入学式
――――そして、翌年。王立学園入学式当日。
今年で十四歳になる二人は試験の結果、シェリアが貴族のクラスの四年生に編入することになり、リリアは魔術科に入学することになった。
魔術科は今年からということもあるが、平民のみなので中々応募が集まらなかったのだろう、十名しかいなかった。これは、平民だから遠慮して、ということではなく、魔力を持っている平民が少ないということが関係している。
実際に入学に際して魔力量試験があったのだが、そこで半数以上の入学希望者が落とされたと聞く。
「あ、そうだ。シェリア、昨夜、これ考えたんだけど」
学園は全寮制の為、二人は昨日のうちに既に入寮していた。
通常、生徒には一人一部屋が与えられる。だが、シェリアは自分に与えられた部屋に、許可を取りリリアも入れてもらい二人部屋になっている。
だがしかし、二人分のベッドが置かれてもなお十分な広さの部屋に、この部屋は自分の住んでる小屋より広いのでは?と、リリアは最初に部屋に入った時に圧倒されていた。
因みに魔術科の生徒。つまり平民は、同じ広さの部屋に二段ベッドが二つ置かれた四人部屋だという。
「そういえば、遅くまで何かしていたわね」
髪はいつも通りのポニーテールと学園の制服に袖を通すだけで、簡単に身支度は終わったが、昨夜ベッドの中で一生懸命考えた事をメモした紙をシェリアに見せた。
「どうしたらマリウス様に私の存在を知ってもらえるかと思って……」
何しろリリアはマリウスに顔と名前を覚えてもらわんが為にここにいる。
「………」
リリアが書いたメモを黙読しながら、なぜかシェリアは青くなっていく。そして、その視線をリリアに向けた。その目がなぜ据わっているのかリリアには分からない。どうしたのだろうと、首を傾げる。
「一、マリウス様の前でハンカチを落とす」
目を据わらせたまま、シェリアはメモを読み上げた。
「マリウス様は優しいから、きっと拾って下さるわ」
あの時みたいに、遠くからでも気付いて拾ってくれると思うの。そして、お礼を言って、自己紹介するの。
「二、マリウス様の前で転ぶ」
「マリウス様は優しいから、きっと助け起こして下さるわ」
あの時みたいに、さり気なく助けてくれると思うの。そして、お礼を言って、自己紹介するの。
「三、マリウス様に偶然を装って打つかる」
「マリウス様は優しいから、きっと……」
「お止めなさい!!」
シェリアは叫ぶとリリアの前でそのメモをびりびりと破り、丸めてごみ箱に投げ捨ててしまった。
どの案が良いかシェリアの意見を聞こうとしていたリリアは仰天した。
「何するのよ!」
「それは、こっちの台詞です!一、二は鈍臭い平民だと無視されるだけですから、勝手になさい!
ですが、三は……わざと打つかるなんて、平民同士ではないのですよ?!分かってますっ?!」
そもそもそんな怪我をさせるほどの勢いでぶつかるつもりもないし、平民同士ではないなんて百も承知だが、いったいシェリアは何に怒っているのかが全く分からない。
やる気満々だったリリアは意気消沈した。
シェリアはぎゅっと目を瞑ると、こめかみを揉み始める。
「こんなことなら文字と算術だけでなく、私と一緒に教育を受けさせるべきでしたわ。
リリア……お願いだから、問題は起こさないで。あなたの言動が、そのまま、ギルバート子爵の評価に繋がると思って頂戴」
「それに、あなたは……」と、言ってから黙ってしまったシェリアに、大袈裟だな、とは思うが子爵には多大なる恩がある。
推薦者としてその評価が下がるかもしれないというなら何も言えない。
奇しくもギルバート子爵家で優しく保護されて育った為、リリアには貴族とは皆、優しく、そこに上下間の厳しさなどがあるとは思いもしなかったのだ。
「いい?平民以外の生徒には自分から話しかけては駄目よ?」
「うん……でも、学園では平等だって……」
「それは、建前です!」
シェリアはぴしゃりと言い放つ。
それは、リリアも理解はしていた。両親からも、人前ではシェリアに対しても一線を引くようにと言われていた。だが、長年の癖というのはなかなか抜けにくいもので、どうしてもシェリアを様付け出来ないでいた。
そして、マリウス様に自分の存在を知ってもらいたいという願望も捨てられない。何よりも、その為だけに入学したのだ。
「……じゃあ、どうやってマリウス様に知ってもらえばいいの?」
