出会い
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「――――申し訳ないが、先を急いでいる。席を譲っては貰えないだろうか」
その言葉を放った彼が、救世主のように思えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リリアが幼馴染みのシェリアと王都から近郊へと向かう駅馬車を待っていると、同じく馬車を待っている数人の大人の男たちが、嫌らしい笑みを浮かべてこちらを窺っている。その笑みがじっとりとしていて気持ち悪い。出来れば次の馬車はやり過ごしてその次にしたいが、それはそれで絡まれるかもしれない。
ああ!こんなことになるなら、侍女を撒くなんて事、するんじゃなかった!私は平民だから良いけど、シェリアはギルバート子爵家のお嬢様だもの、何かあったらどうしよう!
そうこうしているうちに、馬車は来てしまい馬車の空き具合からも、丁度リリア達まで乗れてしまうのが見て取れる。
ただ二人だけで自由に遊びたかっただけ。
世間知らずで田舎者の平民のリリアには誘拐などという言葉は思い浮かばないし、ましてや幼女趣味なんて言葉も思い浮かばないが、ただ気持ち悪い大人たちだとは思った。シェリアと目配せしながら、何かあれば自分が命に替えてでも彼女を守るつもりで馬車に乗ろうとしたその時だった。
「申し訳ないが、先を急いでいる。席を譲っては貰えないだろうか」
小走りで割り込んできたのは、リリア達と同じ年頃の男の子だった。顔は幼さが残っているが、その雰囲気は大人びている。
澄んだ青い瞳にみつめられ、咄嗟の事に無言で頷くだけになってしまったが、彼は「ありがとう」と、言うと、後から来た友人らしきぽっちゃりした男の子と、馬車に乗り込んでいった。
その二人で……ぽっちゃりした男の子は二人分くらいの席を占領していた……馬車は定員になり、出発していく。乗り合わせた気持ち悪い男たちは、あからさまに面白くない表情をその二人の男の子たちに向けていた。
次にやって来た馬車はご婦人や子供連れの客だけだったので事なきを得たが、帰ってから大目玉を食ったのは言うまでもない。
その後、どうなったかは分からないし、もしかしたら、本当に言葉通り急いでいたのかもしれないが、その時は助けてくれたとしか思えなかったのだ。問題が起きていなければ良いと思う。
そんな彼が私の中で、憧れの存在となるのは難しい事ではなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あら、フルーツタルトは好きだったでしょう?」
調理台に頬杖をついて、好物であるはずの桃のフルーツタルトをつつくだけで口に運ばないリリアを見かけたシェリアが聞いた。
シェリアはこのギルバート子爵家のご令嬢でリリアとは乳母姉妹の同い年。今年で二人とも十三歳になる。
リリアの母親はシェリアが十歳になった時に、乳母から掃除メイドになり、今もこのお屋敷にお世話になっている。父親もこのお屋敷の庭師をしている。なので家族三人でお屋敷の隅に小屋を賜ってそこで住まわせてもらっていた。
リリアもお屋敷のメイドになるものと思われたが、あまりメイド職は向いていないことが発覚し、今は領地の人手の足りないところに駆り出されていくという仕事を担っている。
ギルバート領は酪農を主としているので、朝も早から乳搾りやら牛の世話なのだが、リリアにはこういった肉体労働が合っていた。
そんなわけで、リリアは子爵家の使用人と同じように調理場の隅にある使用人用の食卓で食事をするのが当たり前になっていて、シェリアがお土産に持ってきてくれたフルーツタルトもここで広げていたのだが、どうにも様子がおかしい。
好物を前に溜め息を吐く幼馴染みに、シェリアは「しょうがないわね」と、近くにあった椅子を引き寄せ、リリアの正面に座った。
「スティックマイヤー様よ」
「ふぇ?」
上の空だったリリアはシェリアの言葉を聞き逃した。半開きの口をした間抜けな顔を向けられたシェリアは苦い顔をしている。
「スティックマイヤー子爵家、三男のマリウス様。王立学園に通っていらっしゃるそうよ。年齢は私たちと同じ」
それが、あの時の彼の事だと気付いたリリアは、がたんっ!と、音を立てて立ち上がったが、すぐにしゅんと調理台に突っ伏した。
なんとなく分かっていた。あの時の彼が着ていた洋服の生地はリリアからみても上等な物で、平民ではないのだろうな。と、思っていた。
あれから半年が経つが、一向にリリアの熱が冷めず溜め息ばかりついているのをシェリアは気にしていてくれたのだ。
彼がどこの誰か分かったのは嬉しいが、相手が貴族であれば、平民のリリアにはお会いすることは叶わない。
「そういえば、どうして彼の名前が分かったの?」
「昨日、招待されたガーデンパーティーに参加されてたのよ」
