ飛んで行った。

リリアも薬草を入れる為の籠を片手に森へと侵入する。鬱蒼としている森は、中に入ってみると手入れがされているので小さくとも道はあるし、太陽の光も十分に差し込んでいて明るい。


薄暗くて怖いと思っていたリリアは、少しほっとした。だが、ほっとしてばかりいられない。これは試験なのだ。



えっと……薬草、薬草。



周りを見渡すと、この辺はあまり草自体が生えていないようだった。



もう少し明るい場所の方が良いかも。



リリアは獣道に沿って奥へと歩き出した。少し行くと、開けた場所に出る。芝生のように短い草がたくさん生えていた。



あっ!ミント!……こっちにはタンポポ!



思わず取ってしまったが、これは薬草に入るのか。試験として提出する際、薬草の名前と効能も記入しなくてはならない。

教科書には載っていたような、いないような……。リリアは迷ったが、もし違っても努力点はもらえるかも。なんて、思って取り敢えず籠に放り込む。


「あ、リコリス」


大きな木の根元から、赤い花が咲いているのが見えた。


「うーん。これは確か毒だったけど、これも薬草って事で良いのかな」


一応リリアは迷ってみたが、これも籠に放り込んだ。数撃ちゃ当たる作戦だ。

だが、この辺に生えているのは同じ草ばかり。もう少し奥へ行くか、と思って歩を進める。



結構な距離を来たと思うけど、誰にも会わないものなのね。



きょろきょろしながら進んでいると、地面からにょきっと伸びて先端がくるっと丸まっている草を発見する。


「あっ」と、思って思わずぽきっと取ってしまったが、これは山菜だった気がする。



いや、これも教科書に載っていたような、なかったような……。でも、効能が分からん。

ええい!努力点、努力点!



ぽいっと籠に入れたところで、「くすっ」と、笑う声がした。振り返れば、知らない女生徒が感情の籠もらない視線をリリアに向けて立っている。


「随分と苦労なさっているみたいね」


その女生徒は無遠慮にリリアの籠を覗き込むと、突然現れた彼女への対応に困って立ち尽くすリリアに笑顔を向けた。


「そんなに警戒なさらないで。まだ、授業もそこそこですのに大変ですわね。と、思って、思わず声を掛けてしまっただけですのよ?」


女生徒は困ったように小首をかしげた。綺麗に巻かれた金髪の長い髪がふわりと揺れる。

リリアは階段の件もあって、やや警戒していたが、自分と同じくらいの令嬢が何かするとは思えず、ほっと息を吐く。


「ふふ。本当は駄目なんですけど……あちらに行けば、色んな種類の薬草が生えていますわ」


女生徒が指差したのは、ここから更に奥に行ったところに見える大岩だった。女生徒の籠の中を見れば、確かに色んな種類の薬草が入っている。


「あの岩の下にたくさん生えてましたわ」


「本当?」


本来が素直なリリアは、笑顔で頷く女生徒を疑うことはなかった。笑顔でお礼を言うと、「内緒ですわよ」と、女生徒は名前も告げず、去って行った。



やっぱり、貴族がみんな意地が悪いわけじゃないのよね。あんな良い人もいるんだわ。



大岩までは距離があったが、女生徒が言っていた岩に辿り着くと、遠目で見るより岩がかなり大きかったことが分かる。リリアの身長で三人分くらいの高さはあった。


「けっこう遠かったのね」


振り返れば、森の入口も見えなくなっていた。

リリアはこれでも森で迷子にならないように、入口の方向は確認しながら奥に進んでいたのだが、今では生い茂る木々ばかりで、その隙間から見えていた校庭も見えなくなっていた。


でもまあ、見えなくなっただけで、来た方向に戻ればいいだけのこと。あまり深く考える事もなく、岩の下に生えている草に注意を向けた。


しかし、そこには薬草など生えていなかった。申し訳程度に雑草が生えているだけだ。


「あれ?ここじゃないのかな……それとも、みんなに取られちゃった後かも」


リリアはしゃがみ込んで岩の周辺を覗き込み、その裏側に回った時だった。不意にリリアの頭上に影が差す。


地面を見ていたリリアは、そのことには特に気に留める事なく雑草以外の草がないか調べていたが、獣の様な臭いが漂いはじめたことで、「あれ?」と、視線を自分の足元からゆっくりと上へと向けた。


獣の臭いに加え、唸り声のようなものまで聞こえてきた気がする。そして目の前には、ごわごわとした黒い毛の塊。それはリリアよりも遥かに大きい塊で……。


リリアは手足から血の気が引いていくのを感じながら、それを見上げた。


「――――っ?!」


人間は驚きすぎると、動くことも声を発することも出来なくなるらしい。


そこには岩と同じくらいの、でかい魔物が赤い目を光らせてリリアを見下ろしていた。


「こ、これ……は……」



ど、どどどうしよう!!

こ、これは、グリズリーではっ?!

しかも、こんな大きさのは見たことがないわ!



「――ッグァアアーーッ!!」


魔物と対峙して恐らく一瞬の出来事だっただろう。リリアを獲物として認定した魔物は、鋭い爪をリリアに振り下ろす。


「ぅゎわっ?!」


何とか転がりながら魔物の攻撃を避けたリリアだったが、攻撃が空振りした魔物はその勢いで岩を砕き、咆哮を上げた。



なんで!

なんで!!

なんでっ!!!

なんで、学園に魔物がっ?!



