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貴族校舎

「え?リリアが私の使用人になる。ですって?」


シェリアが自室へ帰ってくるなり、リリアは提案した。もちろん使用人のフリということなのだが。


学園には侍女を連れて来ている生徒もいるのだということを聞いたのだ。


「生徒でも使用人を兼ねていたら、シェリアに会うために貴族校舎まで私が行ってもおかしくはないわよね?!」


我ながら名案だと思っていたが、シェリアの顔は暗い。


「……不安しかない」


「え?何で?休み時間に会いに行ったり、お昼を一緒に食べたり、帰りに迎えに行くとかだけだよ?!」


そして、ちらっとマリウス様を盗み見するだけだよ。と、いうのはもちろん黙っておく。


シェリアは、深い溜め息を吐きながら制服から部屋着に着替え始めた。


「だって、あなたは使用人として働いたことなんてないじゃない」


「そ、だけど……」


リリアの両親は子爵家の使用人として働いているが、リリアのしていた仕事は、牛の乳搾り。お嬢様付きの使用人っぽいことは全く出来ない。


「そばで見ていただけで、実際にやった事がなければ、馬鹿な発言とかしてすぐにボロが出るわ。止めておきなさい」


「やってみなくちゃ、分からないじゃない」


「それで駄目だったら、どう責任を取るつもり?」


「へっ?責任?そんな、大袈裟……」


「使用人の教育も出来ない。と、ギルバート子爵家が侮られるのよ?ウチみたいな、中の下のしがない子爵家は侮られたらおしまいよ。ただでさえ軽く見られるんだから」


「ぇ、ぇえ〜……そんな?」


領地にいた頃は何も考えずに過ごしていたが、ここに来て思っていたよりも自分が世間知らずであるということをリリアは今日一日で実感していたところだ。

大人しく口を噤むと、シェリアから駄目押しの一言が発せられた。


「それから、念の為に言っておくと、マリウス様は私とは別のクラスですからね」



嗚呼……!!なんてこった。最後の希望が!!

やっぱり、神様なんてのはいないのだわ。



リリアも制服を着替えながら、しょんぼりとして深く息を吐いた。


だがしかし、決して諦めたわけではなかった。

そうです。諦めたら、そこで試合終了です。



神様が私を見捨てるのなら、もう当てになんてしないわ!

……でも、あれも駄目。これも駄目と言われたら、どうしたら良いと言うのかしら。



むうぅ、と。難しい顔で唸るリリアに「迎えに来てくれれば帰りは一緒に帰るわ」と、シェリアが降参する形で貴族校舎への侵入を許可された。


放っておいたら余計な事をしかねないと思ったシェリアが譲歩した結果だったのだが、後に大いに後悔することになることをこの時はまだ知らない。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「うわっ、凄い」


次の日の下校時間になると、リリアは早速シェリアを迎えに貴族校舎へと足を踏み入れたのだが、平民校舎との差に感嘆の声を上げた。


廊下なんて何人通れるのか、というくらい幅が広い。そんなに必要か?

そして、なぜ廊下にソファーが?

豪華な花が飾られた花瓶が?


そして全てがぴかぴかに輝いていた。


決して平民校舎が汚いと言っているわけではない。だが、ここを見てしまえば、平民校舎自体が元は物置きだったのでは?と、思えてしまうのだ。


場違いな所に来てしまったと怖気付いたが、なるべくきょろきょろしないようにリリアは廊下を進む。


シェリアの教室は、二階に上がって手前から三番目だと聞いていたのだが、教室が無駄に広い。どこからどこまでが一つの教室なのかリリアは迷っていた。


これなら、シェリアには教室の外に出ていてもらえば良かった。せめて、教室の扉が開いていてくれたら分かりやすいのに。と、リリアが扉の前に差し掛かった丁度その時。


「―――がちゃっ!!」と、思いの外、勢いよく扉が開き、リリアの顔面に「がんっ!」と、直撃した。


「きゃあっ?!」


「あっ!すまない!」


「〜〜〜っっ!!!」


少し俯いて歩いていたのでおでこを思い切り打ち、目の前を星が飛んだ。鼻が高かったら大変だったと思う。


焦った男子の声がしたが、あまりの痛さに涙目でしゃがみ込んでおでこを抑えていると、「大丈夫?」と、扉を開けた犯人がリリアの顔を覗き込んできた。


うーっと、軽く呻きながら視線を少し上げると、青い瞳が飛び込んで来た。それから、まるで計算して彫られたかのような、鼻と唇と、そして透き通るような肌。


「彫刻が……喋った」


思わず思ったままを口走ってしまうと、その彫刻……いや、男子が、しゃがみ込んだせいで顔にかかった銀髪の前髪をかき上げながら目を丸くしている。


「……え?」



不味い!!変なこと言った??これ……怒られる?!不敬になる?!シェリア、ごめーん!!



