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貴族の思惑と苦悩

マリウスと、シェリアの視点になります。

――――私は、平穏な人生を送りたい。


子爵家の三男に産まれた私は、常々そう思って過ごしてきた。そして、私の立ち位置はそうなれるに相応しいと思っていた。



だが、学園の四年生に進級し、次の日の下校時間を過ぎた頃だった。




何か騒がしい。クラスメイト達がざわめいている。

その元を辿っていくと、その先にはキリヤがいた。



あの方はいつも騒がしい。



しかも今日は婚約者であるエリザベス様に会いに来たついでなのか、私に生徒会役員を打診してきた。

クラスが違えば、まだ逃げようもあったかもしれない。いや、無理か。残念だ。

あの人に関わると周りが騒がしくなるから距離をとっていたのに。なんてことだ。



丁重にお断りしたが、恐らくは無理なんだろうな。



幼馴染みと言っていいほど、キリヤとは昔からの付き合いだった。あの人の頼みは断れない。いや、断りを受け入れてもらえない。マリウスは諦めていた。



しかし、あの人は戸口で何をやっているんだ?



少し身を乗り出すと、しゃがみ込んだキリヤの前には同じようにしゃがみ込んだ女生徒がいる。



あのリボンは今年からできた平民クラスの生徒か。

何故この校舎にいるんだ。迷い込んだか?

それとも、貴族に取り入るつもりで親に送り込まれでもしたか?



「……わざとぶつかって来たみたいよ」

「……あれって平民クラスだろ?」

「……やっぱり、卑しいな」


ひそひそと話す声が聞こえてくるが、他のクラスメイト達ほど興味も持てず、どちらでもいいと冷めた視線を送っていたが、ふと顔を上げた女生徒と目が合ってしまった。


どこかで見たことがあるような気がして、記憶を巡らせるが思い出せない。思い出せないのに、何故だろう、彼女から目を逸らす事が出来ない。


ただまあ、思い出せないということは、大した関わりはないのだろうと思っていた。






―――――なのに、何故だ。


キリヤから呼び付けられた生徒会室には、件の女生徒がいた。

暫くは、キリヤ、エリザベスと、この女生徒とマリウスの四人で生徒会を運営していくという。

マリウスは思わず大きな声を出してしまってから、改めて女生徒を見た。


頬を赤らめてマリウスを見つめる様子に、まるで自分に好意でも持っているかのようだとマリウスは感じた。

だがキリヤならともかく子爵家、それも三男の自分に好意を示すご令嬢は今の所いたことはない。と、マリウスは思い直す。



噂ではわざとキリヤ様にぶつかって来たということだが……あの人は人の良さそうな人間を演じているから、勘違いしたか?

それとも、婚約者がいると分かって私に鞍替えしたか?子爵でも嫡男でなければ、なんとかなるとでも?

なんだか馬鹿にされた気分だ。



それにしても、キリヤ様は自分の利にならないことには一切触手は伸びないはずなのだが、今回のこれにはどういう意図があるのか。



いつもと同じく飄々としたキリヤを見ても、何を考えているのかは分からない。



どちらにしても、面倒だが私は生徒会に入ることになるのだろう。いや、なってしまった。



エリザベスを見れば、彼女も色々と諦めているような表情を見せていた。心中お察しする。



そして、嫌々ながらも生徒会室に顔を出す毎日。

そして、案の定、平民の彼女は何も出来ない。


去年までの生徒会役員は全員卒業してしまった為、それまでの資料を掘り起こすところから始まる。そこから予算編成だ。そしてまさか、彼女が計算もままならないとは思わなかった。

彼女に計算の仕方を教え、苛々する毎日。


救いだったのは彼女が素直だったことか。


つい、苛々してきつく言っても、「分かりました。ありがとうございます」と、笑顔で言われれば、何故かこちらが癒やされる。


って、そんな事はどうでもいい。


せめて同じ平民でも、何か特技を持つ者にして欲しかった。



――――苛々する。



キリヤ様の言う「俺に必要」と、いうのは何なんだ?

将来の愛人か?

婚約者の前で堂々と?

キリヤ様は何で平民の彼女を構うのか。見ていて苛々する。

彼女も彼女だ。何を嬉しそうにキリヤ様の手ずから菓子を食っている?

あんな笑顔で?