これだけ広大な森の為、定期的に討伐隊が入っている。それでも魔物の一匹や二匹はいるかもしれないとは思ったが、こんな大物が潜んでいるとは思っていなかった。


リリアは転がりながら、なんとか木の陰に逃げ込む。が、荒ぶるグリズリーは手当り次第に周辺の木を薙ぎ倒し、リリアの隠れた大木も一撃で倒された。


「っひっ!やっぱりそうなるよねっ」


縦横無尽に倒れる木々を避けながら森の入口を目指す。幸いにもグリズリーはリリアを見失っていた。


なんとか木々の隙間から校庭らしき景色が見えて、ほっとしたのも束の間。リリアの足が何かに取られ、草むらに綺麗にダイブした。


「痛ぁ……何?」


木の根にでも足を引っ掛けてしまったかと思ったが、どうやらリリアを転ばせたのはロープだった。

少したるんではいるが、そのロープは等間隔で木に括られている。


「もしかして……立ち入り禁止の、ロープ?」



こんなの、来た時には無かった……わよね。



もしこれがそのロープであれば、リリアは知らない間に立ち入り禁止区域に入っていた事になる。そりゃ、誰にも会わないはずよね。と、妙に冷静に納得した。


これが知られたら零点か?!と、思ったが、今はそれどころではない。グリズリーが近付いて来ているのが木々の軋む音で分かる。


「―――っぁっ、痛っ!」


しかも、最悪な事に完治したと思われた右足首をまた捻ったようだ。

こういうのは癖になっちゃうのよね。とか思いながらもなんとか立ち上がったが、やはり右足に重心をかけるのは無理な様子。



ぉおぅ。万事休す。

思っていた以上に短い人生だったなぁ。



大木をべきべきと倒しながら現れたグリズリーを前に、逃げられないと悟ったリリアは観念して目を瞑った。

グリズリーが振り上げた腕をリリアに向かって振り下ろす気配を感じ、ぎゅっと更に強く目を瞑る。


―――瞬間。リリアの身体は横から来た衝撃と共に横っ飛びに転がった。

リリアが先程まで立っていた後ろの大木が、ばきばきっと悲鳴を上げる。


「……えっ?」


「っ馬鹿かっ!お前は!」


「ま……スティックマイヤー……様?……何で」


マリウスがリリアを突き飛ばす形でグリズリーの爪から逃れられたようだ。しかし、何故ここにマリウスがいるのか。マリウスに罵られているこの状況に頭が追いつかない。


「呆けている暇はない!!いいから、逃げろっ!!」


マリウスはすぐさまリリアを立ち上がらせようと腕を取るが、その異変に気付く。


「まさか……お前」


「あし……が」


情けなく俯くリリアに溜め息を吐きかけたが、グリズリーは待ってはくれない。

リリアを庇うようにマリウスが前に出る。そのマリウスの背中を見てリリアは息を呑んだ。


「まり……スティックマイヤー様!せ、なか……」


リリアを庇った時にグリズリーの爪に引っ掻かれたのだろう。マリウスのジャケットは背中がざっくりと切られていた。中の白いシャツが赤く滲んでいる。


獲物を捕えようと再び腕を振り上げるグリズリーに、マリウスは右手に作り出した火の玉を投げ付ける。一瞬グリズリーは怯んだが、ほんの一瞬だった。マリウスは、「くそっ」と、いくつも火の玉を撃ち込む。


「この隙きに、お前は逃げろ!!」


「いいえ、ここは私が囮になりますから、逃げて下さい!!」


マリウスの背中の傷を見てリリアはがくがくと震えていた。

マリウスは怪我をしている。ここで無理をさせて、万が一のことがあったらリリアは一生後悔してしまうだろう。



マリウス様が――――死んじゃったら?!



リリアは自分が窮地に陥っていた時よりも遥かに強い恐怖を感じていた。


「馬鹿かっ?!お前がいるから、私が逃げられないんだ!!早くここから離れろ!応援を呼んで来い!!」


「で、でも……」


一瞬、マリウスがリリアを振り返ってしまった。元々グリズリーはでかい割に動きが俊敏な魔物だ。その一瞬で間合いを詰め、マリウスに鋭い爪を振り下ろす。


「……あ」


その一瞬が、スローモーションに感じた。ゆっくりとマリウスがグリズリーを振り返り、その手に炎を蓄えるが、既にグリズリーの爪がマリウスの頭上に迫っていた。


その光景にリリアの心臓がばくばくと早鐘を打つ。

胸を押さえるようにして、ぎゅっと手を握った。



心臓が、痛い。これをしたら、私の心臓はもたないだろう。


それを、私は知っている。


でも……。


マリウス様が死ぬよりはいい。



そう思ったその瞬間。全身の血液が沸騰したようにリリアの身体が熱くなった。身体のどこかからぼこぼこと何かしらが湧き出てきて苦しくて気持ち悪い。

苦しくて口をはくはくさせるが空気が入ってこない。まるで呼吸の仕方を忘れてしまったみたいだ。



それは一瞬だった。



マリウスが火の玉をグリズリーに撃ち込むよりも、グリズリーの爪がマリウスを切り裂くよりも速く、リリアの全身から光りが放たれ、激しい爆発音とグリズリーの断末魔の叫びが周囲に鳴り響いた。



「リリアっ!!!」




――――マリウス様が、私の名前を呼んでくれた?



リリアの視界は暗転したが、薄れていく意識の中でマリウスの声を聞いた気がして微笑んだ。

お読み頂き有難う御座いました。

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