だらだらと冷や汗を流すリリアの心中を知ってか知らずか、その男子は「ははは」と、おかしそうな笑い声を上げた。


「キリヤ様、どうなさいましたの?」


その笑い声で彫刻が増えました。今度は女子の彫刻です。大きな目をぱちぱちと瞬いて、不思議そうに、キリヤと呼んだ男子とリリアを交互に見て、リリアの首に巻かれたリボンに視線を落とすと、微かに目を見開く。


「あら、あなたは、魔術科の方ですわね。それにしても、キリヤ様が声を上げて笑うなんて、珍しいですわ」


制服の女子のリボンは貴族クラスは青色、平民クラスは赤色、と色分けされているのだ。男子は同じようにネクタイが、色分けされている。


「ああ、エリザベス。いや、私としたことが、不注意で彼女に扉をぶつけてしまってね」


「まあ!それは、大変ではないですか!笑い事ではありませんわ!」


事の次第を聞いたエリザベスは様子を見ようと、おでこを抑えているリリアの手を退けようと手を伸ばしてきた。


「いえ!大丈夫です!」


このままでは、自分がいつ不敬な言動を取るか分からない。シェリアに怒られるだけでは済まなくなっては大変だ。

リリアはおでこを抑えつつ、勢いよく立ち上がった。

そしてその拍子に、開け放たれた扉から覗いた教室の中に見つけてしまったのだ。こちらの騒ぎを見ているマリウスを。



マ、マリウス様っ!!!っがっ!!こっちを見てるっ?!



かーっと、一気に顔に熱が集中していくのが分かった。


「いやだ、あなた、大丈夫ですの?!熱があるのではなくて?保健室へ行った方がよくってよ。場所は分かります?」


真っ赤になったリリアに、エリザベスが心配して声を掛けた。


「大丈夫です!失礼します!」


そして勢いよくお辞儀をしたリリアは、顔を上げたところで気付いてしまった。エリザベスの肩越しに、廊下の向こうで青くなって佇んでいるシェリアに。



ああ、これ、やばい?やばいよね。これは、他人のフリをした方が良い?どうしたら良い?!



何が正解か分からないリリアは、「あ、ちょっと?」と、引き止めるエリザベスの声を振り切り、一目散に学生寮まで逃げ帰った。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――――何が、どうして、ああなったのでしょうか?」


寮の自室でふるふると手を震わせているシェリアに詰め寄られる。


「ぅううっ。私は悪くないのよぉ。あの男子が急に扉を開けて、それが私のおでこに当たって……私は被害者なのにぃ」


怒るシェリアにびくびくしながら、言い訳する。実際にリリアは悪くはない。ただ廊下を歩いていただけだ。それなのに、何故にこんな責められているのだろうか。謎だ。


シェリアは眉尻を下げて、そんなリリアのおでこを「よしよし」と、優しく擦る。


「可愛そうだとは思うけど、やっぱり貴族校舎には来ない方が良いわ」


だが、発した言葉は優しくなかった。


「えっ?次は気をつけるわよ!キリヤ様って呼ばれてた人は笑っていたし、エリザベスという人は私を心配してくれてたし、シェリアが心配するほど貴族は怖くない気がするんだけど。

それに、あの教室にはマリウス様がいらしたし……」


シェリアのじっとりとした視線に気付き、「あの二人と仲良くなれたらマリウス様ともお近づきになれるのでは」という、言葉は飲み込んで口を噤んだ。


「……貴族クラスの生徒の間では、わざとぶつかって来て話をするきっかけを作ろうとする、卑しい魔術科の生徒がいる。という噂が既に出来上がっていたわ」


「……ぇえっ?!わざとじゃ……」


「ええ、分かってますとも。でも、平民と同列になることを好まない貴族の方が多いのが事実です。どちらが悪かろうが、結局は平民のあなたに非があるとされるのです。あなたの為に言っているのよ。あなたの顔を見ていた生徒もいますから、貴族校舎に来たら嫌がらせされるかもしれないわ」


わざとであってもなくても、私が悪くなるの?何それ。と、悔しさが込み上げてきたが、ふと、昨日の事を思い出す。



そうよね。平民同士だって、わざとぶつかったらいざこざになることはあるものね。



シェリアが何であんなに怒ってリリアの考えたメモを破り捨てたのか、この時ようやく理解した。


俯いていると、突然ふわっとシェリアの腕に包まれていた。同い年でも、シェリアの方が頭半分くらい背が高い。というより、リリアの身長が年相応よりやや低めなのだ。


「どうしたの?」


子供の頃はよくハグもしていたが、大きくなってからは控えていた。久しぶりのシェリアの温もりに、懐かしくて思わずぎゅっと抱き返す。


「ごめんなさいね。力になってあげられなくて。無理はしないで。あと二年もあるのです。焦る事はないわ。ゆっくりでいいじゃない」


苦しそうな声で言うシェリアにはっとなる。



そうだ。シェリアもここでは新参者だった。一年生から通っているわけではないから周りとの信頼関係もあまりないんだ。

それなのに、私が悪目立ちしたら……。



「それと、キリヤ様は五年生で、在校生の中で一番格上のクリスフォード公爵家の嫡男です。万が一お会いしてもクリスフォード様とお呼びしなさいね。というより、話しかけないでね」


「えっ!あの人、偉い人だったの?!」


「それと、あなたが騒いでいたあの教室はエリザベス様のクラスです。リントン侯爵令嬢で、クリスフォード様の婚約者です」


シェリアの口振りから、二人が凄い人だというのは何となく伝わった。もう二度とお会いすることもないだろうが、冷や汗がぶり返した。

マリウス様をお見かけする機会がなくなるのは非常に残念だけれど、シェリアにこれ以上迷惑を掛けない為にも、もう二度と貴族校舎には行くまいと思ったリリアだった。

お読み頂き有難う御座いました。

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