「あの人にはあの人なりの愛があるのですわ」



エリザベスは苦笑を浮かべながらも、キリヤの言動に対してそう言った。だが、それはそうだろう。


誰にだって、その人なりの愛はある。


つまり、彼女をキリヤ様の恋人として受け入れるのかと問えば、エリザベス様からは「マリウス様へのですよ」と、苦笑を浮かべたまま、謎の言葉を返された。




そして、一ヶ月が経った頃、事件は起こった。起こるべくして起こったと言ってもいいかもしれない。

元々、貴族とはいえ、気性の激しい者はいるし、平民が貴族と肩を並べることを良しと思わない者の方が多いのだ。

それを知っていながら、何の策もしていなかった我々にも落ち度はあるだろう。






「何をしてる」


生徒会室に行く途中、階段の踊り場で茫然と立ち尽くす彼女に声を掛けたのは特に意味はなかった。ただ見かけたからだ。


だが、返事をしない彼女に、またも苛々してしまう。



キリヤ様とは笑顔で会話するくせに。

キリヤ様の手ずから菓子をもらって喜んでるくせに。


……時折、じっと私を見つめているくせに。


って、そんな事はどうでもいい。


あの小さな口にクッキーを放り込んでみたいなど、一度だって思ったことはない。


って、本当に、そんな事はどうでもいい。




生徒会を休みたいと言う青い顔をした彼女の顔を覗き込めば、急に赤みを増した。


「熱ても出たか?」



慣れない環境での仕事に疲れが出たのかもしれないな。



仕方がないので保健室まで連れて行こうとすれば、彼女は頑なに拒んだ。


「一人で大丈夫です」



場所もよく分からないくせに。

まあ、私よりもキリヤ様が良いのだろうが、ここには私しかいないのだ。我儘を言われても困る。

そんなに拒まれれば、逆にこちらも意地になるというもの。



「少しふらふらしているじゃないか」



壁に寄り掛かっているのは、立っているのが辛いからではないのか?

女性に触れるのはどうかと思ったが、少し肩を貸すだけだと思い背中に触れれば、怪我をしていることが判明した。



こいつは馬鹿なのか?!

……いや、それは知っている。



少し強引だとは思ったが、ここで立っていても日が暮れるだけだ。彼女を抱き上げて保健室まで連行することにした。

思ったよりも軽くて小さい彼女に、どきっとして腕の中の彼女の顔を見つめると、長い睫毛の隙間から深緑の瞳がちらちらと見え、思わず遠くへと視線を移した。

そして咄嗟に縦抱きにしてしまった。これならうっかり顔を見ることはない。



しかし何だ?先程から動悸が激しいのだが??

うん、まぁ、これはきっと、碧眼を見慣れているせいで、緑に驚いただけだ。きっとそうだ。



そんなことよりも、と平静を保つ為に別の事に思考を向ける。

彼女はものを知らないだけでなく、階段を踏み外すほど鈍臭いのかと呆れる。腕の中でやたらと暴れる彼女に大人しく運ばれていろと思ったのだが。


「でも、あの!こんなところを見られたら、今度は何をされるか……」



……は?



「……今度?」


つまり、誰かに突き落とされたとでも言うのか?

でも、有り得ない話では決してない。その犯人に怒りが沸いた。


そして、その怒りの矛先は犯人であるはずなのに、マリウスの口から出た言葉は、


「どうやってキリヤ様に取り入ったか知らないが、覚悟もせずにいたのか?ならば、もう大人しくしていろ」


だった。


八つ当たりだ。彼女が望んで今の状況にいるわけでないことは、流石に分かる。

自分でも最低だったと思う。言った瞬間に後悔した。



しかし、なぜ私が八つ当たりしなくてはならない??



自分で言うのも何だが、自分は沈着冷静な人間だと思っていた。貴族である以上、発言する時は常に考慮している。相手が平民であっても。だ。



そんな私が八つ当たり??



沈黙が続く。彼女は何も言わない。当たり前だと思う。文句を言い返してくれたら、どんなに楽かと思っている間に保健室に到着してしまう。


この時間は先生は職員室にいることが多い。やはり、保健室には誰もいなかった。


彼女を寝台に座らせてやると、俯いた彼女の睫毛が濡れている事に気付き、ぎゅっと心臓が掴まれる思いで飛び上がりそうになった。


「先生を呼んでくる」


逃げるようにして保健室を飛び出す。彼女がどんな表情をしていたかなんて、見られなかった。



……泣いていた?