「平民が優秀な成績を修めれば、良くも悪くも、嫌でも目立ちます」
つまり、真面目に授業を受けて、勉強しろと言っているわけだ。
確かにマリウス様の視界に入りたいというのは、リリアの本当の入学動機ではあるが、子爵には魔力のコントロールを学ぶ為と言ってしまっている。
シェリアの正論にリリアはぐうの音も出ず肩を落とした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……まじか」
入学式も無事に終わり、教室へと移動したところでリリアは愕然としていた。
なんとなく、薄々と、そうかもしれないなぁ〜、とは思っていたが、平民のみの魔術科と、貴族クラスのある教室は別校舎になっていた。
魔術科とわざわざ言っているが、有り体に言えば平民クラスである。
貴族クラスにも魔術の授業はあるし、貴族クラスと言うなら、必然的に平民クラスと言われそうだが、そこは平等を掲げている手前、魔術科としたのだろう。だったら貴族科にでもしろというところだか、どちらにしろ平民と同じ校舎では嫌だということだ。
「はあぁぁぁー」
大袈裟なほど、大きな溜め息を吐いて机に突っ伏した。
これでは、マリウス様と偶然廊下ですれ違うなんて事、とても出来ないじゃない。
あ、でも、待って。マリウス様も四年生だもの。シェリアに会いに行くフリをして行けば良いんじゃないかしら。
貴族クラスは五クラスもあるが、もしかしたら、シェリアがマリウス様と同じクラスの可能性だってあるのだ。
休み時間になったらシェリアの所に行ってみようと、リリアは期待に胸を高鳴らせていた。この時は。
入学式の今日は授業もなく、生徒同士の顔合わせ程度で終了した。
十名の内、ニ名が男子で女子が八名。年齢もまちまちで、十一歳から十五歳までいた。
十名しかいない教室で、各々が帰る準備をしている中、貴族校舎に行くために、「よし!」と、リリアが立ち上がったところで声を掛けられる。
「ねぇ、あなた。リリアさんて言ったかしら?」
振り返ると、ふんわりした栗毛を背中まで垂らせた女子が立っている。
リリアも栗毛だが、リリアの濃い栗毛とは違い、彼女は金髪に近い。
確か、一番年上のジュリさんだったかな。と、先程の自己紹介の記憶を辿っていると、彼女はにっこりとリリアに笑いかけた。
「リリアさん、ギルバート子爵令嬢と今朝ご一緒にいらしたわよね?」
「よく、知ってますね。シェリアとは幼馴染みで、寮も同室にしてもらったんです」
ジュリさんは「えっ?」と、驚いている。
聞けば、彼女はリリアが子爵家の使用人で、彼女の世話をするために入学したのだと思っていたらしい。
使用人というのは当たらずとも遠からずといったところだが、何よりもジュリさんが驚いたのはリリアがシェリアを呼び捨てにしたことのようだった。
……私が思っているよりも、貴族と平民て違うのかも。
手に変な汗をかいたリリアは、今更、本当に今更ながら、貴族との違いを肌で感じていた。
これって、私がシェリアの教室にのこのこ出て行ったら不味いやつかしら?
取り敢えず今日は、大人しく一人で寮に帰った方がいいかな?
躊躇っていると、ジュリさんはそんなことはお構いなしに話しかけてくる。
「私の実家は商家なんですけど、ギルバート子爵家は贔屓にしているところはあるのかしら?」
うわっ!初日から売り込みですか!
ちゃんとした使用人だったら、お屋敷の事は把握しているのだろうけど、当然ながらリリアは子爵家の事情は把握していない。もちろん手伝いはしているが、専ら外回りである。
リリアを使用人と期待して、声を掛けてくれたのだろうと思うと申し訳なかった。
ジュリさんは、魔力を持っているが、将来は家業を継ぐつもりなので、少しでも人脈を作る為に入学してきたと言った。シェリアも同じようなことを言っていた気がする。
他の生徒も、「将来はもしかしたら魔導師として王宮に勤められるかもしれない」、という期待もあり、必死なのだと気付いた。
……ぅゔっ。穴があったら入りたい。
リリアは、不純過ぎる自分の動機に恥ずかしくなりはしたが、今更そこを曲げる気はなかった。
よし!では、私もマリウス様に顔と名前を覚えて頂く為に必死になりましょう!!
リリアは、変な方向に気合いを入れた。
お読み頂き有難う御座いました。