それならどうして昨日のうちに言ってくれなかったのか。リリアは抗議のつもりで恨めしそうな視線をシェリアに向けたが、簡単に会えるような相手ではないのに教えるのはどうかと思った。と、言われれば何も言えない。
「……マリウス様の視界に入りたい」
「は?」
「……マリウス様の人生に関わりたい」
「はっ?」
「……マリウス様の記憶に留まりたい」
「はぃぃいっ?!」
「顔と名前を覚えてもらえるだけで良いのよぉーっ!マリウス様が、「そういえば、リリアっていう女の子がいたなぁ」みたいな、たまに、ふと思い出してくれるくらいで良いのよぉ!……ううん。それが良いのよぉ!」
諦めさせるつもりで言ったのに、尚も妄想に浸ろうとするリリアにシェリアは頭が痛くなった。
だが、数日後。思いもよらない吉報がリリアに舞い込むことになる。
この日、リリアはギルバート子爵の執務室に呼び出されていた。何か問題を起こしてしまっただろうかと、びくびくしながら執務室に入ると、部屋にはシェリアもいた。
「実は、王立学園が平民も受け入れる事にするそうだ。ただ、条件があって……魔力を有する者のみということでな。通常の貴族のクラスの他に魔術科というクラスを作る。ということなのだが……リリアは、その……入学したいか?」
王立学園とは、貴族の子女のみが通うことを許されている学校で十一歳から十五歳までの五年制である。その学校が新たに平民クラスを作るという。
王立学園といえば、マリウス様も通われている学校だ。
隣に立つシェリアが息を呑む気配がした。
そして入学したいかと聞くわりに、なんとなく歯切れの悪い子爵に、リリアは言わんとすることを理解した。
この国、ドラゴニアン王国は元々、国民のほとんどが魔力を持っていたのだが、この数百年のうちに魔力保持者が急激に減っていた。貴族は基本的に魔力を持って産まれてくるが、今では平民のほとんどが魔力を持たない。
しかし、どういうわけかリリアには魔力があった。両親も魔力はないので、先祖返りではないか。と、いう話が出たが定かではない。
そして、なぜ子爵の歯切れが悪いのかと言えば、リリアは魔力を保持しているが、それを使えないからだ。
普通、魔力を持っていれば自然と、水を出す、火を出す、風を起こすなど単純な魔法が使えるようになるのだというが、リリアには意識してもそれが出来ない。
因みに子爵は氷魔法を得意としている。シェリアも同様だ。そのため、領地で搾乳した牛乳を腐らせることなく遠くまで運ぶ事が出来、取り引き先も多く持つ事が出来ている。
話は逸れたが子爵は優しい人だ。学園に通ったところで、ワケありのリリアが魔力をコントロール出来るようになるとは思えない。リリアが傷付くだけではないかと思っているのだろう。
たが、リリアの頭には「王立学園の生徒になれる!(マリウス様にお会い出来る!)」と、いうことしかなかった。
「私!学園に通って、魔力のコントロールを覚えたいです!」
気付けば、そう言い放っていて、隣のシェリアが頭を抱える気配がした。マリウス様の一件を知る子爵も、「あ、やっぱり?」と、何とも言えない顔をした。
だがしかし、リリアの言葉は決してその場しのぎではない。放牧している牛を魔物に殺られてしまう事も度々ある。そんな時、リリアは「魔力はあるのに」と、歯痒く感じていたのだ。
領地の為にも自分は使える人間になりたい。
これは、リリアの本心だった。
「分かった。但し、条件がある。それをのむなら入学の推薦状を書いてあげよう」
平民が入学を希望する場合は、領主の推薦状が必要になるのだという。
そして、子爵はリリアの入学に際して二つの条件を提示した。
「一つはシェリアも一緒に入学すること」
「ええっ!!何でですのっ?!私には特に必要ありませんわ!」
必ずどこかしらの学校を通わなければならないという規則はない。シェリアには学校に通う代わりに数人の家庭教師がつけられて、学生のうちに習うことは既に終了していた。今では子爵について領地経営も学び始めているところだ。
「すまない。リリア一人では不安しかない」
「お願い!シェリア!私、どうしても学園に通いたいの!!」
使用人の娘がお嬢様にお願いするというおかしな光景だが、この屋敷においてはさほど不思議ではなかった。そのくらい、リリアはシェリア同様に大事にされていた。
シェリアは、むうぅ、と唸っていたが渋々と頷いた。
頷く娘を確認した子爵は、二つ目の条件を提示した。
「二つ目は、暴走したら有無を言わさず退学し、領地に戻ること」
―――――暴走。
これは、魔力の暴走という意味だろう。魔力のコントロールが出来ない人間がたまに引き起こす。
暴走した魔力の量によっては甚大な被害が出ることがあるのだ。
リリアとシェリアはこれには神妙に頷いた。
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