いや、あれは、痛みからの、あれだ。

私が泣かせたのではない。



必死で自分に都合のいい言い訳を考えながら、職員室まで走る。そんなことを考えている時点で、自分が悪いと頭では分かっているのだが。


やたらと呼吸が乱れる。職員室の手前で止まると、廊下の壁にもたれて一度大きく深呼吸すると天を仰いだ。




――――私の……主に心の……平穏が、たった一ヶ月で、どんどん崩れていくのは何故だっ?!






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


マリウスがリリアを保健室に運んでいる、丁度その頃。

貴族校舎の空き教室では、その一角で佇む女生徒が一人。

その教室に、ふらりと立ち寄るように入って来た男子生徒がいた。




「―――お待ちしてましたわ」




シェリア·ギルバート子爵令嬢は入って来た男子生徒。キリヤ·クリスフォード公爵令息を認めると、淑女の礼をとる。


「ふふ。まさか、シェリア嬢にこのような誘いを受けるとは思ってなかったよ〜!でも嬉しいよ。せっかくならどこか、カフェにでもと思ったのだけどね〜」


キリヤは恭しく手を胸に当て応える。シェリアはこの男のこの軽い雰囲気が好きではなかった。

立っているだけで絵になるキリヤは、女性からきゃいきゃい騒がれる存在だが、誰に対してもこの軽さで接するので遊び人を思わせるのだ。

それなのに、愛する人は婚約者のみ、という姿勢に女性は更に憧れを抱くらしい。


「どうしたの〜?怖い顔で。可愛い顔が台無しだよ〜?」


わざと挑発しているのだろうか。シェリアは目の前の男に主導権を渡すまいと慎重に微笑む。


「クリスフォード様、お時間を頂きありがとうございました。今日は少々お尋ねしたいことがございます」


「ふ〜ん?何?まあ、座りなよ」


自分は壁に寄り掛かったままだが、立ったままのシェリアに椅子を勧める。シェリアも腰を据えて話し込むつもりはないので、軽く断る。


「リリアのことですわ。彼女を推薦したのは私の父ですの。クリスフォード様はリリアをどうなさりたいのです?」


「何だ。秘密めいたお誘いだったから、もっと色っぽいものかと思ったよ」


そう言うキリヤは全くそうは思ってなさそうに肩を竦める。


「リリアは特に優秀ということでもありませんわ。それなのに、なぜ彼女を生徒会に入れるなどされたのです?」


シェリアは出来る限りリリアを目立たせたくはない。もし目の前の男の気まぐれで構っているだけであれば早々にリリアを退会させてもらいたい。


「そんなの、私に必要だからだよ。決まっているじゃないか」


至極当然。といったキリヤの物言いにシェリアの眉が上がる。



……クリスフォード様に必要?



平民のリリアが上位貴族のキリヤに必要とはどういうことなのか。シェリアは注意深く目の前の男を窺う。


「つまり……リリアを利用する。と?」


キリヤの表情は変わらない。が、片方の口角を上げて、「ふっ」と、声を漏らした。


「私は頭の良い人間は好きだよ」


その声色は今までの遊び人のものではなく。静かで穏やかに響く、貴族然とした声色――――なのに、冷たく、恐怖さえ感じるのは何故だろう。

恐らくシェリアを見据える銀色の睫毛で縁取られたその碧眼が、獲物を追い詰める獣の様に光って見えて、シェリアの身体がぞくぞくと粟立ったからなのだが。



こちらが、素ですのね。まだお若いのに末恐ろしい事ですわ。



何人もの貴族が、まだ子供である彼にやり込められたという噂がある。自分の意にそぐわない者には容赦がない、とも。

シェリアもキリヤがただへらへらしているだけの男ではないと思ってはいたが、リリアが怖ろしい事に巻き込まれてしまった事は肌で感じていた。


「うーん。別に難しい話ではないんだけどな。逆に凄く単純な話なんだよ。頭の良い君なら分かってくれると思うんだけどね〜」


先程は威嚇の意味もあったのだろうか、遊び人口調に戻ったキリヤは、こてんと小首をかしげてシェリアを見ている。



これは、脅し……なのかしら。余計な事はするなと?



出来ればその単純な話とやらを聞かせて欲しいが、キリヤそれを話す気はなさそうである。


こくっと小さく唾を飲み込んだシェリアに、キリヤが更に微笑み掛け、制服の胸ポケットから何やらくしゃくしゃの紙を取り出した。

人差し指と中指でその紙を挟み、シェリアに見せつけるように差し出す。


「残念ながら、ぶつかったのは私だったけど……他の、転ぶのと、後は何だっけ。ああ、ハンカチを落とす。だっけ?」


「っ?!」


がたんっ!と、空き教室に置かれた机や椅子をかき分けて、シェリアはキリヤが持っている紙をひったくるようにして手に取る。



間違いない。これは、リリアの文字だわ!!



紙を持つシェリアの手が目に見えて震えた。


入学式の日にリリアが馬鹿なことを書き連ねた紙。


この紙がくしゃくしゃなのは、破かれた上に丸められたものを引き伸し、貼り合わせてあるからだった。



どうしてこれが!

どうしてこれが!!

どうしてこれがっ?!

これは、入学式の日に破いてごみ箱に捨てたはず!!



取り繕う事も出来ず、驚愕の眼差しでキリヤを見れば、とても満足そうな素敵な微笑みを返された。



何をどこまで知っているのか。



キリヤはエリザベスに公爵家の暗部を使って二十四時間、常に監視を付けているという噂があったことを思い出した。

それは婚約が順風満帆であると、どれだけ溺愛をしているかということを誇張した単なる噂だと思っていた。


でもその噂が本当であれば、キリヤにとってみれば学生寮の小さな情報を得ることなど動作もないこと。



だとすれば、きっとギルバート領の秘密なども、秘密にならないほど全てが筒抜けなのかもしれない。

そしてキリヤは言外にそう伝えている。



……この人を、敵に回してはいけない。



つまり、何も口出ししてはいけない。シェリアの本能がそう告げていた。だが、つい、口を開いてしまう。


「あの日……スティックマイヤー様が、私とリリアを駅馬車で助けて下さった時。一緒にいらしたのは……クリスフォード様でしたのね」


クリスフォードは微かに目を見開いたが、すぐに「ふっ」と、目を細めた。


「確かに君はあの時、リリアを見ている私を見ていたね。だが、よく気付いたね。私の容姿はあの時と比べると大分違うのに」


確かに大分違う。今でこそ見目麗しいキリヤだが、一年前に見掛けた時は今の三倍ほどの体積があった。いくら美形でもふくよかが過ぎれば見目も変わる。


シェリアも先程のキリヤの冷たい目を見なければ気付かなかっただろう。

あの日、駅馬車でリリアを見つめていた瞳も、同じく冷たかった。



――――――やはり、クリスフォード様には、あの時にはもう、リリアの存在を知られていた?



だとすれば、リリアを囲おうとするのも納得がいくのだが、それにしても回りくどいのではないか。



もしかしてクリスフォード様は他に何かを狙っている?



シェリアは隠しきれない動揺を最小限に抑えながら思案する。

しかしキリヤにはその動揺は伝わっているようで、くつくつと笑っていた。


「そういえば、私の記憶が正しければ、ギルバート領では八年前……になるのかな?君と同じ年の女の子が亡くなっていたと思うのだけど」


はっと、シェリアがキリヤを睨むように見つめた。



やっぱり、調査済みですのね。



「やはり、ご存知ですのね。何が……お望みですの。私の一存では何も応えられないとは思いますけど、子爵に伝える事は出来ますわ」


「いやだなぁ、望みなんて。でも少し喋り過ぎたかな?さあ、そろそろ君は戻った方が良いかもよ?」


確かに王国の魔導師を統べるクリスフォード公爵家が田舎のしがない子爵に望むものなど何もないのだろう。シェリアの反応を満足そうに見ていたキリヤが言う。


「……戻る?」


「やっと何かしらの動きがあったみたいだからね」


「っ?!」


直感的にリリアの事だと思ったシェリアは、弾かれたように走り出していた。

部屋の扉に手を掛けたシェリアの背中に、「シェリア嬢!」と、キリヤが声を掛ける。


「君とはまた話がしたい。悪いようにはしないよ。約束する」


思いの外、笑顔で優しく言ったキリヤだったが、シェリアには悪魔の微笑みにしか見えなかった。


彼の言葉の真意を確認している時間はない。シェリアは会釈だけで済ませ空き部屋を飛び出した。



飛び出して行ったシェリアには、「リリアが無事でいられるかどうかは分からないけどね」と、いうキリヤの呟きは届いていなかった。

お読み頂き有難う御座いました。

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